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The 32nd episode

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 ルイジアナから帰国し、一度高田に連絡を入れてみた。
 回線は繋がっていたが、出てはくれなかった。

 帰宅し、一人になってしまった家はまた広いと感じた。
広すぎるんだと実感した。

 潤に連れ帰られるようだった俺はずっと、誰かに、何を話そうが頭が巡り続けていた。

『一人を殺したら最後なんだよ』
『過去は繰り返され、襲いかかるのは誰なのか』
『一度沈んで見た空が、こんなんでした。信じられなかったなぁ』

一人になってしまったな。いつも通りのはずなのに。

 タバコに火をつけた7階の夜が俺を呼んでいるような気がして手が震える。凍えそうなこの星空に、
一人だ。
 食い殺される前、一人なのだしと最早タバコはリビングで吸おう、灰皿を用意する。

 あの「トラウマ部屋」で思い出したことがいくつかある。
 俺は気付いたらあの国の宗教施設にいた。当たり前に夜を殺して生きていた。夜には拷問が始まる。昼には不浄な人間から身を守る術を教わる。
 俺の潜在意識に眠る二重人格は人を殺すための物だったんだ。自覚はある気がする。ぷっつり糸が切れるように、気付いたらまわりに仲間はいなくなるのだ。

あの日。
樹実はどうして俺を拾ったのだろうと考えても、ただただ頭痛に悩むだけだ。
なにかが阻止している。自衛か。俺はまだ俺に近付いていないんだろうか。

 タバコの灰が膝に舞うように落ちてリビングへと戻ってくる。

どうして樹実、教えてくれなかったの。

 それが胸を占めていた。

一人は凍えてしまう。
一人は退屈すぎる。

──人は一人で闇に生きていくしかないのか──

 タバコは置いた、頭が痛い。
 猛烈に何かが襲ってくるような気がして頭を抱えては震えるような寒気に、動悸。
 悲鳴がすぐそこ、耳の中に蹲るような鼓動となり、胸を逆撫でている。誰か、子供の声かもしれない。
 子供はいつか大人になり、いなくなる。迷い込んだ部屋の景色を思い出せないまま、ただただ恐怖が忍び寄っている。

 壁にぶつかるのも忘れてしまう。気が付けばトイレで吐いていた。
 しかし出るものは無理に圧迫された胃液でしかない。胸がざわざわする。俺がここに存在すると思い出

『お前明日からさ』

はっとした。
 あの日のサブマシンガンを背負った背中がフラッシュバックした。

「はっ…、」

 息をするのを、思い出した。

「うぅ…くぅ…っ、」

 思い出したら止まらなくなった。
どうして、樹実、
思い出したらこれほど、嗚咽が出て泣くほどに悲しくなるんだろうか。

涙は生理現象かもしれない。思い出と同じ、これを英語でなんというのだろう、ベトナムではどうだったんだろう、日本では…。

 歯を食い縛ってもしばらくは止まらなかった。俺は漸く一人の戦いを始めるのかもしれない。
 ずっと、闇は怖いと染み付いていた。いまでも、ずっと怖いままだけど。
 ケリーのあの部屋は昼のように真っ白だったんだ。世界は、そうやって出来ている。ひとつの思い込みが、
あの暗闇で見ていた蝋燭の光は確か、白い壁だったと思う。

 環が見た白黒の世界を思い浮かべてみる。君は、光も闇も全て飲み込んでしまったんだろうか。

 頭の奥が痛くなる、血の気が引いていく。

そうか俺はいま、生きているんだ。

 低酸素の頭で立ち上がった。眩暈もする、まだ少しの吐き気もあるし、冷や汗も、身体から降りるように一気に体温を奪うけれど。

 シンプルになった頭で浮かぶ伊緒のあんな姿。見たことなんてないけれど浮かんでくる。
 キッチンも過ぎテーブルにあったケータイに手を伸ばして気付いた、やはり手を噛んでいた。
 そうかこれは声を殺し堪えるためにあるんだ。

 自分の中で繋がったところでソファに座り、呆けるように電話を掛けた。

 2コールで『あぁ?何時だと思ってんだどうした単細胞』と言う、不機嫌な先輩の声に「ははっ…、」と笑いが出てくるような安心感にソファへ寝転ぶことが出来た。

「遅くにっ」

うわっ。
めっちゃ声枯れてる。
プラス、咳き込んだ。

『…なんだお前、タバコ吸いすぎたかおい』

 一回ソファから起きて無言のまま冷蔵庫からミネラルウォーターを出す間に『なんだおい、ちょっと大丈夫なのか?ダメなのか?』と煽られる。俺別に死にそうじゃねぇけどまぁ確かに無言電話もなぁ…と思い、「すみません」が、

「すっ…げほっ、あ゛ー」

となり、より『なんだお前、え、苦しいの!?』を煽ってしまった。
 最早死にそうなガラガラ声で「ずんまぜ、あん、いや、ダイジョブでふ…」と、驚くほど潰れた声で言う羽目になる。
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