凍幻【第一稿】

二色燕𠀋

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 思い出される若い頃。
 まだ、柴沢が擦れたボロ布のようだった頃。生きながら死んでいるような日々を漸く脱せた理由のひとつが彼の、揺るぎない、言葉では足りない信念のような情だった。

 ここまで、無理に連れてきたのは自分だった。彼も其れなりにくたびれた人生を歩んでいた。しかしいつも彼は、自分にはちゃんとすべてを嘘偽りなく返してくれたように思う。そして、自分がこれほどまでに破天荒でろくでもなくても、一度だって否定をしたことは、なかったように思う。

 だから彼には無理をさせていたのかと、彼の、雪景色を見た瞬間に納得してしまったのだ。

悪かった、と。
それほど、お前にはやはり、負担ばかりを背負わせていたのかもしれないと。
甘えていたのはわかっていたけど。
過去に、殺してはならないと柄にもなく思い込んだ自分の利己が産んだ結果だったのかと。

「月が綺麗に見えるだの、町の喧騒が遠いだの。秘密の、共有みたいやって言ってな」

 来る前のことを思い出す。
 自分の唯一の、剣術を羨ましいと言った。

 全てを亡くした彼は其れから少しだけ剣術をやったが、どうにも向いているようには思えなかったが。

 あの喪失感を拭うには自分がひたすらに剣術をやり続けなければならなかった。そうしなければ彼の本心はどこか、自我を保てなくなるのではないかと思えるほどの痛烈な過去があったからだ。

 彼はいつの頃からか人に本心は吐かなくなった。しかしそれは近くにいなければわからない、そんな変化かもしれない。ここに来てからも、皆と等しくしか関わらない。しかし誰にも芯には触れさせなかったように思う。

 大体は人当たりのいいやつなんだろうが、たまに食いつき、自我は通して、案外頑固で。けども人を否定はしない。そんなやつだ。憎まれるやつではなく、むしろ、人は集まる人種だった。

「柴沢さんは、どうするおつもりですか」

 この期に及んでこの麗人は、何故だか静かに、わかりきったことを柴沢に聞いてきた。

「どうって?」
「今後です」
「わかりきったことを聞くなや。
 あんた、俺のこと嫌いだろ。美人が台無しだな。顔が歪んでるぞ」

嘲笑うように言ってやった。
この際だから言ってやろう。

「何が言いたいのですか?」
「あんたの望むように、居なくなってやるから」
「つまり、貴方が?」
「そうかもな。ある意味、そうだ」
「聞きにくいことを聞いてもよろしいですか、」
「どうした。最後だ、答えてやるよ」
「貴方がたは、どうして、江戸に?」

 突拍子もない。
 なんのつもりかと思ってみてみれば本人の表情は相も変わらず浄瑠璃人形のように美麗だ。しかしながらどうにも、目だけは好機があるようにも見てとれる。

「そうさなぁ、こんな感じで来たかな。居場所をなくして」
「居場所を、なくして…」
「俺、元は人斬りだったんだ」

 それから早坂は薄眉を少し寄せるのみで何も言わなかった。

「つまらん話だったな」

 去るのが一番いい。
 結局、自分は、ろくでもなかったのだ。
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