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Past episode three

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 さっき潤に言われた書類を思い出し、テキトーに処理をしてから雨は有島の元へ持って行く。

 待たせている人物ももういないし、後回しにして先に他の仕事を片付けてから処理をしたので、気が付けばそれは夕方くらいになっていた。

 艦長室の扉を叩き、不機嫌そうな返事を聞いた後に「熱海です」と名乗ると、何故だか上官は上機嫌で「熱海くん!」と扉を開けてくれた。
 しかし再び上官は「なんだよ熱海くんかよ」と、人の顔を確認してから不機嫌に戻り、踵を返した。
全く以て失礼な奴である。

「遅くなってすみませんね。はいどうぞ」

 二束返した。片方は突き返す用、片方は判子を押したものだ。

「…熱海くん、君、潤は一緒じゃないのか」
「え?」
「…全く。君のところにてっきり居るかと思っていたのに」
「はい?」

 あれから2時間近く経っているはずだが。

「帰ってないんですか?」
「見ての通りだよ。栗林へ書類を任せようと思ってたのだが…栗林もいないしって君、この書類はなんだい」
「あぁ、それ僕の仕事じゃないんで。
 僕、栗林さんに渡してきましょうか」
「えぇ?」

嫌な予感がする。

「潤くん、ずっとお帰りじゃないんですか」
「だから、」
「いえ、なんでもありませんよ。はい、貸してください。会ったら伝えておきます」

 問答無用で雨は上官から書類を受け取り、艦長室を去った。
 その足で一度教官室に懐中電灯を取りに戻る。

 それから雨は、昼間に一度潤と訪れた船に向かう。
 嫌な予感ほど、よく当たるものだ。

 物音を立てず、入り口から入ってすぐだった。

「はぁ…あぅ…っ」
「はぁ…あぁ…ほら、いいだろ?」

 荒い息遣いと切れ切れに漏れるような喘ぎ声。
やはりか。
すぐ近くだ。

「痛っ…、も、いや、やめて…っ、あっ、」
「ふっ、そう言って、…どれだけ…」

最悪だ。

 声のする方に懐中電灯を当てる。気付いたのか、声が止んだ。息遣いだけが先程より、くぐもって聞こえる。多分口でも塞がれたのだろう。
 その辺に懐中電灯を当てながら何歩か歩いたとき、ついに見つけた。

 栗林に後ろ手を取られた状態で潤は窓に押し付けられて下は半脱ぎ状態。口を塞がれ、まさしく、犯されていた。
 額に浮かんだ汗と淀んだ涙目、わずかに光る臀部から腿にかけての滴が凄惨さを物語っていた。

「栗林さん」
「熱海っ…!」

 すぐさま栗林は潤から離れ、ズボンを引き上げる。しかし雨は構いもしない。
 ゆっくり早く、雨は静かに栗林に歩み寄る。
 あまりの雨の剣幕に栗林は数歩逃げるように後ずさり、腰を抜かした。

 だが雨が駆け寄ったのは潤の元だった。
 「潤くん!」と叫ぶ一言で漸く潤は我に返り、そのまま窓に額を擦り付けながら、「熱海さん…」と呟いた。

あと一歩、近付けない。

 それがわかって潤は、取り敢えず乱れた衣服を直し、そのまま向き直って窓を背にして怠そうに座り込んだ。よくよく考えれば立つのが困難だ。それほど凄惨だった。

 額に当てる腕すら重い。

「潤くん…!」

 やっとあと一歩踏み出し、雨はしゃがんで潤の肩に手を置くと、微かに潤は震えていた。だが、泣いているわけではないようで。
 ただ、脱力したように「はは…」と潤は笑ったのだった。

「見られちゃった」
「君…」
「内緒だよ」
「何がですか、」
「…有島さんには、言わないで」
「はぁ?」
「住む場所なくなっちゃうから」
「え?」
「そう言うことだ、熱海くん」

 皆目検討なんて付かない。

「私は有島の弱味を握っていると言うことだよ、熱海くん」

 その栗林の一言に。

「…あっそうかよ」

 キレてしまった。

 雨は立ち上がり栗林の前まで行き、しゃがみこんで顔を覗き込む。
 栗林の髪の毛を鷲掴み、一発思いっきりぶん殴っていた。

「ぶっ殺すぞてめぇ」

 眼鏡越しに見えるその冷ややかな目は、冷酷殺人犯のような闘志。白衣の奥から雨が取り出したリボルバー拳銃のハンマーに親指を掛けた瞬間、「熱海さん、待って」と、潤の声がした。

「その人殺すくらいなら俺を殺して」

 そう言われて雨の頭が冴えた。

「潤くん」
「俺が悪いから」

 そう、純粋な目で。
 子供らしくもない泣きそうな笑顔で言われては堪ったものではない。

 ぶん投げるように栗林の髪を離し、「命拾いしましたねクソ野郎」と言い捨て立ち上がり、潤に手を差しのべた。

「立てますか」
「…ちょっと無理っぽい」
「全くとんだクソガキですね」

 雨は仕方なく潤に肩を貸してやり無理矢理立たせ、背負ってその場を去った。
 予想以上の雨の力に、潤は内心感心した。

「…ごめんなさい」
「謝るくらいならやるなって感じですよなんなんですか」
「すみません」
「あれほど言ったでしょ」
「ごめんなさい」
「あのねぇ、いかなる理由があるか知りませんがそーゆーのは子供がやってはいけないんですよわかりますか?胸クソ悪ぃな。ガキはガキらしくおとなしく家でお絵描きでもしてろっつーんだよ」
「でも」
「でもじゃねぇよバカ殴るぞクソガキ。
 あー気分悪い僕の最高の戦艦どうしてくれんですかあームカつくあのクソ下半身野郎、沈んじまえ。やっぱ殺しときゃぁよかったなんなのあームカつく。
 大体なに弱味握られてるか知らんがそんなんで貞操は返ってこないんですよわかってんの?まぁ大方わかってますよ?くっだらねぇ」
「…そこまで言う?あんたに何がわかんだよ」
「わかんないわかんない全然わかんない。わかんないから言うんですよ。
 たかだか3000万隠蔽してマリファナを海外に違法流出してるなんてねぇ潤くん、みんな知ってるんですよ」
「えっ…」
「…だから、子供は黙って見ておきなさい。大人が解決してあげます。
 君は、自分を大切にしなさい少なくとも、僕の前で二度と死ぬとか言うな。僕はその言葉で何人部下を殺したと思ってるんですか。
 ついでに言うと軍人は皆甘くないんで。栗林だけじゃない。他のやつらだって戦地に行けば皆あんなんだ。だからね、自分の身は自分で守りなさい」
「…ごめんなさい」

 ついに泣かせた。
 さっきまで頑張っていたのだろうが、残念ながら雨の口喧嘩では、勝てた者はなかなかいないのである。

「…わかったらもっと泣きなさい。いいよ。僕は何も見ていないから」

 その急な大人の優しさに、15歳の心はなかなか追い付かなかった。
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