312 / 376
※The 28th episode
7
しおりを挟む
海軍訓練所跡地には、一台の白い、どこにでもあるような国産車が乗り捨てられていた。
ついた頃に潤からワンコールあった。
結局、潤から電話を貰っても1時間は掛かってしまった。時刻は0時を回ろうとしていた。本当だったら今頃、二人でのんびりと就寝していたはずだ。
「…もしもし」
『もしもし流星?ついた?』
「ついた」
『もう少しでつきそうなんだけどどうにも、追跡してた車、事故ったみてぇだ』
「は?」
ここに一台あるけど。
不自然に後部座席が空いている。
『かなり激しく事故った後みたいで、警察がいま来たところ』
「こっちにもあるけど、明らか怪しい車」
潤と通話しながら、確かダッシュボードに普段常備しているゴム手袋とポリ袋があったはずだと漁る。
『…じゃそっち向かうわ。
蛇行とかしてたから、これも怪しいけど、堂々としすぎだし。まぁここは警察に任せるわ』
あった。
「…わかった」
通話を切り、懐中電灯も持ってその乗り捨てられた車へ向かう。
恐る恐る後部座席へ懐中電灯を当て覗いてみれば、足元に、注射器の残骸と、薬品が入った瓶。
ここで何かがあったのは確かだ。
その場でゴム手袋をはめ、まずは瓶を確認する。
コデイン。
ビンゴかもしれない。
注射器とコデインの入った瓶をそれぞれ押収して一度車にそれらを置きに戻る。
どのみち事件性ありだと判断し、ポケットからまた自分のスマホを出し、慧さんにもコールした。
当たり前ながら休めていないだろう。しかしすぐに『はい、どうしました』と返事をくれた。
「すみません、お疲れ様です流星です。
大至急東京湾の、海軍訓練所に来ていただけますか」
『かしこまりました。鑑識案件でしょうか』
「…はい」
通話は切り、早速海軍訓練所へ入ることにした。
今は使われてないこの場所は、本当は懐かしいはずの場所で。あの人がテロを起こしてから防衛相が捜査に入ったきり、ここはあのときのままだ。
俺もあの、雨さんにここで学んだ19の時以来、来ていなかった。
普通はこういう施設は、資料館になるらしいが、事件のあった場所という印象が強く、結局廃墟になったらしい。
ドアを開けてすぐが広くロビーのようで。俺はこの入り口で、樹実に銃を突きつけられたし、雨さんから足元に一発射たれたんだ。
微笑ましい、はずだった。
内部に入ってすぐ右の通路へ迷いなく向かう俺に、「来たこと…あるんですか?」と、後ろをついてきた伊緒が言った。
声が、反響するような場所になったのか、ここは。
「昔ここで3日だけ厄介になった」
「はぁ…」
伊緒は感嘆を漏らす。
手前から三部屋目だけが開いている。
何か、揺らめくような小さな光が出ている。
そこは昔、俺の仮の部屋だった、資料室だった。
嫌な予感しかしない。しかしそのわりには人の気配を感じないが、
どこかから血の臭いはしてくる。懐中電灯を一度きり、ポケットに忍ばせていたM18を握り、スライドを解除する。
それを見た伊緒も、同じくシグザを構えた。光が漏れて見えた伊緒に顎をしゃくって反対側へ回るように指示をした。
血の臭いがする。
じわりと手が滑るのがわかる。
怖い、なにより。
環が無事じゃないのかもしれない。
一息噛み殺し、俺は漸く銃を構えて部屋に入った。
「はっ…、」
一目で目についた。
部屋中央の、
倒れた本棚だろう台に、環が横たわっていたが。
「は…ぁっ!」
腰が抜けそうになるも、最早銃はその場に捨てて、近寄る、より確かになり。
「…えっ、…っ、」
絶句した伊緒の声はもう耳に入らない。
「たまき…、ぃ、」
裸にされた環の裂かれた腹から、血が溢れていて。
「ぅあああっ、」
顔は虚ろに天井を眺めているような、なんなのか。
頬は生温く生きた心地がしない。涙の塩気は乾いて、首には手の鬱血痕そこに光るあの指輪と、半開きの口から垂れた血も乾いていて。
いくら触れても環はもう…。
「はっ…、ぅっ…あああぁっ!」
足はついに腰を抜かし、環を、抱き締める自分がいた。
妄言しか出てこない。自制心が狂いそうなほど、意識がないまま「環、環、」と呼んでいる。
「流星!」
潤の声がして少し我に返れば「うぁっ、」と漏らした声まで聞こえた。
「環、ねぇ環…!」
やっと出てくる自分の中の言葉は狂ったように口から出ていく。
環、環。
なんて、なんて。
怖かっただろう、痛かっただろう、どうして、何が間違って、こうなったんだ。
狂ったままでいたらふと、細い見慣れた指が環の瞼に触れ、瞳孔を閉じた。
背後まで潤が来ていた事に今更気付いて振り向けば、爽やかな、けれど蝋燭の光で涙を溢した潤が、環の顔を眺めていた。
だがやはり「くっ…っ、」と堪えたように、俺から顔を反らして肩を、少し震わせていた。
「どう、して、」
切れ切れな潤を見上げる。
「なんでっ、こんな、」
怒気が籠っていく。
また環を見下ろして荒々しく涙を拭った潤はその手を俺の肩に置く。
手が震え歯を食い縛る潤を見て、俺はついに環の手を握り「ふはっ…っ、」と涙が零れ出した。震え出した、止まらなかった。
環、俺はまだまだ君と、この世界を歩いていなかった。まだまだ君と…、
わからないよ、もう、もう…。
「ぶっ殺してやる…ぅっ、」
短く潤はそう殺意で言う。それから嗚咽を漏らして泣きながら、俺の肩を抱いてくる潤を見ることができなかった。
俺は、俺は、
ヒーローにはなれないよ、この先、ずっと。
ついた頃に潤からワンコールあった。
結局、潤から電話を貰っても1時間は掛かってしまった。時刻は0時を回ろうとしていた。本当だったら今頃、二人でのんびりと就寝していたはずだ。
「…もしもし」
『もしもし流星?ついた?』
「ついた」
『もう少しでつきそうなんだけどどうにも、追跡してた車、事故ったみてぇだ』
「は?」
ここに一台あるけど。
不自然に後部座席が空いている。
『かなり激しく事故った後みたいで、警察がいま来たところ』
「こっちにもあるけど、明らか怪しい車」
潤と通話しながら、確かダッシュボードに普段常備しているゴム手袋とポリ袋があったはずだと漁る。
『…じゃそっち向かうわ。
蛇行とかしてたから、これも怪しいけど、堂々としすぎだし。まぁここは警察に任せるわ』
あった。
「…わかった」
通話を切り、懐中電灯も持ってその乗り捨てられた車へ向かう。
恐る恐る後部座席へ懐中電灯を当て覗いてみれば、足元に、注射器の残骸と、薬品が入った瓶。
ここで何かがあったのは確かだ。
その場でゴム手袋をはめ、まずは瓶を確認する。
コデイン。
ビンゴかもしれない。
注射器とコデインの入った瓶をそれぞれ押収して一度車にそれらを置きに戻る。
どのみち事件性ありだと判断し、ポケットからまた自分のスマホを出し、慧さんにもコールした。
当たり前ながら休めていないだろう。しかしすぐに『はい、どうしました』と返事をくれた。
「すみません、お疲れ様です流星です。
大至急東京湾の、海軍訓練所に来ていただけますか」
『かしこまりました。鑑識案件でしょうか』
「…はい」
通話は切り、早速海軍訓練所へ入ることにした。
今は使われてないこの場所は、本当は懐かしいはずの場所で。あの人がテロを起こしてから防衛相が捜査に入ったきり、ここはあのときのままだ。
俺もあの、雨さんにここで学んだ19の時以来、来ていなかった。
普通はこういう施設は、資料館になるらしいが、事件のあった場所という印象が強く、結局廃墟になったらしい。
ドアを開けてすぐが広くロビーのようで。俺はこの入り口で、樹実に銃を突きつけられたし、雨さんから足元に一発射たれたんだ。
微笑ましい、はずだった。
内部に入ってすぐ右の通路へ迷いなく向かう俺に、「来たこと…あるんですか?」と、後ろをついてきた伊緒が言った。
声が、反響するような場所になったのか、ここは。
「昔ここで3日だけ厄介になった」
「はぁ…」
伊緒は感嘆を漏らす。
手前から三部屋目だけが開いている。
何か、揺らめくような小さな光が出ている。
そこは昔、俺の仮の部屋だった、資料室だった。
嫌な予感しかしない。しかしそのわりには人の気配を感じないが、
どこかから血の臭いはしてくる。懐中電灯を一度きり、ポケットに忍ばせていたM18を握り、スライドを解除する。
それを見た伊緒も、同じくシグザを構えた。光が漏れて見えた伊緒に顎をしゃくって反対側へ回るように指示をした。
血の臭いがする。
じわりと手が滑るのがわかる。
怖い、なにより。
環が無事じゃないのかもしれない。
一息噛み殺し、俺は漸く銃を構えて部屋に入った。
「はっ…、」
一目で目についた。
部屋中央の、
倒れた本棚だろう台に、環が横たわっていたが。
「は…ぁっ!」
腰が抜けそうになるも、最早銃はその場に捨てて、近寄る、より確かになり。
「…えっ、…っ、」
絶句した伊緒の声はもう耳に入らない。
「たまき…、ぃ、」
裸にされた環の裂かれた腹から、血が溢れていて。
「ぅあああっ、」
顔は虚ろに天井を眺めているような、なんなのか。
頬は生温く生きた心地がしない。涙の塩気は乾いて、首には手の鬱血痕そこに光るあの指輪と、半開きの口から垂れた血も乾いていて。
いくら触れても環はもう…。
「はっ…、ぅっ…あああぁっ!」
足はついに腰を抜かし、環を、抱き締める自分がいた。
妄言しか出てこない。自制心が狂いそうなほど、意識がないまま「環、環、」と呼んでいる。
「流星!」
潤の声がして少し我に返れば「うぁっ、」と漏らした声まで聞こえた。
「環、ねぇ環…!」
やっと出てくる自分の中の言葉は狂ったように口から出ていく。
環、環。
なんて、なんて。
怖かっただろう、痛かっただろう、どうして、何が間違って、こうなったんだ。
狂ったままでいたらふと、細い見慣れた指が環の瞼に触れ、瞳孔を閉じた。
背後まで潤が来ていた事に今更気付いて振り向けば、爽やかな、けれど蝋燭の光で涙を溢した潤が、環の顔を眺めていた。
だがやはり「くっ…っ、」と堪えたように、俺から顔を反らして肩を、少し震わせていた。
「どう、して、」
切れ切れな潤を見上げる。
「なんでっ、こんな、」
怒気が籠っていく。
また環を見下ろして荒々しく涙を拭った潤はその手を俺の肩に置く。
手が震え歯を食い縛る潤を見て、俺はついに環の手を握り「ふはっ…っ、」と涙が零れ出した。震え出した、止まらなかった。
環、俺はまだまだ君と、この世界を歩いていなかった。まだまだ君と…、
わからないよ、もう、もう…。
「ぶっ殺してやる…ぅっ、」
短く潤はそう殺意で言う。それから嗚咽を漏らして泣きながら、俺の肩を抱いてくる潤を見ることができなかった。
俺は、俺は、
ヒーローにはなれないよ、この先、ずっと。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
男子中学生から女子校生になった僕
葵
大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。
普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。
強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師の松本コウさんに描いていただきました。
春秋館 <一話完結型 連続小説>
uta
現代文学
様々な人たちが今日も珈琲専門店『春秋館』を訪れます。
都会の片隅に佇むログハウス造りの珈琲専門店『春秋館』は、その名の通り「春」と「秋」しか営業しない不思議な店。
寡黙で涼しい瞳の青年店長と、憂いな瞳のアルバイトのピアノ弾きの少女が、訪れるお客様をもてなします。
物語が進む内に、閉ざされた青年の過去が明らかに、そして少女の心も夢と恋に揺れ動きます。
お客様との出逢いと別れを通し、生きる事の意味を知る彼らの三年半を優しくも激しく描いています。
100話完結で、完結後に青年と少女の出逢い編(番外編)も掲載予定です。
ほとんどが『春秋館』店内だけで完結する一話完結型ですが、全体の物語は繋がっていますので、ぜひ順番に読み進めて頂けましたら幸いです。
ルビコンを渡る
相良武有
現代文学
人生の重大な「決断」をテーマにした作品集。
人生には後戻りの出来ない覚悟や行動が在る。独立、転身、転生、再生、再出発などなど、それは将に人生の時の瞬なのである。
ルビコン川は古代ローマ時代にガリアとイタリアの境に在った川で、カエサルが法を犯してこの川を渡り、ローマに進軍した故事に由来している。
大学寮の偽夫婦~住居のために偽装結婚はじめました~
石田空
現代文学
かつては最年少大賞受賞、コミカライズ、アニメ化まで決めた人気作家「だった」黒林亮太は、デビュー作が終了してからというもの、次の企画が全く通らず、デビュー作の印税だけでカツカツの生活のままどうにか食いつないでいた。
さらに区画整理に巻き込まれて、このままだと職なし住所なしにまで転がっていってしまう危機のさなかで偶然見つけた、大学寮の管理人の仕事。三食住居付きの夢のような仕事だが、条件は「夫婦住み込み」の文字。
困り果てていたところで、面接に行きたい白羽素子もまた、リストラに住居なしの危機に陥って困り果てていた。
利害が一致したふたりは、結婚して大学寮の管理人としてリスタートをはじめるのだった。
しかし初めての男女同棲に、個性的な寮生たちに、舞い込んでくるトラブル。
この状況で亮太は新作を書くことができるのか。そして素子との偽装結婚の行方は。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる