降りそそぐ灰色に

二色燕𠀋

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降りそそぐ灰色に

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 二日くらい経った、バイト休みの最終日。
 ぼんやり骨を眺めるよりも、線香をあげようかと、あたしは美智佳の実家に寄った。

「…おばさん?」

 おばさんは戸を開けてくれたが「ああ茜ちゃん…」と、やはり魂が抜けたままで、疲れきった表情をしていた。
 二日で、何年分老けたのかというくらい、というか…服すら、二日前と同じような物…のような気がする。

「………」

 何も言わないまま、おばさんは居間へふらふらと向かう。

「おばさん大丈夫?食べてる?寝てる?」
「…あぁうん」

 大丈夫?と聞いたはいいが、全然大丈夫そうには見えない。

 幼い頃、ここへ遊びに来た時のことを思い出す。
 あたしは毎回、お昼過ぎくらいに遊びに来ていた。

 おばさんは基本、あたしの前には姿を見せなかった。
 よく、美智佳が炊飯器からご飯をよそい、海苔を巻いて「食べる?」と、おにぎりを握ってくれたのだ。

 少し大きくなって、色々と美智佳から話を聞いた上での想像でしかないけれど、「あれが美智佳の昼飯だったんじゃないか」と思っている。
 高校では弁当を自分で作っているとも、美智佳は言っていた。

 それらが甦ってくる。

 おばさんはただ、まるで引き寄せられるように仏壇の前に行き、「茜ちゃんが来てくれたよ」と鐘を鳴らす。

 背負っていたギターケースをその場に置かせてもらい、仏壇の前で線香に火を点けたが、どこも刺さりにくかった。

 …確か昔、ウチのばあさんに手伝わされたな。
 遠くの祖母を思い出す。

 二日でこんなに線香をあげたのか…。
 時間は少しあるし、これくらいはやってあげてもいいんだけども。

「おばさん」

 返事はない。

「……新聞紙とかある?これじゃ刺さらない。やってあげ……」

 ふと、気付いた。

 振り向くと、おばさんはぼんやり「ああ、悪かったね。新聞ね」と言ったが、その前に…。

「ねぇおばさん。学はどうしてるの」

 おばさんは一瞬固まり、「学ちゃん?」と、聞いてくるような口調。

 …これは、マズイかもしれない。

「うん。学」
「さぁ…部屋じゃないかな」
「部屋?どこの?」

 何かうまい言い分をと、思い付いたのは「学にそれ、教えようと思うんだけど」だった。

「…学に……?」
「そう。
 学、何?美智佳の部屋にいる?ちょっと行ってくるね」

 あと、あるとしてもおばさんの部屋と…今見えている台所と、それくらいしかないし…。

 「学?どこにいるの?」と、声を掛けながら二階の美智佳の部屋に向かうけれど、どこからも返事はない。

 でも…、ここしかないだろう。
 学がおばさんの部屋にいるのならば、あんな…無な反応はしなかったはずだ。

 案の定、美智佳の部屋の前には小さなお盆と空になった小皿があった。

 おばさんは元々、そういう人だった、昔は。
 ただ、変わったのかもしれないというのも目の当たりにしたような気がしたんだけど…。

「…学、入るよ。いるんだろ?」

 中からパン、と手を叩く小さな音がした気がする。

 開けると、学は部屋の隅で大人しく体育座りをしていた。
 二日前のパジャマのまま、あたしをじっと見ている。

 …多分、ガーゼは同じものなのだろう、何回か自分で外したのかもしれない。セロテープで貼ってあった。
 
「…学」

 きっと、外のお盆を見てわかる。ここ二日、おにぎり程度しか食べていない。

「線香…あげにきた。一緒に行こう」

 学の側に寄ると…別に臭いわけではなかった。シャワーとかは、もしかすると自分で浴びているのかもしれないけれど。

「…傷、どうした?」

 顔のセロテープを剥がす。
 ガーゼにはやはり、変色した血が付着していた。傷を風にあてないせいか、却って不衛生に見える。
 ズボンの裾を捲ると、足のはガーゼにガムテープだった。
 膿みはしていないが、顔の傷よりも酷そうだ。

「…ちょっと染みるけど、消毒しよう。おばさんの部屋に救急箱、確かあったから」

 他人の家だ、はっきり場所を覚えてるわけではないが、確か箪笥の上だったと思う。
 4歳児には、届かないような。

 行こう、と手を出すと、学は少し戸惑ったようにあたしの手を眺めた。
 マメが潰れまた再生したりを繰り返して厚くなったそこをそっと撫で、またあたしを見てくる。

 ちょっと茶色っぽい、綺麗で濁りのない目。

「…これは治ってるから大丈夫。
 立てる?足痛い?」

 学は首を振り、あたしの手を取り立ち上がった。
 手を握りながらすりすりと、小さな指であたしの硬い指を撫でている。

 おばさんの部屋に行くとやっぱり、箪笥の上に木の箱があった。

 「染みるけど」とちゃんと言ってから傷に消毒液をさそうとしたが、持ってみれば中身が軽い。
 パッケージの感じとかも…結構古そうだ。

 使っていいのか…と過りいや、でもこれしかないしな…と思ったが、やっぱり心配になりガーゼとテープを持って風呂場に行く。

 まだ瘡蓋かさぶたも出来きっていない柔らかい傷を水で濯ぎ、新しいのを貼り直してやった。
 やはり痛かったらしい、学は少し顔を歪め、歯を食い縛って耐えていた。
 
「新しいのにしないと、治らない」

 それだけ学に教え、一緒に居間へ行く。
 おばさんはぼんやりとただ、線香のカスを掃除していた。
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