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神様
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京付近、近江にて。
「デカイな」
臨む琵琶湖に。
法師、南條朱鷺貴と、
「先なん、見えないやないですか」
連れの藤宮翡翠は唖然とする。
「ほんですなぁ。お二人さんなら12文でどない?」
橋渡しだと言う、癖っ毛の背が高い男に声を掛けられた。
「いやどない?て。こんなん渡らなくても」
「渡りたい」
「は?」
「おっ、兄さん気前ええな。どや坊さん。こん湖はまぁホンに素ん晴らしいー湖じゃき。冷厳あらたかな」
半分くらいの意味合いしか汲み取れない。しかしなんとなくな西方言、通じると言えば通じる。
「いや、別になにも思わない」
「はぁ?」
「橋渡しさん、どこの人ですぅ?ゆったりで聞き入りやすいですねぇ」
我慢が出来なかったのはどうやら翡翠らしい。やはり気になったか。この先確かに、皆この方言だったらもっと困るかもしれない。
「あぁ、土佐じゃき」と言う男の一言に「あぁ、」と2人、納得してしまったが、考えて「土佐ぁ?」となったのは朱鷺貴だった。
「四国?」
「ほんじゃき」
「遠いねあんた」
これは最早脱藩浪人かなにかかもしれない。しかし京に近い位置にいて橋渡しとは、実はこの大男、穏やかに見えて気性が荒い感じかもしれない、気を付けようと思えばその土佐の男は朱鷺貴の腰元の刀を見つめ、「あんさん、脱藩かえ?」と聞いてきた。
確かに。
坊主でその成り、隣に従者、だが2人となれば違和感しかないのは訛りなんかより我々かと納得する。
「いえ、案外こん人ただの坊主やで」
笑ってそう返す翡翠の無邪気さに、こんな時馴染みが自然な人間は末恐ろしいと朱鷺貴は感じた。
だってそれ、警戒心とかないわけ?相手に敵意がなかったとしても俺とお前、信じてもらえると、てか信じさせる自信があったわけ?甚だ疑問。
そしてふと翡翠が朱鷺貴に手を出し「ん!」と、なんだか訴えかけているが、わからん。
なんだね君はとただ黙っていたら翡翠が「使えない坊さんやね」と言い、左の袖口へするりと手を突っ込んできたから「なにっ、」驚愕。
何かが袖口からするりと去っていく。銭入れだった。
「はいな浪人さん。12文や」
笑顔で人の銭入れから金を取り出し土佐の男に渡す翡翠に、「なにしてんっ、」思わず漏らす。
「乗って行きましょ。昨晩からわては疲れました」
「まいどおおきに」
「手癖が悪ぃなお前、」
しかし払ってしまったからには仕方ない。土佐の男も苦笑いをしている。溜め息を吐いて朱鷺貴が「彼岸まで」と告げれば「ふはっ、」と、土佐の男は吹き出すのだった。
「あんさんらも俺らと大差ないな」
「はぁ、」
船は出してくれた。
絶対にぼられてるわと朱鷺貴の内心にイラつきが生まれる。
「お坊さんの修行も今んご時世、大変なもんやなぁ。
いやぁ、俺も今あんさんらと同じようなもんでなぁ、時世を学ぶ巡業っちゅうた感じでな…仲間と各地をまわっとるんじゃけん、あんま意味なかろうと言っちゅうとこじゃい」
「ほー」
明らかに詠み解けなかったのだろう露骨な翡翠の対応。忘れていたがこいつ、案外自然と無礼なヤツだったわと朱鷺貴は思い出す。
「…あんさんら、何処へ行くん?やはり江戸かえ?」
「いやぁ…」
少々決まってないけど、多分方角的にはそうかも。
「そうですえ」と勝手に返事をする翡翠にはもう、なにも言うまいと朱鷺貴は溜め息また吐いた。つくづく、最近溜め息が増えた。
「江戸かぁ…ちょっち危のうなってまいりましたなぁ」
「あらぁ、そうなんですぅ?」
しかし意外に、やはり元職業柄か、この従者は雇い主より土佐の男と打ち解けている。案外人の懐に入るのが上手い。最早感心していた。
「大老が殺されちゅう。あらぁ、大事やね」
「あら、そうなんですぅ?」
「ほんらもう、今にも外国が責めて来ゆうがよ」
「外国?」
疑問だったらしい。
ふと翡翠に見られ朱鷺貴は「あれ、孤狼狸や」と、普段あまり見せない西訛りで咄嗟に返した。
場違い見解なのかも知れないが、正直朱鷺貴にも「外国」は呆然としていて答えようにない。
「孤狼狸が迫っとるんですかぁ?」
話が食い違っている。しかし土佐の男は少し困りつつ、「かもねぇ」と返した。
「あんさん、孤狼狸で?」
何がとは聞かれなかったが、流石に察するものがあったらしい。まぁ、流行ったからな。見たところ同世代のこの浪人には馴染みがあるだろう。
「まぁ、はぁ」と曖昧に朱鷺貴は土佐の男に返す。
「だがまぁ、それもいずれは終わること。今に日本は変わるよ」
なんだか予言じみている。遠い目をした土佐の男に、それも夢かと悟った。
「船もな、もっとどデカイ、大砲を詰んだ化け物のようなやつを日本人は手に入れれば、外国とも喧嘩出来る。刀も、要らなくなる時代が来る」
「あら、予言ですか?」
「いや、」
土佐の男は続ける。
「学じゃ」
そんなものか。
しかしまぁ、
「人は神ではない。神も人ではない。人が作ったなら、そういうことだな」
「せやろ?」
楽しそうに土佐の男は言った。
「巡業とはそのためにある」
「ほうほう。
あんさん、なかなかおもろいな」
そうなのか。
この男もまた、同じ時代を生きているのかと悟る。こんな、しょうもない話を面白がるとは。
「デカイな」
臨む琵琶湖に。
法師、南條朱鷺貴と、
「先なん、見えないやないですか」
連れの藤宮翡翠は唖然とする。
「ほんですなぁ。お二人さんなら12文でどない?」
橋渡しだと言う、癖っ毛の背が高い男に声を掛けられた。
「いやどない?て。こんなん渡らなくても」
「渡りたい」
「は?」
「おっ、兄さん気前ええな。どや坊さん。こん湖はまぁホンに素ん晴らしいー湖じゃき。冷厳あらたかな」
半分くらいの意味合いしか汲み取れない。しかしなんとなくな西方言、通じると言えば通じる。
「いや、別になにも思わない」
「はぁ?」
「橋渡しさん、どこの人ですぅ?ゆったりで聞き入りやすいですねぇ」
我慢が出来なかったのはどうやら翡翠らしい。やはり気になったか。この先確かに、皆この方言だったらもっと困るかもしれない。
「あぁ、土佐じゃき」と言う男の一言に「あぁ、」と2人、納得してしまったが、考えて「土佐ぁ?」となったのは朱鷺貴だった。
「四国?」
「ほんじゃき」
「遠いねあんた」
これは最早脱藩浪人かなにかかもしれない。しかし京に近い位置にいて橋渡しとは、実はこの大男、穏やかに見えて気性が荒い感じかもしれない、気を付けようと思えばその土佐の男は朱鷺貴の腰元の刀を見つめ、「あんさん、脱藩かえ?」と聞いてきた。
確かに。
坊主でその成り、隣に従者、だが2人となれば違和感しかないのは訛りなんかより我々かと納得する。
「いえ、案外こん人ただの坊主やで」
笑ってそう返す翡翠の無邪気さに、こんな時馴染みが自然な人間は末恐ろしいと朱鷺貴は感じた。
だってそれ、警戒心とかないわけ?相手に敵意がなかったとしても俺とお前、信じてもらえると、てか信じさせる自信があったわけ?甚だ疑問。
そしてふと翡翠が朱鷺貴に手を出し「ん!」と、なんだか訴えかけているが、わからん。
なんだね君はとただ黙っていたら翡翠が「使えない坊さんやね」と言い、左の袖口へするりと手を突っ込んできたから「なにっ、」驚愕。
何かが袖口からするりと去っていく。銭入れだった。
「はいな浪人さん。12文や」
笑顔で人の銭入れから金を取り出し土佐の男に渡す翡翠に、「なにしてんっ、」思わず漏らす。
「乗って行きましょ。昨晩からわては疲れました」
「まいどおおきに」
「手癖が悪ぃなお前、」
しかし払ってしまったからには仕方ない。土佐の男も苦笑いをしている。溜め息を吐いて朱鷺貴が「彼岸まで」と告げれば「ふはっ、」と、土佐の男は吹き出すのだった。
「あんさんらも俺らと大差ないな」
「はぁ、」
船は出してくれた。
絶対にぼられてるわと朱鷺貴の内心にイラつきが生まれる。
「お坊さんの修行も今んご時世、大変なもんやなぁ。
いやぁ、俺も今あんさんらと同じようなもんでなぁ、時世を学ぶ巡業っちゅうた感じでな…仲間と各地をまわっとるんじゃけん、あんま意味なかろうと言っちゅうとこじゃい」
「ほー」
明らかに詠み解けなかったのだろう露骨な翡翠の対応。忘れていたがこいつ、案外自然と無礼なヤツだったわと朱鷺貴は思い出す。
「…あんさんら、何処へ行くん?やはり江戸かえ?」
「いやぁ…」
少々決まってないけど、多分方角的にはそうかも。
「そうですえ」と勝手に返事をする翡翠にはもう、なにも言うまいと朱鷺貴は溜め息また吐いた。つくづく、最近溜め息が増えた。
「江戸かぁ…ちょっち危のうなってまいりましたなぁ」
「あらぁ、そうなんですぅ?」
しかし意外に、やはり元職業柄か、この従者は雇い主より土佐の男と打ち解けている。案外人の懐に入るのが上手い。最早感心していた。
「大老が殺されちゅう。あらぁ、大事やね」
「あら、そうなんですぅ?」
「ほんらもう、今にも外国が責めて来ゆうがよ」
「外国?」
疑問だったらしい。
ふと翡翠に見られ朱鷺貴は「あれ、孤狼狸や」と、普段あまり見せない西訛りで咄嗟に返した。
場違い見解なのかも知れないが、正直朱鷺貴にも「外国」は呆然としていて答えようにない。
「孤狼狸が迫っとるんですかぁ?」
話が食い違っている。しかし土佐の男は少し困りつつ、「かもねぇ」と返した。
「あんさん、孤狼狸で?」
何がとは聞かれなかったが、流石に察するものがあったらしい。まぁ、流行ったからな。見たところ同世代のこの浪人には馴染みがあるだろう。
「まぁ、はぁ」と曖昧に朱鷺貴は土佐の男に返す。
「だがまぁ、それもいずれは終わること。今に日本は変わるよ」
なんだか予言じみている。遠い目をした土佐の男に、それも夢かと悟った。
「船もな、もっとどデカイ、大砲を詰んだ化け物のようなやつを日本人は手に入れれば、外国とも喧嘩出来る。刀も、要らなくなる時代が来る」
「あら、予言ですか?」
「いや、」
土佐の男は続ける。
「学じゃ」
そんなものか。
しかしまぁ、
「人は神ではない。神も人ではない。人が作ったなら、そういうことだな」
「せやろ?」
楽しそうに土佐の男は言った。
「巡業とはそのためにある」
「ほうほう。
あんさん、なかなかおもろいな」
そうなのか。
この男もまた、同じ時代を生きているのかと悟る。こんな、しょうもない話を面白がるとは。
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