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会館のすぐ側にある田んぼにアリシアは「あの金色はなんですか?」と訪ねる。
10月下旬。丁度稲の収穫の時期も終わりに近い。残りも少ないのだけど、稲は金色に輝いていた。
「稲だよ。
丁度収穫も終わる時期だな。いまは少し寂しいな。9月頃なら一面、きっと金色だよ」
「へぇ~、」
「田んぼは畑と違って、収穫したらもう、春くらいまでは何も植えないんだよ」
「そうなんですか」
「あぁ、…ピーマンとか、オクラもだな、この気候では育たない。田んぼもあまり張れなかった。ここ数十年で漸く、少しずつ開拓されたんだよ」
「へぇ、そうなんですね!」
「土地は広いから、もう少し作りたいけどなぁ、」
「田んぼは大変なんですね。父のお仕事は田んぼですか?」
「いや、今日はまぁ、様子を見にきたんだ」
「そうなんですね」
染々と、何もない田んぼを眺めたと思えばアリシアはふと「父!」と、すぐ側だが、呼んだ。
何事かと思えば、アリシアはキラキラとした目で柊造を眺めては「洞窟は、」と続ける。
思い出したようだ。
「青い洞窟は、」
「あ、あぁ、そうだね。
3日のうちに行けたら…いいな。海の方にあるようだよ。昨日も天気は悪かったから、まぁ後で取っておこう」
風もやはり冷たい。
本日はこれで終わりにしようと、終わってしまったがまた楽しみが出来たと、アリシアは柊造が思った以上に嬉しそうだった。少々気候の心配はあれど、今のところ身体に触ることもなく。
「…父もな、小樽の方へは来たことがなかったんだ。だから、凄く新鮮だよ」
確かに、この雪解けなのか、いや、そろそろ降る頃だけど。綺麗な空気は良いのかもしれないと柊造の頭に掠めたところで、再び部屋に戻ることにした。
外に出た時間は30分くらいだったかもしれない。しかし黒田はまだ戻ってはいなかった。
アリシアを部屋に帰し、柊造は柊造で榎本と仕事の話をすることにした。
元々は測量や開拓の話をしに来たのだけど、事前に資料には目を通した。しかし、足を運んでみればまた違うものだ。
とは言ってもまだまだすぐ側までしか歩いていない。いや、本当は榎本の様子やら黒田の動向を見れば良いのだろうけれど、だから要するに野暮用でしかないのも事実。しかし、来る前より、なんだかここに興味は沸いたのだ。
「まぁ、どうでした?」
そう聞いてくる榎本が少々不思議そうなのも、まぁ仕方はなく。
「…開拓史として来たわけではないですよね」
「そうですね。いや、時間もあったし、少し見てみたかったのですよ、この地を」
「…やはり変わってらっしゃいますね、正直に言うと。
実際には軍隊のお話かと思いますけど」
「そうですね、それもです。貴方と黒田さんを通すのだから」
歩いたあとはスッキリしたものだ。
榎本からも柊造のそんな変化は見て取れ、ふいに「…もしかして、」と思案深くなる。
「……元旧幕軍だなんて仰いませんよね、まさか」
やはり榎本は突いてくるものだが、柊造としても行きよりは場に馴染んだ。
と言うより、憑き物が堕ちたな、と言う感覚で「昔のことですよ」と返す余裕があった。
「旧幕府も新政府も、いまや過去の話でしょう。私が政府の人間になって、役に立ったことはありませんよ」
「………そう、ですか」
何とも言えない表情になった。
少し榎本はそれから黙ったようだ。
どの面を下げて良いのかと言うのは、何も自分だけではない、それはわかるような気がした。言うなれば西南戦争で同郷を討った黒田だってそうだろうし、黒田と榎本の関係もまた、しかりで。
それは自分と井上、伊藤もそうだろう。
しばらく黙ってから榎本は、「あの戦争はね、」と、ポツリと言った。
だがそれに柊造は「やめましょうよ」とまで言うことが出来た。
「しかし、振り返ることも大切なのかもしれない。繰り返してばかりいる、それは私も感じないわけではないですよ」
「…桑名と仰いましたっけ」
「そうです」
「しかし、こちらに着くのですね」
「貴方は、あの時代の桑名をご存じでしょう?混乱し乱れたから貴方が総隊長として率いた。でも、考えればそれは当時の…いや、戦争前の長州や…何より日本全体と同じことで。
私は貴方にどの面下げようかと、ここまで来る間に考えた。何故今こうしてるか、それは故郷も捨てたからです。だから全て偽善だ利己だと言うのも、その通りです」
「…なるほど」
「それは貴方とも変わらない。生き残ったからには。漸く、貴方がしがみつくものも…好きではないですが否定も一切出来ない」
「…君はあの頃、」
それに対してもう、柊造には答える義理はないと感じた。
本当はこちらもあちらもどちらもない。今の時代と過去を生きているならば、それにしがみついては仕方がない。
「私は刀を置いた身ですが、貴方は違うと思いますから」
逃げることはなく、柊造は榎本にそう言った。
刀など自分を守るが人を傷付ける物でしかない。だが榎本は何も言わず不服そうではあった。
10月下旬。丁度稲の収穫の時期も終わりに近い。残りも少ないのだけど、稲は金色に輝いていた。
「稲だよ。
丁度収穫も終わる時期だな。いまは少し寂しいな。9月頃なら一面、きっと金色だよ」
「へぇ~、」
「田んぼは畑と違って、収穫したらもう、春くらいまでは何も植えないんだよ」
「そうなんですか」
「あぁ、…ピーマンとか、オクラもだな、この気候では育たない。田んぼもあまり張れなかった。ここ数十年で漸く、少しずつ開拓されたんだよ」
「へぇ、そうなんですね!」
「土地は広いから、もう少し作りたいけどなぁ、」
「田んぼは大変なんですね。父のお仕事は田んぼですか?」
「いや、今日はまぁ、様子を見にきたんだ」
「そうなんですね」
染々と、何もない田んぼを眺めたと思えばアリシアはふと「父!」と、すぐ側だが、呼んだ。
何事かと思えば、アリシアはキラキラとした目で柊造を眺めては「洞窟は、」と続ける。
思い出したようだ。
「青い洞窟は、」
「あ、あぁ、そうだね。
3日のうちに行けたら…いいな。海の方にあるようだよ。昨日も天気は悪かったから、まぁ後で取っておこう」
風もやはり冷たい。
本日はこれで終わりにしようと、終わってしまったがまた楽しみが出来たと、アリシアは柊造が思った以上に嬉しそうだった。少々気候の心配はあれど、今のところ身体に触ることもなく。
「…父もな、小樽の方へは来たことがなかったんだ。だから、凄く新鮮だよ」
確かに、この雪解けなのか、いや、そろそろ降る頃だけど。綺麗な空気は良いのかもしれないと柊造の頭に掠めたところで、再び部屋に戻ることにした。
外に出た時間は30分くらいだったかもしれない。しかし黒田はまだ戻ってはいなかった。
アリシアを部屋に帰し、柊造は柊造で榎本と仕事の話をすることにした。
元々は測量や開拓の話をしに来たのだけど、事前に資料には目を通した。しかし、足を運んでみればまた違うものだ。
とは言ってもまだまだすぐ側までしか歩いていない。いや、本当は榎本の様子やら黒田の動向を見れば良いのだろうけれど、だから要するに野暮用でしかないのも事実。しかし、来る前より、なんだかここに興味は沸いたのだ。
「まぁ、どうでした?」
そう聞いてくる榎本が少々不思議そうなのも、まぁ仕方はなく。
「…開拓史として来たわけではないですよね」
「そうですね。いや、時間もあったし、少し見てみたかったのですよ、この地を」
「…やはり変わってらっしゃいますね、正直に言うと。
実際には軍隊のお話かと思いますけど」
「そうですね、それもです。貴方と黒田さんを通すのだから」
歩いたあとはスッキリしたものだ。
榎本からも柊造のそんな変化は見て取れ、ふいに「…もしかして、」と思案深くなる。
「……元旧幕軍だなんて仰いませんよね、まさか」
やはり榎本は突いてくるものだが、柊造としても行きよりは場に馴染んだ。
と言うより、憑き物が堕ちたな、と言う感覚で「昔のことですよ」と返す余裕があった。
「旧幕府も新政府も、いまや過去の話でしょう。私が政府の人間になって、役に立ったことはありませんよ」
「………そう、ですか」
何とも言えない表情になった。
少し榎本はそれから黙ったようだ。
どの面を下げて良いのかと言うのは、何も自分だけではない、それはわかるような気がした。言うなれば西南戦争で同郷を討った黒田だってそうだろうし、黒田と榎本の関係もまた、しかりで。
それは自分と井上、伊藤もそうだろう。
しばらく黙ってから榎本は、「あの戦争はね、」と、ポツリと言った。
だがそれに柊造は「やめましょうよ」とまで言うことが出来た。
「しかし、振り返ることも大切なのかもしれない。繰り返してばかりいる、それは私も感じないわけではないですよ」
「…桑名と仰いましたっけ」
「そうです」
「しかし、こちらに着くのですね」
「貴方は、あの時代の桑名をご存じでしょう?混乱し乱れたから貴方が総隊長として率いた。でも、考えればそれは当時の…いや、戦争前の長州や…何より日本全体と同じことで。
私は貴方にどの面下げようかと、ここまで来る間に考えた。何故今こうしてるか、それは故郷も捨てたからです。だから全て偽善だ利己だと言うのも、その通りです」
「…なるほど」
「それは貴方とも変わらない。生き残ったからには。漸く、貴方がしがみつくものも…好きではないですが否定も一切出来ない」
「…君はあの頃、」
それに対してもう、柊造には答える義理はないと感じた。
本当はこちらもあちらもどちらもない。今の時代と過去を生きているならば、それにしがみついては仕方がない。
「私は刀を置いた身ですが、貴方は違うと思いますから」
逃げることはなく、柊造は榎本にそう言った。
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