54 / 59
HalsioN
1
しおりを挟む
案の定、監督の機嫌は悪そうだが、ここまでくると毎回なのではないかと思えてきた。
春雪と平中くんが挨拶をしても、その音声は監督にとって、どうやら空気でしかないらしい、反応は“無”だ。
撮影は佳境。平中くんはあと2.5話でオールアップ。
0.5の部分は最終話、「カップル成立おめでとう!」出番だ。撮り方によるが、クランクアップの日まで立ち合うかもしれない。
平中くんは主役二人に比べ、あと半分くらいの出番。キーパーソンの役目にしても物語的には普通な配分だ。
今日はどこまで撮るのだろうか。一応2時間抑えだが、少なくともOA1話分くらいは撮って欲しいところ…。
機材も今は問題無いようだが、「熱いんでちょっと…クールダウンはあった方がいいかもしれません」とカメラマンが言った。
…予定通りには進まないだろうな。これから昼に向かうのだし…結構過酷かも。押し次第では野島さんをどうするか考えないとな。
借りている学校には土もあるが、コンクリートもある。
上京した際、春雪は日傘の意味を取り違えていたと自己認識を改めたものだ。都会は、どこからでも陽が跳ね返る。
みるるんと長嶋くんは機嫌が悪い監督にも慣れたように「位置ここですかー?」「13は柵んとこでOKっすかー?」と各自進行しようとしている。
監督は面倒臭そうに顎を動かす程度。あちらにその指示が見えるかどうか。
実際、見えなかったらしい。平中くんが春雪に台本を寄越したのを見たアイドル二人は、察したように役者顔になった。
平中くんが指を挟んでいたあたりの付箋ページを開いてみれば、なるほど。
○校庭
学と美沙希の元へ毅が走ってくる。
とある。
みるるんと長嶋くんがカメラと目を合わせ頷き、撮影は始まった。
春雪は早速、近くで汗を拭った茂木さんに、ルイボスティーを渡してみた。
茂木さんは春雪に頭を下げ、台本で口許を隠すと、「大丈夫ですか?」と心配そうに聞いてくる。
…まぁ、前回があるからな…。
「あ、はい…まぁ」
走る前の平中くんとは、少し距離がある。
一瞬こちらを見た気がしたが、平中くんは迷わず二人の元へ駆けて行き「見つけたよ…、」と疲れたような演技を始めた。
校庭は蜃気楼、校舎側は逃げ水と、平衡感覚が怪しい景色。演者側は太陽の反射で熱そうに見える。
11月とは思えない、というか夏じゃないか…でも質が悪い、実は秋だから。
「今日はちょっと、こまめに休憩を挟んであげたいですよね…」
「ウチもです。立花さんが「焼けちゃう!」て、朝から…」
茂木さんと二人で見たのは椅子に座る監督の背中。貧乏揺すりをしていて、機嫌どころか感じが悪い。
三人は結構順調、いや、好調な演技をしていたが、ふっと監督が立ち上がり、カメラの前に手を出し“カット”。
監督は持参した茶を飲みながらシャツで汗を拭って今撮った部分を確認し「まず立花さんは目線!」と、細かな注文をつけ始めた。
「少し下げて。台本に“照れながら”ってあんだろ?こりゃあどっちかっつーと偉そうだ。
長嶋くんは平中くんが走ってくる方を端から見ちまってる、不自然だ。お前らやる気ある?」
「すんませーん」
「まだ入りきれてませんでしたー」
確かに、ものの15分だ。集中力も何もない。
もう少し撮ってからの方がなんて…春雪にはわからないのだけれども。
「もっかい、」
そこから暫くは撮り続けた。もしかすると始めの喝、みたいなものなのかもしれない。現場の役者は若いのだし。
暫く撮っていく上で、それぞれがハケる場面はある。春雪はその度にルイボスティーを配ってみたりした。
勿論、他の演者は歌手がメインだ。それぞれ喉が渇れないようにと色々用意はしているけれど、ルイボスティーは結構、好評だったらしい。
それぞれがハケるせいか、なかなか休憩にまで至らない。これは逆に辛いだろう…風も吹いたりして砂埃もちらほらと出てき始めた。
平中くんはハケて即、ブレザーを脱いだ。シャツがじっとりしている。春雪はタオルとルイボスティーを渡した。
「あんたは大丈夫?暑いなマジで」
平中くんからふっと、今飲んだルイボスティーを渡され一口飲み、「暑い、お疲れ様…」と返した。
「いっぱいあるからちゃんと飲んでね。ちょっと、言ってくるから」
着替えタイムにも良いなと、春雪は平中くんにシャツの入った鞄を指し、監督に一度休憩を申請に行く。
やはり空気のように無視をされてしまった。
どうしようか困ったな…と思った瞬間、一度みるるんが咳き込み、「す…ま、せん、」と勝手にハケてきた。
すぐに茂木さんが「大丈夫?」とみるるんに駆け寄る。
当たり前にみるるんの方が平中くんよりも出番はあるし、汗もかいていた。
日陰で台本を追うだけの自分すら集中力が途切れそうだ。スタッフにはスタッフで質の違うキツさがある。
春雪はみるるんに「口濯いでいいからね」とルイボスティーを持って行き、再度監督へ休憩を申し出た。
舌打ちは了解と捉えた。自分は大丈夫なのか…妖怪のような監督だな。
長嶋くんの方は、言われなくても口を濯いで吐き、目薬をさしたりしている。
マスクをした長嶋くんは「ありがと平中マネさん。これ確か身体に良いやつだよね」と言いながらブレザーを脱いだ。
柱の中途半端な場面での休憩になってしまったが、グラウンドにばっと砂煙が舞い、風が砂を連れて行く。
これでは無理だな。良いタイミングだったのかも。
春雪と平中くんが挨拶をしても、その音声は監督にとって、どうやら空気でしかないらしい、反応は“無”だ。
撮影は佳境。平中くんはあと2.5話でオールアップ。
0.5の部分は最終話、「カップル成立おめでとう!」出番だ。撮り方によるが、クランクアップの日まで立ち合うかもしれない。
平中くんは主役二人に比べ、あと半分くらいの出番。キーパーソンの役目にしても物語的には普通な配分だ。
今日はどこまで撮るのだろうか。一応2時間抑えだが、少なくともOA1話分くらいは撮って欲しいところ…。
機材も今は問題無いようだが、「熱いんでちょっと…クールダウンはあった方がいいかもしれません」とカメラマンが言った。
…予定通りには進まないだろうな。これから昼に向かうのだし…結構過酷かも。押し次第では野島さんをどうするか考えないとな。
借りている学校には土もあるが、コンクリートもある。
上京した際、春雪は日傘の意味を取り違えていたと自己認識を改めたものだ。都会は、どこからでも陽が跳ね返る。
みるるんと長嶋くんは機嫌が悪い監督にも慣れたように「位置ここですかー?」「13は柵んとこでOKっすかー?」と各自進行しようとしている。
監督は面倒臭そうに顎を動かす程度。あちらにその指示が見えるかどうか。
実際、見えなかったらしい。平中くんが春雪に台本を寄越したのを見たアイドル二人は、察したように役者顔になった。
平中くんが指を挟んでいたあたりの付箋ページを開いてみれば、なるほど。
○校庭
学と美沙希の元へ毅が走ってくる。
とある。
みるるんと長嶋くんがカメラと目を合わせ頷き、撮影は始まった。
春雪は早速、近くで汗を拭った茂木さんに、ルイボスティーを渡してみた。
茂木さんは春雪に頭を下げ、台本で口許を隠すと、「大丈夫ですか?」と心配そうに聞いてくる。
…まぁ、前回があるからな…。
「あ、はい…まぁ」
走る前の平中くんとは、少し距離がある。
一瞬こちらを見た気がしたが、平中くんは迷わず二人の元へ駆けて行き「見つけたよ…、」と疲れたような演技を始めた。
校庭は蜃気楼、校舎側は逃げ水と、平衡感覚が怪しい景色。演者側は太陽の反射で熱そうに見える。
11月とは思えない、というか夏じゃないか…でも質が悪い、実は秋だから。
「今日はちょっと、こまめに休憩を挟んであげたいですよね…」
「ウチもです。立花さんが「焼けちゃう!」て、朝から…」
茂木さんと二人で見たのは椅子に座る監督の背中。貧乏揺すりをしていて、機嫌どころか感じが悪い。
三人は結構順調、いや、好調な演技をしていたが、ふっと監督が立ち上がり、カメラの前に手を出し“カット”。
監督は持参した茶を飲みながらシャツで汗を拭って今撮った部分を確認し「まず立花さんは目線!」と、細かな注文をつけ始めた。
「少し下げて。台本に“照れながら”ってあんだろ?こりゃあどっちかっつーと偉そうだ。
長嶋くんは平中くんが走ってくる方を端から見ちまってる、不自然だ。お前らやる気ある?」
「すんませーん」
「まだ入りきれてませんでしたー」
確かに、ものの15分だ。集中力も何もない。
もう少し撮ってからの方がなんて…春雪にはわからないのだけれども。
「もっかい、」
そこから暫くは撮り続けた。もしかすると始めの喝、みたいなものなのかもしれない。現場の役者は若いのだし。
暫く撮っていく上で、それぞれがハケる場面はある。春雪はその度にルイボスティーを配ってみたりした。
勿論、他の演者は歌手がメインだ。それぞれ喉が渇れないようにと色々用意はしているけれど、ルイボスティーは結構、好評だったらしい。
それぞれがハケるせいか、なかなか休憩にまで至らない。これは逆に辛いだろう…風も吹いたりして砂埃もちらほらと出てき始めた。
平中くんはハケて即、ブレザーを脱いだ。シャツがじっとりしている。春雪はタオルとルイボスティーを渡した。
「あんたは大丈夫?暑いなマジで」
平中くんからふっと、今飲んだルイボスティーを渡され一口飲み、「暑い、お疲れ様…」と返した。
「いっぱいあるからちゃんと飲んでね。ちょっと、言ってくるから」
着替えタイムにも良いなと、春雪は平中くんにシャツの入った鞄を指し、監督に一度休憩を申請に行く。
やはり空気のように無視をされてしまった。
どうしようか困ったな…と思った瞬間、一度みるるんが咳き込み、「す…ま、せん、」と勝手にハケてきた。
すぐに茂木さんが「大丈夫?」とみるるんに駆け寄る。
当たり前にみるるんの方が平中くんよりも出番はあるし、汗もかいていた。
日陰で台本を追うだけの自分すら集中力が途切れそうだ。スタッフにはスタッフで質の違うキツさがある。
春雪はみるるんに「口濯いでいいからね」とルイボスティーを持って行き、再度監督へ休憩を申し出た。
舌打ちは了解と捉えた。自分は大丈夫なのか…妖怪のような監督だな。
長嶋くんの方は、言われなくても口を濯いで吐き、目薬をさしたりしている。
マスクをした長嶋くんは「ありがと平中マネさん。これ確か身体に良いやつだよね」と言いながらブレザーを脱いだ。
柱の中途半端な場面での休憩になってしまったが、グラウンドにばっと砂煙が舞い、風が砂を連れて行く。
これでは無理だな。良いタイミングだったのかも。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる