15 / 376
The 1st episode
2
しおりを挟む
俺の銃口の先には、こちらに銃を向ける、黒縁眼鏡の男が眉間にシワを寄せて睨んでいた。黒田もそれくらいでは怯まずに銃を向ける。
なかなかの反射神経だ。俺ですらワンテンポ遅れたのに。
「誰だ貴様ら」
「ちゃんとした行政機関です」
「…良い度胸だな」
二階で銃声がした。上手くやっているといいが。
銃声を聞いて男は舌打ちをした。
男は伊緒を見た。伊緒は男と目が合うと、びくっとした。
「貴様どこに逃げたかと思えばそんな犬畜生のところに懐いたか。死に損ないの野良猫の癖にな」
嘲笑う男のその口調も目も、冷たい刄のようなもので。
「伊緒、」
俺の小さな呼び掛けに、伊緒が一瞬耳を傾けたのがわかる。
目で合図。頷いて二人でドアを思いっきり開けっ広げた。
騒然とするホール内のテーブルあたりに一発撃ち込んだ。どうやら、アタッシュケースに穴が開いたようだ。
騒ぎ立てるフランス人二人と、こちらに向けられる銃口4つ。
「銃を捨てろ」
手帳と捜査令状を掲げる。少しは効果があるだろうか。
「お上でーす。素直に従わないと連れてくよ?」
「なんだお前!」
茶髪の胡散臭い兄ちゃんが吠える。
「お前らが大好きなFBIデース。はーい、動かないでねー。動いたら撃つからねアタッシュケース」
「なんだと!」
「御子貝、黙れ」
アタッシュケースの前に座っていた長髪の男が茶髪の兄ちゃんに静かに言い放った。
「…手を出すな」
男は、ゆっくりと立ち上がり、アタッシュケースを持った。
「そのままそいつをこっちに寄越して貰おうか」
「あぁ、こんなものいくらでもくれてやるよ。取りにおいで、伊緒」
底冷えするような静かな声色。どこか冴え渡る狂気がこの男にはあった。
銃を握る手が汗ばむ。珍しく、俺は恐怖を感じている。
銃口はブレない。伊緒が硬直している。
「伊緒」
「…伊緒、行ってくれるか?いざとなったら俺が撃つから」
そう俺が言うと我に帰ったようで、伊緒はぎこちなく頷いた。
「いい子だね。早くおいで。でないとこちらから出向くよ」
少しずつ伊緒は男の元に歩んでいく。俺の横を通りすぎたとき、明かに伊緒の手が震えていた。
俺も後ろからじわじわと男に近付く。
「そこに跪いて?」
言われるまま伊緒は男の前に跪いた。
次の瞬間に男は、フランス人のうち一人を撃ち殺した。
「伊緒」
ヤツが伊緒に一声掛けると、伊緒はより硬直したように見て取れる。
「お前は俺を裏切るのか?この、俺を」
「えっ…」
「逃げられると思ってる?」
男は伊緒の耳元で呟く。
「お前の母親、とても綺麗な死に方だったね。炎の中を高笑いしてお前の首を絞めて…。最後はその炎のように散った。誰が助けてやった?」
「あっ…」
伊緒は男の話に頭を抱えてしまった。
男が伊緒の髪を掴む。伊緒は脱け殻のような表情でただ涙を流していた。その涙を舌で舐めとる男の姿は、サイコパスとしか言いようがない。
「さぁ、わかったらあいつを撃ち殺すんだ。お前がその手で母親を殺してやったように。あの時を思い出して?手元に銃が転がっていたね。母親の額に銃口を押し当てて、そして」
「やめてください箕原さん…」
男が伊緒の懐からシグザウエルを抜き、伊緒に握らせる。涙で濡れた朧気な瞳で伊緒は俺を見つめてくる。
騒ぎ立てているもう一人のフランス人を御子貝が射殺。
俺はもう一発撃った。今度はヤツの横だ。相手がこちらに銃を構え直す時間を与えず、御子貝と呼ばれた茶髪の腕を一弾擦った。
連発して撃てる銃を装備しておいてよかった。
「痛ぇ!」
「下がれ御子貝。やめとけと言ったろ」
御子貝を一言で切るように制する。御子貝の腕からは血がぼたぼたと流れていた。
「江島、手当てしてやれ」
江島と呼ばれた坊主は、御子貝を庇い、少し下がった。怨めしく睨む御子貝から次に銃口はヤツに向けるが、ヤツは一つも表情を変えない。
「その男はただの犬畜生じゃない。狂犬だ。
随分と成長したようだな、壽美田流星」
ん?
「あ?」
…あっ。
「忘れたのか?」
「…お前っ…生きてやがったのか」
睨むような、鋭い目付きで言うその男の顔。
7年前のあの日。
思い出した。
エレボス幹部を殲滅した日、あいつは確か、殺したヤツらの死体の中に一人、取り残されていた。
そのまま保護したが、消息不明になったと聞いた。
「流星!」
背後から声がした。恐らく政宗と早坂だ。だが、構ってもいられない。
「忘れもしないよ、君のことは」
薄ら笑いを浮かべてヤツは言う。
あの日と、同じ台詞。『忘れないよ』
「お前…」
気付くべきだった。
「箕原…海…!」
忘れていた。
いや、意図的に記憶から消し去っていたのかもしれない。
「…嬉しいよ。思い出してくれたね」
「…あぁ」
「俺は忘れない。君は創造主だ。あの日君は全てを破壊した」
「やめろ」
「伊緒、あいつは…、スミダリュウセイは、お前と同類だよ。あいつといたら君はまた、大切なものを失ってしまうよ。
そうだろ?」
「やめろっつってんだろ」
「あいつはね、かつての俺の大切な人達を全員あの手で地獄へ葬った。それどころか自分の上司でもあった俺の唯一の神を、あの手で、無惨にも。
たった一発の銃弾でね」
「うるせぇっつってんだよてめぇ!」
銃口を向ける。動じもしない。
伊緒が俺に銃を向けていた。
なかなかの反射神経だ。俺ですらワンテンポ遅れたのに。
「誰だ貴様ら」
「ちゃんとした行政機関です」
「…良い度胸だな」
二階で銃声がした。上手くやっているといいが。
銃声を聞いて男は舌打ちをした。
男は伊緒を見た。伊緒は男と目が合うと、びくっとした。
「貴様どこに逃げたかと思えばそんな犬畜生のところに懐いたか。死に損ないの野良猫の癖にな」
嘲笑う男のその口調も目も、冷たい刄のようなもので。
「伊緒、」
俺の小さな呼び掛けに、伊緒が一瞬耳を傾けたのがわかる。
目で合図。頷いて二人でドアを思いっきり開けっ広げた。
騒然とするホール内のテーブルあたりに一発撃ち込んだ。どうやら、アタッシュケースに穴が開いたようだ。
騒ぎ立てるフランス人二人と、こちらに向けられる銃口4つ。
「銃を捨てろ」
手帳と捜査令状を掲げる。少しは効果があるだろうか。
「お上でーす。素直に従わないと連れてくよ?」
「なんだお前!」
茶髪の胡散臭い兄ちゃんが吠える。
「お前らが大好きなFBIデース。はーい、動かないでねー。動いたら撃つからねアタッシュケース」
「なんだと!」
「御子貝、黙れ」
アタッシュケースの前に座っていた長髪の男が茶髪の兄ちゃんに静かに言い放った。
「…手を出すな」
男は、ゆっくりと立ち上がり、アタッシュケースを持った。
「そのままそいつをこっちに寄越して貰おうか」
「あぁ、こんなものいくらでもくれてやるよ。取りにおいで、伊緒」
底冷えするような静かな声色。どこか冴え渡る狂気がこの男にはあった。
銃を握る手が汗ばむ。珍しく、俺は恐怖を感じている。
銃口はブレない。伊緒が硬直している。
「伊緒」
「…伊緒、行ってくれるか?いざとなったら俺が撃つから」
そう俺が言うと我に帰ったようで、伊緒はぎこちなく頷いた。
「いい子だね。早くおいで。でないとこちらから出向くよ」
少しずつ伊緒は男の元に歩んでいく。俺の横を通りすぎたとき、明かに伊緒の手が震えていた。
俺も後ろからじわじわと男に近付く。
「そこに跪いて?」
言われるまま伊緒は男の前に跪いた。
次の瞬間に男は、フランス人のうち一人を撃ち殺した。
「伊緒」
ヤツが伊緒に一声掛けると、伊緒はより硬直したように見て取れる。
「お前は俺を裏切るのか?この、俺を」
「えっ…」
「逃げられると思ってる?」
男は伊緒の耳元で呟く。
「お前の母親、とても綺麗な死に方だったね。炎の中を高笑いしてお前の首を絞めて…。最後はその炎のように散った。誰が助けてやった?」
「あっ…」
伊緒は男の話に頭を抱えてしまった。
男が伊緒の髪を掴む。伊緒は脱け殻のような表情でただ涙を流していた。その涙を舌で舐めとる男の姿は、サイコパスとしか言いようがない。
「さぁ、わかったらあいつを撃ち殺すんだ。お前がその手で母親を殺してやったように。あの時を思い出して?手元に銃が転がっていたね。母親の額に銃口を押し当てて、そして」
「やめてください箕原さん…」
男が伊緒の懐からシグザウエルを抜き、伊緒に握らせる。涙で濡れた朧気な瞳で伊緒は俺を見つめてくる。
騒ぎ立てているもう一人のフランス人を御子貝が射殺。
俺はもう一発撃った。今度はヤツの横だ。相手がこちらに銃を構え直す時間を与えず、御子貝と呼ばれた茶髪の腕を一弾擦った。
連発して撃てる銃を装備しておいてよかった。
「痛ぇ!」
「下がれ御子貝。やめとけと言ったろ」
御子貝を一言で切るように制する。御子貝の腕からは血がぼたぼたと流れていた。
「江島、手当てしてやれ」
江島と呼ばれた坊主は、御子貝を庇い、少し下がった。怨めしく睨む御子貝から次に銃口はヤツに向けるが、ヤツは一つも表情を変えない。
「その男はただの犬畜生じゃない。狂犬だ。
随分と成長したようだな、壽美田流星」
ん?
「あ?」
…あっ。
「忘れたのか?」
「…お前っ…生きてやがったのか」
睨むような、鋭い目付きで言うその男の顔。
7年前のあの日。
思い出した。
エレボス幹部を殲滅した日、あいつは確か、殺したヤツらの死体の中に一人、取り残されていた。
そのまま保護したが、消息不明になったと聞いた。
「流星!」
背後から声がした。恐らく政宗と早坂だ。だが、構ってもいられない。
「忘れもしないよ、君のことは」
薄ら笑いを浮かべてヤツは言う。
あの日と、同じ台詞。『忘れないよ』
「お前…」
気付くべきだった。
「箕原…海…!」
忘れていた。
いや、意図的に記憶から消し去っていたのかもしれない。
「…嬉しいよ。思い出してくれたね」
「…あぁ」
「俺は忘れない。君は創造主だ。あの日君は全てを破壊した」
「やめろ」
「伊緒、あいつは…、スミダリュウセイは、お前と同類だよ。あいつといたら君はまた、大切なものを失ってしまうよ。
そうだろ?」
「やめろっつってんだろ」
「あいつはね、かつての俺の大切な人達を全員あの手で地獄へ葬った。それどころか自分の上司でもあった俺の唯一の神を、あの手で、無惨にも。
たった一発の銃弾でね」
「うるせぇっつってんだよてめぇ!」
銃口を向ける。動じもしない。
伊緒が俺に銃を向けていた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
その男、人の人生を狂わせるので注意が必要
いちごみるく
現代文学
「あいつに関わると、人生が狂わされる」
「密室で二人きりになるのが禁止になった」
「関わった人みんな好きになる…」
こんな伝説を残した男が、ある中学にいた。
見知らぬ小グレ集団、警察官、幼馴染の年上、担任教師、部活の後輩に顧問まで……
関わる人すべてを夢中にさせ、頭の中を自分のことで支配させてしまう。
無意識に人を惹き込むその少年を、人は魔性の男と呼ぶ。
そんな彼に関わった人たちがどのように人生を壊していくのか……
地位や年齢、性別は関係ない。
抱える悩みや劣等感を少し刺激されるだけで、人の人生は呆気なく崩れていく。
色んな人物が、ある一人の男によって人生をジワジワと壊していく様子をリアルに描いた物語。
嫉妬、自己顕示欲、愛情不足、孤立、虚言……
現代に溢れる人間の醜い部分を自覚する者と自覚せずに目を背ける者…。
彼らの運命は、主人公・醍醐隼に翻弄される中で確実に分かれていく。
※なお、筆者の拙作『あんなに堅物だった俺を、解してくれたお前の腕が』に出てくる人物たちがこの作品でもメインになります。ご興味があれば、そちらも是非!
※長い作品ですが、1話が300〜1500字程度です。少しずつ読んで頂くことも可能です!
虎藤虎太郎
八尾倖生
現代文学
ある日、虎藤虎太郎という名の男が、朝にアパートの部屋を出たきり戻ってこなくなり、そのまま行方不明となった──。
その話をアパートの大家から聞かされた二人の男は、縁もゆかりもない虎藤虎太郎を捜し出すために日常を捧げた。一人の男はひたすらに虎藤虎太郎の足跡を追い、もう一人の男は、名前以外、顔も人柄も知らない虎藤虎太郎の頭の中を理解しようとした。アパートの部屋が隣同士だった二人は、次第に接触する機会が増え、次第にお互いを虎藤虎太郎に関連する「何か」だと思い込むようになった。
それでも虎藤虎太郎の存在を知る人間は、二人以外、世界のどこにもいなかった。
二人が探している虎藤虎太郎とは、追い求めている虎藤虎太郎とは、一体誰なのだろうか?
★【完結】カナリヤ(作品241010)
菊池昭仁
現代文学
イタリアで声楽を学んだ園部早紀は、福島市にある小さなBARでジャズを歌っていた。
「歌うことが生きること」、早紀は歌うことを決して諦めなかった。
スポットライトを浴びて歌うことが彼女の生き甲斐だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる