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朝に愁いじ夢見るを
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三郎はいくら上等な絹の着物でも着崩してしまうし、私なんて、例え洒落に気を遣ったところでただの薄っぺらい麻布だ。
こんなところに来るならばせめて木綿にしただろうけど。
それほど気負わなくても良いのかもしれない…と思った矢先だった。
間もなくして現れた太夫達に、私の疑念は全て打ち砕かれてしまった。
振袖などと三郎は言ったが、随分綺麗な女達がやって来たかと思えば、「本日は」と、一番着飾った太夫の声がまるで…青年期ほどの低さだったのだがら、更に度肝を抜かれてしまう。
一体どういうことなのかと三郎を横目で見れば、彼は得意顔だった。
「なんだお前も知らないのか?陰間茶屋だぞ?」
かげまぢゃや?
お前も、と言うことは三郎も、なんだろうが最早この男はそういう奴だ。そんなことはどうだってよく…。
「歌舞伎役者の修行場だ。あいつら、こうやって稼いでんだよ。
お前、実家は武家だったんだろ?二道は武士の嗜みってな!」
どうやら三郎は余程、今朝の女将の一言を根に持ったのだと知る。芝居小屋の意味もこれで漸くわかった。
女郎の姿の少年達数名が酒と食事、そして三味線などを持ち、次々と現れた。
しかし不思議なものだ。
少年には、当たり前だろうが所作に覚束ない面もあるし、やはり…少年、なのだ。
こんな視点で遊女の気遣いを知るとは思いもしなかった。
躍りやその色っぽさだけは確かに女を真似ている、そこは却って少年という若さ、故に出来るのかもしれない。
毛嫌いをしておきながら、一度だけ野郎芝居は見たことがある。
私はお触書で知っていた、彼らは全員、私や三郎と同じ“男”なのだと。あれが男とはと、驚いたのを覚えている。
あれは恐らく、真似ようという精神ではない。なろう、という精神なんだとその場で感じ取った。
確か、その演目は紙商人と娼婦の心中事件だった。
上方の寺で実際に起きた心中事件だそうで、あちらの早朝瓦版よりも芝居で取り上げられる方が早かったのだと聞く。
私はこの通り、三郎のお陰で廓事情も、出版事情もそれなりにわかっている。
流石にあの芝居には嘘があるだろう、と芝居を嫌いになったきっかけだったのだが、正直妬みもあった。
それだけ、世間の話題をかっさらえる作品など、妬まずにはいられなかった。それが、こんな形で残るのなら、尚更。
当の作者「近松門左衛門」の影響力は歯止めが効かず、各地では夢見がちな男女の心中事件が勃発した、それもあり規制がより厳しくなったらしい。
元来私がこうして書を残しているのは、私自身が書物をしたためる者だからだ。
その立場から言うと、近松の書は如何にも一般に好まれそうなものだし、読み物としてもそうだ。だからこそ惨劇を生む芝居作品など、品性に欠ける。
紙と炭を人や音、人形で具現化する。私はそれが合理的だと解釈した。
芝居と現実の差を違え錯覚することなど、廓にいけば尚更だ。私はそのあたりを弁えた人間だと自負している。
店の仕様はどうやら遊郭と大差もないらしく、女が男に変わっただけだ。
修行中だという太夫達は女郎のように、こちらの酒がなくなれば代わる代わると酒を汲みにくる。
しかし女よりも、やけにそれが媚びているように感じた。遊女の方が強かだ、それも不思議で仕方がない。
いくら振袖新造程の位だったとしても、遊郭の女は褥を共にしない限り、これ程ベタベタと客に媚びはしない。親密になるのすら、花魁ともなれば難しく。
遊郭のそれは、その気高さが男心を刺激するのだが、どうやら眺めていれば、媚びていない少年もいた。
この中で一番位が高いのだとはっきりわかる少年は花魁のように凛としていた。それは学びを得た青年、なのかもしれない。
少年、青年と書いてはいるが、皆女とはまた違った年齢不詳さなのだ。どうやら、化粧で化けるとはこんな意味でも使える言葉らしい。
そして大体がそうなのだから、裏の事情はわからないが、客ですら感じ取れる蹴落とし合いのような殺伐さが今伺えないのも、遊郭とは違う特徴なのかもしれない。
「っしっかし、お前ぇら新造か!?しっかし乳房がねぇよ、ほれ!」
三郎は少年一人の胸元に一分あまりを突っ込もうとした。三郎は酒癖があまりよくないのだ。
新造の遊女なら大喜びだろうが、どうやら少年は困ったように少し、引いてしまったようだ。
確かに、同じ男ならいくらなんでもより良い気はしないのかもしれない。
それに「なんだ?欲しくないんか?男なら、言い返してみろっ!」と煽る三郎へ流石に私が一言言おうかとした時、ふっとあの、位が高そうな青年が少年の両肩を少し引いて寄せ、「お兄さんあたいにはくれないんです?」と、言った。
「あーいーよ、やるよやるよ。お前ぇ男の割に…可愛らしい顔してんなぁ」
じとっと眺めた三郎は青年を眺め回す。
青年はまるで遊女のように雅に笑い「買ってくれるんですか?」と聞いた。
「あぁ、いいよ約束し」
「ほんなら…みそら兄さんもおりますしなぁ」
探すように眺めた青年は、酒を置きに来た…恐らく化粧すらしていない、裏方の若い衆に目を付け話を振った。
こんなところに来るならばせめて木綿にしただろうけど。
それほど気負わなくても良いのかもしれない…と思った矢先だった。
間もなくして現れた太夫達に、私の疑念は全て打ち砕かれてしまった。
振袖などと三郎は言ったが、随分綺麗な女達がやって来たかと思えば、「本日は」と、一番着飾った太夫の声がまるで…青年期ほどの低さだったのだがら、更に度肝を抜かれてしまう。
一体どういうことなのかと三郎を横目で見れば、彼は得意顔だった。
「なんだお前も知らないのか?陰間茶屋だぞ?」
かげまぢゃや?
お前も、と言うことは三郎も、なんだろうが最早この男はそういう奴だ。そんなことはどうだってよく…。
「歌舞伎役者の修行場だ。あいつら、こうやって稼いでんだよ。
お前、実家は武家だったんだろ?二道は武士の嗜みってな!」
どうやら三郎は余程、今朝の女将の一言を根に持ったのだと知る。芝居小屋の意味もこれで漸くわかった。
女郎の姿の少年達数名が酒と食事、そして三味線などを持ち、次々と現れた。
しかし不思議なものだ。
少年には、当たり前だろうが所作に覚束ない面もあるし、やはり…少年、なのだ。
こんな視点で遊女の気遣いを知るとは思いもしなかった。
躍りやその色っぽさだけは確かに女を真似ている、そこは却って少年という若さ、故に出来るのかもしれない。
毛嫌いをしておきながら、一度だけ野郎芝居は見たことがある。
私はお触書で知っていた、彼らは全員、私や三郎と同じ“男”なのだと。あれが男とはと、驚いたのを覚えている。
あれは恐らく、真似ようという精神ではない。なろう、という精神なんだとその場で感じ取った。
確か、その演目は紙商人と娼婦の心中事件だった。
上方の寺で実際に起きた心中事件だそうで、あちらの早朝瓦版よりも芝居で取り上げられる方が早かったのだと聞く。
私はこの通り、三郎のお陰で廓事情も、出版事情もそれなりにわかっている。
流石にあの芝居には嘘があるだろう、と芝居を嫌いになったきっかけだったのだが、正直妬みもあった。
それだけ、世間の話題をかっさらえる作品など、妬まずにはいられなかった。それが、こんな形で残るのなら、尚更。
当の作者「近松門左衛門」の影響力は歯止めが効かず、各地では夢見がちな男女の心中事件が勃発した、それもあり規制がより厳しくなったらしい。
元来私がこうして書を残しているのは、私自身が書物をしたためる者だからだ。
その立場から言うと、近松の書は如何にも一般に好まれそうなものだし、読み物としてもそうだ。だからこそ惨劇を生む芝居作品など、品性に欠ける。
紙と炭を人や音、人形で具現化する。私はそれが合理的だと解釈した。
芝居と現実の差を違え錯覚することなど、廓にいけば尚更だ。私はそのあたりを弁えた人間だと自負している。
店の仕様はどうやら遊郭と大差もないらしく、女が男に変わっただけだ。
修行中だという太夫達は女郎のように、こちらの酒がなくなれば代わる代わると酒を汲みにくる。
しかし女よりも、やけにそれが媚びているように感じた。遊女の方が強かだ、それも不思議で仕方がない。
いくら振袖新造程の位だったとしても、遊郭の女は褥を共にしない限り、これ程ベタベタと客に媚びはしない。親密になるのすら、花魁ともなれば難しく。
遊郭のそれは、その気高さが男心を刺激するのだが、どうやら眺めていれば、媚びていない少年もいた。
この中で一番位が高いのだとはっきりわかる少年は花魁のように凛としていた。それは学びを得た青年、なのかもしれない。
少年、青年と書いてはいるが、皆女とはまた違った年齢不詳さなのだ。どうやら、化粧で化けるとはこんな意味でも使える言葉らしい。
そして大体がそうなのだから、裏の事情はわからないが、客ですら感じ取れる蹴落とし合いのような殺伐さが今伺えないのも、遊郭とは違う特徴なのかもしれない。
「っしっかし、お前ぇら新造か!?しっかし乳房がねぇよ、ほれ!」
三郎は少年一人の胸元に一分あまりを突っ込もうとした。三郎は酒癖があまりよくないのだ。
新造の遊女なら大喜びだろうが、どうやら少年は困ったように少し、引いてしまったようだ。
確かに、同じ男ならいくらなんでもより良い気はしないのかもしれない。
それに「なんだ?欲しくないんか?男なら、言い返してみろっ!」と煽る三郎へ流石に私が一言言おうかとした時、ふっとあの、位が高そうな青年が少年の両肩を少し引いて寄せ、「お兄さんあたいにはくれないんです?」と、言った。
「あーいーよ、やるよやるよ。お前ぇ男の割に…可愛らしい顔してんなぁ」
じとっと眺めた三郎は青年を眺め回す。
青年はまるで遊女のように雅に笑い「買ってくれるんですか?」と聞いた。
「あぁ、いいよ約束し」
「ほんなら…みそら兄さんもおりますしなぁ」
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