水に澄む色

二色燕𠀋

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 出勤前をだらだらしてしまったせいで電車を一本見送った、だが今日は火曜日だ比較的に人身事故も少ないだろうと思っていたら、まさかの、全然こちらに影も形も感じられない台風の影響でどこかの線が潰れた。

 が、しかしこんな時に強いぞ山手線やまのてせん、行け行けと妙なテンションで吉田がホームに立ったにも関わらず、

京浜東北線けいひんとうほくせん大宮おおみや駅で線路内人立ち入りのため緊急停止ボタンが押された影響により、20分の遅れが」遅刻だ。朝の怒濤の20分。立ち入ってんじゃねぇ変態。

 脱力するように「もしもし…」と吉田は部長に電話を入れた。

 タクシーを使え、いやまだ新宿されど新宿で湘南新宿しょうなんしんじゅくラインあたりが、メトロを使え。いえそれが新宿は新橋に着く路線が走ってなくて、落ち着け渋谷まで出るんだ吉田くん。なに言ってんですかその路線は…待ちますので気持ち遅れることをお許しください部長、山手線は強いので失礼いたしました。

 これは電話するほどテンパるものじゃないのに何故テンパったんだ俺。吉田は自分のペースが乱れていることに気付く。

 湘南新宿ラインのような俺。ホントはそう、湘南新宿ラインが一番かっ飛ばしていて使えるんだ、こいつが死んだら他も結構死ぬくらい重要。なのに途中からメジャー落ち。

 ははは~…と、こんな時でも浮かぶのは伊織の鉄面皮だった。

 せめて火照っている顔が浮かんで欲しかった、暇だから婚活アプリをとケータイを弄り始めたところで「まもなく山手線は運転を再開します」どうせ少し掛かる。まずは確実に会えそうな婚活アプリを見つけよう。

 しかし山手線は京浜東北線と共に本当に間もなく来てしまい、吉田はそうかそうか考えたら見送ってないじゃんかそれ、と、しかしもだもだしてしまいまわりに若干迷惑そうな態度をされてしまった。

 最早金曜日から頭はこんな感じで大混戦している。そうかマイナー手段の総武そうぶ・中央を間に挟むがあったんじゃないかと思ったが、こういうときは済んだのだし、考えるのをやめようと思った。どうせ、碌なことがないのだから。

 伊織は確かに、見た目は良いのにどうして掴み所がないのだろうか、と思ったのは、マスとかいう男との関係よりも前だったはずだ。
 彼女が入社したのが何年前かはわからないが、今は広報部。この人事異動は1年以上前なはずだけど、意識したのは確実に前前前部長との良い感じを目撃した時だった。

 社内情事とまでは行かずと、イケナイ関係を目撃したのはどんなタイミングだったか、いや、イケナイ関係なのかは実は定かでない。

 飲み会の席で乾杯だとかなんだとか、やけに動かないなと気付いたのは吉田のみだったのかも定かでなく。
 彼女は部署で目立たないタイプの女で。

 堀り炬燵席で前前前部長は伊織の太股を撫でていて、彼女はそれでもまわりには愛想笑い程度で普通に接していた。

 あ、そうだ。あの頃彼女はわりとスカート、履いていたなぁ。

 あぁ、彼女、空気のようだったが実はこうして愛想笑い、可愛らしいじゃないかと思ったのを思い出した。

 あれ、とゆうかわりと美人だし、あれ、脚触られるくらいに実はエロくないかこの体型はと思った瞬間、その手が確実にスカートの中に入り、そればかりは伊織も一瞬顔をしかめたのだからいかん、と吉田は思ったのだ。

 何故見えたのかと言えばそれは伊織の隣に座っていたからだった。

「真柴さん、」

 隣から少し声を掛ければ何事もなかったかのように前前前部長の手はするりと抜けていき、伊織ははっと吉田を見つめて来たのだ。

「気分が悪そうに見えて」

 あの時、伊織は何を思っただろうか。吉田は暫く気付いていなかっただろうし、気付いてもすぐの行動ではなかったのだから。

 すぐに俯いた伊織は「ちょっと、トイレに…」と席を立ったが、前前前部長が「あぁそうかい」と言い、それから「あぁ俺も行こうかなぁ」と立ってしまったのだから救いようがない。大丈夫かな、そうは頭をよぎった。

 然り気無さを装えないものかと考えたが、そうだ、まず副幹事だ俺はと、隣にいた同期に「ちょっと…」とだけ言えば「あぁ、真柴さん?」と返ってきて。

「ちょっと具合悪そうだったから」

 …そういえばこの店、外トイレだったようなと、念のために店員に確認を取れば、外、ビル内にもありますが、店内にもありますよと言われ、どちらも場所を聞いておいた。

 …なんとなく、こんなこともあったんだしなぁと感じたのだけどまずは店内のトイレをちらっと見ても、なんとなく他の宴会集団が使っていそうだった。

 間取りを思い出して、あれは連絡通路だろうと思ったし、そういう店特有「鉄の扉」を開ければすぐ側で「なぁ、どうだこのあと」と言う前前前部長の声が聞こえるのだから、うわぁビンゴっちまったと吉田は思った。

 揉みくちゃから何段階かを経て吉田は新橋で降りた。
 7時45分。いつもより遅いのが少しだけ気に掛かるが、会社には間に合うようだ。

 吉田は揉みくちゃになって少しだけシワになったスーツをピシッと直し、歩き出す。
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