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Past episode four
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ふと樹実が、キラキラと光るステンドグラスを眺めていた。
それにつられるかのように樹実は教壇に歩き始め、右手に銃を持ち蟀谷に当てる。
雨はやるせなくなり、後ろから黙って樹実の手を引いてついて行った。
「ルーカスくん」
「…はい」
「二人で話がしたいんだ。悪いけど、出て行ってもらえますか?
皆さんも、出ていかないと撃ち殺します」
振り返って雨はそう叫び、リボルバーを取り出して不特定少数に向けた。
その異様で神秘的な二人の光景に、まわりはただただ、両手を挙げて従うばかりだった。
生きている者は全員、とは言っても10人にも満たないくらいが講堂を出て行った。
樹実の右手に、雨はそっと制するように自分の右手を重ねた。力なく銃を下げた樹実は、振り返ると、「参ったな」と笑う。
左手で器用にタバコを取りだし、空になったソフトパックをその場に捨て、咥える。
雨もタバコを一本咥え、樹実のタバコに火をつけてから自分のタバコにも火を灯す。二人とも同時に煙を吐き出した。
「忘れてたよ」
「タバコですか?」
「違うよ。お前忘れたのか?」
「何をですか」
「俺を殺すのはお前だったな、雨」
「あぁ、そんなこと。
あなたとの約束なんてありすぎてわかりませんよ。リンゴちゃんのCDも返してもらってないし」
「俺のベンジーのCDも返して貰ってないな」
「あぁ、忘れてました」
「そうだな、忘れてた」
「あなたも、僕との約束いくつも、忘れてるじゃないですか」
「そうだな。
長かったな、俺たち」
煙を吐く。何も言葉が出てこない。
「あぁ、タバコが美味しいね、樹実」
「変なやつだな。まぁ、違いないけどな」
お互い笑いあって、灰が落ちた。フィルターギリギリ、最終的にその場にポイ捨てし靴底で揉み消す。
どちらともなく銃口を向けた。
「多分、俺は間違ったんだろう」
「そうですね」
「だがもう戻れない」
「…樹実、」
雨は、優しい口調で樹実の名前を呼ぶ。それがやはり、樹実にとっては光のような、そんな存在だと思えてならなかった。
「僕は貴方が嫌いです。あの時僕をエゴなんかで生かして…貴方は僕の思い出を背負えないと、だからついて来いと言った。
僕も貴方のことは背負えません。貴方ほどエゴイストじゃない。貴方ほど、ヒーローになんてなれないんだ」
「そうだな。だが雨、お前も結構良い男だよ。
救ってないとお前は言う。だけどお前はわかってないな。俺は救われたさ。潤だって、救われたのさ」
「やめてくださいよ今更。いまからあんたをぶっ殺したいのに」
「いいよ、別に」
「樹実、君は多分…。
少し繊細すぎましたね。僕くらいおおざっぱにやれたらよかったのに」
「悪かったな。
お前だって、お人好しすぎるだろ。料理覚えちゃったり、こんな…誰だかわかんねぇやつについて来ちゃったり」
「樹実は樹実です。僕の知っている樹実は、正直でクソ野郎で繊細な…樹実なんです。
一人で辛かったですね。僕はスポッターとしてクビですね」
「違うよ。
俺が悪いのさ、雨。俺、トラブルメーカーだから」
「自覚あったんですねじゃぁひとつ。
どっちが死ぬかわからないから、いっそ、お互いの言葉を一つづつ託しましょ。生き残った方がそれを背負う」
「…なんだよ、それ」
「僕から一言。
じゃぁな、クソ野郎」
「雨…。
最高だったよ、クソ眼鏡」
引いた。
どちらが早いか。
完全に音はひとつ。
雨は、敢えてトリガーを引かなかった。
「雨…、」
心臓の少し横を狙った。まだ喋れる。倒れた雨を抱き抱えるように樹実は寄り添った。
下がっていく体温と流れる血液。
「雨…!なんで…、」
正直負けると覚悟した。そもそもが相手はリボルバーだし。
息を吐くように雨は何かを言っている。耳を近付ければ、『そんな顔をしないで』と、多分言っていた。
顔を見れば青白く、でも笑っている。だが苦しそうに咳き込んだ痰に、血が混じっていて。
「…ありがとう」
それだけははっきりと言いやがった。ふざけやがって。
「ごめん、ごめん、雨、」
「…じゅ…んを…」
最期に雨は宙を見て、そして静かに目を閉じた。
ただただ悶えるように、一度抱き締めて歯を食い縛った。
思い出すのはあの戦場とあの場所と、何よりいつも、こんなところまで隣にいてくれた雨の、心地よい耳障りの声と笑顔と。
「右にあと2歩、あぁ、あと3」
「樹実、そんなにコーヒーばかり飲んでるから寝れないんですよ」
「あなたのことは大体嫌いですよ、クソ野郎」
思い出したらきりがない。
終わりにしてやるのが、少し、遅かった。あの時ワガママで付き合わせてしまってこんな形にしていま、自分の目的には忠実について来てくれた。
「ごめんな…雨、」
だがもう、戻れない。
「終わっタノ?」
ルークが銃声を聞いて、少ししてから講堂に入ってきた。樹実は、教壇に座ってただ、空中を眺めていた。
「あぁ…」
「樹実…ダイジョブかい?」
「…外はどうだい?」
「そろそろ来ルよ。ねぇ樹実、」
「ん?」
「どうして君は、こんなことを始めたの?」
どうして。
「 It's gauche to ask such a question.
(んな野暮なこと聞くなよ)」
あとはただ。
終焉の幕引きを待つだけだ。
それにつられるかのように樹実は教壇に歩き始め、右手に銃を持ち蟀谷に当てる。
雨はやるせなくなり、後ろから黙って樹実の手を引いてついて行った。
「ルーカスくん」
「…はい」
「二人で話がしたいんだ。悪いけど、出て行ってもらえますか?
皆さんも、出ていかないと撃ち殺します」
振り返って雨はそう叫び、リボルバーを取り出して不特定少数に向けた。
その異様で神秘的な二人の光景に、まわりはただただ、両手を挙げて従うばかりだった。
生きている者は全員、とは言っても10人にも満たないくらいが講堂を出て行った。
樹実の右手に、雨はそっと制するように自分の右手を重ねた。力なく銃を下げた樹実は、振り返ると、「参ったな」と笑う。
左手で器用にタバコを取りだし、空になったソフトパックをその場に捨て、咥える。
雨もタバコを一本咥え、樹実のタバコに火をつけてから自分のタバコにも火を灯す。二人とも同時に煙を吐き出した。
「忘れてたよ」
「タバコですか?」
「違うよ。お前忘れたのか?」
「何をですか」
「俺を殺すのはお前だったな、雨」
「あぁ、そんなこと。
あなたとの約束なんてありすぎてわかりませんよ。リンゴちゃんのCDも返してもらってないし」
「俺のベンジーのCDも返して貰ってないな」
「あぁ、忘れてました」
「そうだな、忘れてた」
「あなたも、僕との約束いくつも、忘れてるじゃないですか」
「そうだな。
長かったな、俺たち」
煙を吐く。何も言葉が出てこない。
「あぁ、タバコが美味しいね、樹実」
「変なやつだな。まぁ、違いないけどな」
お互い笑いあって、灰が落ちた。フィルターギリギリ、最終的にその場にポイ捨てし靴底で揉み消す。
どちらともなく銃口を向けた。
「多分、俺は間違ったんだろう」
「そうですね」
「だがもう戻れない」
「…樹実、」
雨は、優しい口調で樹実の名前を呼ぶ。それがやはり、樹実にとっては光のような、そんな存在だと思えてならなかった。
「僕は貴方が嫌いです。あの時僕をエゴなんかで生かして…貴方は僕の思い出を背負えないと、だからついて来いと言った。
僕も貴方のことは背負えません。貴方ほどエゴイストじゃない。貴方ほど、ヒーローになんてなれないんだ」
「そうだな。だが雨、お前も結構良い男だよ。
救ってないとお前は言う。だけどお前はわかってないな。俺は救われたさ。潤だって、救われたのさ」
「やめてくださいよ今更。いまからあんたをぶっ殺したいのに」
「いいよ、別に」
「樹実、君は多分…。
少し繊細すぎましたね。僕くらいおおざっぱにやれたらよかったのに」
「悪かったな。
お前だって、お人好しすぎるだろ。料理覚えちゃったり、こんな…誰だかわかんねぇやつについて来ちゃったり」
「樹実は樹実です。僕の知っている樹実は、正直でクソ野郎で繊細な…樹実なんです。
一人で辛かったですね。僕はスポッターとしてクビですね」
「違うよ。
俺が悪いのさ、雨。俺、トラブルメーカーだから」
「自覚あったんですねじゃぁひとつ。
どっちが死ぬかわからないから、いっそ、お互いの言葉を一つづつ託しましょ。生き残った方がそれを背負う」
「…なんだよ、それ」
「僕から一言。
じゃぁな、クソ野郎」
「雨…。
最高だったよ、クソ眼鏡」
引いた。
どちらが早いか。
完全に音はひとつ。
雨は、敢えてトリガーを引かなかった。
「雨…、」
心臓の少し横を狙った。まだ喋れる。倒れた雨を抱き抱えるように樹実は寄り添った。
下がっていく体温と流れる血液。
「雨…!なんで…、」
正直負けると覚悟した。そもそもが相手はリボルバーだし。
息を吐くように雨は何かを言っている。耳を近付ければ、『そんな顔をしないで』と、多分言っていた。
顔を見れば青白く、でも笑っている。だが苦しそうに咳き込んだ痰に、血が混じっていて。
「…ありがとう」
それだけははっきりと言いやがった。ふざけやがって。
「ごめん、ごめん、雨、」
「…じゅ…んを…」
最期に雨は宙を見て、そして静かに目を閉じた。
ただただ悶えるように、一度抱き締めて歯を食い縛った。
思い出すのはあの戦場とあの場所と、何よりいつも、こんなところまで隣にいてくれた雨の、心地よい耳障りの声と笑顔と。
「右にあと2歩、あぁ、あと3」
「樹実、そんなにコーヒーばかり飲んでるから寝れないんですよ」
「あなたのことは大体嫌いですよ、クソ野郎」
思い出したらきりがない。
終わりにしてやるのが、少し、遅かった。あの時ワガママで付き合わせてしまってこんな形にしていま、自分の目的には忠実について来てくれた。
「ごめんな…雨、」
だがもう、戻れない。
「終わっタノ?」
ルークが銃声を聞いて、少ししてから講堂に入ってきた。樹実は、教壇に座ってただ、空中を眺めていた。
「あぁ…」
「樹実…ダイジョブかい?」
「…外はどうだい?」
「そろそろ来ルよ。ねぇ樹実、」
「ん?」
「どうして君は、こんなことを始めたの?」
どうして。
「 It's gauche to ask such a question.
(んな野暮なこと聞くなよ)」
あとはただ。
終焉の幕引きを待つだけだ。
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