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The 2nd episode
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「…と、そんな感じだった訳ですよ」
嘘のように晴れ渡った翌日。休憩中にタバコを吸いながら、政宗に報告と礼を兼ねて昨日の話をした。
「…お前も案外なんて言うかさ」
「奥手なんだか行動派なんだか」
二人(特に潤)に色々、なんだか興味深そうに昨日のことを聞かれ、答えた挙げ句にそう言われた。
「いや、何か勘違いをしてるよなお前ら」
「は?」
「勘違いはどちらかと言うと流星、お前じゃないか」
「は?
いやだからさ、政宗。俺は何度も言っていますがそーゆーの、何もありませんからね?」
「は?待って待って流星。お前さ、彼女じゃないの?」
なるほど。
「違うよ。だからさ、“エレボス事件”の最初の…。ほら、お前と俺がさ、最初に突入したときの。あのとき保護した女の子だよ」
「この破廉恥!お前被害者に手ぇ出したのか!ちょっと顔が良いからってよ!」
「だから違ぇっつってんだよバカ!」
「でも…流星、お前それはわりとプロポーズに近くないか?」
「え?」
またまたそうやって…。
「だって、お前の年齢と環ちゃんの年齢、境遇を考えてみろよ?一生に近くないかっておい、お前顔が…」
はいはいはい…。
「うわぁ…!流星おもろっ!なに赤くなってんだようわー!お前も人間なんだな!」
「うるさっ。黙れよもぅ…」
我ながら情けない。でもこれって。
「なんでだ、俺…」
ワケわからん。
俺にとっては環は、あの時に救えなかった被害者で、俺は、そんな自責の念から通い始めた。だから、責任を取らなければならないと言うのはあるけれども…。
「…俺も行こうかな」
「は?」
「うん。
連れてってよ。俺も、エレボス事件解散以降、行ってないから」
「あー…うん…多分…」
覚えてないんだよなぁ。
「え?何?」
「…覚えてないんだ」
そう言うと、潤だけでなく政宗も「え?」と、二人でハモる。
「あれ?政宗、知らなかった?」
「…あぁ。でも…なるほど。
あの子さ、最近はなくなったけど最初のうちしばらくの間さ、少し、なんて言うのかな、戸惑うと言うかなんと言うか。俺が名乗って漸くなんか打ち解けると言うか…。今思うと、名前を聞いて漸く俺を思い出してたのかな」
「え?そうだったんですか?」
「まぁ、あの時、もうパニックだったもんね…」
吐き出した煙を潤はぼんやりと眺める。そろそろフィルターギリギリだけど。
「…お前のことは覚えてんだね。あの子の中で、あんなんでも、ヒーローだったのかな」
そうなのか。
自分のタバコを挟む指を眺めて、火を消す。そのまま二人を置いて事務所に戻ることにする。
「帰りとかどうよ?流星」
「え?」
その一言に振り返る。
「…お前の想い人の顔、俺も忘れちゃったよ。見てみたい」
…なんだって言うんだろうな、こいつは一体。
「悪趣味」
後ろ手に振って一人部署に向かった。
この指が綺麗だと言われたとき。
正直、心臓を掴まれたかと思った。
どうして綺麗だと言うんだ、環。この指一本。ただそれだけである意味お前の人生を転ばせて引き摺った。俺の右手は、添える左手は、その為だけにあるのに。
行き先を変えて射撃練習場に向かった。今はなんとなく一人になりたかった。
悪いとは思っていない。全てにおいて、思わない努力をしてきたつもりだ。
だけどたまにこうして自分に突き刺さる瞬間がある。
覚えていないだろう。彼女は、あの日のことを覚えていない。あの日のことだけでなく、あの事件に関わったもの全て、覚えていないのだ。
それほどにショックが大きかったのだろう。事件後に会いに行ってすぐ、俺も、さっき政宗が話していたような、そんな反応をされた。
確実にガサ入れ当日には話をしているし搬送したのも俺と潤だった。だが次の日に事情聴取をしようとしたら、綺麗さっぱり忘れていて、自分がなぜ病院にいるのかもわかっていなかった。しかし何故だか、話せなくなってしまったことについては察しがよかった。
あの時の彼女の混乱や、ショックを考えると、忘れてしまっている方が幸せなのかもしれない。潤のことも、思い出さない方がいいのかもしれない。
けれども。
意識がはっきりしてから何度か会っていても忘れてしまうのなら、もう一度くらい潤には会った方が、すっきりするのか。
思い返しても俺は、潤が言うようにヒーローではない。
「すごいですね」
背後から声がして、一瞬ひやっとして銃を構えたまま声のする方へ振り向いた。
相手は銃口を向けられ、怯んだのが分かった。
「あぁ…」
咄嗟の行動に反省して、「悪い、」と謝りながら銃を下げた。
少年のような、ひ弱な雰囲気の色白な、見覚えがあるヤツが立っていた。
なんだっけこいつ。
「あぁ、」
確か捜査一課だった…。
「瀬川くん…?」
思い出した思い出した。
「…きっとここにいるだろうから呼んできてくれと言われまして」
「おぅ…そうか」
「愛蘭に、銃弾の特定を頼んでいたんですよね?」
「あ、あぁ。そうそう」
てか、ん?
「愛蘭!?」
「あ、あの、山瀬…」
「いやわかるわかる。いや、ごめんなんでもない。すぐ戻る…」
なんだなんだ。
なんか違和感。
あぁでも俺達も政宗や潤を名前で呼びあってるしな…。そんな感覚なのかな。
「わざわざすまなかったな」
「いえ。あの…」
「ん?」
瀬川は、とてももじもじしながら、ふと、いきなり俺の右手を両手で握ってきた。
思わず振り払ってしまった。危うく一発誤射しそうになった。
「あ、すみません…!」
「いや、うん。あぶねぇぞ」
危機感のないやつだなぁ。
「あのぅ…」
そしてやっぱり瀬川はもじもじしながら、「僕に銃を教えて下さい」と、はにかむような笑顔で言った。
「えっ…」
はぁぁ!?
よくわかんねぇ何その感性。
「いいけど…」
そう俺が戸惑いながら答えると瀬川は、顔をあげて凄く嬉しそうに微笑んだ。
嘘のように晴れ渡った翌日。休憩中にタバコを吸いながら、政宗に報告と礼を兼ねて昨日の話をした。
「…お前も案外なんて言うかさ」
「奥手なんだか行動派なんだか」
二人(特に潤)に色々、なんだか興味深そうに昨日のことを聞かれ、答えた挙げ句にそう言われた。
「いや、何か勘違いをしてるよなお前ら」
「は?」
「勘違いはどちらかと言うと流星、お前じゃないか」
「は?
いやだからさ、政宗。俺は何度も言っていますがそーゆーの、何もありませんからね?」
「は?待って待って流星。お前さ、彼女じゃないの?」
なるほど。
「違うよ。だからさ、“エレボス事件”の最初の…。ほら、お前と俺がさ、最初に突入したときの。あのとき保護した女の子だよ」
「この破廉恥!お前被害者に手ぇ出したのか!ちょっと顔が良いからってよ!」
「だから違ぇっつってんだよバカ!」
「でも…流星、お前それはわりとプロポーズに近くないか?」
「え?」
またまたそうやって…。
「だって、お前の年齢と環ちゃんの年齢、境遇を考えてみろよ?一生に近くないかっておい、お前顔が…」
はいはいはい…。
「うわぁ…!流星おもろっ!なに赤くなってんだようわー!お前も人間なんだな!」
「うるさっ。黙れよもぅ…」
我ながら情けない。でもこれって。
「なんでだ、俺…」
ワケわからん。
俺にとっては環は、あの時に救えなかった被害者で、俺は、そんな自責の念から通い始めた。だから、責任を取らなければならないと言うのはあるけれども…。
「…俺も行こうかな」
「は?」
「うん。
連れてってよ。俺も、エレボス事件解散以降、行ってないから」
「あー…うん…多分…」
覚えてないんだよなぁ。
「え?何?」
「…覚えてないんだ」
そう言うと、潤だけでなく政宗も「え?」と、二人でハモる。
「あれ?政宗、知らなかった?」
「…あぁ。でも…なるほど。
あの子さ、最近はなくなったけど最初のうちしばらくの間さ、少し、なんて言うのかな、戸惑うと言うかなんと言うか。俺が名乗って漸くなんか打ち解けると言うか…。今思うと、名前を聞いて漸く俺を思い出してたのかな」
「え?そうだったんですか?」
「まぁ、あの時、もうパニックだったもんね…」
吐き出した煙を潤はぼんやりと眺める。そろそろフィルターギリギリだけど。
「…お前のことは覚えてんだね。あの子の中で、あんなんでも、ヒーローだったのかな」
そうなのか。
自分のタバコを挟む指を眺めて、火を消す。そのまま二人を置いて事務所に戻ることにする。
「帰りとかどうよ?流星」
「え?」
その一言に振り返る。
「…お前の想い人の顔、俺も忘れちゃったよ。見てみたい」
…なんだって言うんだろうな、こいつは一体。
「悪趣味」
後ろ手に振って一人部署に向かった。
この指が綺麗だと言われたとき。
正直、心臓を掴まれたかと思った。
どうして綺麗だと言うんだ、環。この指一本。ただそれだけである意味お前の人生を転ばせて引き摺った。俺の右手は、添える左手は、その為だけにあるのに。
行き先を変えて射撃練習場に向かった。今はなんとなく一人になりたかった。
悪いとは思っていない。全てにおいて、思わない努力をしてきたつもりだ。
だけどたまにこうして自分に突き刺さる瞬間がある。
覚えていないだろう。彼女は、あの日のことを覚えていない。あの日のことだけでなく、あの事件に関わったもの全て、覚えていないのだ。
それほどにショックが大きかったのだろう。事件後に会いに行ってすぐ、俺も、さっき政宗が話していたような、そんな反応をされた。
確実にガサ入れ当日には話をしているし搬送したのも俺と潤だった。だが次の日に事情聴取をしようとしたら、綺麗さっぱり忘れていて、自分がなぜ病院にいるのかもわかっていなかった。しかし何故だか、話せなくなってしまったことについては察しがよかった。
あの時の彼女の混乱や、ショックを考えると、忘れてしまっている方が幸せなのかもしれない。潤のことも、思い出さない方がいいのかもしれない。
けれども。
意識がはっきりしてから何度か会っていても忘れてしまうのなら、もう一度くらい潤には会った方が、すっきりするのか。
思い返しても俺は、潤が言うようにヒーローではない。
「すごいですね」
背後から声がして、一瞬ひやっとして銃を構えたまま声のする方へ振り向いた。
相手は銃口を向けられ、怯んだのが分かった。
「あぁ…」
咄嗟の行動に反省して、「悪い、」と謝りながら銃を下げた。
少年のような、ひ弱な雰囲気の色白な、見覚えがあるヤツが立っていた。
なんだっけこいつ。
「あぁ、」
確か捜査一課だった…。
「瀬川くん…?」
思い出した思い出した。
「…きっとここにいるだろうから呼んできてくれと言われまして」
「おぅ…そうか」
「愛蘭に、銃弾の特定を頼んでいたんですよね?」
「あ、あぁ。そうそう」
てか、ん?
「愛蘭!?」
「あ、あの、山瀬…」
「いやわかるわかる。いや、ごめんなんでもない。すぐ戻る…」
なんだなんだ。
なんか違和感。
あぁでも俺達も政宗や潤を名前で呼びあってるしな…。そんな感覚なのかな。
「わざわざすまなかったな」
「いえ。あの…」
「ん?」
瀬川は、とてももじもじしながら、ふと、いきなり俺の右手を両手で握ってきた。
思わず振り払ってしまった。危うく一発誤射しそうになった。
「あ、すみません…!」
「いや、うん。あぶねぇぞ」
危機感のないやつだなぁ。
「あのぅ…」
そしてやっぱり瀬川はもじもじしながら、「僕に銃を教えて下さい」と、はにかむような笑顔で言った。
「えっ…」
はぁぁ!?
よくわかんねぇ何その感性。
「いいけど…」
そう俺が戸惑いながら答えると瀬川は、顔をあげて凄く嬉しそうに微笑んだ。
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