上 下
361 / 376
The 35th episode

2

しおりを挟む
 一つ、異変と言えば目覚めた時刻だった。

 自分は珍しくぐっすり寝てしまったと、始業時間あたりの時刻に目覚めた星川ほしかわじゅんは、一気に覚醒しケータイ画面を眺めたときにアラーム設定をしていないことと、手に触れたシーツの感触が違うこと、壁際でないこと、いつもの朝の空気よりも少し寂しいことに「あ、そうか」と一人納得をして起き上がったのだった。
 
 違いはまだまだあって、脱ぎ散らかしてしまう自分の寝巻きが今日は畳まれていないことや、そもそもここは自分の家ではないこと、同居人だった山下やました祥真しょうまがいないことも落胆のような、安心のような気がしてベットから起きる。隣に相方が、いなかった。

 律儀にも昨夜、自分の小さい頃からの癖を知っていた相方は、「ホンットにお前ってなんなん?」と言いつつ、眠るまではこの部屋にいてくれたのだ。

 きっと相方、壽美田すみだ流星りゅうせいは自分が眠ったのを見届けてからリビングのソファででも寝たに違いない。

 低血圧の、酸素が少ない頭で天井を見上げてみた。
 偉く、広く寂しい場所に住んでるもんだな、と、それから相方の気配すら感じられないことに気がついた。

「…流星…、起きてんの?」

 声が掠れてしまった。朝方のいつもの日常だが、いつもとは違いのあるものだった。

 返事がないので面倒だなと、そう思いながらも「流星、いないん?」と服を纏いながら開け放たれた引き戸の向こうのリビングを覗く。

「…ん?」

 流星の姿はそこにはなかった。
 しんとしていて、人がいる特有の雰囲気すら、どうやら今はない。

 胸騒ぎがした。
 過去に、この広い、ただの空間と化した寒さには、覚えがあった。

雨さん。

 …どこにいるか、家にはいないようで、さっきまでいた、そんな生温さすらなにもない。

 起きた血圧変化に動悸が起こるような気がした。
 どっと流れ出した血液のような過呼吸に潤は、
 どうにかしたい、
 この苦しさを、どうにかしたいんだと、震えるような気持ちで相方のケータイへ電話をするが、思考も巡らない、一瞬にも満たない信号遮断に一瞬の空白が胸に流れ、目眩に近く頭が、真っ白になるような気がした。

 広さに飲まれそうな空虚に混じった自分の薄くも早い呼吸に気が付き、焦るように次は先輩に電話を掛ける。

 コールを聞いて焦燥は早まり冷や汗になるような気がしてきた。この胸焼けのような胸騒ぎは過去の…、
 熱海あたみあめの時と酷く、似ている。

 雨さん、
 遠くに行きそうなそんな気がしてきた、ねぇ答えはもう待たないんだけど、あのときのあんたはどれほど、何を残そうか、何を選ぼうか、こんな気持ちだったとしたら政宗、頼むから早く出てくれないか。

 部署に間違えて出勤しちゃった?
 けど、と考える。

 耳に無機質な呼び出し音が絡み思考に木霊するような広い空虚に苛まれそうだった。俺きっとこの予感は外れてな──

 ブツっ。
 一気に呼吸を思い出した。

「あ、の…」
『…おは…よう、』

 言葉が不発の弾詰ジャム
 不機嫌な、仲間の寝起きの潰れた声がした。 

『…んだよ潤』
「いや、あの…、」

 電話の向こうの焦燥が感じ取れた気がして荒川あらかわ政宗まさむねは、ボケた頭で「なに、」と返事をする。

「……えっと、」

 言おうとして潤は一度頭を整理した。待て、この焦燥が何かの間違いだったとしたら、俺は何を言うべきなんだ。
 俺は何に焦っているんだ。
 俺はなんで、先輩になんて電話を掛けたんだ。
 経験した焦燥にただ、飲み込まれそうで胸糞が悪いのか。

 妙な沈黙に政宗はボケた頭で「流星はどうしたんだ一体」と考え、静かだがどこか騒ぐ動悸のような雰囲気を電話越しに感じ取った気がした。

 それだけで、頭の片隅が少しずつ、ゆっくり今日へ血液を送り出していく、その感覚に至り「潤…?」と口にした。
 口にしたら少しずつ、確信が廻ってきた、気がして。

「……お前どうした、何か、」
『いや、あの…』

 野生の勘が告げたのか、政宗は何気なく、同居を始めた箕原みのはら伊緒いおの部屋、過去に元嫁と自分が使っていた部屋のある方に目を、向ける。

 何か思考をしようと思い立った瞬間に、『流星が…』。
 それだけですぐに「わかった」と決定付けた。

「取り敢えず今から行く。必要なものと人材はあるか?」

 起き上がり、伊緒の部屋をノックした。

 不穏な気がして落ち着かない。
 フラッシュバックに余念はない。

 潤と政宗はまずはと、部署の前に待ち合わせをすることにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ウロボロスの世界樹

主道 学
ホラー
 ある日のこと……フリーターの赤羽 晶は、嵐の中。喫茶店へと止む無く入り店主に勧められたコーヒーを飲んで帰って行った。だが、そのコーヒーは南米の邪悪なシャーマンによって呪いがかけられていたコーヒー豆でできていた。  唐突に赤羽の周辺で悪夢のような夢の侵食が始まる。  異変の中、六人が仲間になる。  昼と夜の怪物ウロボロス(メルクリウス)の蛇が現実を破壊する。  南米での最終決戦。 「決して夢の中では死んではいけない! 生きろ!」  フリーターが世界を救う物語。

それでもあなたは銀行に就職しますか 第4巻~彰司と佳奈子の勉強会~「不渡り手形」

リチャード・ウイス
現代文学
西都銀行に勤める西村佳奈子は、先輩行員の東郷彰司から、銀行業務の無理難題の解決方法を、「勉強会」と称した飲み会の場でたびたび学んでいる。 今回は同じ本店の別の部署の瀬良弘一をまじえ、「ある事件」の原因と顛末を掘り下げていく。その話題の中心は新庄支店の取引先の斉藤木材。取り込み詐欺?いや、四代目の若社長の失態? 読者には、ノンフィクションとして読んでいただいてよいです。顛末やいかに・・・。

陶酔サナトリウム【途中完結】

二色燕𠀋
現代文学
【中編】孤独な画家と幽霊の話 ※R15くらいの感覚。 ※誘導ではなくどこにも続きはありません。

夫の親友〜西本匡臣の日記〜

ゆとり理
現代文学
誰にでももう一度会いたい人と思う人がいるだろう。 俺がもう一度会いたいと思うのは親友の妻だ。 そう気がついてから毎日親友の妻が頭の片隅で微笑んでいる気がする。 仕事も順調で金銭的にも困っていない、信頼できる部下もいる。 妻子にも恵まれているし、近隣住人もいい人たちだ。 傍から見たら絵に描いたような幸せな男なのだろう。 だが、俺は本当に幸せなのだろうか。 日記風のフィクションです。

エデンの園を作ろう

春秋花壇
現代文学
エデンの園を作ってみた

G.o.D 完結篇 ~ノロイの星に カミは集う~

風見星治
SF
平凡な男と美貌の新兵、救世の英雄が死の運命の次に抗うは邪悪な神の奸計 ※ノベルアップ+で公開中の「G.o.D 神を巡る物語 前章」の続編となります。読まなくても楽しめるように配慮したつもりですが、興味があればご一読頂けると喜びます。 ※一部にイラストAIで作った挿絵を挿入していましたが、全て削除しました。 話自体は全て書き終わっており、週3回程度、奇数日に更新を行います。 ジャンルは現代を舞台としたSFですが、魔法も登場する現代ファンタジー要素もあり  英雄は神か悪魔か? 20XX年12月22日に勃発した地球と宇宙との戦いは伊佐凪竜一とルミナ=AZ1の二人が解析不能の異能に目覚めたことで終息した。それからおよそ半年後。桁違いの戦闘能力を持ち英雄と称賛される伊佐凪竜一は自らの異能を制御すべく奮闘し、同じく英雄となったルミナ=AZ1は神が不在となった旗艦アマテラス復興の為に忙しい日々を送る。  一見すれば平穏に見える日々、しかし二人の元に次の戦いの足音が忍び寄り始める。ソレは二人を分断し、陥れ、騙し、最後には亡き者にしようとする。半年前の戦いはどうして起こったのか、いまだ見えぬ正体不明の敵の狙いは何か、なぜ英雄は狙われるのか。物語は久方ぶりに故郷である地球へと帰還した伊佐凪竜一が謎の少女と出会う事で大きく動き始める。神を巡る物語が進むにつれ、英雄に再び絶望が襲い掛かる。 主要人物 伊佐凪竜一⇒半年前の戦いを経て英雄となった地球人の男。他者とは比較にならない、文字通り桁違いの戦闘能力を持つ反面で戦闘技術は未熟であるためにひたすら訓練の日々を送る。 ルミナ=AZ1⇒同じく半年前の戦いを経て英雄となった旗艦アマテラス出身のアマツ(人類)。その高い能力と美貌故に多くの関心を集める彼女はある日、自らの出生を知る事になる。 謎の少女⇒伊佐凪竜一が地球に帰還した日に出会った謎の少女。一見すればとても品があり、相当高貴な血筋であるように見えるがその正体は不明。二人が出会ったのは偶然か必然か。  ※SEGAのPSO2のEP4をオマージュした物語ですが、固有名詞を含め殆ど面影がありません。世界観をビジュアル的に把握する参考になるかと思います。

ハズレガチャの空きカプセル

京衛武百十
現代文学
釈埴一真(しゃくじきかずま)と妹の琴美(ことみ)は、六畳一間の安アパートの一室に捨てられた兄妹である。会社勤めの一真の収入をあてにしていたはずの両親が、宝くじが当たったとかで、「お前らは勝手に生きろ。俺達はお前らの所為で台無しになった自分の人生をエンジョイするからよ」と吐き捨て、行先も告げずにいなくなったのだ。 一真はすでに成人し仕事をしていたからまだしも琴美はまだ十六歳の高校生である。本来なら保護責任があるはずだが、一真も琴美も、心底うんざりしていたので、両親を探すこともしなかった。 なお、両親は共に再婚同士であり、一真と琴美はそれぞれの連れ子だったため、血縁関係はない。 これは、そんな兄妹の日常である。     筆者より。 <血の繋がらない兄妹>という設定から期待されるような展開はありません。一真も琴美も、徹底した厭世主義者ですので。 また、出だしが一番不幸な状態なだけで、二人が少しずつ人間性を取り戻していく様子を描く日常ものになると思います。また、結果には必ずそれに至る<理由>がありますので、二人がどうしてそうなれたのか理由についても触れていきます。 あと、元々は『中年男と女子高生というシチュエーションを自分なりに描いたらどうなるだろう?』ということで思い付きましたが、明らかに方向性が違いますね。 なお、舞台は「9歳の彼を9年後に私の夫にするために私がするべきこと」や「織姫と凶獣」と直接繋がっており、登場人物も一部重なっています。

甘夏と青年

宮下
現代文学
病気が発覚し、仕事と恋人を失い人生に失望した日々を送る女性、律。 深い傷を抱え、田舎を訪れ己の正解を求める少年、智明。 そして二人と交わる、全てが謎に包まれた『マキ』と名乗る青年。 これは、海の見える土地で、ひと夏を全力で生きた、彼女彼らの物語。

処理中です...