252 / 376
The 20th episode
4
しおりを挟む
「潤、どうした…」
血が流れる。皿が割れている。
「ちょっと、潤、」
その手を掴まれ我に返った。
「あ、ごめん、」
祥ちゃんを見てから皿を眺めれば「全くもう、」と言われ、一度血が出た指を、出しっぱなしにしていた水につけられ、根本を強く握られた。
そのまま「ちょっと待って」と祥ちゃんは言い、すぐに後ろの食器棚の引き出しから消毒液と大きな絆創膏を取りだし、消毒されて手の平に絆創膏を張られた。
「…すぐ風呂入るからいいよ」
「どうやったら掌を怪我するんだよ。不器用だなぁ、」
優しく笑って、俺は背を押されてソファに座らせられた。
向かいに祥ちゃんがしゃがみ俺の頭に手を伸ばす。反射的に目を瞑ったら優しく髪を撫でられて、再び目を開けた。
「ぼーっとしてたけど、大丈夫か」
「うん…」
「なんか嫌なこと思い出したんでしょ」
「いや、」
うん。
「嫌じゃないこと思い出した」
「そう」
「祥ちゃんごめん、皿割った」
「いいよそれは。はい、座ってて」
立ち際に抱きすくめられた。彼は一言俺に言う、「落ち着かないことがあったら言ってよ」と。
「メンタル不健康が一番恐ろしいよ潤」
「ん、はい」
温もりは去り、後のシンクに祥ちゃんは立つ。風呂場の湯の音がする。
「あ、俺やるよ祥ちゃん」
「ん、いいや。大丈夫だよ」
「ごめんなさい…」
「何、」
祥ちゃんはシンクから俺を見下ろして、ふと笑う。
「子供みたいな顔してるよ潤」
「え?」
「何、そんなに怯えないでよ。これくらい。
ただまぁじゃぁ…次はお風呂係り、潤かな」
「んー」
「ははっ。またクビになったね。まぁ俺、家事好きだからいいや」
「はぁい…」
なんだか悪いことしたけど。
ホントに祥ちゃん、別に気にしてなさそう。
「祥ちゃんは寛大だね」
「そーだね。潤には厳しくしなきゃいけないかな?」
「んー」
「でもさ、厳しくしたら潤ガチへこみするからね、そっちのケアのがめんどい」
「ひどいなぁ」
間があった。
がしゃがしゃ食器を処理する音がしてから、また祥ちゃんは隣に戻ってきて座り、タバコに火をつける。俺もそうした。
「嫌じゃないことって、何を思い出したの?」
「んー、昔の保護者との生活」
「そっか。
その頃から、君は変われた?」
「どうかなぁ」
変われてはいない。
変わったとすれば。
「劣化した」
「歳食った証拠だね」
「祥ちゃんは、どう?」
「ん?」
「昔と変わったの?」
「うん、断然。俺は進化したね」
「なにそれ」
「昔の俺はもっと世の中に批判的だった」
あぁ、確かにね。テロ紛いだもんね。
祥ちゃんは静かに笑う。
「あとはやっぱ、楽しくなった。世界がね」
「そうなの」
「うん。それは潤のおかげだよ」
「え?」
「うん。君って飽きない。いつでも安寧をくれる」
「こんな情緒不安定でも?」
「ははっ、自分で言っちゃうのも面白い。けどホント。人のことを考えられるようになったよ」
祥ちゃんは笑いつつも、わりと真剣に真っ直ぐ俺を見てきて。
濁りのないそれに少し、何故だか怖くなる自分がいた。俺ってそんなに強くないと、見るようで。
「もっと沢山色々な物が欲しくなった」
「…風呂見てくる」
ちょっといたたまれなくて、そうやって俺はその場を去る。
祥ちゃんは俺のおかげと言うが、俺が祥ちゃんに何を与えたのか。それがわからなくて戸惑う。
けど祥ちゃんはなんだか会った頃から、何か、飢えたような目をしている。それが活力かもしれない。
「あっ」
湯は溢れていた。
風呂係りは早くも失格かもしれない。蛇口を捻って湯を閉じ、一息吐いて提案を考える。
「祥ちゃぁぁん」
風呂場から叫べば「なにぃ?」と聞こえたので言う。
「先に入る!」
そして洗面所の引き戸を閉めた。
なんとなく祥ちゃんの笑い声を聞いた気もした。ついでに「溺れんなよ 」もあったような気がする。
血が流れる。皿が割れている。
「ちょっと、潤、」
その手を掴まれ我に返った。
「あ、ごめん、」
祥ちゃんを見てから皿を眺めれば「全くもう、」と言われ、一度血が出た指を、出しっぱなしにしていた水につけられ、根本を強く握られた。
そのまま「ちょっと待って」と祥ちゃんは言い、すぐに後ろの食器棚の引き出しから消毒液と大きな絆創膏を取りだし、消毒されて手の平に絆創膏を張られた。
「…すぐ風呂入るからいいよ」
「どうやったら掌を怪我するんだよ。不器用だなぁ、」
優しく笑って、俺は背を押されてソファに座らせられた。
向かいに祥ちゃんがしゃがみ俺の頭に手を伸ばす。反射的に目を瞑ったら優しく髪を撫でられて、再び目を開けた。
「ぼーっとしてたけど、大丈夫か」
「うん…」
「なんか嫌なこと思い出したんでしょ」
「いや、」
うん。
「嫌じゃないこと思い出した」
「そう」
「祥ちゃんごめん、皿割った」
「いいよそれは。はい、座ってて」
立ち際に抱きすくめられた。彼は一言俺に言う、「落ち着かないことがあったら言ってよ」と。
「メンタル不健康が一番恐ろしいよ潤」
「ん、はい」
温もりは去り、後のシンクに祥ちゃんは立つ。風呂場の湯の音がする。
「あ、俺やるよ祥ちゃん」
「ん、いいや。大丈夫だよ」
「ごめんなさい…」
「何、」
祥ちゃんはシンクから俺を見下ろして、ふと笑う。
「子供みたいな顔してるよ潤」
「え?」
「何、そんなに怯えないでよ。これくらい。
ただまぁじゃぁ…次はお風呂係り、潤かな」
「んー」
「ははっ。またクビになったね。まぁ俺、家事好きだからいいや」
「はぁい…」
なんだか悪いことしたけど。
ホントに祥ちゃん、別に気にしてなさそう。
「祥ちゃんは寛大だね」
「そーだね。潤には厳しくしなきゃいけないかな?」
「んー」
「でもさ、厳しくしたら潤ガチへこみするからね、そっちのケアのがめんどい」
「ひどいなぁ」
間があった。
がしゃがしゃ食器を処理する音がしてから、また祥ちゃんは隣に戻ってきて座り、タバコに火をつける。俺もそうした。
「嫌じゃないことって、何を思い出したの?」
「んー、昔の保護者との生活」
「そっか。
その頃から、君は変われた?」
「どうかなぁ」
変われてはいない。
変わったとすれば。
「劣化した」
「歳食った証拠だね」
「祥ちゃんは、どう?」
「ん?」
「昔と変わったの?」
「うん、断然。俺は進化したね」
「なにそれ」
「昔の俺はもっと世の中に批判的だった」
あぁ、確かにね。テロ紛いだもんね。
祥ちゃんは静かに笑う。
「あとはやっぱ、楽しくなった。世界がね」
「そうなの」
「うん。それは潤のおかげだよ」
「え?」
「うん。君って飽きない。いつでも安寧をくれる」
「こんな情緒不安定でも?」
「ははっ、自分で言っちゃうのも面白い。けどホント。人のことを考えられるようになったよ」
祥ちゃんは笑いつつも、わりと真剣に真っ直ぐ俺を見てきて。
濁りのないそれに少し、何故だか怖くなる自分がいた。俺ってそんなに強くないと、見るようで。
「もっと沢山色々な物が欲しくなった」
「…風呂見てくる」
ちょっといたたまれなくて、そうやって俺はその場を去る。
祥ちゃんは俺のおかげと言うが、俺が祥ちゃんに何を与えたのか。それがわからなくて戸惑う。
けど祥ちゃんはなんだか会った頃から、何か、飢えたような目をしている。それが活力かもしれない。
「あっ」
湯は溢れていた。
風呂係りは早くも失格かもしれない。蛇口を捻って湯を閉じ、一息吐いて提案を考える。
「祥ちゃぁぁん」
風呂場から叫べば「なにぃ?」と聞こえたので言う。
「先に入る!」
そして洗面所の引き戸を閉めた。
なんとなく祥ちゃんの笑い声を聞いた気もした。ついでに「溺れんなよ 」もあったような気がする。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師の松本コウさんに描いていただきました。
ルビコンを渡る
相良武有
現代文学
人生の重大な「決断」をテーマにした作品集。
人生には後戻りの出来ない覚悟や行動が在る。独立、転身、転生、再生、再出発などなど、それは将に人生の時の瞬なのである。
ルビコン川は古代ローマ時代にガリアとイタリアの境に在った川で、カエサルが法を犯してこの川を渡り、ローマに進軍した故事に由来している。
太陽と龍の追憶
ダイナマイト・キッド
現代文学
昔、バンドを組んでいた時に作詞したものや、新しく書いたものも含め
こちらにて公開しております。
歌ってくれる人、使ってくれる人募集中です
詳しくはメッセージか、ツイッターのDMでお尋ねくださいませ
大学寮の偽夫婦~住居のために偽装結婚はじめました~
石田空
現代文学
かつては最年少大賞受賞、コミカライズ、アニメ化まで決めた人気作家「だった」黒林亮太は、デビュー作が終了してからというもの、次の企画が全く通らず、デビュー作の印税だけでカツカツの生活のままどうにか食いつないでいた。
さらに区画整理に巻き込まれて、このままだと職なし住所なしにまで転がっていってしまう危機のさなかで偶然見つけた、大学寮の管理人の仕事。三食住居付きの夢のような仕事だが、条件は「夫婦住み込み」の文字。
困り果てていたところで、面接に行きたい白羽素子もまた、リストラに住居なしの危機に陥って困り果てていた。
利害が一致したふたりは、結婚して大学寮の管理人としてリスタートをはじめるのだった。
しかし初めての男女同棲に、個性的な寮生たちに、舞い込んでくるトラブル。
この状況で亮太は新作を書くことができるのか。そして素子との偽装結婚の行方は。
天穹は青く
梅林 冬実
現代文学
母親の無理解と叔父の存在に翻弄され、ある日とうとう限界を迎えてしまう。
気付けば傍に幼い男の子がいて、その子は尋ねる。「どうしたの?」と。
普通に生きたい。それだけだった。頼れる人なんて、誰もいなくて。
不意に訪れた現実に戸惑いつつも、自分を見つめ返す。その先に見えるものとは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる