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……is the dizziness of freedom.
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「確かに、昼間よりは…お顔色が良いように見えます」
「お腹が痛かったというか…唐辛子がちょっと」
「唐辛子?」
「…昨日お父さんにこっそり、辛いお菓子を貰ってしまいました」
…本当は知っているとわかっているけれど、こういう“体裁”は必要だ。この人も、他者なのだから。
「……そう、ですか…」
「胃の調子もよくなかったので、助かります」
「………」
胃薬のような味はしない。矢幡さんが少し考える素振りをしたので、「食べたら、お勉強しなくちゃ」と笑って誤魔化す。
彼女はただただ「ご無理をなさらず」と言ってくれた。
「大丈夫です。明日は学校、行きたいから」
「…いや、」
「ん?」
「…先程ご主人に言われまして…念のため学校は月曜日から、と…」と、彼女はやり場もなさそうに手を組んだ。
…あぁ、そう。
「そうですか」
きっと義父は矢幡さんに、学校へ連絡しろと命じたのだろう。
矢幡さんがそんな顔をする必要はないなと、「わかりました」と、一度思考を遮断した。
「…じゃあ、また来てくれるかな…」
ところが葵の口から溢れ出た一言に自分でもハッとはしたが、葵は充分、顔に出さない感情を覚えていた。
人形は楽なのだと、さっきまで抱いていたウサギのぬいぐるみを…随分古くなったなとぼんやり実感する。
「学校、楽しそうですね」
「…そうですね」
「早く治して、ご主人様も…今日は水曜日ですからねぇ…明日は無理でも、金曜日には行けるといいですね」
「…はい」
「葵さん」
「はい?」
「本当にご無理はなさらないでくださいね。もしも明日、外出出来るようでしたら、嫌かもしれませんが…病院に行きましょうか」
「……すみません」
「いえ」
少し俯いた彼女は「あの…」と口吃った。
「母のようなものだと思って頂ければ、と」
…それは、替わりなのだろうか。
粥も食べ終わり、ついつい彼女を眺めてしまった。
彼女は「深い意味はありません」とあっさり言うけれど。
…そういえば、そうだな。
女中さんの心中をあまり考えようとしなかった、思ったことがなかった。
なんとなく、養父も一言程度の指示で彼女たちを動かしている、それには「仕事」、機械のようだと感じていたから。
しかし「深い意味はない」と今、開いた扉はすぐに閉まったのだ。深追いをするのもよくない……こんなときに何故、普通の日常をどこかつまらなそうに眺める隣の席の彼が、頭に浮かぶのだろう。
「…少しずつ、頑張ります」
矢幡さんは柔らかく笑い、「そうですね」と、サービングカートを下げ部屋を出て行った。
ウサギに着せていた洋服を眺める。前回はカギ針で作った。
このウサギからはたまに、柔軟剤の香りがする。
ウサギ自身の補修もマメにしているが、流石に布はそれほど強くない。
寝ていなさいと言われたけれど、葵はウサギを手に取りベッドから出、勉強机の引き出しを開けていった。
スパンコールやレース、生地は余る程たくさんある。
裁縫道具を取り出し、今回はスパンコールのあの、人魚みたいな綺麗なやつにしようと思い付いた。
同じ白だけど、そうじゃないと知りスパンコールは場所を分け識別している。
見たことはないけど…虹色は綺麗らしいから、そうなったらいいな。なら、生地は何がいいかと考える。
ここに来た頃、このウサギは義父に「捨てなさい」と言われたが、それだけは反発した。
これはずっと、欲しかったものだったから。
母親が保育園の…何かのイベントの際にぬいぐるみを何個か作り、ラッピングをして子供たちに配っていた。もしかするとクリスマス会とか、そういう行事だったかもしれない。
お店で売っていそうだと、小さいながらにこれが欲しくなった。これを母が作ったのだと誇らしかったし、何より可愛らしい。
葵の元へはぬいぐるみの変わりにミニカーが来た。子供ながらにその仕組みを覚え、葵は母親にそのミニカーを渡してみた。
「どうしたの?」
母親は不思議そうな顔をしていた。意図を伝えると始めは「う~ん…」と微妙な反応を示したが、何日か後にこのウサギが枕元にいたのだ。
「こんなことしか出来ないけどね」
働いていた母親が夜に一人でぬいぐるみを作っていたのを知っている。
それはどうも「仕方ないな」と言う態度で作られたウサギやクマ達だった。
だから言いにくかったし、微妙な反応をされ一度は寂しくなった。皆いいな、それ、お母さんの手作りなんだよと。
朝起きてこのウサギが側にいたとき、言ってみてよかったと嬉しくなった反面、面倒だったかなと…少し過ったんだよなと、一緒くたに思い出される記憶。
そのミニカーは気が付けば、開店した店のキッチンとカウンターの仕切り、お弁当を置くスペースに然り気無く置いてあったから、多分ずっと父か母が取っておいたのだろう、父かもしれない。
ぼんやりと頭の中でデザインを考え手を動かしながら、スパンコールって取れやすいしあまり肌触りも好きじゃないんだけど…と、側に置いてある人型の人形を眺める。
これはあまり好きではない、なんだか不気味で。でもこうも側にいれば、「この子に作ろうかな」という気にもなってきた。
似合う物に作りたいし、そうやって少しでも愛情を持たないと、居心地が悪くなってしまうから。
お飾りの人形さんがこのウサギに、あのときの自分のような…「嫉妬」を覚えたら、それは可哀想だ。
「お腹が痛かったというか…唐辛子がちょっと」
「唐辛子?」
「…昨日お父さんにこっそり、辛いお菓子を貰ってしまいました」
…本当は知っているとわかっているけれど、こういう“体裁”は必要だ。この人も、他者なのだから。
「……そう、ですか…」
「胃の調子もよくなかったので、助かります」
「………」
胃薬のような味はしない。矢幡さんが少し考える素振りをしたので、「食べたら、お勉強しなくちゃ」と笑って誤魔化す。
彼女はただただ「ご無理をなさらず」と言ってくれた。
「大丈夫です。明日は学校、行きたいから」
「…いや、」
「ん?」
「…先程ご主人に言われまして…念のため学校は月曜日から、と…」と、彼女はやり場もなさそうに手を組んだ。
…あぁ、そう。
「そうですか」
きっと義父は矢幡さんに、学校へ連絡しろと命じたのだろう。
矢幡さんがそんな顔をする必要はないなと、「わかりました」と、一度思考を遮断した。
「…じゃあ、また来てくれるかな…」
ところが葵の口から溢れ出た一言に自分でもハッとはしたが、葵は充分、顔に出さない感情を覚えていた。
人形は楽なのだと、さっきまで抱いていたウサギのぬいぐるみを…随分古くなったなとぼんやり実感する。
「学校、楽しそうですね」
「…そうですね」
「早く治して、ご主人様も…今日は水曜日ですからねぇ…明日は無理でも、金曜日には行けるといいですね」
「…はい」
「葵さん」
「はい?」
「本当にご無理はなさらないでくださいね。もしも明日、外出出来るようでしたら、嫌かもしれませんが…病院に行きましょうか」
「……すみません」
「いえ」
少し俯いた彼女は「あの…」と口吃った。
「母のようなものだと思って頂ければ、と」
…それは、替わりなのだろうか。
粥も食べ終わり、ついつい彼女を眺めてしまった。
彼女は「深い意味はありません」とあっさり言うけれど。
…そういえば、そうだな。
女中さんの心中をあまり考えようとしなかった、思ったことがなかった。
なんとなく、養父も一言程度の指示で彼女たちを動かしている、それには「仕事」、機械のようだと感じていたから。
しかし「深い意味はない」と今、開いた扉はすぐに閉まったのだ。深追いをするのもよくない……こんなときに何故、普通の日常をどこかつまらなそうに眺める隣の席の彼が、頭に浮かぶのだろう。
「…少しずつ、頑張ります」
矢幡さんは柔らかく笑い、「そうですね」と、サービングカートを下げ部屋を出て行った。
ウサギに着せていた洋服を眺める。前回はカギ針で作った。
このウサギからはたまに、柔軟剤の香りがする。
ウサギ自身の補修もマメにしているが、流石に布はそれほど強くない。
寝ていなさいと言われたけれど、葵はウサギを手に取りベッドから出、勉強机の引き出しを開けていった。
スパンコールやレース、生地は余る程たくさんある。
裁縫道具を取り出し、今回はスパンコールのあの、人魚みたいな綺麗なやつにしようと思い付いた。
同じ白だけど、そうじゃないと知りスパンコールは場所を分け識別している。
見たことはないけど…虹色は綺麗らしいから、そうなったらいいな。なら、生地は何がいいかと考える。
ここに来た頃、このウサギは義父に「捨てなさい」と言われたが、それだけは反発した。
これはずっと、欲しかったものだったから。
母親が保育園の…何かのイベントの際にぬいぐるみを何個か作り、ラッピングをして子供たちに配っていた。もしかするとクリスマス会とか、そういう行事だったかもしれない。
お店で売っていそうだと、小さいながらにこれが欲しくなった。これを母が作ったのだと誇らしかったし、何より可愛らしい。
葵の元へはぬいぐるみの変わりにミニカーが来た。子供ながらにその仕組みを覚え、葵は母親にそのミニカーを渡してみた。
「どうしたの?」
母親は不思議そうな顔をしていた。意図を伝えると始めは「う~ん…」と微妙な反応を示したが、何日か後にこのウサギが枕元にいたのだ。
「こんなことしか出来ないけどね」
働いていた母親が夜に一人でぬいぐるみを作っていたのを知っている。
それはどうも「仕方ないな」と言う態度で作られたウサギやクマ達だった。
だから言いにくかったし、微妙な反応をされ一度は寂しくなった。皆いいな、それ、お母さんの手作りなんだよと。
朝起きてこのウサギが側にいたとき、言ってみてよかったと嬉しくなった反面、面倒だったかなと…少し過ったんだよなと、一緒くたに思い出される記憶。
そのミニカーは気が付けば、開店した店のキッチンとカウンターの仕切り、お弁当を置くスペースに然り気無く置いてあったから、多分ずっと父か母が取っておいたのだろう、父かもしれない。
ぼんやりと頭の中でデザインを考え手を動かしながら、スパンコールって取れやすいしあまり肌触りも好きじゃないんだけど…と、側に置いてある人型の人形を眺める。
これはあまり好きではない、なんだか不気味で。でもこうも側にいれば、「この子に作ろうかな」という気にもなってきた。
似合う物に作りたいし、そうやって少しでも愛情を持たないと、居心地が悪くなってしまうから。
お飾りの人形さんがこのウサギに、あのときの自分のような…「嫉妬」を覚えたら、それは可哀想だ。
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