HalcyoN

二色燕𠀋

文字の大きさ
上 下
5 / 59
明けの明星

5

しおりを挟む
 俺の指摘でパッと手を離した母親は「あら、ごめんね怪我しちゃってたの?大丈夫ハル、どうしたのこれ」と、しゃがみ込んで少年の顔を覗いている。
 それに彼は「うん、大丈夫」と、仕方のない口調。

 …ここまで来ると、この母親はリストカットを知らないわけではないはずだ。
 何かがおかしい、言葉と行動がちぐはぐな親子。これは根が深そうだと感じた。

 さ、帰りましょう?と手を出す母親の小声に、俺は「ハルくん」と、少年に声を掛けた。

「月、火、金だから」

 それだけでわかってくれるか。俺の今週の昼シフト。

 ハルくんは少し考え、よそよそしい態度ながらも「今日、日曜日」と呟き、母親と部屋へ戻って行った。

 親子がドアを閉めるのを見守る。
 一階の二番目だな。

 ふらっと、向かい側からその部屋を眺めてみた、窓二つにはカーテンが掛かっている。

 隙間からでは何も見えないほどに閉めきられている、バルコニーの窓。
 カーテンは随分と色褪せ、ヤニか何か、茶けている。少し端の部分は破けてもいた。普段から昼も開けていないような雰囲気。

 1DKくらいかな。  

 バルコニーのすぐ側には…布団か何かが敷かれているかもしれない。
 もぞもぞと、誰かが寝返りを打ったような気配。

 その側の窓、こちらにも気配がした。多分、今二人が帰ってきたからだろうとわかる。
 驚くほど静かな部屋。外ではあれだけ声を発していたと言うのに。

 観察を止めそのまま帰宅をしようと考えたが、そうだカッターもあったなと思い出し、一度交番に戻ることにした。

 戻れば男の方、本村がテーブルに突っ伏して眠っていた。

 本当にどうしようもないなと、でもまぁいい、カッターをペン立てに戻すと本村はビクッと起き上がり「あ、さーせん」と寝起きた。

「夜勤か非番っすよね、西賀センパイ」
「まあ。
 ちょっとパソコン借りるわ」

 面白くない顔をした本村はまた机に突っ伏したが、その前に、あの錆びたカッターがないことに気付いた。

「お前、ここにあったカッターはどうした」

 本村は露骨な顔で「はい?」と嫌そうに言う。

「…錆びたカッターがあったろ」
「あぁ、捨てました」
「は?」
「脅迫か何かと思ったんで!」

 「誰か来たら呼んでくださーい」とどこまでもナメた態度だが、階級は一緒だ、皮肉なことに。年齢も大差ない。

「バカじゃねぇの」

 一言文句を言いゴミ箱を見ればカッターだけしか入っていなかった。
 本当に脅しだと思ったなら何故いま書類作成をしてないんだか。まぁ別にいいけど。

 カッターをポリ袋に入れ、署のパソコンを弄る。
 ヨシザワハルユキの捜索願を探したが、やっぱりなかった。

 まぁ、昨日自分がいた22時あたりで既にそういった通報もなかったし、あの後に電話があったとしても、こいつらが書類を作成したかは不明だ。

「一個だけ聞きたいんだけどヨシザワって家から捜索願あった?」

 突っ伏し、籠ったままの声で「ないっす」と本村は一言で済ませる。

 あの母親はその時間、家にいないとしても先程あの家には、誰かもう一人いたと思う。
 大体の場合は父親だと思うが、捜索願すら出さないとは、あの少年にはそれほど家出に関し常習性があるのか。でも、こちらでは何も聞いたことがない。

 やはり、何かがありそうだ。

 しかしいまはウザがられているようだ、これに関しての書類は帰ってから作って送ろう。

 最後にあの家の地図を眺めた。

 契約者は芳沢ヨシザワ夏菜カナ。へぇ、意外とあの子、偽名じゃないのかもな。
 大家は向かいの家、地主の石倉イシクラ洋三ヒロミ

 「お疲れ」と、引き継ぎの先輩が来る前に署を後にする。

 …昼の時間にでも大家の元へ行こうか。それとも、気にしすぎだろうか。

 問題のある家なら例えば…あれだけ大声を出す母親で、しかも情緒不安定とくれば近隣住民から迷惑被害として通報があってもおかしくないが、今のところ一度も出動していない。

 母親が夜の勤務…昼に起こる騒音は、生活の範囲だし一般的に家にいる人は少ない。通報は殆どないものだが、あの家にはもう一人、誰かがいた。旦那と仮定して、家庭内暴力…夜にそういった通報もない…。

 難しそうだな。
 帰り、やっぱりふらっとまたあの家を覗いてしまった。

 中年くらいの男がぼんやりとタバコを吸っているのが遠目から確認出来た。

 遠目からは判断しにくいが…寝起きだろう、髪などは整っていないが営業職にでもいそうなくらいには清潔感があるというか…仕事でしゃっきりしていたら一見普通そうな印象になるだろうか、少し意外だ。あの部屋の印象とは少し掛け離れている。

 定職に就いていたとして。

 父親ならば確かに中年くらいだろうがしかし、これもあの母親だ、わからないが母親よりも年上なのではないかと見える。

 男は持っていた灰皿から溢れんばかりのタバコを庭に捨て、いま吸っていたタバコを揉み消して部屋へ戻って行った。
 これだけでも、充分迷惑行為として通報がありそうなんだけどな。

 …あの人とあの人からあの子が生まれる…かなぁ?少年の美形な顔が浮かんだ。

 見ただけではわからないよなと、考えながら帰路に着いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

白い鴉の啼く夜に

二色燕𠀋
現代文学
紫陽花 高校生たちの話 ※本編とはあまり接点がないです。 「メクる」「小説家になろう」掲載。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...