上 下
352 / 376
The 34th episode

1

しおりを挟む
 電話が鳴った。
 昼過ぎのことだった。

「…はい」

 支部長室のデスク。業務用の白い電話を取った小柄な眼鏡の中年男は、大変不機嫌そうに掠れた声だった。

『高田部長、ケリー・マクホン氏から 』
「俺は今日、部下の葬式に」

 一瞬回線が途切れた。それから聞こえる『久しぶりやなクソラット』と言う、関西風味のエセ日本語が聞こえた。

「…どなたでしょうか、国際線ハッキングの罪で国際警察に通報いたしますよ」
「私のジェットは到着したか、ファッキンラット野郎」
「……おやおや季節外れににゃーにゃーと、どうしたもんかなぁ盛りがついて。アメリカの陽気に気が狂っちまったんだろうか、サイコパスな猫だ」
「てめえの憎まれ口はどうだってええわ、んな安酒に盛ってる暇はねぇよラット・プロンカー」
「随分気が狂ってるなサイコキャット。何か、猫いらずでも食ったのかい?
 何用だ貴様」
「わかっとんのやろ、てめぇ」
「…ウチの犬が世話になったようで。どうやって手懐けたか聞こうか?まずは」
「…ウチの犬を何故殺したんかも聞こうか、このクソ野郎」

 両者沈黙が流れ、FBI日本支部長、高田創太は溜め息を吐いた。

「…ここはアニマルホスピタルだからね。狂犬病に掛かった犬は安楽死させるのがドクターってもんじゃないかい?君こそいつから保健所なんて御大層なことを始めたんだ、野良猫のクセに」
「アニマルホスピタル?はっ、射殺なら保健所の方が正しくないんかこのドブネズミが」
「まぁ君の怒りはわかったよケリー・マクホン。俺から君に“君が代”を捧げようか、知ってるかいサイコパス。日本の軍国歌だよ、」
「その腹積もりなんか。どっちがサイコパスだか。
 その腹かっ捌いててめえの口に突っ込んでやるよこのゲス野郎」
「はは、
それは俺の台詞だねファッキン野郎」
「……ショウマは返してもらう」
「流星と引き換えだ」
「お前とことんバカやな。
 死人に口なしと言う日本語を知らないんか低俗は。帰してもえーけど決めるのはリュウセイだろう。狂犬病予防しとけよ、保健所から言っとくわ」
「はて、君はどうやって飼い慣らしたんだケリー。日本語も出来ないのに死人に口なしの意味、わかって使ってる?」

 一方的に切れた。
なるほど。

「ふぅ、」

 一息吐いて高田は考える。

「そろそろ終戦かなぁ、一成」

 思いを馳せる。

 あの日の海岸で、焚き火を炊いて夢を語った君の穏やかな表情を忘れることができない。創太、君は帰ったらまず何をしたい?と。
 君は言ったね一成。まずは家族の元に帰りたいな、日本料理…何がいいかなぁ、お好み焼きかなぁ。と、何も疑わなかった君に俺はどんな気持ちだったのだろう。だから俺は君に何も夢を語ることが出来なかったんだよ。

 いまはより、気持ちを理解することができるのか、わからない。
 君が知らない20年以上で俺はもっとたくさんの物を失った。今度は夢を語れるように、また夢を掴みたいなど、君に言えた義理だろうか。

 高田創太はそれから、雨で暗くなった外を眺める。空は今濁っているらしい。

 電話の音がする、またあの野良猫かと「はい」と出てみる。

『警察庁長官 浅瀬辰夫様からお電…』
「警察庁長官?誰だってんだい、そんな」

傀儡は。

「…まぁいい。繋いでください」 

 そんな犬畜生の戯れ言など序章にすぎないだろう。

あぁ…。
『銃声が聞こえるね』
そう、そうなんだよ。

 高田創太は流星を思い浮かべた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結!】『山陰クライシス!202X年、出雲国独立~2024リライト版~』 【こども食堂応援企画参加作品】

のーの
現代文学
RBFCの「のーの」です。 この度、年末に向けての地元ボランティアの「こども食堂応援企画」に当作品で参加させていただきこととなりました! まあ、「鳥取出身」の「総理大臣」が誕生したこともあり、「プチタイムリーなネタ」です(笑)。 投稿インセンティブは「こども食堂」に寄付しますので、「こども食堂応援企画」に賛同いただける読者様は「エール」で応援いただけると嬉しいです! 当作の「原案」、「チャプター」は「赤井翼」先生によるものです。 ストーリーは。「島根県」が日本国中央政権から、「生産性の低い過疎の県」扱いを受け、国会議員一人当たりの有権者数等で議員定数変更で県からの独自の国会議員枠は削られ、蔑(ないがし)ろにされます。 じり貧の状況で「島根県」が選んだのは「議員定数の維持してもらえないなら、「出雲国」として日本から「独立」するという宣言でした。 「人口比シェア0.5%の島根県にいったい何ができるんだ?」と鼻で笑う中央政府に対し、島根県が反旗を挙げる。「神無月」に島根県が中央政府に突き付けた作戦とは? 「九州、四国を巻き込んだ日本からの独立計画」を阻止しようとする中央政府の非合法作戦に、出雲の国に残った八百万の神の鉄槌が下される。 69万4千人の島根県民と八百万柱の神々が出雲国を独立させるまでの物語です。 まあ、大げさに言うなら、「大阪独立」をテーマに映画化された「プリンセス・トヨトミ」や「さらば愛しの大統領」の「島根県版」です(笑)。 ゆるーくお読みいただければ幸いです。 それでは「面白かった」と思ってくださった読者さんで「こども食堂応援」に賛同下さる方からの「エール」も心待ちにしていまーす! よろしくお願いしまーす! °˖☆◝(⁰▿⁰)◜☆˖°

草稿集

藤堂Máquina
現代文学
草稿詩篇集

スルドの声(交響) primeira desejo

桜のはなびら
現代文学
小柄な体型に地味な見た目。趣味もない。そんな目立たない少女は、心に少しだけ鬱屈した思いを抱えて生きてきた。 高校生になっても始めたのはバイトだけで、それ以外は変わり映えのない日々。 ある日の出会いが、彼女のそんな生活を一変させた。 出会ったのは、スルド。 サンバのパレードで打楽器隊が使用する打楽器の中でも特に大きな音を轟かせる大太鼓。 姉のこと。 両親のこと。 自分の名前。 生まれた時から自分と共にあったそれらへの想いを、少女はスルドの音に乗せて解き放つ。 ※表紙はaiで作成しました。イメージです。実際のスルドはもっと高さのある大太鼓です。

生きる

春秋花壇
現代文学
生きる

老人

春秋花壇
現代文学
あるところにどんなに頑張っても報われない老人がいました

絶海学園

浜 タカシ
現代文学
西暦2100年。国際情勢は緊迫した状態に陥っていた。巷ではいつ第三次世界大戦が勃発してもおかしくないともささやかれている。 そんな中、太平洋上に浮かぶ日本初の国立教育一貫校・国立太平洋学園へのサイバー攻撃が発生。しかし、これはこれから始まる悪夢への序章でしかなかった。

buroguのセカイ

桃青
現代文学
ブログを始めた平凡なOL。だからと言って、特に変化もなく、普通の日々は過ぎると思われたが、ブログを通じて、ある男性と知り合った。恋のような、現代社会と向き合うような、恋愛ものではなく、毎日についてちょっと考える話です。

干物女を圧縮してみた

春秋花壇
現代文学
部屋が狭くなってきた わたしは自分を圧縮してみた

処理中です...