HalcyoN

二色燕𠀋

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明けの明星

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 記念日をよく、間違えてしまう。というより、今でも俺には記念日という概念があまりない。

 あれは残業帰りだった。

 橋の入り口と出口にしか街灯がないような小さな橋。
 その真ん中で未成年が一人、双眼鏡を手にして立っているのが見えた。

 彼は双眼鏡以外の一切を持っておらず、むしろ、10月の夜だというのにスウェットのズボンとシャツという出で立ち。
 腕時計を確認すれば22時の36分という微妙な時間だった。

 少年はポケットから何かを取り出して噛み切り捨てる。
 その際、左腕から血のようなものが見え、「ねえ君」と手帳を出して声を掛けることが出来た。

 少年はすぐに応じる訳ではなく、ふとこちらを見た際にイヤホンをしていたのだと気付いた。

 血が付着した手でイヤホンを外した彼は「なんですか」と、平常に言った。
 こんなときはまず、「寒くないのかい」と普通の会話に持って行く方が良い。

「今日はりゅう座流星群なんですよ」

 全く会話も成り立たず、彼はまたポケットに手を入れ…何かを噛み切りポリポリと噛む。

 足元に目をやると、それはどうやらたくさんあった。
 何色かは見えないが四角い包装でそう…医薬品か何かなのだとわかり、それをいくつか拾てみる。
 どれも中身がない脱け殻で、目を凝らしたが“プラ”のマークしかわからなかった。

 彼はまた平然とした態度で双眼鏡を手にしたが、どうやら血で滑ったらしい。
 双眼鏡の紐が首に引っ掛かりぶら下がる。外したイヤホンが真っ直ぐに川へ伸び、カランと音を立てた。
 その反動のように彼は下を眺め、血の付いた手で口を押さえた。

「…取り敢えず、側で休もうか」

 俺は自分が着ていたトレンチコートを少年の肩に羽織らせ、勤務先の交番を指す。街灯以外の、白い光。

 何を考えているのか、無の表情。少年は振り返り署とは反対方面を指し──袖口のボタンはなく、傷が手首の所々にある左手。
 「あっち、別に人殺してないです」と先程より上気した早口で言った。
 
「…うん、そうだろうね」

 俺は少年の血塗れの腕を握り、交番まで歩いた。

 こういうのはわからないが、強く掴むと痛いだろうから、出来れば暴れないで欲しいと危惧したが、少年はあっさり着いて来てくれた。
 途中、血で手が滑り、手を握ったような状態で交番に着く。

 先程、勤務を交替したはずの男女二人は既にいなくなっていた。

 いや、いるのだ。後ろの休憩室に。

 薄い光彩はぼんやりと動くこともなく一点、ドアの向こうの休憩室を眺めふと、ポケットからぽいっと投げるように錆びた血塗れのカッターナイフを出し、少年は大人しく座った。

 ついでに俯いて小さな、金色の包装の横長いのやら、パキッと切れ目の入った錠剤やら、とにかく薬もテーブルに出してきた。

「…何か届けを出しても、母親が喚いて俺が入院させられるだけだし、帰っても父親が色々大変なだけだよ」

 今度は温度なくそう言った。そして互いに向かい合う。

 何を考えているのかはわからないが、こうして見ると肩までの揃わない…淡く見えるような茶色の髪が、シャツの所々に付いている。これは、さっき切り落としたのだろうか、これで。

 目鼻立ちがはっきりしていて、よもや外国人なのではないかと思えたりした。

「りゅう座っていっぱい落ちるんだけどあんま見えないんだよね。何かあっても別にいいやって橋で見てたらお巡りさんに誘拐されたみたいだね」
「…じゃあ、家まで送るのが正しいの?さっきの言い方だと、そうじゃなさそうだけど」
「……ここ、今は泊めてとも言えなさそうだしね」

 …全く。

「君いまいくつ」
「んー…じゃあ18歳」
「…何年生まれ」

 間を置いた少年は一度上を向いてまた俯き、首を傾げて「そう聞かれるとパッと出てこない」と言うので「…西暦か平成か」と聞き方を変えた。

「7」

 考え、「15だよねそれ」と計算した。

「うん」

 考えた。
 後ろから少し漏れた物音に軽く壁を叩く。

「…1年か3年か」
「1の方」
「どこ?」
「市外。近くじゃない」
「住所も?」
「はは、住所遠かったらこのカッコ、無理だと思う」

 …てゆうかそうだ、救急箱。

 俺は棚から救急箱を取り出し手を差し伸べた。少年はそれにも抵抗なく従い、傷だらけの腕が晒される。

 …色白で、だからより血が鮮やかに見える。

 少年は従いながら漸く一つ表情を見せた。
 それは“驚き”という感情で、俺が消毒液を取り出しただけで、まだ何もしていないというのに眉を寄せ、非常に痛そうな顔をする。

 …こちらが申し訳ない気持ちになる程だ。深い傷、浅い傷もある。

 そもそも今の今まで痛くなかったんだろうか。側に見える“Halcyon 0.152”が目に入る。過度な興奮状態という言葉が頭に過った。

 腕の下にハンカチを敷く、錆びたカッターも目に付いた。

 「行くぞ、」だなんて声を掛けてから消毒液を掛けると、少年は歯を食い縛りながらまたあれを一包剥がしピッと口で開け、「これ…っ、コンドームみたいだと、ぉもわない?」と、虚勢を張っている。

「…用法容量守ってないよね、さっき吐きそうだったみたいだし」
「…この前はね、………っ、痛っ、」

 包帯をきっちり巻いてやると少年は、「ごめんねハンカチとシャツ」と、俺が血塗れになった部分を見て言った。

 不思議だ。

 少年は更に…市販の鎮痛剤までぷちぷちと手に出し、俯いたまま「…ちょっと水とかあったりする…?」と声を低くして呟く。
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