上 下
294 / 376
※The 26th episode

5

しおりを挟む
 その日帰宅したのは夕方6時くらいだった。
 はっきり言って遊ぶ元気がなくなるくらいに疲れた。
 家の前まで来て、美味しそうな匂いがしてはっと我に帰る。

 やべぇ、ホンマに3日くらい家を空けたわ。
 祥ちゃんと住み始めて、というか出会ってそんなこと、あまりなかった。精々あっても次の日朝帰りだった。

ヤバいな心配させているかな。

 流石に罪悪感が沸く。どうしよ、居なかった間の夕飯とかどうしてたかな。

 こっそり、静かに扉を開けて小さく「ただいま~…」と、蚊の鳴く声で言えば、コンロが止まった音がして。

 リビングが開いた。
 祥ちゃんがダサ眼鏡と寝癖で、覗くようにしてこちらを見ていた。
 俺を確認すれば祥ちゃんは「あっ、」と言ってから駆け寄るように、玄関に立ち尽くした俺の元まで来て「おかえり!」と言ってくれた。

「た、たらいまれす」

 噛みまくり。動揺しすぎ俺。

「あーもう!潤!」

 抱きつかれた。
 髪を撫でながら「死んだかと思ったじゃん」と言った後に祥ちゃんは、不自然にその手を止め、肩を掴んで顔を覗き込まれた。

「…潤。
 遊び狂っていたね?」

ぎくっ。

 ふう、と息を吐いてから祥ちゃんは、なんだか人の体を探すようにぽんぽん触っていっては「やっぱり」と。

「若干痩せたし、目は充血気味だし。不健康生活をしたね君」
「…はいい…すみません」
「いや、まぁ別に良いけどさぁ…まぁ、心配はするでしょうよ」

 言い返せない。
 なんで心配するのとか、言ってしまいそうで打ち消しては「はい」と祥ちゃんはリビングへ促す。

「晩飯まずは、食べられるの?」
「うぅ、はい」

若干この優しさが。
なんだろ、泣きそうになるけど泣かない自分がいて。

 結局リビングへ戻る祥ちゃんの背中に着いていくだけで。
 ソファに座って漸く「腹減った」に至った。

「ふ、はは。
 はいはい。いま持ってくから」
「すんません…」

頭が上がらんわ。

 しかし今日はヘビーにハヤシライスだった。
 皿を置いた祥ちゃんに「オムタマにした方がよかった?」と言われたが、食った瞬間やっぱ泣きそうになって「ふん、」とあんまり返事が出来なかった。

「いやもう帰ってこなかったりして、とか考えたら作り置き出来るやつだな、とね。したら帰ってきても食えるし」
「ごめん…」
「なんか、遊び呆けてたわりには傷心してんな。自棄にでもなったの?」

そうですぅぅ。
自棄になって数日間アバンギャルドですぅ。心身ともに疲れてますぅ。

 答えずにいれば祥ちゃんは特に気にした風でもなく。ただただ前屈みになってテレビを見ていた。

 テレビは動物番組で。
 あんたそんなの観るやつだっけと。
 けどそれも口に出せなかった。

「…取り敢えず食ったら寝れば?風呂が良いか?ぶっちゃけ若干こう…
 タバコかな。シャブみたいな臭いがするんだけど潤」

 しかも。
 祥ちゃん、若干怒ってる。

「…タバコです」
「あそう」

こ、

「祥ちゃん怖いごめんなさい」
「別にいいけど。君の遊び癖はまぁまぁ把握してますから」
「なんか…」

そんなになんで怒るかな。
よくね?俺ってもうこのテレビの向こうの猿と変わんねぇじゃんか。

 ちらっと俺を睨み上げた祥ちゃんは、
なんだか俺の顔を見た瞬間に心配そうに、「あのさ、」と言ったが。
 続かなかったのか、ぎこちなく髪に触れてくる。
 流石に。

「やめて、マジ」

 払いのけてしまい、
それが虚しくなってついに涙が流れた。

「…なに、どうしたの潤」
「わかんな、い。けど嫌」

 祥ちゃんは黙って手を引っ込め、自分もハヤシライスを食べ始めた。

 無言が続いたがふと、
 「気持ちはわかるけど」と祥ちゃんは言った。

「多分それは自傷に近いもんかもなと、わかるから怒ってたんだけど。
 そこまで拒否られると少し傷付くじゃん」

わかってる。

「わかってるよ、祥ちゃん」
「うーん。ごめん、あんま伝わった気がしない」
「ごめんってば」
「あんまそれも響かない。
 心配してんのはまぁ俺の勝手だから気にしないで。俺こそ悪かったね」
「うぅ…」

 伝わらない。
 ちらっと祥ちゃんは、俺を見て、それから何事もなく食べ終わった皿を下げて。
 ついで戻ってきてはやっぱりぎこちなく俺の頭に手を置いて。

「君ん家に転がり込んだ俺が言うのもなんだけど、まぁ、俺に出来るのって飯作るくらいだから。連絡して」
「…うん」
「いや、ごめん。いま話すのはやめよう。凶器しか俺にはないわ、今」
「どして…?」

 純粋に聞いてみた。
どうして俺を心配するのと。
 祥ちゃんは、答えずに曖昧に笑った。

「わかんねぇ」

 それだけは、言ったんだけど。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ニューハーフな生活

フロイライン
恋愛
東京で浪人生活を送るユキこと西村幸洋は、ニューハーフの店でアルバイトを始めるが

電子カルテの創成期

ハリマオ65
現代文学
45年前、医療にコンピューターを活用しようと挑戦した仲間たちの話。それは、地方都市から始まった、無謀な大きな挑戦。しかし現在、当たり前の様に医療用のデータベースが、活用されてる。新しい挑戦に情熱を持った医師と関係者達が、10年をかけ挑戦。当時の最先端技術を駆使してIBM、マッキントッシュを使い次々と実験を重ねた。当時の関係者は、転勤したり先生は、開業、病院の院長になり散らばった。この話は、実話に基づき、筆者も挑戦者の仲間の一人。ご覧ください。 Noveldaysに重複投稿中です。

感謝の気持ち

春秋花壇
現代文学
感謝の気持ち

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師の松本コウさんに描いていただきました。

天穹は青く

梅林 冬実
現代文学
母親の無理解と叔父の存在に翻弄され、ある日とうとう限界を迎えてしまう。 気付けば傍に幼い男の子がいて、その子は尋ねる。「どうしたの?」と。 普通に生きたい。それだけだった。頼れる人なんて、誰もいなくて。 不意に訪れた現実に戸惑いつつも、自分を見つめ返す。その先に見えるものとは。

歌物語

天地之詞
現代文学
様々のことに際して詠める歌を纏めたるものに侍り。願はくば縦書きにて読み給ひたう侍り。感想を給はるればこれに勝る僥倖は有らずと侍り。御気に入り登録し給はるれば欣(よろこ)び侍らむ。俳句短歌を問はず気紛れに書きて侍り。なほ歴史的假名遣にて執筆し侍り。 宜しくばツヰッターをフォローし給へ https://twitter.com/intent/follow?screen_name=ametutinokotoba

大学寮の偽夫婦~住居のために偽装結婚はじめました~

石田空
現代文学
かつては最年少大賞受賞、コミカライズ、アニメ化まで決めた人気作家「だった」黒林亮太は、デビュー作が終了してからというもの、次の企画が全く通らず、デビュー作の印税だけでカツカツの生活のままどうにか食いつないでいた。 さらに区画整理に巻き込まれて、このままだと職なし住所なしにまで転がっていってしまう危機のさなかで偶然見つけた、大学寮の管理人の仕事。三食住居付きの夢のような仕事だが、条件は「夫婦住み込み」の文字。 困り果てていたところで、面接に行きたい白羽素子もまた、リストラに住居なしの危機に陥って困り果てていた。 利害が一致したふたりは、結婚して大学寮の管理人としてリスタートをはじめるのだった。 しかし初めての男女同棲に、個性的な寮生たちに、舞い込んでくるトラブル。 この状況で亮太は新作を書くことができるのか。そして素子との偽装結婚の行方は。

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

処理中です...