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明けの明星
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俺の指摘でパッと手を離した母親は「あら、ごめんね怪我しちゃってたの?大丈夫ハル、どうしたのこれ」と、しゃがみ込んで少年の顔を覗いている。
それに彼は「うん、大丈夫」と、仕方のない口調。
…ここまで来ると、この母親はリストカットを知らないわけではないはずだ。
何かがおかしい、言葉と行動がちぐはぐな親子。これは根が深そうだと感じた。
さ、帰りましょう?と手を出す母親の小声に、俺は「ハルくん」と、少年に声を掛けた。
「月、火、金だから」
それだけでわかってくれるか。俺の今週の昼シフト。
ハルくんは少し考え、よそよそしい態度ながらも「今日、日曜日」と呟き、母親と部屋へ戻って行った。
親子がドアを閉めるのを見守る。
一階の二番目だな。
ふらっと、向かい側からその部屋を眺めてみた、窓二つにはカーテンが掛かっている。
隙間からでは何も見えないほどに閉めきられている、バルコニーの窓。
カーテンは随分と色褪せ、ヤニか何か、茶けている。少し端の部分は破けてもいた。普段から昼も開けていないような雰囲気。
1DKくらいかな。
バルコニーのすぐ側には…布団か何かが敷かれているかもしれない。
もぞもぞと、誰かが寝返りを打ったような気配。
その側の窓、こちらにも気配がした。多分、今二人が帰ってきたからだろうとわかる。
驚くほど静かな部屋。外ではあれだけ声を発していたと言うのに。
観察を止めそのまま帰宅をしようと考えたが、そうだカッターもあったなと思い出し、一度交番に戻ることにした。
戻れば男の方、本村がテーブルに突っ伏して眠っていた。
本当にどうしようもないなと、でもまぁいい、カッターをペン立てに戻すと本村はビクッと起き上がり「あ、さーせん」と寝起きた。
「夜勤か非番っすよね、西賀センパイ」
「まあ。
ちょっとパソコン借りるわ」
面白くない顔をした本村はまた机に突っ伏したが、その前に、あの錆びたカッターがないことに気付いた。
「お前、ここにあったカッターはどうした」
本村は露骨な顔で「はい?」と嫌そうに言う。
「…錆びたカッターがあったろ」
「あぁ、捨てました」
「は?」
「脅迫か何かと思ったんで!」
「誰か来たら呼んでくださーい」とどこまでもナメた態度だが、階級は一緒だ、皮肉なことに。年齢も大差ない。
「バカじゃねぇの」
一言文句を言いゴミ箱を見ればカッターだけしか入っていなかった。
本当に脅しだと思ったなら何故いま書類作成をしてないんだか。まぁ別にいいけど。
カッターをポリ袋に入れ、署のパソコンを弄る。
ヨシザワハルユキの捜索願を探したが、やっぱりなかった。
まぁ、昨日自分がいた22時あたりで既にそういった通報もなかったし、あの後に電話があったとしても、こいつらが書類を作成したかは不明だ。
「一個だけ聞きたいんだけどヨシザワって家から捜索願あった?」
突っ伏し、籠ったままの声で「ないっす」と本村は一言で済ませる。
あの母親はその時間、家にいないとしても先程あの家には、誰かもう一人いたと思う。
大体の場合は父親だと思うが、捜索願すら出さないとは、あの少年にはそれほど家出に関し常習性があるのか。でも、こちらでは何も聞いたことがない。
やはり、何かがありそうだ。
しかしいまはウザがられているようだ、これに関しての書類は帰ってから作って送ろう。
最後にあの家の地図を眺めた。
契約者は芳沢夏菜。へぇ、意外とあの子、偽名じゃないのかもな。
大家は向かいの家、地主の石倉洋三。
「お疲れ」と、引き継ぎの先輩が来る前に署を後にする。
…昼の時間にでも大家の元へ行こうか。それとも、気にしすぎだろうか。
問題のある家なら例えば…あれだけ大声を出す母親で、しかも情緒不安定とくれば近隣住民から迷惑被害として通報があってもおかしくないが、今のところ一度も出動していない。
母親が夜の勤務…昼に起こる騒音は、生活の範囲だし一般的に家にいる人は少ない。通報は殆どないものだが、あの家にはもう一人、誰かがいた。旦那と仮定して、家庭内暴力…夜にそういった通報もない…。
難しそうだな。
帰り、やっぱりふらっとまたあの家を覗いてしまった。
中年くらいの男がぼんやりとタバコを吸っているのが遠目から確認出来た。
遠目からは判断しにくいが…寝起きだろう、髪などは整っていないが営業職にでもいそうなくらいには清潔感があるというか…仕事でしゃっきりしていたら一見普通そうな印象になるだろうか、少し意外だ。あの部屋の印象とは少し掛け離れている。
定職に就いていたとして。
父親ならば確かに中年くらいだろうがしかし、これもあの母親だ、わからないが母親よりも年上なのではないかと見える。
男は持っていた灰皿から溢れんばかりのタバコを庭に捨て、いま吸っていたタバコを揉み消して部屋へ戻って行った。
これだけでも、充分迷惑行為として通報がありそうなんだけどな。
…あの人とあの人からあの子が生まれる…かなぁ?少年の美形な顔が浮かんだ。
見ただけではわからないよなと、考えながら帰路に着いた。
それに彼は「うん、大丈夫」と、仕方のない口調。
…ここまで来ると、この母親はリストカットを知らないわけではないはずだ。
何かがおかしい、言葉と行動がちぐはぐな親子。これは根が深そうだと感じた。
さ、帰りましょう?と手を出す母親の小声に、俺は「ハルくん」と、少年に声を掛けた。
「月、火、金だから」
それだけでわかってくれるか。俺の今週の昼シフト。
ハルくんは少し考え、よそよそしい態度ながらも「今日、日曜日」と呟き、母親と部屋へ戻って行った。
親子がドアを閉めるのを見守る。
一階の二番目だな。
ふらっと、向かい側からその部屋を眺めてみた、窓二つにはカーテンが掛かっている。
隙間からでは何も見えないほどに閉めきられている、バルコニーの窓。
カーテンは随分と色褪せ、ヤニか何か、茶けている。少し端の部分は破けてもいた。普段から昼も開けていないような雰囲気。
1DKくらいかな。
バルコニーのすぐ側には…布団か何かが敷かれているかもしれない。
もぞもぞと、誰かが寝返りを打ったような気配。
その側の窓、こちらにも気配がした。多分、今二人が帰ってきたからだろうとわかる。
驚くほど静かな部屋。外ではあれだけ声を発していたと言うのに。
観察を止めそのまま帰宅をしようと考えたが、そうだカッターもあったなと思い出し、一度交番に戻ることにした。
戻れば男の方、本村がテーブルに突っ伏して眠っていた。
本当にどうしようもないなと、でもまぁいい、カッターをペン立てに戻すと本村はビクッと起き上がり「あ、さーせん」と寝起きた。
「夜勤か非番っすよね、西賀センパイ」
「まあ。
ちょっとパソコン借りるわ」
面白くない顔をした本村はまた机に突っ伏したが、その前に、あの錆びたカッターがないことに気付いた。
「お前、ここにあったカッターはどうした」
本村は露骨な顔で「はい?」と嫌そうに言う。
「…錆びたカッターがあったろ」
「あぁ、捨てました」
「は?」
「脅迫か何かと思ったんで!」
「誰か来たら呼んでくださーい」とどこまでもナメた態度だが、階級は一緒だ、皮肉なことに。年齢も大差ない。
「バカじゃねぇの」
一言文句を言いゴミ箱を見ればカッターだけしか入っていなかった。
本当に脅しだと思ったなら何故いま書類作成をしてないんだか。まぁ別にいいけど。
カッターをポリ袋に入れ、署のパソコンを弄る。
ヨシザワハルユキの捜索願を探したが、やっぱりなかった。
まぁ、昨日自分がいた22時あたりで既にそういった通報もなかったし、あの後に電話があったとしても、こいつらが書類を作成したかは不明だ。
「一個だけ聞きたいんだけどヨシザワって家から捜索願あった?」
突っ伏し、籠ったままの声で「ないっす」と本村は一言で済ませる。
あの母親はその時間、家にいないとしても先程あの家には、誰かもう一人いたと思う。
大体の場合は父親だと思うが、捜索願すら出さないとは、あの少年にはそれほど家出に関し常習性があるのか。でも、こちらでは何も聞いたことがない。
やはり、何かがありそうだ。
しかしいまはウザがられているようだ、これに関しての書類は帰ってから作って送ろう。
最後にあの家の地図を眺めた。
契約者は芳沢夏菜。へぇ、意外とあの子、偽名じゃないのかもな。
大家は向かいの家、地主の石倉洋三。
「お疲れ」と、引き継ぎの先輩が来る前に署を後にする。
…昼の時間にでも大家の元へ行こうか。それとも、気にしすぎだろうか。
問題のある家なら例えば…あれだけ大声を出す母親で、しかも情緒不安定とくれば近隣住民から迷惑被害として通報があってもおかしくないが、今のところ一度も出動していない。
母親が夜の勤務…昼に起こる騒音は、生活の範囲だし一般的に家にいる人は少ない。通報は殆どないものだが、あの家にはもう一人、誰かがいた。旦那と仮定して、家庭内暴力…夜にそういった通報もない…。
難しそうだな。
帰り、やっぱりふらっとまたあの家を覗いてしまった。
中年くらいの男がぼんやりとタバコを吸っているのが遠目から確認出来た。
遠目からは判断しにくいが…寝起きだろう、髪などは整っていないが営業職にでもいそうなくらいには清潔感があるというか…仕事でしゃっきりしていたら一見普通そうな印象になるだろうか、少し意外だ。あの部屋の印象とは少し掛け離れている。
定職に就いていたとして。
父親ならば確かに中年くらいだろうがしかし、これもあの母親だ、わからないが母親よりも年上なのではないかと見える。
男は持っていた灰皿から溢れんばかりのタバコを庭に捨て、いま吸っていたタバコを揉み消して部屋へ戻って行った。
これだけでも、充分迷惑行為として通報がありそうなんだけどな。
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