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ファソラシ
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…あの奥の広い部屋では大人が子供を食い散らかしている。
その念だけで俺はそこへ行こうとした。
廊下は酷く冷え、夜がこんなに暗くて寒いと知った。
それは……足先から左腕から、頭まで。鮮やかに思い浮かべ焼き付けられたように黒い物だった。
自分はさっき引き出しから取り出した…水鉄砲でない拳銃も、もちろんジャックナイフだって携えている。この世界を支配するものを、縛り付けているものを、ぶっ壊してしまおう、ただそれだけしか持っていなかった。
足音を潜め息を殺すのは、ウサギや狐を殺すときと同じ。大人に気付かれてはならない。
奥の部屋の扉は灯りを灯したまま、誘うように開けっぱなしになっていた。
息を殺し、俺は銃とジャックナイフを確認したけど。
ガサッと、物音がした。
「待て、待ってくれっ、」
「うるさい」
ヒヤッとする。
冷たい刃物のような男の声色。
そしてカシャッと、何か、鉄が擦れるような音がして思わず銃に触れてみれば、その質感にピンときた。
それはもしかすると、銃の音だと。
ゴツっ、ガサッ、と音がして示すその明かりに動くような影が落ちる。
大人が倒れたのだと見てわかって、その大人はあの時の男かもしれないとまでわかった。
男は殴られたようで、鼻や口から血を出し顔も腫れていて。物乞いするように上を見ている。
「…何が、どう、」
「まぁそうだよね」
「ちょっと待て、話し合おう。君は、何か誤解をしている、なぁ、日本人なんだろ?話をしよう、」
「誤解かぁ」
男の顔が足蹴にされたのが見える。黒革のブーツと、まだらのズボン。
ひぃ、と男が怯えていた。
「別に誤解でも良いんだよね。話通じねぇってわかってるし」
「なんでっ、」
「なんで?」
廊下のどこかで。
パシュッと言う、聞きなれない音が響いた。
「あぁ、やってるねぇ。聞こえた?」
いままで聞いていた、淡々とした口調は少し色がつき、けれども良い感情でもない笑いが混じったように感じた。
「……はっ?」
「終わり。残念だけど」
「何言って、」
「わからない?終わりだよ」
パシュッと、部屋の中からも聞こえる。
途端にベシャッと、男の蟀谷から血が流れ、その白目と目が合った。
あの大人はどうやら、殺された。
血が、頭からじわじわと水溜まりのように広がってゆく。
「…気のせいかな」
そう言ったのが掻き消されるように、部屋の中から何人かの悲鳴と、男の名前を呼ぶ断末魔が反響し始めた。
しかしそれも、カシャッ、パシュッ、カランと言う音で減っていく。
そこで行われているのが虐殺だと言うことはどこかはっきりと理解していた。
…悲鳴が、
うるさくて仕方がない、けれどそれが消えて、湿った臭いがまとわりつくようで、息を殺して頭を抱えるしか出来ない。
……夜には悪魔がやってくる。
誰か、誰か、その悪魔を、いや、この世界を殺してくれ。
舌を噛みそうだった。
ふと。
足音が奥から一人分、こちらへ向かってきていると気が付いた。
白い…コートよりも薄い、これは確か…実験用の服。
血がそこらじゅうに付着していて、革靴を履いた足が見えて見上げた。
メガネを掛けた、見慣れない男。
その男は一瞬俺を、とても冷たい目で見下ろしたが、まるで何事もなかったように部屋をまっすぐ見る。
そして部屋から、「終わったぞ」と、その男へ掛ける言葉が聞こえてきた。
「こちらも大方終わりましたけど」
「ああそう」
「子供に見られてしまったようですよ、イツミ」
再びメガネの男が俺を見たのに、恐怖を覚えた。
「あぁ、子供だったか」
「どうしましょうか。関係もないですか?」
部屋から、男が出てくる。
その男は茶髪の、髪が長い男で。背中には拳銃よりも大きな……熊やらを殺すときに使う武器を背負っていた。
「あら」
「どうやら悪い子のようですねぇ」
いままでと違い急に穏やかな話し方なのに、どこか芯が冷える…言ってしまえば何も感情が読めないような話し方で。
俺は自分がゴミクズにでもなったような気さえした。
ゴミクズの俺は恐怖で言葉もなく、ただただ口を手で抑えて泣くことしか出来ないまま。
「…しかし、」
すると、猟銃を背負った男がふとしゃがみ、持っていることさえ忘れてしまっていた鉄屑同然の銃を取り上げ、「へぇ」と、まるで死んだような口調でじろじろと眺めるのだった。
「今時珍しいな、」
「…ナメてますけどそれはねぇ、強盗の名手だって所持していますよ」
「あの猿、ワルサーじゃなかったっけ?」
「お仲間のおっさんの方です。
さて、この子はどうしますかイツミ」
イツミと呼ばれている猟銃の男はさも簡単に「うーんそうだねぇ」とぼんやりと言った。
「どうしますかも何もなくねぇか?」
「まぁそうなんですけど」
「じゃぁ聞いとく?お前なんでここにいるの」
「……はっ、」
「怖がってますよかなり」
「な。意外だわ。ここのガキは感情なんて育ってないと思ってたけどね。怖いかお前」
…何を言われているか皆目わからないけど。
「…こ…、っわい、」
これだけ噛んだが声が出た。
「あっそ」
しかし聞いた本人は、興味がなさそうにそう言った。
その念だけで俺はそこへ行こうとした。
廊下は酷く冷え、夜がこんなに暗くて寒いと知った。
それは……足先から左腕から、頭まで。鮮やかに思い浮かべ焼き付けられたように黒い物だった。
自分はさっき引き出しから取り出した…水鉄砲でない拳銃も、もちろんジャックナイフだって携えている。この世界を支配するものを、縛り付けているものを、ぶっ壊してしまおう、ただそれだけしか持っていなかった。
足音を潜め息を殺すのは、ウサギや狐を殺すときと同じ。大人に気付かれてはならない。
奥の部屋の扉は灯りを灯したまま、誘うように開けっぱなしになっていた。
息を殺し、俺は銃とジャックナイフを確認したけど。
ガサッと、物音がした。
「待て、待ってくれっ、」
「うるさい」
ヒヤッとする。
冷たい刃物のような男の声色。
そしてカシャッと、何か、鉄が擦れるような音がして思わず銃に触れてみれば、その質感にピンときた。
それはもしかすると、銃の音だと。
ゴツっ、ガサッ、と音がして示すその明かりに動くような影が落ちる。
大人が倒れたのだと見てわかって、その大人はあの時の男かもしれないとまでわかった。
男は殴られたようで、鼻や口から血を出し顔も腫れていて。物乞いするように上を見ている。
「…何が、どう、」
「まぁそうだよね」
「ちょっと待て、話し合おう。君は、何か誤解をしている、なぁ、日本人なんだろ?話をしよう、」
「誤解かぁ」
男の顔が足蹴にされたのが見える。黒革のブーツと、まだらのズボン。
ひぃ、と男が怯えていた。
「別に誤解でも良いんだよね。話通じねぇってわかってるし」
「なんでっ、」
「なんで?」
廊下のどこかで。
パシュッと言う、聞きなれない音が響いた。
「あぁ、やってるねぇ。聞こえた?」
いままで聞いていた、淡々とした口調は少し色がつき、けれども良い感情でもない笑いが混じったように感じた。
「……はっ?」
「終わり。残念だけど」
「何言って、」
「わからない?終わりだよ」
パシュッと、部屋の中からも聞こえる。
途端にベシャッと、男の蟀谷から血が流れ、その白目と目が合った。
あの大人はどうやら、殺された。
血が、頭からじわじわと水溜まりのように広がってゆく。
「…気のせいかな」
そう言ったのが掻き消されるように、部屋の中から何人かの悲鳴と、男の名前を呼ぶ断末魔が反響し始めた。
しかしそれも、カシャッ、パシュッ、カランと言う音で減っていく。
そこで行われているのが虐殺だと言うことはどこかはっきりと理解していた。
…悲鳴が、
うるさくて仕方がない、けれどそれが消えて、湿った臭いがまとわりつくようで、息を殺して頭を抱えるしか出来ない。
……夜には悪魔がやってくる。
誰か、誰か、その悪魔を、いや、この世界を殺してくれ。
舌を噛みそうだった。
ふと。
足音が奥から一人分、こちらへ向かってきていると気が付いた。
白い…コートよりも薄い、これは確か…実験用の服。
血がそこらじゅうに付着していて、革靴を履いた足が見えて見上げた。
メガネを掛けた、見慣れない男。
その男は一瞬俺を、とても冷たい目で見下ろしたが、まるで何事もなかったように部屋をまっすぐ見る。
そして部屋から、「終わったぞ」と、その男へ掛ける言葉が聞こえてきた。
「こちらも大方終わりましたけど」
「ああそう」
「子供に見られてしまったようですよ、イツミ」
再びメガネの男が俺を見たのに、恐怖を覚えた。
「あぁ、子供だったか」
「どうしましょうか。関係もないですか?」
部屋から、男が出てくる。
その男は茶髪の、髪が長い男で。背中には拳銃よりも大きな……熊やらを殺すときに使う武器を背負っていた。
「あら」
「どうやら悪い子のようですねぇ」
いままでと違い急に穏やかな話し方なのに、どこか芯が冷える…言ってしまえば何も感情が読めないような話し方で。
俺は自分がゴミクズにでもなったような気さえした。
ゴミクズの俺は恐怖で言葉もなく、ただただ口を手で抑えて泣くことしか出来ないまま。
「…しかし、」
すると、猟銃を背負った男がふとしゃがみ、持っていることさえ忘れてしまっていた鉄屑同然の銃を取り上げ、「へぇ」と、まるで死んだような口調でじろじろと眺めるのだった。
「今時珍しいな、」
「…ナメてますけどそれはねぇ、強盗の名手だって所持していますよ」
「あの猿、ワルサーじゃなかったっけ?」
「お仲間のおっさんの方です。
さて、この子はどうしますかイツミ」
イツミと呼ばれている猟銃の男はさも簡単に「うーんそうだねぇ」とぼんやりと言った。
「どうしますかも何もなくねぇか?」
「まぁそうなんですけど」
「じゃぁ聞いとく?お前なんでここにいるの」
「……はっ、」
「怖がってますよかなり」
「な。意外だわ。ここのガキは感情なんて育ってないと思ってたけどね。怖いかお前」
…何を言われているか皆目わからないけど。
「…こ…、っわい、」
これだけ噛んだが声が出た。
「あっそ」
しかし聞いた本人は、興味がなさそうにそう言った。
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