Slow Down

二色燕𠀋

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哀愁と遠近法により

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 穂は驚いた様子もなく扉の方を見たので、それにも軽く違和感はあるが、まずは舌打ちしたい気分で文杜が来訪者を見てやれば。

「あっ、」
「…なっ、」

 見慣れた茶髪台湾野郎が、明らかに真っ青な顔で驚愕している。
 そして文杜と目が合ってしまって。

 無言の後にナトリはぎこちない動作で、「しっつれーしやしたぁ…、ん?」と去ろうとして、しかし目を凝らし、よーくこちらを見ているご様子で。

 それが一瞬。

 一人ナトリが「あぁ、じゃ、」とやっぱり去ろうとしたことに文杜は一瞬にしてあてを探し当ててしまった。目の前の穂はとても不思議な顔で台湾野郎を見つめている。

「待て待て待て、ナトリ、どうしたおい!」

 いや何故ナトリを引き止めている?よくわかんないが取り敢えず机から降りて文杜は友人を追う。わりかし羞恥も手伝っていかもしれない。
 後ろで穂が「知り合い?」と訪ねるが構っている暇がない。

「え、何デスカ文杜くん」
「ちょっ、こんな時だけ外人特権使うなし」
「ヨクワカラナイね。私急いでル、君、ごゆっくりアソバセ」
「お前待ってよ、ちょっと何に急いでんのさぁ!」
「んだよ人の電話に出ねぇくせして!俺何回掛けたと思ってんだよこの発情期ぃ!てめぇそんなんで俺ボッチだったのかバカ!可哀想、俺可哀想!挙げ句密会かよっ!」
「悪かった悪かったって、え?なんで?なんでボッチなの?どうしたのちょっとおいでよ」
「やだよ!なんでんな生々しいとこに俺投入されんの!」
「うるさい違うから、違うから」
「いや違わなくない?」

 見ていた穂、思わず後ろから参戦。

 何ぃ。
 お前、来ちゃあかんやろ。半笑いでさぁ。

「ほらほら文杜、な?」
「いや待て二人とも待て!」
「どうも~。文杜くんのフレンズの穂です」
「…あぁ。俺もフレンズですがあの違うフレンズの国木田です」
「なんとなくわかる。君そーゆーんじゃないっぽい」
「あぁぁ!何意味わかんなく仲良くなってんのぉお宅らぁぁ!」
「いや多分お前が悪いよ文杜」
「そうそう、君が悪い」
「そうなんだけどそうなんだけどぉ!まず!」

 この場を総括しよう。

「真樹は?」
「えっ、」

 この男どうやら極限に至ったらしい。確かに意地悪しちゃったけど。
 穂は素知らぬ顔で「大丈夫?」とか文杜に声を掛けて背中を擦っている。

 見たところ、似ている、真樹に。
 しかしジャージが先輩だ。
 なにより真樹よか身長はあるしまぁ体格もひょろいがまだ、男子だ。茶髪だし。本当にちょっと似ているだけだ。

 そしてどうやら態度を見るに、穂は真樹と面識はないようだな。

 ははーん文杜。お前迷走したな。

「いや真樹来てねぇ?んだよなきっとな」
「はぁ?」
「ん、いい。お前頭良いけどバカすぎるもんな。よくわかったわ。
 あの…すんませんがミノルさん?」
「なに?」
「ここ、誰も来てないよね?こいつ以外」
「あっ」
「いや来てるけど…」

 拗れてるなぁ。多分。
 流石に文杜は察した。

「待ってナトリ、なんで真樹がここに?」
「いや…。
 今日視聴覚室でビデオ観るって朝言ってたから」

 確かに、それなら視聴覚室は、この放送室と扉一枚、壁一枚で繋がっている。
 そして忍び込むならナトリのように、引き戸(鍵付き)よりは取っ手ドアの放送室の方が楽かもしれない。なんでもかんでもピッキングしちゃう真樹にしても。

「けどあれだよな、ギター聞こえたよなぁ…。音楽室かな」
「えっ」

 穂が少々不安げな表情を見せた。

「え、なに?」
「いや…。大丈夫かな」
「え、どゆこと?」
「…ギターってさ、だって君来た時聴こえなかったよね」
「うーん、いつやんだかなぁ…」
「少なくても今やんでるよね」
「それがどうしたの?」
「いや、よしゆき先輩、音楽部の部員だからさぁ…」

 うっ、と文杜の息が詰まった。

 それはあれか。もしかしちゃってぇ、もしかしちゃうとぉ、様々な偶然がああしてこうして密接に混じり合って絡み合っちゃう可能性…。

「おおぉぉぅのぁぁぁ!」

 突然頭を抱えて叫びだした文杜に思わずナトリは少し飛び退いてしまった。

 どうしちゃったのこいつ。なんなの怖ぇよ、3年目の付き合いにして初めて見たわこんなキチガイじみた文杜の発狂。いやわりとこいつはキチガイ分類だけど。こいつは静かなんだよどちらかと言えば。それがなんだってんだよこれぇぇ!

「ナトリ!ダッシュ!真樹の貞操がやべぇ!」
「怖い怖い怖い!なにがだよどうしたんだよ軽くチビるわ何故だよ誰だよいやぁぁぁ!」

 逃げてしまった。
 しかし文杜はナトリの了承と取ったらしい。咄嗟に文杜は穂の腕を掴み、共にナトリを追いかける。

「…ねぇもしかしてその子がその…」
「うん、まぁそうかもしんねぇ!」
「いやそれそうでしょ、ちょっと待って、あの…」

 走る余裕ないけど。

 少しだけ手を引っ込めるように合図した穂にはっとして文杜は振り返った。
 一度文杜が止まってやれば穂は微笑んではくれたが手をぶん投げるように離され、「先行きなよ」と言われてしまった。

 俺が行く意味ないじゃんか。

「…課題だってある」

 咄嗟に穂を連れてきてしまったのは多分単純な理由ではなくて。いや、もしかすると凄く単純な『理由』かもしれないけど。

「課題なんてあんたやってないじゃん」
「地味にやってる」
「まぁ確かに、音楽室に行く理由なんてあんたにはないけど、じゃぁ俺あの野郎のことぶん殴ってもいい?」
「なんでそうなるの」
「あんたが言ったんだ。俺の中ではいまあの銀髪はぶん殴るレベル。もしあんたが言った感じだったら…殺しちゃうかもねぇ」
「そんなわけ」
「家一個燃やせるくらい俺の頭、ネジねぇから」

 どこか薄ら笑いのクセにわりと、背筋が冷えるくらいにはこの男、怒気があって本気である。

 何故なんだろう。
 もしかすると本当によしゆき先輩、殺されちゃうかもなぁ、と、穂はぼんやりと思って。

 なんなら、何故自分がいまこの男と対峙していてこの男は立ち止まってくれていて、自分に道を案内してくれようとしてるのか。

「…俺はでも、あんたからは、せめて何かを引きずり出したいとか、こんな俺ですら思ったんだよ」

 どうして。

「泣く前には、考えてよ。自分のこと…ダメなら、俺のこと」

 そんなに。

 文杜の優しい笑顔の先に見えたさっぱりとした哀愁に。人として揺れ動いたのか、なんなのか。前を向いた少し猫背な後ろ姿に、黙って裾を引き穂は意思表示をする。
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