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The 12nd episode
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それから政宗の家に行き、伊緒は布団を敷いてその辺に寝かせた。どうやら二人で暮らしていた頃、そうだったらしい。俺の家でも伊緒は確かにそのスタイルだ。
相変わらず、政宗の家は洒落ていた。そのくせなんだか散らかっている。多分、一人で暮らすには物がありすぎるのだろう。
取り敢えず、ついてすぐに一杯だけ焼酎をもらった。
俺はリビングのソファに勝手に座って一息吐いた。久しぶりに来た懐かしい感覚。そしてほんの少しのアルコールに、漸く落ち着いて、眠気が訪れた。時計を見れば深夜3時。
政宗がスーツとシャツを脱いでパンツ一丁で酒を注いで現れた。
そうだ忘れていた。こいつも、裸族だった。
「お前もう飲んだの」
「はい、寒くないんですかあんた」
「うん、まぁ」
何故か俺の隣に座ってこようとする。仕方なく横を空けてやった。
なるほど伊緒が前に寝ているのか。
「忘れてたわ、あんた裸族でしたね」
「あ?うん」
「せめて隣に座るならさ、その時くらいは服着て欲しいよね」
「は?」
「うん、ごめん。忘れてたわあんたゴリラだったね。
風呂借りていい?俺寝そう」
「寝れば?」
「うん、今は嫌だゴリラいるから」
「わがままだなぁ。いーよ、タオルとかわかるよな場所」
「うんわかるわかる」
「あ、でも伊緒期間中あいつ場所整理してたな」
「うん、探す。多分すぐ見つかる。俺も一緒に暮らしてるからなんとなく伊緒の習性はわかる」
「あそう。つか俺も風呂入ろうかな」
「は?」
「は?」
「まさか入らないつもりだったの?」
「え、うん」
「まぁゴリラだからな。じゃ、ありがといってくる」
「なんだこのクソ王子。てめえ一緒に入ってやろうかこの野郎。お背中流すぞ」
「やめてください撃ち殺しますよ」
本気でめんどくせぇなこのクソゴリラ。
風呂場の脱衣所でシャツのボタンを外していたとき、突然ドアがスライドしてびびった。もう、手が止まった。
スウェットと、その上に無機質にカミソリ一本置いて手に持ったパンイチ政宗が立ち尽くしていて唖然。なに、色々俺はどうツッコミを入れればいいわけ。
「これ着替えとカミソリ」
それだけ言って俺にそれらを手渡して何事もなかったかのように政宗は去っていく。
はぁ?
「ワケわかんない…」
呟いても誰も聞いていないが、風呂場に入って納得した。
なるほど。
カミソリ、ないんだ。多分洗面所にもないんだ。例えば風呂場の物もなんとなく、凶器に変貌しそうなものが何一つない。なんならシャワーホースすら絶対に取れないやつだ。
それはつまり、伊緒と生活を共にしていた証だ。
そう思ったら急に切迫した。政宗の感情の端がこんなところに浮遊している。
本当は粗野な男だ。不器用で、なのにどうしてこんなところは、他人にはこんなにも神経質なのか。
俺は伊緒と共に暮らし始めてみて、こんなに目に見えて痛々しくはない。しかし、政宗はどこかこうして然り気無い意識に入り込んでくる。
だから多分確実なんだ。俺とは違う。やはり伊緒は、俺よりも政宗といた方が良いんじゃねぇか。
ただ、俺だったらと考える。
多分息が詰まって自分で凶器を入手してしまいそうだ。彼には、伊緒にはまだそれがない。そこまでまだ堕ちていないから、俺とも政宗とも共にいれるのかもしれない。
それをあいつは多分、わかっているから最終的には潤でなく俺に預けた、と言えば陶酔なのだろうか。いずれにしてもあの子は、それで果たして気が休まるのだろうか。
やはりジッポを、俺の凶器をあいつに預けてよかった。
樹実は…。
果たして樹実は、どんな気持ちで俺といて、政宗にタバコ番を任せ、雨さんにスポッターを任せていたのだろうか。
俺は多分、あんたのそれにはまだ到達しないんだ。
ふと浮かんだ昼間の潤の鮮血と生臭くも綺麗な目付きが蘇る。
お前、あんとき咄嗟に左に駆けてった。速見はふらふらしていたというのに。
でも確かにあんときお前が刺されなかったら多分俺が今頃はそこにいた。つまりは病院のベットでへばってた。
皮肉を言うなら動物並の動体視力だ。だが情けない話だ。俺はお前を、それこそ駆けずり回って探し当てたと言うのに。
熱くなる前に一度水を被った。寒かった。また湯に戻したら熱かった。
「流星、」
ふと声が掛かった気がしてドアの方に振り返った。人影はないが扉越しに気配がある。聞き取りにくいのでシャワーを止めた。
「なんですか」
「あぁ…、いや、歯ブラシ買ってきましたっけ」
「さっきぜーんぶ買ってきましたよ。どうかしました?」
「ん?いや、じゃ」
なんだ?
やけに安心したような声色だが。あいつそこまで世話焼きだったか?
まぁいいや、さっさと出よう。
結局タオルは探さずに済んだ。多分出してくれたんだろう。これもよくよく考えてみたら凶器の一種か。あいつは大変だな。
はっと気付いて、なるほどと理解した。そしてあいつのゴリラ並みの精神力に痛く感服した。バカすぎる。しかしながら、まぁ。
「はぁ、えぇ…」
相変わらず、政宗の家は洒落ていた。そのくせなんだか散らかっている。多分、一人で暮らすには物がありすぎるのだろう。
取り敢えず、ついてすぐに一杯だけ焼酎をもらった。
俺はリビングのソファに勝手に座って一息吐いた。久しぶりに来た懐かしい感覚。そしてほんの少しのアルコールに、漸く落ち着いて、眠気が訪れた。時計を見れば深夜3時。
政宗がスーツとシャツを脱いでパンツ一丁で酒を注いで現れた。
そうだ忘れていた。こいつも、裸族だった。
「お前もう飲んだの」
「はい、寒くないんですかあんた」
「うん、まぁ」
何故か俺の隣に座ってこようとする。仕方なく横を空けてやった。
なるほど伊緒が前に寝ているのか。
「忘れてたわ、あんた裸族でしたね」
「あ?うん」
「せめて隣に座るならさ、その時くらいは服着て欲しいよね」
「は?」
「うん、ごめん。忘れてたわあんたゴリラだったね。
風呂借りていい?俺寝そう」
「寝れば?」
「うん、今は嫌だゴリラいるから」
「わがままだなぁ。いーよ、タオルとかわかるよな場所」
「うんわかるわかる」
「あ、でも伊緒期間中あいつ場所整理してたな」
「うん、探す。多分すぐ見つかる。俺も一緒に暮らしてるからなんとなく伊緒の習性はわかる」
「あそう。つか俺も風呂入ろうかな」
「は?」
「は?」
「まさか入らないつもりだったの?」
「え、うん」
「まぁゴリラだからな。じゃ、ありがといってくる」
「なんだこのクソ王子。てめえ一緒に入ってやろうかこの野郎。お背中流すぞ」
「やめてください撃ち殺しますよ」
本気でめんどくせぇなこのクソゴリラ。
風呂場の脱衣所でシャツのボタンを外していたとき、突然ドアがスライドしてびびった。もう、手が止まった。
スウェットと、その上に無機質にカミソリ一本置いて手に持ったパンイチ政宗が立ち尽くしていて唖然。なに、色々俺はどうツッコミを入れればいいわけ。
「これ着替えとカミソリ」
それだけ言って俺にそれらを手渡して何事もなかったかのように政宗は去っていく。
はぁ?
「ワケわかんない…」
呟いても誰も聞いていないが、風呂場に入って納得した。
なるほど。
カミソリ、ないんだ。多分洗面所にもないんだ。例えば風呂場の物もなんとなく、凶器に変貌しそうなものが何一つない。なんならシャワーホースすら絶対に取れないやつだ。
それはつまり、伊緒と生活を共にしていた証だ。
そう思ったら急に切迫した。政宗の感情の端がこんなところに浮遊している。
本当は粗野な男だ。不器用で、なのにどうしてこんなところは、他人にはこんなにも神経質なのか。
俺は伊緒と共に暮らし始めてみて、こんなに目に見えて痛々しくはない。しかし、政宗はどこかこうして然り気無い意識に入り込んでくる。
だから多分確実なんだ。俺とは違う。やはり伊緒は、俺よりも政宗といた方が良いんじゃねぇか。
ただ、俺だったらと考える。
多分息が詰まって自分で凶器を入手してしまいそうだ。彼には、伊緒にはまだそれがない。そこまでまだ堕ちていないから、俺とも政宗とも共にいれるのかもしれない。
それをあいつは多分、わかっているから最終的には潤でなく俺に預けた、と言えば陶酔なのだろうか。いずれにしてもあの子は、それで果たして気が休まるのだろうか。
やはりジッポを、俺の凶器をあいつに預けてよかった。
樹実は…。
果たして樹実は、どんな気持ちで俺といて、政宗にタバコ番を任せ、雨さんにスポッターを任せていたのだろうか。
俺は多分、あんたのそれにはまだ到達しないんだ。
ふと浮かんだ昼間の潤の鮮血と生臭くも綺麗な目付きが蘇る。
お前、あんとき咄嗟に左に駆けてった。速見はふらふらしていたというのに。
でも確かにあんときお前が刺されなかったら多分俺が今頃はそこにいた。つまりは病院のベットでへばってた。
皮肉を言うなら動物並の動体視力だ。だが情けない話だ。俺はお前を、それこそ駆けずり回って探し当てたと言うのに。
熱くなる前に一度水を被った。寒かった。また湯に戻したら熱かった。
「流星、」
ふと声が掛かった気がしてドアの方に振り返った。人影はないが扉越しに気配がある。聞き取りにくいのでシャワーを止めた。
「なんですか」
「あぁ…、いや、歯ブラシ買ってきましたっけ」
「さっきぜーんぶ買ってきましたよ。どうかしました?」
「ん?いや、じゃ」
なんだ?
やけに安心したような声色だが。あいつそこまで世話焼きだったか?
まぁいいや、さっさと出よう。
結局タオルは探さずに済んだ。多分出してくれたんだろう。これもよくよく考えてみたら凶器の一種か。あいつは大変だな。
はっと気付いて、なるほどと理解した。そしてあいつのゴリラ並みの精神力に痛く感服した。バカすぎる。しかしながら、まぁ。
「はぁ、えぇ…」
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