120 / 376
Past episode two
1
しおりを挟む
海軍訓練所立て籠り事件。恐らく今から10年近くは前。
当時、それなりに大きな事件になった。
なんせ、立て籠ったのはあろうことか海軍訓練所で働いていた元二等海佐の熱海雨という人物で、この男は警察関係者では知る人ぞ知る天才的な戦術で数多の場面を切り抜けてきた人物だった。
しかし現場は日本、彼は日本人である。
彼がここまで有名になったにはもちろんそこには戦があるからであり、それはいまだに明るみには出ない部分ではある。
「面倒だなぁ…」
彼、熱海雨は、海軍訓練所の全ての機密データやら武器やらを最早建物ごと一人で抑えた。
彼の上官であり施設の最高責任者の栗林一等海佐を人質として捕らえた。
栗林の左足の腿あたりを撃ち抜き動きを封じてから手足を結束バンドで縛るというやる気のないような所業。
しかし、人質の人選や手際が確実で狡猾、そして用意周到さが彼の優秀さを物語る。
彼の捨て身感と見えぬ心情に、なかなか警察や政府も手出しが困難な状況に陥った。
「貴様、こんなことをしてただで…」
「うるさい」
リボルバー拳銃を片手にパソコンをカチャカチャと弄る異様な様は、長官室では非現実的で。
ただ、彼はいつもと違って白衣もなく、Tシャツとパーカーにジーパンというラフな格好。そのわりにいつもはボサボサの髪を整えているあたり、やはりちぐはぐだった。
いつもと変わらないのは便所サンダル。眼鏡は、手元に畳んで置いてあるだけだった。
「あぁあった。これだこれ。さぁてこのデータの解読はうーん、サイバーテロをしに来た訳じゃないんですけど、栗林さん」
「なにがだよ…!」
「要するに、お宅ら上層部は真っ黒じゃねぇかって言ってるんですよ、クソ野郎」
そもそもの事の発端は何だったのか。
彼の導火線は多分、上官だった。そう、きっとそうだ。
「いつ、」
「いつ、かぁ。
出港命令書、置いて行きましたよね。わざわざ自宅まで調べあげて足を運んで頂いたようで、ご苦労様です。
そこで漸くわかりましたよ。あの時の事件の謎が、全て僕のなかで組上がってしまった。そしてこれはつまり、僕に対する死亡通知だなと」
「…言っている意味がよくわからんが」
「まぁあんたは当時、部隊が違いましたからね。だが噂くらいは、聞いているはずですよ。
欧州遠征の日本軍壊滅の話です。茅沼さん、そろそろ入ってきたらどうですか、いますよね?」
指揮官室の扉に向けて、熱海は漸くパソコンから視線を上げて声を張る。
熱海にはよく見慣れた長身の男が、「やれやれ」と言いながら熱海のそれに従って入室し、腰元のホルスターから一本銃を抜いた。
抜いた、それだけだった。
浅い視界で茅沼を見た熱海は、漸く眼鏡を掛け、茅沼の銃を目にして笑ったのだった。
「だから、肩を壊しますよ」
「かっこいいじゃない。ジャムらないし」
「サブマシンガンじゃないんですね」
「は?」
「流星くんが言ってましたよ」
「あぁ、よく覚えてるなぁあのガキ。
まぁ、敵なんて一人なんだ、サブマシンガンなんて体力使うもん、要らないでしょ」
こんな時でも笑っていられる胡散臭い樹実のテンションが、少し、哀しいと感じた。
「あーあ、君が来ちゃったかぁ…」
「…来ると、思ってたんじゃないの?」
「正直に言えば、…どこかで。来たらいいなとは、思ってましたよ。けど、いざ来られると、来ちゃったかぁって」
「なによそれ」
穏やかな笑みを浮かべ、熱海は我に返るように
「いい加減にしましょうか。一佐が死んでしまいますからね」
熱海はそう告げ、パソコンからUSBを抜き取り、“start”をクリックした。
当時、それなりに大きな事件になった。
なんせ、立て籠ったのはあろうことか海軍訓練所で働いていた元二等海佐の熱海雨という人物で、この男は警察関係者では知る人ぞ知る天才的な戦術で数多の場面を切り抜けてきた人物だった。
しかし現場は日本、彼は日本人である。
彼がここまで有名になったにはもちろんそこには戦があるからであり、それはいまだに明るみには出ない部分ではある。
「面倒だなぁ…」
彼、熱海雨は、海軍訓練所の全ての機密データやら武器やらを最早建物ごと一人で抑えた。
彼の上官であり施設の最高責任者の栗林一等海佐を人質として捕らえた。
栗林の左足の腿あたりを撃ち抜き動きを封じてから手足を結束バンドで縛るというやる気のないような所業。
しかし、人質の人選や手際が確実で狡猾、そして用意周到さが彼の優秀さを物語る。
彼の捨て身感と見えぬ心情に、なかなか警察や政府も手出しが困難な状況に陥った。
「貴様、こんなことをしてただで…」
「うるさい」
リボルバー拳銃を片手にパソコンをカチャカチャと弄る異様な様は、長官室では非現実的で。
ただ、彼はいつもと違って白衣もなく、Tシャツとパーカーにジーパンというラフな格好。そのわりにいつもはボサボサの髪を整えているあたり、やはりちぐはぐだった。
いつもと変わらないのは便所サンダル。眼鏡は、手元に畳んで置いてあるだけだった。
「あぁあった。これだこれ。さぁてこのデータの解読はうーん、サイバーテロをしに来た訳じゃないんですけど、栗林さん」
「なにがだよ…!」
「要するに、お宅ら上層部は真っ黒じゃねぇかって言ってるんですよ、クソ野郎」
そもそもの事の発端は何だったのか。
彼の導火線は多分、上官だった。そう、きっとそうだ。
「いつ、」
「いつ、かぁ。
出港命令書、置いて行きましたよね。わざわざ自宅まで調べあげて足を運んで頂いたようで、ご苦労様です。
そこで漸くわかりましたよ。あの時の事件の謎が、全て僕のなかで組上がってしまった。そしてこれはつまり、僕に対する死亡通知だなと」
「…言っている意味がよくわからんが」
「まぁあんたは当時、部隊が違いましたからね。だが噂くらいは、聞いているはずですよ。
欧州遠征の日本軍壊滅の話です。茅沼さん、そろそろ入ってきたらどうですか、いますよね?」
指揮官室の扉に向けて、熱海は漸くパソコンから視線を上げて声を張る。
熱海にはよく見慣れた長身の男が、「やれやれ」と言いながら熱海のそれに従って入室し、腰元のホルスターから一本銃を抜いた。
抜いた、それだけだった。
浅い視界で茅沼を見た熱海は、漸く眼鏡を掛け、茅沼の銃を目にして笑ったのだった。
「だから、肩を壊しますよ」
「かっこいいじゃない。ジャムらないし」
「サブマシンガンじゃないんですね」
「は?」
「流星くんが言ってましたよ」
「あぁ、よく覚えてるなぁあのガキ。
まぁ、敵なんて一人なんだ、サブマシンガンなんて体力使うもん、要らないでしょ」
こんな時でも笑っていられる胡散臭い樹実のテンションが、少し、哀しいと感じた。
「あーあ、君が来ちゃったかぁ…」
「…来ると、思ってたんじゃないの?」
「正直に言えば、…どこかで。来たらいいなとは、思ってましたよ。けど、いざ来られると、来ちゃったかぁって」
「なによそれ」
穏やかな笑みを浮かべ、熱海は我に返るように
「いい加減にしましょうか。一佐が死んでしまいますからね」
熱海はそう告げ、パソコンからUSBを抜き取り、“start”をクリックした。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
小説に魅入られて人に焦がれて
綾瀬 りょう
現代文学
純文学の公募に出した作品になります。
主人公の 美甘健人(みかもけんと)は小説家を夢見て目指していた。デビューした後に、天才の兄 美甘玲(みかもれい)が「自分も目指そうかな」と言い出し、兄の玲も小説家になる。自分よりも有名になる兄の存在に自信がなくなる健人。
そんな有名小説家になった玲が交通事故で亡くなり、小説家としてもウジウジしている健人が再起する物語。
ハッピーエンドまではいかないけど、小説家として再度スタートしようという感じて終わります。
主人公の恋人 木下 花梨(きのした かりん) 健人の癒しでもある。
主人公の編集者 後藤さん(男) 敏腕編集者。兄の玲の編集も担当していた。
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師の松本コウさんに描いていただきました。
天穹は青く
梅林 冬実
現代文学
母親の無理解と叔父の存在に翻弄され、ある日とうとう限界を迎えてしまう。
気付けば傍に幼い男の子がいて、その子は尋ねる。「どうしたの?」と。
普通に生きたい。それだけだった。頼れる人なんて、誰もいなくて。
不意に訪れた現実に戸惑いつつも、自分を見つめ返す。その先に見えるものとは。
大学寮の偽夫婦~住居のために偽装結婚はじめました~
石田空
現代文学
かつては最年少大賞受賞、コミカライズ、アニメ化まで決めた人気作家「だった」黒林亮太は、デビュー作が終了してからというもの、次の企画が全く通らず、デビュー作の印税だけでカツカツの生活のままどうにか食いつないでいた。
さらに区画整理に巻き込まれて、このままだと職なし住所なしにまで転がっていってしまう危機のさなかで偶然見つけた、大学寮の管理人の仕事。三食住居付きの夢のような仕事だが、条件は「夫婦住み込み」の文字。
困り果てていたところで、面接に行きたい白羽素子もまた、リストラに住居なしの危機に陥って困り果てていた。
利害が一致したふたりは、結婚して大学寮の管理人としてリスタートをはじめるのだった。
しかし初めての男女同棲に、個性的な寮生たちに、舞い込んでくるトラブル。
この状況で亮太は新作を書くことができるのか。そして素子との偽装結婚の行方は。
男子中学生から女子校生になった僕
葵
大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。
普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。
強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる