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土の都
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然程さ迷うこともなく、丁度刑場付近に道場らしき建物を見つけたのだが、外見からして本日休みか、何か。
だがそれは古びた屋号の「五月塾」から、そうか外したと察する。
ある意味外してもいないような気はするが、つくづく「江戸とは小さい街ですな」と、そればかりは朱鷺貴も翡翠に同意した。
「掘り当てたような、当てていないようなで…」
「俺の最弱な運がなんや、仇をなしているかねぇ、従者よ」
「うわっ」
今更になってそれ気にしているのか、というか微妙に陰湿だなと、「それはなんなんやろか」と翡翠は訪ねるが、「いぃえなんでもありゃしまへーん」となんでも含んでいそうな坊主にあぁ、やっちまったなと翡翠は察する。
子供かよまったくと、
「次は当てに行きましょうよ、なんなら少々かすっているような気がしまへんか」
と宥めるも「少々ー」と面倒だ。
完璧に朱鷺貴の癇癪玉に火を点けてしまったようだ。そこなのか坊主の「言ってはならない禁忌」とは。こういうのは大抵長期間で根に持たれるだろうとうんざりした。
「はいはいトキさんすんまへんね」と朱鷺貴を見た翡翠は二尺は後ろに立つ人物に気がついた。
ひっそりと立つその人物は三味線を担いでいる。直感というよりは必然に近く、都々逸と合点がいった。
男と目が合えば消していた気配が露呈し「君たちはなんだい」と声を掛けてくる。
男は刀を下げていた。
「…坊さんと薬屋なんて呼んだ覚えはねぇけど」
朱鷺貴が振り向けば「ん?」と、男は朱鷺貴の腰に下げられた刀を見て「なんだそりゃ」と驚いた。
「そりゃぁなんだい、あんた、脱藩浪人かい」
「いや、ただの坊主だ」
「はっ、」
それから男は「ふはははは!」と心底愉快そうに笑う。
しかし翡翠、朱鷺貴すらも感じた。
この男、着物ですらどうにも草臥れた見映えだが、どこか、声かもしれないし目かもしれない。どこか覇気は捨てていないように感じる。
それ故かはわからないが、いままでで似合ったことのない人種、狂気に近い強さを感じ取った。
「へぇ~、坊さんも刀下げる時代になったか」
「…ここの者か、あんたは」
「いや。
…いや、けどまぁそうだな。昔の話だけど。今はもぬけの空だよ坊さん」
「…何故、」
「それは僕が先に聞いた問いだな。ここへ指南を受けに来たのならもう遅い」
「…そういうわけじゃない」
「ははっ、そうかい。つーことは脱藩浪人でもなさそうだな。
寺に用なら、ここからいくらか東の善福寺なんて渋いよ。あそこは江戸じゃ有名な剣術道場でもある。馬で…2刻ほどかな」
「そりゃどうも」
「ところで奥の薬屋、君に聞いても良いか?」
翡翠はそれに返事はしなかったが、「君は娑婆の者じゃねぇだろ」と男は笑いながら言う。
何者だかは知らないがこの男、やはりそこらの者とは違うようだ。
どこがどう違うか、男の持つ雰囲気がそう語っているのだ。
「…世は捨てた身分ですが、あんさんこそ娑婆という雰囲気ではないですなぁ、」
「下洛してきたのか」
「あんさんはどちらから?」
「萩だよ萩」
なるほど。
長州。
「…大変ですなぁ、お気をつけて。
わてらは先を急ぎますさかいに。道案内、感謝いたします」
恐らく彼は、所謂過激派だとか、尊皇攘夷の志士だとか、そういった手合いだろうと予感した。
「坊さんたちもな。ここは容易に首がなくなるよ」
男の声を背中に浴び、朱鷺貴と翡翠は五月塾を去る。
男の気配が五月塾へ消えたと感じると翡翠は、「あの男…」と、やはり口にするのだった。
「妙な雰囲気でしたなぁ」
「そうだな。長州の脱藩浪人かな」
「刑場が近いわりにあぁもうろちょろと出来るんはしかし、どうなんやろね」
そして翡翠は続ける。
「あの男ああ見えて隙もなく、刀をいつでも抜く気やったね。
あぁいったお方が案外、状勢やらを考え、活動を起こすんやろうかね」
「それくらいやりそうな雰囲気はあったな」
「まぁ、ええんやけど」
とにかく得体は知れなかった。だが、肌に伝わった狂気に「怖い人」と翡翠は漏らす。
「しかし、道場破りなら無名の場所がええやろうと思います。まぁ、寺なら指南も有るかとは思いますけども」
「うーん。どの辺で道場破りが流行ってるのか」
「まぁ、ここは分岐やけど、どうせなら甲州街道を歩いてみるいうんは如何でっしゃろ。
京までの帰りにまた中仙道を行くもよろし、はたまた、海沿いの東海道を行くもよろし」
「…甲州街道か。なるほどな」
どうせならそういった見聞も必要だろう。
江戸城も近く見える。
まずはそのつもりで、東へ向かおうと歩き出す。まだ日は陰らず。
だがそれは古びた屋号の「五月塾」から、そうか外したと察する。
ある意味外してもいないような気はするが、つくづく「江戸とは小さい街ですな」と、そればかりは朱鷺貴も翡翠に同意した。
「掘り当てたような、当てていないようなで…」
「俺の最弱な運がなんや、仇をなしているかねぇ、従者よ」
「うわっ」
今更になってそれ気にしているのか、というか微妙に陰湿だなと、「それはなんなんやろか」と翡翠は訪ねるが、「いぃえなんでもありゃしまへーん」となんでも含んでいそうな坊主にあぁ、やっちまったなと翡翠は察する。
子供かよまったくと、
「次は当てに行きましょうよ、なんなら少々かすっているような気がしまへんか」
と宥めるも「少々ー」と面倒だ。
完璧に朱鷺貴の癇癪玉に火を点けてしまったようだ。そこなのか坊主の「言ってはならない禁忌」とは。こういうのは大抵長期間で根に持たれるだろうとうんざりした。
「はいはいトキさんすんまへんね」と朱鷺貴を見た翡翠は二尺は後ろに立つ人物に気がついた。
ひっそりと立つその人物は三味線を担いでいる。直感というよりは必然に近く、都々逸と合点がいった。
男と目が合えば消していた気配が露呈し「君たちはなんだい」と声を掛けてくる。
男は刀を下げていた。
「…坊さんと薬屋なんて呼んだ覚えはねぇけど」
朱鷺貴が振り向けば「ん?」と、男は朱鷺貴の腰に下げられた刀を見て「なんだそりゃ」と驚いた。
「そりゃぁなんだい、あんた、脱藩浪人かい」
「いや、ただの坊主だ」
「はっ、」
それから男は「ふはははは!」と心底愉快そうに笑う。
しかし翡翠、朱鷺貴すらも感じた。
この男、着物ですらどうにも草臥れた見映えだが、どこか、声かもしれないし目かもしれない。どこか覇気は捨てていないように感じる。
それ故かはわからないが、いままでで似合ったことのない人種、狂気に近い強さを感じ取った。
「へぇ~、坊さんも刀下げる時代になったか」
「…ここの者か、あんたは」
「いや。
…いや、けどまぁそうだな。昔の話だけど。今はもぬけの空だよ坊さん」
「…何故、」
「それは僕が先に聞いた問いだな。ここへ指南を受けに来たのならもう遅い」
「…そういうわけじゃない」
「ははっ、そうかい。つーことは脱藩浪人でもなさそうだな。
寺に用なら、ここからいくらか東の善福寺なんて渋いよ。あそこは江戸じゃ有名な剣術道場でもある。馬で…2刻ほどかな」
「そりゃどうも」
「ところで奥の薬屋、君に聞いても良いか?」
翡翠はそれに返事はしなかったが、「君は娑婆の者じゃねぇだろ」と男は笑いながら言う。
何者だかは知らないがこの男、やはりそこらの者とは違うようだ。
どこがどう違うか、男の持つ雰囲気がそう語っているのだ。
「…世は捨てた身分ですが、あんさんこそ娑婆という雰囲気ではないですなぁ、」
「下洛してきたのか」
「あんさんはどちらから?」
「萩だよ萩」
なるほど。
長州。
「…大変ですなぁ、お気をつけて。
わてらは先を急ぎますさかいに。道案内、感謝いたします」
恐らく彼は、所謂過激派だとか、尊皇攘夷の志士だとか、そういった手合いだろうと予感した。
「坊さんたちもな。ここは容易に首がなくなるよ」
男の声を背中に浴び、朱鷺貴と翡翠は五月塾を去る。
男の気配が五月塾へ消えたと感じると翡翠は、「あの男…」と、やはり口にするのだった。
「妙な雰囲気でしたなぁ」
「そうだな。長州の脱藩浪人かな」
「刑場が近いわりにあぁもうろちょろと出来るんはしかし、どうなんやろね」
そして翡翠は続ける。
「あの男ああ見えて隙もなく、刀をいつでも抜く気やったね。
あぁいったお方が案外、状勢やらを考え、活動を起こすんやろうかね」
「それくらいやりそうな雰囲気はあったな」
「まぁ、ええんやけど」
とにかく得体は知れなかった。だが、肌に伝わった狂気に「怖い人」と翡翠は漏らす。
「しかし、道場破りなら無名の場所がええやろうと思います。まぁ、寺なら指南も有るかとは思いますけども」
「うーん。どの辺で道場破りが流行ってるのか」
「まぁ、ここは分岐やけど、どうせなら甲州街道を歩いてみるいうんは如何でっしゃろ。
京までの帰りにまた中仙道を行くもよろし、はたまた、海沿いの東海道を行くもよろし」
「…甲州街道か。なるほどな」
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江戸城も近く見える。
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