上 下
282 / 376
The 24th episode

6

しおりを挟む
 しかしちらりと見れば環はどこか、
顔はクッションからあげてくれたがテレビでもなく、空中なのかテーブルの上なのかを、寂しそうに眺めては、言葉を探しているように見えた。

だけど。

「環、」

 だから手を伸ばして、肩を抱いて「ごめん、」と言うしか出来ない。

「邪魔だとか、考えているならそれは違う。だけど俺では、守れないかもしれない。俺は君には…」

幸せになって欲しい。
 言えない。
 どうして言えないんだ。本音なのに、少し違う気がしてしまう。

「…私の過去が、関係するのでしょうか、それとも、貴方の過去でしょうか」
「…あの、」
「どちらにしても私は…、こうした貴方の温もりを亡くす日は、もう…」

 何が言いたいのだろう。
どうしてこんなとき、わかってやれないのだろうか。スケッチブックでもなく、きちんと話を、しているのに。

「…出来ましたよ、お二人とも」

 伊緒が見計らったのか、夕飯を持って来てくれた。
 いつもなら手伝う環が、一筋静かに涙を流すのを見て、居たたまれなくなった。
 泣かせるのは初めてだった。

「…ご飯も持ってきます。味噌汁は、冷めちゃうから後でにしましょうか、環さん」

 生姜焼きを置いて伊緒が言い、またキッチンに戻る。
 どうして良いかわからなくて、より腕に力を入れて引き寄せ、「ごめん」と告げる。

「…君にそんな顔をさせるつもりはなかった。もう少し俺が」

ちゃんとしてれば。

 堰を切ったように静かに環は泣き始め、涙を拭った。

そんなに。
離れるのが嫌だったのか。
環、でも…。

 伊緒が今度はご飯をよそった茶碗持ってくれば、「どうして…?」と弱々しく環が言う。

「環、」

 伊緒も心配そうに環を見るが、「まずは食べましょ、お腹すいたでしょ環さん」と宥める。

「…流星さんも意地悪を言っている訳じゃなく、その人は「俺が守る」とか、貴方に言えないんですよ環さん」
「へ?」

ん?

 環が伊緒を見つめるも、伊緒は構わず「いただきます」と手を合わせた。

「…でも俺は流星さんの気持ちはわかります。無責任にそんなこと言えないんだってことも。
 カッコ悪いかもしれないですが、却って正義でかっこいいと俺は思いますよ流星さん」
「伊緒?」
「ただ言葉が足りないんだ。俺はちゃんと話せば良いのになと」
「…そうなんだけど、」
「話せない理由が環さんにあるんですか」

 どうも、伊緒は機嫌が悪いらしい。
そうかもしれない。
 俺もそうやって樹実と、喧嘩をしたかもしれない。

「…辛いなぁ、どうも、」

 やはりなかなかヒーローにはなれない俺にイライラもする。

「…俺は昔そうやって、保護者と、樹実と、喧嘩したよ多分。あの時の樹実はこんな気持ちだったのかもな。俺はどうやら、ヒーローになんて」
「やめてください、」

 環が言った。

「…お腹、すきました。
伊緒くん、ありがとうございます。いただきます。
 流星さん、ごめんなさい、考えさせてください。私には、まだ…」

 なにも言えなかった。
 ソファから降りて環は静かに「いただきます」と言った。

 俺も一段降りてそれに習う。
 もう少し、考えるべきかもしれない。

「…今日、ホントは渾身なんですよ、生姜焼き」

 伊緒もそれ以上は攻めることをやめた。

「…もう少し、俺も考えるよ。悪かった」

 しかし伊緒は環を見つめていた。
多分、少し批判的だ。

 この場はこれで終わった。あとはドラマが終わり。
 寝るのだって、いつもと変わらずに、環と布団に入って。

 ただ、いつもとは違い環が背中に抱きついてきたので、やはり少し、自分が情けなくなった。こんな時、その手を握ることしか出来ない自分の臆病さが、妬ましい。

 確かに本当は言ってやりたかった。
「心配要らないよ」と、それだけを。カッコすらつけられない。それが無責任になるからだ。

本当は過去なんて誰も拭えない、だが亡くなってしまったからには取り戻せない。

 寝息は暫く聞こえなかったが、どうやら暖かさはあった。それがより俺も、きっと環も、切なくなってしまうのは何故か。

もう少し俺も無責任な方がいいのか?幸せなのか環。

ダメだ、きっと、これは寝れないと、寝室の壁を眺めて俺は過ごしてきた15年を思った。

一つも、俺は樹実に近付けてなどいなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

歌物語

天地之詞
現代文学
様々のことに際して詠める歌を纏めたるものに侍り。願はくば縦書きにて読み給ひたう侍り。感想を給はるればこれに勝る僥倖は有らずと侍り。御気に入り登録し給はるれば欣(よろこ)び侍らむ。俳句短歌を問はず気紛れに書きて侍り。なほ歴史的假名遣にて執筆し侍り。 宜しくばツヰッターをフォローし給へ https://twitter.com/intent/follow?screen_name=ametutinokotoba

電子カルテの創成期

ハリマオ65
現代文学
45年前、医療にコンピューターを活用しようと挑戦した仲間たちの話。それは、地方都市から始まった、無謀な大きな挑戦。しかし現在、当たり前の様に医療用のデータベースが、活用されてる。新しい挑戦に情熱を持った医師と関係者達が、10年をかけ挑戦。当時の最先端技術を駆使してIBM、マッキントッシュを使い次々と実験を重ねた。当時の関係者は、転勤したり先生は、開業、病院の院長になり散らばった。この話は、実話に基づき、筆者も挑戦者の仲間の一人。ご覧ください。 Noveldaysに重複投稿中です。

我ら同級生たち

相良武有
現代文学
 この物語は高校の同級生である男女五人が、卒業後に様々な形で挫折に直面し、挫折を乗り越えたり、挫折に押し潰されたりする姿を描いた青春群像小説である。   人間は生きている時間の長短ではなく、何を思い何をしたか、が重要なのである。如何に納得した充実感を持ち乍ら生きるかが重要なのである。自分の信じるものに向かって闘い続けることが生きるということである・・・

感謝の気持ち

春秋花壇
現代文学
感謝の気持ち

春秋館 <一話完結型 連続小説>

uta
現代文学
様々な人たちが今日も珈琲専門店『春秋館』を訪れます。 都会の片隅に佇むログハウス造りの珈琲専門店『春秋館』は、その名の通り「春」と「秋」しか営業しない不思議な店。 寡黙で涼しい瞳の青年店長と、憂いな瞳のアルバイトのピアノ弾きの少女が、訪れるお客様をもてなします。 物語が進む内に、閉ざされた青年の過去が明らかに、そして少女の心も夢と恋に揺れ動きます。 お客様との出逢いと別れを通し、生きる事の意味を知る彼らの三年半を優しくも激しく描いています。 100話完結で、完結後に青年と少女の出逢い編(番外編)も掲載予定です。 ほとんどが『春秋館』店内だけで完結する一話完結型ですが、全体の物語は繋がっていますので、ぜひ順番に読み進めて頂けましたら幸いです。

のろし

けろけろ
現代文学
僕という存在の狼煙 外界への交流の狼煙

私は死に続ける

黄昏睡
現代文学
私は死に続ける。VRの世界でーー

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師の松本コウさんに描いていただきました。

処理中です...