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朝に愁いじ夢見るを
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話を振られたみそらという人物はふっと青年を見るが、三郎はそちらに気を取られ「ん?」とだけ発した。
みそらは薄青色の木綿の小袖で、長い髪をただ後ろでだらっと折るように束ねているだけ。客取りではないだろう。
妓夫か何かだと思って気にも止めていなかったのだが…。
こちらからは横顔しか見えない、しかし女なのか、いや、でもここは…。
なにより、高級な花魁より遥かに美しい顔立ちをしている。どうして気付かなかったのか。
地肌も…化粧のような作った白さではない、透き通るような白さ。
「みそら兄さん、将棋も囲碁も負けたことがありませんのですよ?如何です?あんたがみそら兄さんに勝ったらあたいも買われましょうかね」
みそらはふっとあたりを見回したが、やはり青年は位が高かったようだ、その一声でその他少年達が「あぁ、部屋に盤があります」だの、「料理長に言ってきますね」だの、まるで散るように客間を出て行ってしまった。
私と三郎と青年とみそらが残されたが、三郎は「金の割に随分安いなお前」と青年に言い捨てる。
「おれも将棋は負け知らずだ」
「…一両払ったんですってね。じゃあ、長い戦いになりますね。
兄さん」
青年はみそらにニコッと笑い「少し、弾いてくれん?」と物腰柔らかく言った。
みそらは青年に控えめな笑みを浮かべ、親指と人差し指で「少し」と返し、側にあった三味線を手にする。
もしかして、と私が思ったのを察するかのように青年はこちらを見る。
そういえばこの青年とは初めて目が合った。まぁ、遊郭でも大抵位が高い花魁なんかは金のある三郎の相手をするのだ。
だからか、少し驚いた自分がいる。私なんかを見る位が高い売り子だなんて、と。
「兄さん、喋れんのです」
私はその一言に驚いたのと同時に納得もした。だから太夫ではないのか。
しかし、それはつまり役者など…と思っていると、「そりゃ、なんでここで」と三郎も私と同じ疑問を口にした。
そんな我々に構いもせず、みそらは慣れたように三味線を構え、ふぅ、と息を吐き指で三本の音を拾い、調整している。
バチを持たぬまま、いつの間にか右手でしゃらしゃらと細かく、どうやら曲が始まったようだった。
自分の息遣いに合わせる音。
これまで私は、三味線は力強さだと思っていた。
糸を弾く指使い…これが酷く官能的に見えるなど、あの、昨晩三郎に貰った精力剤がまだ効いているのかもしれない。
罪悪感のようなものが沸くほど丁寧、壊れやすいものを扱うようなその指使いでも、弾き方によって強い音が出る。
たまにヒソヒソ話のようなと…こんなに機密な音を出せるのかと、まるで何か特別な秘め事を見たような気分になってくる。
私は、彼に魅入ってしまっていた。
後ろの襖が開く音ですら、こんな時は気が付くものなのかと思えば、青年太夫が鼻の前に手を当て声なく「しー!」とする。
いつの間にか太夫達も戻っていて、最後ぴん、と弦を弾くと間を持ち、そして太夫達が拍手をし、私も三郎もそれにつられていた。
拍手の雑踏で三味線を置いた彼に「ホンマええなぁ兄さんの音」と…そうか、この位が高い太夫は下り者だったのか。
まるで親しく話すのだから、彼もそうなのかもしれない。
みそらはにっと笑い、青年太夫に指を見せる。血がすっと腕の方に滴っていった。
「あぁ!堪忍な、そうや張り替えたばかりやっ……兄さん魚臭っ、捌いたん?この刺身!」
うんうん頷く彼に「悪いことしたなぁ兄さん」と、青年太夫は袖から上等な布を出し、彼の血を拭ってやっていた。
…やはり、彼は売り子ではなく裏方なのか。
喋れないからだろうか。
青年太夫に可愛らしく笑い掛ける彼を眺めれば、喉仏あたりに違和感を感じた。
…あまり突出していないと、いうか。もしや、潰されたのではないかというような歪な形をしている。
「湿り気と…相性悪かったなぁ、ホンマ堪忍な」
そして青年太夫はふっとこちらをみて「どや?」と聞いてきた。
ついつい魅入っていたが漸く条件を思い出し、我に返る。
「丁度、お客さんがくれた一両でまぁ…足りんけど二人半日分で、いいよ。でも、どうかな?」
挑戦的に言ってきた青年太夫に、三郎も思い出したようだ。
振って来たのは青年太夫だが、三郎はみそらを見ながら「おう、やったろうじゃねぇか…」と乗った。
そうすれば他の少年達がささっと将棋盤を出し、「どうぞ」という態度。
みそらの指には布がきっちりと巻かれていた。
三郎は酔った口調で「まぁ男なら遠慮もいらねぇよなぁ、」と言い放った。
確かに三郎は、女には格好ばかりつけて、手を抜くようなところもある。
「ちなみにお前、下りもんだろ?位はどんなもんだい?」
「普通くらいだよ、金に見合うくらい」
…金に見合うなら、遊郭では花魁、つまり最上級なわけだが…。
面白くもなさそうに三郎は青年太夫に「ふうん」と言った。
「ま、これに勝ちゃぁいいんだろ?後で泣いてもしらねぇよ?へっへ、あんたはやんねぇみてぇだしな!こんじゃぁ妓夫も大変だ」
「兄さんの方が上手いってだけさ。見合わないと思うけどね」
私は、ここで女郎との違いを感じた。男と男の対決だ、相手側も煽るのが上手いものだ。
みそらは薄青色の木綿の小袖で、長い髪をただ後ろでだらっと折るように束ねているだけ。客取りではないだろう。
妓夫か何かだと思って気にも止めていなかったのだが…。
こちらからは横顔しか見えない、しかし女なのか、いや、でもここは…。
なにより、高級な花魁より遥かに美しい顔立ちをしている。どうして気付かなかったのか。
地肌も…化粧のような作った白さではない、透き通るような白さ。
「みそら兄さん、将棋も囲碁も負けたことがありませんのですよ?如何です?あんたがみそら兄さんに勝ったらあたいも買われましょうかね」
みそらはふっとあたりを見回したが、やはり青年は位が高かったようだ、その一声でその他少年達が「あぁ、部屋に盤があります」だの、「料理長に言ってきますね」だの、まるで散るように客間を出て行ってしまった。
私と三郎と青年とみそらが残されたが、三郎は「金の割に随分安いなお前」と青年に言い捨てる。
「おれも将棋は負け知らずだ」
「…一両払ったんですってね。じゃあ、長い戦いになりますね。
兄さん」
青年はみそらにニコッと笑い「少し、弾いてくれん?」と物腰柔らかく言った。
みそらは青年に控えめな笑みを浮かべ、親指と人差し指で「少し」と返し、側にあった三味線を手にする。
もしかして、と私が思ったのを察するかのように青年はこちらを見る。
そういえばこの青年とは初めて目が合った。まぁ、遊郭でも大抵位が高い花魁なんかは金のある三郎の相手をするのだ。
だからか、少し驚いた自分がいる。私なんかを見る位が高い売り子だなんて、と。
「兄さん、喋れんのです」
私はその一言に驚いたのと同時に納得もした。だから太夫ではないのか。
しかし、それはつまり役者など…と思っていると、「そりゃ、なんでここで」と三郎も私と同じ疑問を口にした。
そんな我々に構いもせず、みそらは慣れたように三味線を構え、ふぅ、と息を吐き指で三本の音を拾い、調整している。
バチを持たぬまま、いつの間にか右手でしゃらしゃらと細かく、どうやら曲が始まったようだった。
自分の息遣いに合わせる音。
これまで私は、三味線は力強さだと思っていた。
糸を弾く指使い…これが酷く官能的に見えるなど、あの、昨晩三郎に貰った精力剤がまだ効いているのかもしれない。
罪悪感のようなものが沸くほど丁寧、壊れやすいものを扱うようなその指使いでも、弾き方によって強い音が出る。
たまにヒソヒソ話のようなと…こんなに機密な音を出せるのかと、まるで何か特別な秘め事を見たような気分になってくる。
私は、彼に魅入ってしまっていた。
後ろの襖が開く音ですら、こんな時は気が付くものなのかと思えば、青年太夫が鼻の前に手を当て声なく「しー!」とする。
いつの間にか太夫達も戻っていて、最後ぴん、と弦を弾くと間を持ち、そして太夫達が拍手をし、私も三郎もそれにつられていた。
拍手の雑踏で三味線を置いた彼に「ホンマええなぁ兄さんの音」と…そうか、この位が高い太夫は下り者だったのか。
まるで親しく話すのだから、彼もそうなのかもしれない。
みそらはにっと笑い、青年太夫に指を見せる。血がすっと腕の方に滴っていった。
「あぁ!堪忍な、そうや張り替えたばかりやっ……兄さん魚臭っ、捌いたん?この刺身!」
うんうん頷く彼に「悪いことしたなぁ兄さん」と、青年太夫は袖から上等な布を出し、彼の血を拭ってやっていた。
…やはり、彼は売り子ではなく裏方なのか。
喋れないからだろうか。
青年太夫に可愛らしく笑い掛ける彼を眺めれば、喉仏あたりに違和感を感じた。
…あまり突出していないと、いうか。もしや、潰されたのではないかというような歪な形をしている。
「湿り気と…相性悪かったなぁ、ホンマ堪忍な」
そして青年太夫はふっとこちらをみて「どや?」と聞いてきた。
ついつい魅入っていたが漸く条件を思い出し、我に返る。
「丁度、お客さんがくれた一両でまぁ…足りんけど二人半日分で、いいよ。でも、どうかな?」
挑戦的に言ってきた青年太夫に、三郎も思い出したようだ。
振って来たのは青年太夫だが、三郎はみそらを見ながら「おう、やったろうじゃねぇか…」と乗った。
そうすれば他の少年達がささっと将棋盤を出し、「どうぞ」という態度。
みそらの指には布がきっちりと巻かれていた。
三郎は酔った口調で「まぁ男なら遠慮もいらねぇよなぁ、」と言い放った。
確かに三郎は、女には格好ばかりつけて、手を抜くようなところもある。
「ちなみにお前、下りもんだろ?位はどんなもんだい?」
「普通くらいだよ、金に見合うくらい」
…金に見合うなら、遊郭では花魁、つまり最上級なわけだが…。
面白くもなさそうに三郎は青年太夫に「ふうん」と言った。
「ま、これに勝ちゃぁいいんだろ?後で泣いてもしらねぇよ?へっへ、あんたはやんねぇみてぇだしな!こんじゃぁ妓夫も大変だ」
「兄さんの方が上手いってだけさ。見合わないと思うけどね」
私は、ここで女郎との違いを感じた。男と男の対決だ、相手側も煽るのが上手いものだ。
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