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Past episode one

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「あっ、」

 どうやら本当に忘れ去られていたらしい。とことんこいつはクレイジー野郎だ。だが、自分もそこまで気は長くない。

「おー、」

 先程の喧嘩やら取り敢えず全体的なことを思い出して腹が立った勢いだった。
 流星は思い出したのでグロックを抜いて樹実に向けてやった。それを見た準指揮官とやらは素直に感嘆の声をあげ銃口を少し下げた。

 騒然としたのはどちらかと言えばまわりの方で、「え?」だの「は?」だの、状況がどうやら飲み込めていない様子。

 そりゃぁそうだ。若くして海軍準指揮官の地位を得た軍事力の天才であり変態的な功績、実績を持つ最早そういった意味で人でなしレベルの男、熱海雨は、当時警察組織各方面では名の知らないものはいない程の男だった。

 そんな男に突然、青年一人を人質に取ったのかよくわからない男が海軍訓練所へ押し掛けて1587円を請求している。
 しかもそのテロリストっぽい頭のおかしい男はどうやら熱海と知り合いでなんだかんだで楽しそう。そんな最中に人質の青年がそのテロリストに銃を向けているという状況。

 海軍の彼らからしてみればギャグ以外の何物でもない。だが事実だ、目の前で起きている。ここは日本。それを飲み込めというのが無理な話だ。

「度胸はあるみたいですね」

 そう言って熱海はにこっと笑う。なんて素敵な笑顔なのか。
 樹実は小さく手を上げて流星に降参の意を示した。

「流星、ちょっと怖いんだけど…」
「あ?こっちはイライラしてるんですけど」
「なんでよ」
「自分の胸に聞いてみて」

 樹実の顎下あたりに銃口。
 それを見た熱海が、「ふっ…ははは、おっかしいなあ…!」と、優雅に笑い始め銃を完全に下げる。

「いや笑ってないで助けてよ」
「助けてじゃねぇよクソ野郎」
「もしかして、あなたの拾い物って、その子ですか?」
「…そーゆーこと。だから助けて」
「嫌ですよ。
 君、気に入りました。もっとやっちゃってください。日本で茅沼樹実に銃口を向けるのなんて君と僕とスナイパーくらいですよ!」
「勘弁して勘弁して!ごめんって!俺が悪かったから!」

 そう言われてみるとよりムカついてきて「あぁ、もう!」と言いながら流星は銃を下げた。それに樹実は胸を撫で下ろす。

「案外優しい子で天の邪鬼。いいですねぇ。お名前は?」
「うるせぇな…」
「おやおや…」

本気でキレそう。

「なんなんだよ、これ」
「だから、流星、」
「…樹実、あんた俺をなんだと思ってんの」
「…は?」
「まぁいいさ。俺はあんたの…世話係でもなんでもない。ここでこの人に何かを学んだからなんなんだ。だがそれはいい、俺が決める」
「…そうだな」

あんたが言うなら間違いない、行ってきてやるよ。ただ、それは言わないでおく。

 流星は拳銃をしまい熱海の方へ歩き出す。
  樹実に見えない位置で流星は思わず笑ってしまった。多分樹実はちょっと凹んでいるだろう。

 そんな姿を見てか見ずか、熱海は優しい笑顔を浮かべてポケットからタバコを取りだし、一本咥えた。

「お預かりいたします。1587円はチャラでいいですか?」
「ああ、その失礼なクソガキが礼儀作法を三日でちゃんと学んできたらな」
「…僕もそれは苦手なのでどうかなぁ。あなたよりはまともな子になるでしょうけど」
「よく言うよクソ野郎」
「はいはいゲス野郎。
 さぁて、君、確かに僕から名乗るのがまずは最初の作法でした。
 初めまして。防衛省ぼうえいしょう海上自衛隊かいじょうじえいたい二等海佐、熱海雨です。樹実とは残念ながら腐れ縁というヤツです。そんなに硬くならないでくださいね、お見知りおきを」

 爽やかスマイルでそう熱海に自己紹介されたようだが。
なんだろう、呪文が全然わからない。

「は、初めまして。壽美田流星です…」
「はい、良くできました。では行きましょうか」

 それから流星は熱海に引きずられるように奥へ連れて行かれることになる。凹んでいるかと思っていた樹実は、満面の黒い笑みで手を振って見送ってくれた。

なんだろう、もの凄く、嫌な予感。

 その流星の予感は的中することになる。
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