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The 18th episode
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帝都大学は、少しばかり煤臭かった。
ユミルはこれが嫌いだ。どうしても、これには思い出す事案がある。
タバコも嫌いだ。
フランスの街、その路地裏で暮らしていたら、転機が訪れた。
育ったそこでは、最早人間として暮らすには生きにくい社会だった。
薄汚れた、ボロっちいあの場所、差し出された手をユミルは思い出す。
ただただ、そこには銃があった、武器があった。
「お前もあの乞食のような生活は嫌だろ?最早人は食うものじゃない、奪うものなんだよ、レスタン。殺せば金が手に入る」
そう言われてユミルは育った。
今思えば吐き気がする。自分は空虚に生きていた。
血みどろにその壁が染まったとき、
あぁ、確かにそうだ。これは奪うものだと。
そう思って呆然と立ち尽くして、最後に持っていたコルトをぼんやりと眺め、引き金に手を掛けて。
最早命は自分しかないと。
汚された、確かスナイパーライフルの使い手であったその女もいない。
辱しめた、スナイパーのシッティング野郎もいない。全て、奪うことしかなかった欲にまみれた大人たちも、全てを肉の塊に変えたと。
虚しさが、あと一歩で。
この手の引き金はいまや自分にしか、ない。
「Hey.Little boy?」
そう、悲観と快諾に一人困惑していれば、聞き慣れない言語が聞こえてくる。混乱に振り返れば、
胸に十字科を下げた、チャペルにいるような、碧眼で金髪の中年がタバコを吹かして片手にレミントンを持って立っていた。
自分を見下ろしている。
「マフィアを一人で殲滅かい。大層なガキだ。
ユミル・レスタン。お前を生かすも殺すも返答次第だ。お前は確か、あの島国の混血だな」
何を言われてるか皆目わからない。
「やはりその目は嫌いだな。碧眼のわりに芯がある。お前の真実は“千種”。だが千の命を無駄にした。
だが神は皆に等しく平等だ。お前のような猛獣は私と来て、命を見るがいい」
「ケリー」
そこにふらっと現れた、
黒髪で漆黒の目を持つ、この神父と同じくらいの歳と見受けられる男が、泣き黒子の目尻で柔和に微笑んで言った。
「君の言語は少し…わかりにくいな。子供は風邪の子元気な子、俺が育った島国での言葉だ。
Bonjour,un garçon.Mon nom est Issei-Sumida.C'est un être humain dans votre pays d'origine.
(こんにちわ、少年よ。俺の名前はイッセイ・スミダだ。君の、母国の人間だ)」
「…にほんじん?」
「おや、わかるかい?
あの人は少し…日本語が出来ないから」
「あんた、」
「俺たちと来るかい?
こんな煙たい所にいても仕方ない。どう?」
ユミルは一度目を閉じた。
帝都大学は目の前にある。
正直、よくわかんない。
この国は穏やかなはずだった。
少なくても、こんな風に。
仲間を殺すかもしれない状況なんて、少ない国だったのに。
イッセイ・スミダ。
俺はいま、貴方が望んだ道を行かない。貴方が与えた夢や希望は、絵空事だった。
貴方も俺も、結局。
ユミルは電話を手にした。
出れたらいいが、繋がるか。
3コールで繋がった。
流石は日本人だ。
「もしもし、」
「後ろだよ、ユミル」
電話よりも、生身の声が背中から聞こえて。
少し身構えるように振り向けば、長身でがたいが良い体躯の、穏やかだが切れ長で、猛禽類のような漆黒の瞳の仲間がいて。
だがどうやら硝煙を浴びすぎたか、癖っ毛の黒髪が少し白く見える。
荒川政宗が、持っていたタバコを足元に捨て靴底で揉み消した。
「バックを取られるなんてお前でもあるんだな」
「…マサムネ」
電話を切ってポケットにしまい、にやっと人好きな笑みで笑ってから、ハグされた。
「ありがとう、来てくれて」
そんなことは。
「…リュウの命令だよ、マサムネ」
離れてみて、頭を撫でられる。
「行くか」
「マサムネ」
「ん?」
「僕は不安なんだ、今」
不安で仕方ない。
フランスで、始めに出会った日本人と。
フランスで会ったアメリカ人に連れられた、アメリカで始めて出会った日本人。
日本で始めて出会った日本人を思い浮かべて思う。
皆、
「珍しいな」
「…マサムネ、ここには…。
ショウがいるのかい?」
「ショウ…。
山下か」
「…俺はもしかすると。
共に育った戦友を殺すかもしれない。リュウは、無責任なことを言うけど。その時はマサムネ、」
「多分、大丈夫なんだろ」
「え?」
「仲間を殺させるような後輩じゃない。一歩間違った歩み方をあいつがしていたとしたら、俺はあいつをぶん殴る」
「…それは死んじゃうね」
「うるせぇな、ゴリラじゃねぇよ。
少なくてもあいつは、それを強いることが出来るほど、多分人間出来ていない」
「…人じゃないの?」
なんだかそれは、似ているのかも。
あの日本人が日本でどうやって歩んできたかは知らないが。
「半人前」
「ごめん、意味ワカラナイ」
「うーん、半分人間」
「うわ、酷いね」
笑えた。
こんな戦場で。
「…あいつが下したんだな。
そうか、それはもう…」
しかし政宗は不安な表情を一瞬見せた。
「仲直り要員かな、俺ら」
「…ん?」
「リュウとショウ、仲悪いから」
「…は、なるほどな。じゃ、行くか」
勇気をもらえた。
多分自分は、そう。
「殺しなんてない世界に、なればいいな」
ユミルの呟きは、大学の壁に亡くなった。
ユミルはこれが嫌いだ。どうしても、これには思い出す事案がある。
タバコも嫌いだ。
フランスの街、その路地裏で暮らしていたら、転機が訪れた。
育ったそこでは、最早人間として暮らすには生きにくい社会だった。
薄汚れた、ボロっちいあの場所、差し出された手をユミルは思い出す。
ただただ、そこには銃があった、武器があった。
「お前もあの乞食のような生活は嫌だろ?最早人は食うものじゃない、奪うものなんだよ、レスタン。殺せば金が手に入る」
そう言われてユミルは育った。
今思えば吐き気がする。自分は空虚に生きていた。
血みどろにその壁が染まったとき、
あぁ、確かにそうだ。これは奪うものだと。
そう思って呆然と立ち尽くして、最後に持っていたコルトをぼんやりと眺め、引き金に手を掛けて。
最早命は自分しかないと。
汚された、確かスナイパーライフルの使い手であったその女もいない。
辱しめた、スナイパーのシッティング野郎もいない。全て、奪うことしかなかった欲にまみれた大人たちも、全てを肉の塊に変えたと。
虚しさが、あと一歩で。
この手の引き金はいまや自分にしか、ない。
「Hey.Little boy?」
そう、悲観と快諾に一人困惑していれば、聞き慣れない言語が聞こえてくる。混乱に振り返れば、
胸に十字科を下げた、チャペルにいるような、碧眼で金髪の中年がタバコを吹かして片手にレミントンを持って立っていた。
自分を見下ろしている。
「マフィアを一人で殲滅かい。大層なガキだ。
ユミル・レスタン。お前を生かすも殺すも返答次第だ。お前は確か、あの島国の混血だな」
何を言われてるか皆目わからない。
「やはりその目は嫌いだな。碧眼のわりに芯がある。お前の真実は“千種”。だが千の命を無駄にした。
だが神は皆に等しく平等だ。お前のような猛獣は私と来て、命を見るがいい」
「ケリー」
そこにふらっと現れた、
黒髪で漆黒の目を持つ、この神父と同じくらいの歳と見受けられる男が、泣き黒子の目尻で柔和に微笑んで言った。
「君の言語は少し…わかりにくいな。子供は風邪の子元気な子、俺が育った島国での言葉だ。
Bonjour,un garçon.Mon nom est Issei-Sumida.C'est un être humain dans votre pays d'origine.
(こんにちわ、少年よ。俺の名前はイッセイ・スミダだ。君の、母国の人間だ)」
「…にほんじん?」
「おや、わかるかい?
あの人は少し…日本語が出来ないから」
「あんた、」
「俺たちと来るかい?
こんな煙たい所にいても仕方ない。どう?」
ユミルは一度目を閉じた。
帝都大学は目の前にある。
正直、よくわかんない。
この国は穏やかなはずだった。
少なくても、こんな風に。
仲間を殺すかもしれない状況なんて、少ない国だったのに。
イッセイ・スミダ。
俺はいま、貴方が望んだ道を行かない。貴方が与えた夢や希望は、絵空事だった。
貴方も俺も、結局。
ユミルは電話を手にした。
出れたらいいが、繋がるか。
3コールで繋がった。
流石は日本人だ。
「もしもし、」
「後ろだよ、ユミル」
電話よりも、生身の声が背中から聞こえて。
少し身構えるように振り向けば、長身でがたいが良い体躯の、穏やかだが切れ長で、猛禽類のような漆黒の瞳の仲間がいて。
だがどうやら硝煙を浴びすぎたか、癖っ毛の黒髪が少し白く見える。
荒川政宗が、持っていたタバコを足元に捨て靴底で揉み消した。
「バックを取られるなんてお前でもあるんだな」
「…マサムネ」
電話を切ってポケットにしまい、にやっと人好きな笑みで笑ってから、ハグされた。
「ありがとう、来てくれて」
そんなことは。
「…リュウの命令だよ、マサムネ」
離れてみて、頭を撫でられる。
「行くか」
「マサムネ」
「ん?」
「僕は不安なんだ、今」
不安で仕方ない。
フランスで、始めに出会った日本人と。
フランスで会ったアメリカ人に連れられた、アメリカで始めて出会った日本人。
日本で始めて出会った日本人を思い浮かべて思う。
皆、
「珍しいな」
「…マサムネ、ここには…。
ショウがいるのかい?」
「ショウ…。
山下か」
「…俺はもしかすると。
共に育った戦友を殺すかもしれない。リュウは、無責任なことを言うけど。その時はマサムネ、」
「多分、大丈夫なんだろ」
「え?」
「仲間を殺させるような後輩じゃない。一歩間違った歩み方をあいつがしていたとしたら、俺はあいつをぶん殴る」
「…それは死んじゃうね」
「うるせぇな、ゴリラじゃねぇよ。
少なくてもあいつは、それを強いることが出来るほど、多分人間出来ていない」
「…人じゃないの?」
なんだかそれは、似ているのかも。
あの日本人が日本でどうやって歩んできたかは知らないが。
「半人前」
「ごめん、意味ワカラナイ」
「うーん、半分人間」
「うわ、酷いね」
笑えた。
こんな戦場で。
「…あいつが下したんだな。
そうか、それはもう…」
しかし政宗は不安な表情を一瞬見せた。
「仲直り要員かな、俺ら」
「…ん?」
「リュウとショウ、仲悪いから」
「…は、なるほどな。じゃ、行くか」
勇気をもらえた。
多分自分は、そう。
「殺しなんてない世界に、なればいいな」
ユミルの呟きは、大学の壁に亡くなった。
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