水に澄む色

二色燕𠀋

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 溜め息が出そう。
 朝のアラームを消した吉田よしだ弘昌ひろまさは寝惚けて通知ボタンをタップしてしまった。

 相手、鷹峯たかみね竜二りゅうじから昨夜の23時52分にメールがあったようで、「夜分遅くに申し訳ありません」と始まるメールが入っていた。

 昨夜、あれからそわそわしつつ、帰るまでの時間にもやもやと気持ちや状況を整理した、しきれなかった。
 しかし、自宅に帰った22時頃、風呂に入ってアルコールのせいか即、就寝してしまったのだ。

 鷹峯竜二の通知は全部で10件。緊急を要するのかと思えば。


夜分遅くに申し訳ありません 23:52
大変恐縮ではございますが 23:52
明日(14日火曜日) 23:52
真柴伊織は体調不良のため 23:52
欠勤させていただきます。 23:53


 これが1回目だと思われる。
 この小出し文章はなんなんだ、嫌がらせなんだろうかと思ったら。

 第二巡目。


あと、 0:10
オロナインで治らないものはあるのでしょうか 0:10
詳しくは 0:12
伊織の股間に関わる問題なので 0:12
省きます 0:12


 嫌がらせかもしれないな、やつは思ったより陰険だ。
 …しかし、絵、スタンプというやつがないだけ逆に真剣かもしれない「股間に関わる問題」。確かに昨日の伊織は死にそうというか、生気がなかった。

 吉田はケータイを眺め親指を画面の文字盤に浮かせながら頭で文章を組み立てた。

 いざ、
 いや、待てよこれはスルーしても良いのだろうか。
 しかし本気で今日、伊織が来なければ「無断欠勤」になる。いまの若者はこれ一本で欠勤OKだと思っていそうだ、というかそう聞いたことがある、実際やったやつは今のところいないが。
 そして伊織も32歳だ。流石にわかるだろうけれども…。真面目な性分が勝った。

 さぁ、行こう。まずは「おはようございます」だろう。


6:02 おはようございます。
欠勤の件については


伊織ちゃんと打って消す。


6:03 欠勤の件については、真柴さんから部署に電話を入れるように伝えてください。


 考える。


6:04 真柴さんは今、元気なのでしょうか。


 あ。送ってしまった。
 全てに既読がついてしまいヤバいな、ちょっと流石に文章を足そうかと「真柴さんは今起き」と打っている最中に「おはようございます。」と返ってくる。

 流石若者、反応が早い。

 「られる状態なのでしょうか」の最中で「畏まりました」と返ってきた。畏まりましたって漢字、使えるのかと感心している最中で送信ボタンを押す。

 タイムラグか、「元気ではありません」と返ってくるのがなんだか無機質で、直接会話をしている気分にさえなってきた。


6:08 オロナインと申されましたが、それは一体どういった趣旨なのでしょうか。


 既読はついたがどうやら考えている様子。
 朝から、「オロナインプレイで」とかあいつは平然と言いそうだがそんな下らないことだったらこの朝の貴重な8分、どうしてくれると思えば「先程電話をさせました」「欠勤します」と来た。


大変申し上げにくいのですが 6:09
負傷をしていまして 6:10


 負傷?
 昨日の伊織の「イッちゃってる」表情に、血の気が引いていく思いがした。


6:10 負傷ですか
はい 6:11
6:11負傷と言うのは… 
例の件です 6:11


 うわぁ。

 これが本当ならと、画面の向こう側で鷹峯竜二が、無表情なようで歯をキリキリしてそうな顔が浮かぶ気がした。
 結構、実はヤバかったりして…と頭を過ったが、現状どうも出来ない自分を見つめ、一息吐こうと考えた。


6:14 とりあえず、後にまた連絡をください。お大事に、二人とも無理はせず。
詳しくないので病院に行った方がまずは安心です。間に合わない、歩けない等の問題があれば、救急車やタクシーを使う方が良いと思われます。


 送信してみて、我ながら冷たいかなぁ、しかしこの連絡手段では仕方がないものだと割り切ることにした。

 竜二くん、大変だな君も。

 「そうですね」と、「ありがとうございます」に、まぁそうなんだ俺って何やってるんだろうとケータイをベットに置いたままふう、と吉田は溜め息を吐いた。

 本当はここまで関わる必要はないし、関われない関係だった。だが、心配になってしまう、そんな気持ちに朝からモヤモヤする。

 鷹峯竜二が言った「自分がいない世界」。
 AVで言うところのカメラの役割だと彼は言ったが、カメラは覗かせる役割で一番、いらないものまで見ているのだから、君がいない世界は君が言うそれじゃないんだけどな。君は業が深いが、一番感情を排し耐えているんだろうか。

 不憫に感じたが。

 ダメだなぁ、昼休みにでも婚活アプリを調べてみようかな。割り切る方がいい、どうしたって俺はシチュエーションタイプだからね。そんなことを考えながら、まずは歯を磨くことにした。
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