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壱
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匂いでわかった。明らかに媚薬か何かが混じっている。
要は俯き拳を膝で固め、「…きょ、から、奈木にーさんの、」と、それだけ言って喉を詰まらせる。
そして「っぅ゛、」っと口元を押さえるので何事かと思えば、すうっと鼻から血が滴った。
かっと怒りも沸きそうだがその感情を殺し、あてはまず要の背を擦り下を向かせ、手拭いを当てて首元を叩く。
はぁはぁと息もしにくいだろうし、身体も熱い。
奈木ならば一気に大量の催婬剤を飲ませることはしないだろうが、合わない体質の者もいる。最悪死に至ってしまうと、俯いた要の顔を眺める。少し赤らんでいた。
血はすぐ止まったが、要はあての手をはっと払い、「すま、ぜん」と、涙を流し謝った。
「へ、んな、感じで…」
…どう変なんだ。あては医者じゃない。もしもと考えたが要は涙を拭いはぁはぁとしながら「触ら、ないで、」と言った。
下をみれば確かに、理由は一つわかった。
「…はぁ、な、なぎ、兄さんに、熱が、出ると、言われました、あの、に、にーさんに、触るなて…」
そうじゃない。
あては要の手を取り一階まで…ふらふらする要に合わせて歩いた。本当はすぐにでも奈木を殴ってやりたい。
確かにいつか通る道だけれども、要は「ふらふらする、」だの、「怖い、」だのと泣いている。
奈木は待ってましたと言わんばかりに階段の下に居、あての袖に着いた血を見つけ「阿保かいな、すぐ動くからや」と当たり前のように言った。
「自分もそうやったやろ。
ま、歩けたんなら問題あらへんな。そういうことやみ空」
「………!?」
歯を噛んだ。
「まぁそう怒るなや。まずは7日預かるわ。あ、あと茶ぁ飲んだか?今日はあのドラ息子の」
あては奈木の懐に掴み掛かっていた。
あんた、そうもなんも言わんと、この子が死んだら許さへん、声が出ないのがもどかしい。
奈木はすっと、懐からあての手を払い落とす。
「んなんしとる暇あんならさっと準備しぃや。ははっ、随分な太客やないか。弟に…と、なんや一、言ったらんかったん?」
真後ろを見れば、一はバツが悪そうに立っていた。
だが一は「帰したから」と、一言あてにそう言った。
「はぁ!?折角人が茶ぁに薬を」
「兄貴、飲んでないか」
頷きもしなかった。
一はしゃがみこんでしまった要の肩に手を置く。要はビクッとしていた。
「奈木さん、聞いてないんだが。そう言うのは一回俺を通して」
「前歯が生える頃にゃあ客とらなな、弟くんよ。大事ないで?少しずつや。死なん程度に」
「そうじゃなくて、兄貴にすら」
「兄貴て、み空のことかいな?楼主よ、気ぃつけな。あんた忘八やろ、親兄弟関係あらへんねん」
「そういうことを言ってんじゃねぇだろうよ奈木」
調理場の前のいざこざに料理長が割って入る。
阿蘇さんは念のため要の側に白湯を置きながら「大丈夫か」と声を掛けていた。
「…せめてみ空には伝えてもいいんじゃねぇかっての。おらぁてっきりみ空が」
「んなもん永遠に要はみ空から離れられんなぁ?み空。
それとも、お前がやるか?み空。あんさん店ん中じゃ上流やし」
「…い、じょぶです、」
要が小さな声でそう言い、涙目で奈木を睨んだ。
「…逸物が…痛いだけ…です。やります、すみません、大じょ夫、です……っ!」
そう言い、壁に手を付きふらっと立った要にホッとする間もない。
要はあてを見て苦しそうに笑い、「にーさ、行ってきます」と言った。
…逞しい、けど。
あれと一緒。とても悲しい気持ちになった。
あては要にどんな顔をしたかわからない。けれども頷き…また頷いてそれから顔を上げることが出来なかった。
奈木が「そんじゃ練木とあと…」と言っているのも頭には入らず、ただ一が肩に手を置き「今日はいいから、」とだけ呟いた。
「眠り薬でも……あれに言ってもくれなそうだな。用意するよ。少し休んでくれ。元々あんた、身体弱いんだから」
それに答えられずぱっと一の手を振り払い、頭に血が登ったまま階段を駆け上がった。
喋れないせいかよく聞こえてくるのだ。下で阿蘇さんが「却ってよくねぇよ、一」だのなんだの言っているのが。
今去ろうと背を向けたというのに、光景が頭に浮かびそうだ、要も、大人である一も頭を垂れている姿が。
まぁ、あの客も帰したと楼主が言うのだし、湯飲みは…こっそり枕元に置き、ふて寝した。
眠れるわけもなく、夕食やらなにやらを置いていった…多分一だ。わかったからこそずっと寝たふりをし続けた。
きっと嫌がらせだ、奈木の。奈木にはそういうところがある。
でも、声のせいじゃない。反論出来なかった、「要を永遠太夫にしない気か」と言う奈木に。
…兎に角、まずは要が万が一で死んでしまうことがなくてよかった。そういう子供もいる。
ふう、と気持ちを落ち着かせ漸く夕飯にありつこうと見れば、確かに眠り薬は添えてあった。
あの、今日帰したドラ息子を思い出す。
あてはもう華も散る25の歳、引退している。あれでよく一は金を取るものだ、どうせ始めからあてらになんて借金も仕送りもないのに。一体なんとまわりに言っているのだろう。
次にあのドラ息子が来たら年齢を言ってみよう。あの、作家だかなんだか、凄まじいあれにもそうしよう。
きっと離れていく、皆。ただ、それはそれであてだけ店の穀潰し扱いになってしまうから、なんだろうか。
要は俯き拳を膝で固め、「…きょ、から、奈木にーさんの、」と、それだけ言って喉を詰まらせる。
そして「っぅ゛、」っと口元を押さえるので何事かと思えば、すうっと鼻から血が滴った。
かっと怒りも沸きそうだがその感情を殺し、あてはまず要の背を擦り下を向かせ、手拭いを当てて首元を叩く。
はぁはぁと息もしにくいだろうし、身体も熱い。
奈木ならば一気に大量の催婬剤を飲ませることはしないだろうが、合わない体質の者もいる。最悪死に至ってしまうと、俯いた要の顔を眺める。少し赤らんでいた。
血はすぐ止まったが、要はあての手をはっと払い、「すま、ぜん」と、涙を流し謝った。
「へ、んな、感じで…」
…どう変なんだ。あては医者じゃない。もしもと考えたが要は涙を拭いはぁはぁとしながら「触ら、ないで、」と言った。
下をみれば確かに、理由は一つわかった。
「…はぁ、な、なぎ、兄さんに、熱が、出ると、言われました、あの、に、にーさんに、触るなて…」
そうじゃない。
あては要の手を取り一階まで…ふらふらする要に合わせて歩いた。本当はすぐにでも奈木を殴ってやりたい。
確かにいつか通る道だけれども、要は「ふらふらする、」だの、「怖い、」だのと泣いている。
奈木は待ってましたと言わんばかりに階段の下に居、あての袖に着いた血を見つけ「阿保かいな、すぐ動くからや」と当たり前のように言った。
「自分もそうやったやろ。
ま、歩けたんなら問題あらへんな。そういうことやみ空」
「………!?」
歯を噛んだ。
「まぁそう怒るなや。まずは7日預かるわ。あ、あと茶ぁ飲んだか?今日はあのドラ息子の」
あては奈木の懐に掴み掛かっていた。
あんた、そうもなんも言わんと、この子が死んだら許さへん、声が出ないのがもどかしい。
奈木はすっと、懐からあての手を払い落とす。
「んなんしとる暇あんならさっと準備しぃや。ははっ、随分な太客やないか。弟に…と、なんや一、言ったらんかったん?」
真後ろを見れば、一はバツが悪そうに立っていた。
だが一は「帰したから」と、一言あてにそう言った。
「はぁ!?折角人が茶ぁに薬を」
「兄貴、飲んでないか」
頷きもしなかった。
一はしゃがみこんでしまった要の肩に手を置く。要はビクッとしていた。
「奈木さん、聞いてないんだが。そう言うのは一回俺を通して」
「前歯が生える頃にゃあ客とらなな、弟くんよ。大事ないで?少しずつや。死なん程度に」
「そうじゃなくて、兄貴にすら」
「兄貴て、み空のことかいな?楼主よ、気ぃつけな。あんた忘八やろ、親兄弟関係あらへんねん」
「そういうことを言ってんじゃねぇだろうよ奈木」
調理場の前のいざこざに料理長が割って入る。
阿蘇さんは念のため要の側に白湯を置きながら「大丈夫か」と声を掛けていた。
「…せめてみ空には伝えてもいいんじゃねぇかっての。おらぁてっきりみ空が」
「んなもん永遠に要はみ空から離れられんなぁ?み空。
それとも、お前がやるか?み空。あんさん店ん中じゃ上流やし」
「…い、じょぶです、」
要が小さな声でそう言い、涙目で奈木を睨んだ。
「…逸物が…痛いだけ…です。やります、すみません、大じょ夫、です……っ!」
そう言い、壁に手を付きふらっと立った要にホッとする間もない。
要はあてを見て苦しそうに笑い、「にーさ、行ってきます」と言った。
…逞しい、けど。
あれと一緒。とても悲しい気持ちになった。
あては要にどんな顔をしたかわからない。けれども頷き…また頷いてそれから顔を上げることが出来なかった。
奈木が「そんじゃ練木とあと…」と言っているのも頭には入らず、ただ一が肩に手を置き「今日はいいから、」とだけ呟いた。
「眠り薬でも……あれに言ってもくれなそうだな。用意するよ。少し休んでくれ。元々あんた、身体弱いんだから」
それに答えられずぱっと一の手を振り払い、頭に血が登ったまま階段を駆け上がった。
喋れないせいかよく聞こえてくるのだ。下で阿蘇さんが「却ってよくねぇよ、一」だのなんだの言っているのが。
今去ろうと背を向けたというのに、光景が頭に浮かびそうだ、要も、大人である一も頭を垂れている姿が。
まぁ、あの客も帰したと楼主が言うのだし、湯飲みは…こっそり枕元に置き、ふて寝した。
眠れるわけもなく、夕食やらなにやらを置いていった…多分一だ。わかったからこそずっと寝たふりをし続けた。
きっと嫌がらせだ、奈木の。奈木にはそういうところがある。
でも、声のせいじゃない。反論出来なかった、「要を永遠太夫にしない気か」と言う奈木に。
…兎に角、まずは要が万が一で死んでしまうことがなくてよかった。そういう子供もいる。
ふう、と気持ちを落ち着かせ漸く夕飯にありつこうと見れば、確かに眠り薬は添えてあった。
あの、今日帰したドラ息子を思い出す。
あてはもう華も散る25の歳、引退している。あれでよく一は金を取るものだ、どうせ始めからあてらになんて借金も仕送りもないのに。一体なんとまわりに言っているのだろう。
次にあのドラ息子が来たら年齢を言ってみよう。あの、作家だかなんだか、凄まじいあれにもそうしよう。
きっと離れていく、皆。ただ、それはそれであてだけ店の穀潰し扱いになってしまうから、なんだろうか。
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