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The 31st episode
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飛行機から降りた直後から他三人の肩を張るような雰囲気に事がじわじわ身に染みる。そうか俺はマフィア本部へ足を運ぶのか。生きて帰れるんだろうか。
何時間掛けたか。なんとなく2時間くらいだった気がするが景色は様変わり、朝だった。
空気は広い。これが時差なのか、眠さがどっと来た。変な感覚だ。
ニューオリンズ空港。飛行機で預けたものを受け取る、つまり流星は骨壷を抱えるわけだけど、それは流星の“信頼”なんだろうか、“賭け”なんだろうかと考える。
俺は多分、2回しかあの子と会っていない。病院に運ばれたときと、一年近く前の部署が出来て間もない頃に見舞いに行ったくらい。3回か、最期で。
凄惨な印象ばかりが残るけど、たった一回はっきりと彼女と“会った”記憶にも流星がいる。
この件ばかりは俺が罵倒も慰めも思い出話を語ることは出来なかった。事態が最悪だった。あの子はそれでも透き通っていると俺は思う。
人の死にこんなにも軽薄な俺はきっと最低なんだろうが、それもどこか麻痺しているようで、マフィアボスに会おうとしてる俺は一体なんなんだろうとぼんやり、遠くを考えた。
「潤」
優しい声がかかった。
祥ちゃんが哀愁や緊張を交えた笑顔で笑った。
「複雑なこと考えてるでしょ」
「…どうかな」
特に返事はないけれど、「俺も怖いから、分かルよ潤ちゃん」と、ユミルが不安そうに言った。
“俺”
マジで怖いんだなぁ、ユミル。
「潤ちゃんイイ奴だから、こんなときの別れの挨拶、教えてヨ」
ぼんやりしてたけど、骨壷を持って先頭を歩いていた流星の肩がピクッとして、外に出てすぐ歩きやめた。まだ、どうやってどこに行くかは知らないけど。
「…最後?」
「そだね。多分、もう、リュウともショウとも、潤ちゃんとも、会うことはないと思う」
「なんで?」
「…日本じゃ働けないなぁ…っ、」
質問には答えない。
それって死別と変わらないんじゃないの、てか、
「行ったら殺されるの」
「そうじゃないヨ。
きっとケリーは、俺のことは嫌いだと思う、だけど、俺のために日本へは、行かせないと思う」
「どうして、」
「ヘマをやらかしてそれが心の傷になったから」
流星は静かに、いつもと変わらない鉄面皮声でそう言った。
「えっ、」
「俺はチームのリーダーとしてクビだろうし、トラウマを誘発した祥真も会えなくなるだろう」
「それは…」
良いことなのか、悪いことなのか。
だけど、なんだか切なそうじゃないか。
「…そんなの、「さようなら」しか」
「ユミル」
流星は振り向いてふと、息を飲んでから骨壷に視点を落とし、またユミルを見る。
「Rentrez bien.」
わからないんだけど。トレビアン?
控えめに、微笑みにもならない哀愁を浮かべる流星にユミルは、「…ズルいじゃん流星、」と、眉を寄せて言った。
こんな時の流星は果たしてなんて言うんだろう。
「ユミル。
あいつ、兄弟がなんか、関西系なんだよね、多分」
どういう意味だろ。
「俺はちゃんと言うよ、アデュー、うーん…Dear my brother.」
「嫌味かよ、もう、二人して…!」
そうか。
でも、どうして二人とも切なそうなんだろうね。きっと、なにか、日本特有なんだろうな。じゃぁ何て言おうかな。
「ユミル、」
俯いて答えなくなってしまった。じゃぁ言うしかないじゃん。
「泣くなよ全く」
それでやっぱり顔をあげてくれたけど。見つめてすぐに「うぅぅ…」と泣き出して、子供のようにしがみついてきてしまった。
「一番堪えたかもね、潤のが」
「いや、ごめん。なんとなくフランスなんだろうとしかわからなくて…」
「はは、まぁ、そうだよな。一番日本人らしいなお前」
そりゃぁ…日本語だもんさ。
何もなく、少しそのまま立ち往生して。
タバコが嫌いなユミル、吸っていいかもわからないのに流星はポケットからラキストを取り出して火をつけた。
タバコを噛む。見上げたユミルに流星は言った。
「あばよ」
そうか。
「アバヨ…?」
「さっきよりお洒落だぞユミル。いつか、まぁ使えよ」
「アバヨって、なに、ショウ」
「ちょっと悪いB級映画の人が、使いそうな言葉だよ」
優しく自然に笑って祥ちゃんはユミルに言った。「じゃぁ、オシャレ?」と子供のように聞いて。
「あんなタバコ咥えた柄の悪い奴、オシャレじゃないよ」
「でも祥真だってダサかった」
「そういう素直なとこ、凄く嫌いだなユミル」
「さて、じゃぁ行こうか」
タバコの吸い殻をその場で捨ててもみ消した流星は、そのまままたターミナルを歩き出して。
このチームは言語が下手な奴しかいないんだな。
必要なんて、なかったのかな。良くも悪くも。そうはっきりと俺は思った。
肩の張った空気は少しだけ、柔らかくなったような気がする。
何時間掛けたか。なんとなく2時間くらいだった気がするが景色は様変わり、朝だった。
空気は広い。これが時差なのか、眠さがどっと来た。変な感覚だ。
ニューオリンズ空港。飛行機で預けたものを受け取る、つまり流星は骨壷を抱えるわけだけど、それは流星の“信頼”なんだろうか、“賭け”なんだろうかと考える。
俺は多分、2回しかあの子と会っていない。病院に運ばれたときと、一年近く前の部署が出来て間もない頃に見舞いに行ったくらい。3回か、最期で。
凄惨な印象ばかりが残るけど、たった一回はっきりと彼女と“会った”記憶にも流星がいる。
この件ばかりは俺が罵倒も慰めも思い出話を語ることは出来なかった。事態が最悪だった。あの子はそれでも透き通っていると俺は思う。
人の死にこんなにも軽薄な俺はきっと最低なんだろうが、それもどこか麻痺しているようで、マフィアボスに会おうとしてる俺は一体なんなんだろうとぼんやり、遠くを考えた。
「潤」
優しい声がかかった。
祥ちゃんが哀愁や緊張を交えた笑顔で笑った。
「複雑なこと考えてるでしょ」
「…どうかな」
特に返事はないけれど、「俺も怖いから、分かルよ潤ちゃん」と、ユミルが不安そうに言った。
“俺”
マジで怖いんだなぁ、ユミル。
「潤ちゃんイイ奴だから、こんなときの別れの挨拶、教えてヨ」
ぼんやりしてたけど、骨壷を持って先頭を歩いていた流星の肩がピクッとして、外に出てすぐ歩きやめた。まだ、どうやってどこに行くかは知らないけど。
「…最後?」
「そだね。多分、もう、リュウともショウとも、潤ちゃんとも、会うことはないと思う」
「なんで?」
「…日本じゃ働けないなぁ…っ、」
質問には答えない。
それって死別と変わらないんじゃないの、てか、
「行ったら殺されるの」
「そうじゃないヨ。
きっとケリーは、俺のことは嫌いだと思う、だけど、俺のために日本へは、行かせないと思う」
「どうして、」
「ヘマをやらかしてそれが心の傷になったから」
流星は静かに、いつもと変わらない鉄面皮声でそう言った。
「えっ、」
「俺はチームのリーダーとしてクビだろうし、トラウマを誘発した祥真も会えなくなるだろう」
「それは…」
良いことなのか、悪いことなのか。
だけど、なんだか切なそうじゃないか。
「…そんなの、「さようなら」しか」
「ユミル」
流星は振り向いてふと、息を飲んでから骨壷に視点を落とし、またユミルを見る。
「Rentrez bien.」
わからないんだけど。トレビアン?
控えめに、微笑みにもならない哀愁を浮かべる流星にユミルは、「…ズルいじゃん流星、」と、眉を寄せて言った。
こんな時の流星は果たしてなんて言うんだろう。
「ユミル。
あいつ、兄弟がなんか、関西系なんだよね、多分」
どういう意味だろ。
「俺はちゃんと言うよ、アデュー、うーん…Dear my brother.」
「嫌味かよ、もう、二人して…!」
そうか。
でも、どうして二人とも切なそうなんだろうね。きっと、なにか、日本特有なんだろうな。じゃぁ何て言おうかな。
「ユミル、」
俯いて答えなくなってしまった。じゃぁ言うしかないじゃん。
「泣くなよ全く」
それでやっぱり顔をあげてくれたけど。見つめてすぐに「うぅぅ…」と泣き出して、子供のようにしがみついてきてしまった。
「一番堪えたかもね、潤のが」
「いや、ごめん。なんとなくフランスなんだろうとしかわからなくて…」
「はは、まぁ、そうだよな。一番日本人らしいなお前」
そりゃぁ…日本語だもんさ。
何もなく、少しそのまま立ち往生して。
タバコが嫌いなユミル、吸っていいかもわからないのに流星はポケットからラキストを取り出して火をつけた。
タバコを噛む。見上げたユミルに流星は言った。
「あばよ」
そうか。
「アバヨ…?」
「さっきよりお洒落だぞユミル。いつか、まぁ使えよ」
「アバヨって、なに、ショウ」
「ちょっと悪いB級映画の人が、使いそうな言葉だよ」
優しく自然に笑って祥ちゃんはユミルに言った。「じゃぁ、オシャレ?」と子供のように聞いて。
「あんなタバコ咥えた柄の悪い奴、オシャレじゃないよ」
「でも祥真だってダサかった」
「そういう素直なとこ、凄く嫌いだなユミル」
「さて、じゃぁ行こうか」
タバコの吸い殻をその場で捨ててもみ消した流星は、そのまままたターミナルを歩き出して。
このチームは言語が下手な奴しかいないんだな。
必要なんて、なかったのかな。良くも悪くも。そうはっきりと俺は思った。
肩の張った空気は少しだけ、柔らかくなったような気がする。
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