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The 4th episode
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事務所を出てエレベーターに乗り1階まで移動した。
「来栖さんはVIPルームです。しかし…どうかな。覗いて変だったら入らないでください」
「え?」
「浅井さんのその…枕相手みたいなもんです」
「あぁ…」
なるほど。ヘテロだ。
逆に今聞かなかったことにして行ってやろうか。
そんな話をしていると、一人、白いスーツに紺色のシャツ、シルバーネクタイに落ち着いた茶髪の兄ちゃんが現れた。
「あぁ、太一さん」
「…洋巳、こちらが今日からの?」
「お世話になります。スミ…須和間彗星です」
ややこしい名前だな須和間彗星。
「中曽根太一です。マスターから、今日は貴方についてくれと言われました。
わからないことがあったら聞いてください。一応俺、貴方の年下なので敬語も使わないでください」
…エラく上品と言うか、逆に接しにくいな。てか、表情筋どうなってんだこいつ。人形みたいなやつだなぁ。
「…よろしくお願いします」
太一と名乗った青年は、ふいっと背を向け、店の方へ歩き出した。これはなんだ、ついて来いってことなんだろうか。まぁどのみち今から店に行くんだけどさ。
ちらっと洋巳を見ると、「多分ついて来いってことです」と通訳。やっぱそうなのか。
取り敢えず彼について行くと、太一はまず、ホスト一人一人に俺を紹介してくれた。
ホストはどうやら全部で8人らしい。今日出会ったのは6人だ。名前は大して覚えなかった。
もちろん皆、客についていた。太一は客に対しても一貫してクール。
客への応対として自己紹介をし、其が終わった後ふと、「貴方、凄いですね」と太一は、呟くように言った。
「こんなにあっさりと終わるなんて思ってなかった」
確かにものの3分位で終了した。
「普通お客さんに引っ張られたりするものですよ。従業員すら、貴方とまともに話せてなかった」
「はぁ…よほど向いてないのかな」
「ある意味。でも多分、この後忙しいでしょうね」
「え?」
「皆の顔見ました?あぁ言うのを見惚れるって言うんですね。初めてです。貴方みたいな人」
あ、句読点3以上くらい喋ったこいつ。すげぇ。出来るんだ。
「ちょっと大袈裟じゃない?」
そう俺が言うと、ここに来て初、太一が緩やかに笑った。笑うと少し幼く感じた。
「面白い人ですね」
てかズルいなこの業界。
その笑顔は女イチコロだよ。
「君、なかなかだね」
「…なにがですか?」
なのに急に真顔に戻ってしまって。それもちょっと面白いから、こっちも負けず鉄面皮で、「なんでもないよ」と返答してみた。
それからその他、仕事の流れや必要なことは口答で教わった。
「さて、こちらがVIPルームです。呼んでくるように言われましたが…」
太一は店の一番奥の、ただっ広いスペースを指す。最早こちらからはテーブルしか見えない。
太一がそこをちらっと覗き、俺に振り返った。何か言いたそうだ。けどおおよその検討はつく。
「え?」
だが俺は、わからないフリをして堂々と覗いてやった。
浅井の背中が見えた。覆い被さるように、女と、それはそれは情熱的なキスをしていた。丁度女もド派手な赤いドレスを着ている。
燃え上がってるねぇ、年甲斐もなく。
目を開けた女と目が合った。女は、自分のスカートに入れられた浅井の手をやんわり叩き、合図する。すると浅井は振り返り、俺を確認すると、笑顔で「よ、待ってたよ!」と手を振った。
太一と目を合わせ頷くと、太一は去って行った。
「お邪魔しましたね。どうぞごゆっくり」
「いやいや待ってよー。
あの子ね、今日から入った子。どう?」
「…凄く綺麗ね」
「だって、おいで」
えぇぇぇ!
嫌だよ!
「いやぁ、ちょっとお邪魔は出来ないですね」
「あら、じゃぁ退いてもらおうかしら。零士《れいじ》、さようなら」
「あら、そんなに気に入った?
よかったねぇ彗星」
明らか俺睨まれてますけどベンジーさん。内心よかったねぇなんて思ってないだろそれ。
「大丈夫よ。新入りなんでしょ?ちょっと教えるだけだから。
またあとでね」
そう女が言うと無言で浅井は出て行こうとする。
すれ違い様、耳元で、「ま、いろいろ教わってきて頂戴ね」と言って去って行った。
うわぁ胃が痛い。何この修羅場。
「彗星くん」
「はいっ」
女(多分来栖さん)は、その緩くウェーブのかかった長い髪を、やけに艶っぽく掻き上げ、まるで獲物を狙う豹のような目付きで俺を見て、隣の席をぽんぽんと叩いた。
俺が来たのはホストクラブじゃなかったのか。なんだこれは。
だがこうなりゃ仕方ない。もういいさ。俺はホストさ。
「来栖さんはVIPルームです。しかし…どうかな。覗いて変だったら入らないでください」
「え?」
「浅井さんのその…枕相手みたいなもんです」
「あぁ…」
なるほど。ヘテロだ。
逆に今聞かなかったことにして行ってやろうか。
そんな話をしていると、一人、白いスーツに紺色のシャツ、シルバーネクタイに落ち着いた茶髪の兄ちゃんが現れた。
「あぁ、太一さん」
「…洋巳、こちらが今日からの?」
「お世話になります。スミ…須和間彗星です」
ややこしい名前だな須和間彗星。
「中曽根太一です。マスターから、今日は貴方についてくれと言われました。
わからないことがあったら聞いてください。一応俺、貴方の年下なので敬語も使わないでください」
…エラく上品と言うか、逆に接しにくいな。てか、表情筋どうなってんだこいつ。人形みたいなやつだなぁ。
「…よろしくお願いします」
太一と名乗った青年は、ふいっと背を向け、店の方へ歩き出した。これはなんだ、ついて来いってことなんだろうか。まぁどのみち今から店に行くんだけどさ。
ちらっと洋巳を見ると、「多分ついて来いってことです」と通訳。やっぱそうなのか。
取り敢えず彼について行くと、太一はまず、ホスト一人一人に俺を紹介してくれた。
ホストはどうやら全部で8人らしい。今日出会ったのは6人だ。名前は大して覚えなかった。
もちろん皆、客についていた。太一は客に対しても一貫してクール。
客への応対として自己紹介をし、其が終わった後ふと、「貴方、凄いですね」と太一は、呟くように言った。
「こんなにあっさりと終わるなんて思ってなかった」
確かにものの3分位で終了した。
「普通お客さんに引っ張られたりするものですよ。従業員すら、貴方とまともに話せてなかった」
「はぁ…よほど向いてないのかな」
「ある意味。でも多分、この後忙しいでしょうね」
「え?」
「皆の顔見ました?あぁ言うのを見惚れるって言うんですね。初めてです。貴方みたいな人」
あ、句読点3以上くらい喋ったこいつ。すげぇ。出来るんだ。
「ちょっと大袈裟じゃない?」
そう俺が言うと、ここに来て初、太一が緩やかに笑った。笑うと少し幼く感じた。
「面白い人ですね」
てかズルいなこの業界。
その笑顔は女イチコロだよ。
「君、なかなかだね」
「…なにがですか?」
なのに急に真顔に戻ってしまって。それもちょっと面白いから、こっちも負けず鉄面皮で、「なんでもないよ」と返答してみた。
それからその他、仕事の流れや必要なことは口答で教わった。
「さて、こちらがVIPルームです。呼んでくるように言われましたが…」
太一は店の一番奥の、ただっ広いスペースを指す。最早こちらからはテーブルしか見えない。
太一がそこをちらっと覗き、俺に振り返った。何か言いたそうだ。けどおおよその検討はつく。
「え?」
だが俺は、わからないフリをして堂々と覗いてやった。
浅井の背中が見えた。覆い被さるように、女と、それはそれは情熱的なキスをしていた。丁度女もド派手な赤いドレスを着ている。
燃え上がってるねぇ、年甲斐もなく。
目を開けた女と目が合った。女は、自分のスカートに入れられた浅井の手をやんわり叩き、合図する。すると浅井は振り返り、俺を確認すると、笑顔で「よ、待ってたよ!」と手を振った。
太一と目を合わせ頷くと、太一は去って行った。
「お邪魔しましたね。どうぞごゆっくり」
「いやいや待ってよー。
あの子ね、今日から入った子。どう?」
「…凄く綺麗ね」
「だって、おいで」
えぇぇぇ!
嫌だよ!
「いやぁ、ちょっとお邪魔は出来ないですね」
「あら、じゃぁ退いてもらおうかしら。零士《れいじ》、さようなら」
「あら、そんなに気に入った?
よかったねぇ彗星」
明らか俺睨まれてますけどベンジーさん。内心よかったねぇなんて思ってないだろそれ。
「大丈夫よ。新入りなんでしょ?ちょっと教えるだけだから。
またあとでね」
そう女が言うと無言で浅井は出て行こうとする。
すれ違い様、耳元で、「ま、いろいろ教わってきて頂戴ね」と言って去って行った。
うわぁ胃が痛い。何この修羅場。
「彗星くん」
「はいっ」
女(多分来栖さん)は、その緩くウェーブのかかった長い髪を、やけに艶っぽく掻き上げ、まるで獲物を狙う豹のような目付きで俺を見て、隣の席をぽんぽんと叩いた。
俺が来たのはホストクラブじゃなかったのか。なんだこれは。
だがこうなりゃ仕方ない。もういいさ。俺はホストさ。
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