上 下
129 / 376
Past episode two

10

しおりを挟む
 二人が家につく頃、警察学校は大捜索だった。
 だが15分くらいで職員は諦め、保護者、樹実の元へ連絡が入る。

「はぁ!?バックレて暴行して逃走!?」

 電話を取った樹実の隣で聞いていた政宗がコーヒーを詰まらせた。その背を銀河がさする。

「うーん…もう…まぁ、わかりました。帰って詰めます。
 は?火傷?え?
 あー、なるほど。うーん、まぁ、折り入って連絡しますよお宅は大丈夫ですか?あそう。さすが屈強なケーサツカンだね。はーい」

 電話を切ると溜め息を吐き、「ゴリラパパー!」と政宗に抱きつく。

「んだよ暑っ苦しいな!」
「子供って難しいよゴリラパパ!」
「次もう一回それで呼んだら捻り潰すからな」
「なになにどうしたのいっちゃん」

なんだ子供って。お前じゃないのか。

「子供は野球とかやらしたらいいんじゃないのか?」
「え?」
「いいよースポーツ。てか質問だけど誰の子?」

その質問、確かに凄く気になる。

 しかし樹実は銀河の質問へ途端に黙り込み、「え、ええっと…」とどもった。

「あれ、いっちゃんてか彼女最近どうし」
「銀河、多分それ以上踏み込むのは地獄へ足を踏み込むのと…」
「…拾った」

 政宗を遮るようにぽつりと樹実が遠い目で言う。「は?」と「え?」が交じる。

「拾った。なんか死にそうで退屈そうだったから」
「…どーゆー?」
「わからん。よく目についたよ、あんな、ゴミしかねぇところで」

 いつもの自分だったらきっと。
 気付かずに殺していた。なんの躊躇いもなく。

「珍しいこともあるもんだな」
「…そうだな」
「いっちゃんなんだかんだで殺せないじゃん、いざってとき」

 その銀河の言葉は、なんだか突き刺さるようで。

「…あーもう、仕方ないなぁ。保護者会議だなこりゃぁ」

 取り敢えず仕事も済んだし、後を任せてハイテンションで家に帰ることにした、というわけである。

 夕飯の支度を始めているだろうか。取り敢えず流星にメールをしよう。

『今夜は外食にしよう』

 流星に送って数分後に、『了解』と、素っ気ない返事がくる。

 溜め息を吐いて今度は別所に電話を掛ける。

「あ、もしもし?今夜さー、飲み行こ。保護者会議。潤と流星やらかしたっぽい。うん、いつもんとこでいいよ。あいよ、連絡入れとく。うぃっす」

 相手はもう一人の保護者、雨だ。

 やれやれ、世話が焼ける。
 樹実は潤にもメールを送り、そのまま自宅に直行した。

 家に帰れば、昼寝でもしていたのだろうか、少しボーとしたような声で「おかえり」と流星は言った。

 コーヒーだけは淹れてくれていたようで、樹実が「ただいま」と返して着替えていると、「飲む?」と訪ねてきた。

 「うん」と答えてリビングに向かう。
 キッチンに立つ流星の背後から、肩に腕を回して凭れ掛かり、耳元で囁く。

「お前今日どうだった?」
「あー、びっくりしたぁ」

 確かに突然脅かす勢いで寄り掛かってやったからな。無理もない。流星は思わずコーヒーを溢して「熱っ!」とやっている。

「大丈夫?火傷でもした?」
「…別に」
「あぁそう。そりゃぁよかった」

 樹実は静かに流星から離れてテーブルにつく。そのまま無言で流星にコーヒーを前に出されたので、睨むように流星を見て、「さんきゅ」と言ってやる。

 勘付かれている。それは流星にはわかる。一口飲んだが正直熱さでよく味がわからなかった。

 無言に耐えかねたのは案外、樹実の方だった。

「お前、今日やらかしただろ」
「…うん」
「何やらかした」
「入学式サボって…その後教官ぶん殴って帰って来た」
「なんで」
「腹が立ったから」
「なんで」
「サボって教官に呼び出しくらってコーヒーぶっ掛けられて頭来て一発殴った」
「お前それで良いと思ってんの?」
「悪いとは思ってない」

 全然状況が読めないが、電話で聞いた話によると、なんの因果か流星は潤と一緒だったらしい。それをこいつは何故言わないのか。

「てかなんでサボったの」
「雰囲気が宗教臭ぇから」
「は?」
「言われてみてなるほどなと思って」
「誰に」
「同期のやつ。なんかサボってて。呼びに行けって言われた。なんでサボるか聞いたら、そう答えて。なるほどなと思って一緒にサボった、ごめん」
「で?教官にコーヒー掛けられて頭来るわけ?」
「うん」

 噛み合わない。
 悪いこととわかっているから謝るわけで。ならどうして、コーヒーをぶっ掛けられたくらいでキレるんだろう。そりゃぁ、教官はやりすぎだけど。

「なんか言われた?」
「…うーん」
「あっそ。まぁいいや。わかった。
 別に謝れとは言わない。昔から言ってるが悪くないときは謝るな。悪いときは謝れ。ただ大人になると、ある程度力を持たなければそれが出来ない、それは覚えとけ。
 俺はお前に訪ねた。お前は答えなかった。お前が今日やったことは中途半端なチンピラだ。わかった?」
「…うん、わかった」
「よし、じゃぁ行こう。もうちょっとで二十歳だなお前も」
「…はぁ、うん」

 言われるまま樹実に着いていく。
 車に乗っても凄く、言われたことや出会いや全てをぼんやりと考えてしまって。

 あまり口を開くことはなかったがふと、「やっぱ、ムカついたんだよな」と流星が漏らす。ふいにいた言葉を樹実は、聞き逃さない。ただ、あえて訪ねることはせず、タバコの煙と共に視線を真横に泳がせた。

「…変わったやつだった。
 なんか俺より年下で、罵られたり先輩に絡まれたりしててさ。でもやっぱ、教官がなんかこう…ムカついたんだよな。教官もコーヒーをそいつにぶっ掛けたんだけど、そいつがちょっと頭に来てて教官に食って掛かろうとしたのを宥めようとしたら俺に掛かっちゃって。
 なんかでも、それが良い口実だったような気がする」
「…そんなに腹立ったの」
「多分。咄嗟に手が出てたけど確実にムカついてた」
「…案外お前も感情型だよなぁ」

 タバコを咥えながら樹実は微笑み、片手を伸ばして流星の頭をわしわしと撫でた。
 「危ないから」と一応流星は保護者に注意はするが、拒否はしなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あんたが気にもとめない詩人の人生

瀧山 歩ら歩ら
現代文学
働きもせずにアパートで詩や小説を書く善太郎。 酒に溺れ、金に追っかけ回され、いろんなことから逃げながらも言葉だけを信じて書き続ける。 共に暮らしている猫と亀に話しかけながら、善太郎の人生は続いていく。 あなたが気にもとめなかった人生がそこにはあった。

スルドの声(共鳴) terceira esperança

桜のはなびら
現代文学
 日々を楽しく生きる。  望にとって、それはなによりも大切なこと。  大げさな夢も、大それた目標も、無くたって人生の価値が下がるわけではない。  それでも、心の奥に燻る思いには気が付いていた。  向かうべき場所。  到着したい場所。  そこに向かって懸命に突き進んでいる者。  得るべきもの。  手に入れたいもの。  それに向かって必死に手を伸ばしている者。  全部自分の都合じゃん。  全部自分の欲得じゃん。  などと嘯いてはみても、やっぱりそういうひとたちの努力は美しかった。  そういう対象がある者が羨ましかった。  望みを持たない望が、望みを得ていく物語。

ギリシャ神話

春秋花壇
現代文学
ギリシャ神話 プロメテウス 火を盗んで人類に与えたティタン、プロメテウス。 神々の怒りを買って、永遠の苦難に囚われる。 だが、彼の反抗は、人間の自由への讃歌として響き続ける。 ヘラクレス 十二の難行に挑んだ英雄、ヘラクレス。 強大な力と不屈の精神で、困難を乗り越えていく。 彼の勇姿は、人々に希望と勇気を与える。 オルフェウス 美しい歌声で人々を魅了した音楽家、オルフェウス。 愛する妻を冥界から連れ戻そうと試みる。 彼の切ない恋物語は、永遠に語り継がれる。 パンドラの箱 好奇心に負けて禁断の箱を開けてしまったパンドラ。 世界に災厄を解き放ってしまう。 彼女の物語は、人間の愚かさと弱さを教えてくれる。 オデュッセウス 十年間にも及ぶ流浪の旅を続ける英雄、オデュッセウス。 様々な困難に立ち向かいながらも、故郷への帰還を目指す。 彼の冒険は、人生の旅路を象徴している。 イリアス トロイア戦争を題材とした叙事詩。 英雄たちの戦いを壮大なスケールで描き出す。 戦争の悲惨さ、人間の業を描いた作品として名高い。 オデュッセイア オデュッセウスの帰還を題材とした叙事詩。 冒険、愛、家族の絆を描いた作品として愛される。 人間の強さ、弱さ、そして希望を描いた作品。 これらの詩は、古代ギリシャの人々の思想や価値観を反映しています。 神々、英雄、そして人間たちの物語を通して、人生の様々な側面を描いています。 現代でも読み継がれるこれらの詩は、私たちに深い洞察を与えてくれるでしょう。 参考資料 ギリシャ神話 プロメテウス ヘラクレス オルフェウス パンドラ オデュッセウス イリアス オデュッセイア 海精:ネーレーイス/ネーレーイデス(複数) Nereis, Nereides 水精:ナーイアス/ナーイアデス(複数) Naias, Naiades[1] 木精:ドリュアス/ドリュアデス(複数) Dryas, Dryades[1] 山精:オレイアス/オレイアデス(複数) Oread, Oreades 森精:アルセイス/アルセイデス(複数) Alseid, Alseides 谷精:ナパイアー/ナパイアイ(複数) Napaea, Napaeae[1] 冥精:ランパス/ランパデス(複数) Lampas, Lampades

その男、凶暴により

キャラ文芸
映像化100%不可能。 『龍』と呼ばれる男が巻き起こすバイオレンスアクション

俳句庫

じゅしふぉん
現代文学
俳句?川柳? そんな感じの5▪7▪5です

碧の透水

二色燕𠀋
現代文学
透明な水を誰も知らない。 透明な青を誰も知らない。 無色透明を、誰も知らない。

終末少女のパラドックス

筋肉至上主義
現代文学
現実世界とは別の幽世 終末少女は何を願うのか 生死も未明な世界で一人 苦悩と模索、そして創造を 夢の終わりまであと少し

名前のないその感情に愛を込めて

にわ冬莉
現代文学
幼い頃の記憶。 古びた鳥居と、小さな男の子。 その山で出会ったヒトは、ヒトならざる者だった。

処理中です...