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哀愁と遠近法により
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「へぇ、じゃぁあの銀髪、ただの部活の先輩なんだ」
放送室。
ベースギターを机に立て掛け、文杜は椅子に座る穂と話す。
穂は課題をやることもなく、机に座っている文杜を見上げるように話していて。
不思議な気持ちだった。
だって、本当にただ、話すだけで。
特にこれといって特別な話をするわけではない。だけども彼は自分の話を聞いてくれる、本当に二人はただ、色々な「話」 をしたのだ。
「…その音楽部ってのは、どうして入ったの?」
「元々中学で吹奏楽部だったんだ。ここには吹奏楽部、ないから、入ってみたんだけど」
なるほどなぁ。
それで穂はなんとなくこう、楽器に興味がありそうだったのか。
いや別に興味があると言われたわけじゃないけど、雰囲気的に。
「パートは?」
「サックス…」
「え?」
聞き間違えた。
文杜の変な間と唖然とした表情に穂は察したらしい。
笑顔ながらもこめかみ辺りをピクッとさせて「サクソフォンだよっ」と言って文杜の軽く頬を撫でるようにぶっ叩いた。
「あ、あぁ…え?」
「あの縦に長くてボタンいっぱいついたやつ」
「大体そうじゃね?」
「違うから。金色のやつ!拡声器みたいな!」
「あ、それでわかった!」
「で、話を戻しますと。いざ入ってみたらそう、活動してない部活だったわけ。
…いや、してはいたのかもしれないけど、まぁどうもこんな感じ。なんかよくわかんない上下関係がある部活」
「…なにそれ」
「俺はなんていうか2年で、木管楽器やってたのは俺だけで。よしゆき先輩はねぇ、そう、笛、好きなんだってさ。だからさ、よく吹いたよ、最初は」
「…いつから?」
「…わかんない。多分…」
穂は考えるような表情で、そしてふと文杜を見上げて言う。
「一個前の代の先輩がテキトーでさ、テキトーなやつらしか集まらなくなって、辞めちゃうやつもいた。多分風習だね」
「…胸くそ悪い話だねぇ」
「そうかもね。でも、まぁ楽器、一応やれるし」
「どうして?」
「わかんない」
文杜は、この一日で気付いた。
穂は嘘を吐く、または本音を隠すときにこの「わかんない」を使うようだ。
ここに来て、文杜は疑問をぶつけることにする。これはずっと、この話で思っていた疑問だ。
「穂さんは、楽器、好きなの?」
「え?」
「…えっとサックス」
「…まあまあ…かなぁ。だってこれしか出来ないけど、音楽って一応人には届くし。
これしかやることもない。君とは、ちょっと違う」
「じゃぁ銀髪先輩のことは?」
「え?」
なんでそんなことを聞くのか。
ただこの、ひとつ下の学年のベースギターを弾く男は。
確かに、少し細くて蛇みたいに見える目だけど、その自分を捉える黒目の本質は、前髪を下げればタレ目で優しい。そしてはっきりした輪郭で、何より濁りがない。そんな目をした男なのだ。
「…どうしてそんなこと…」
「…興味かなぁ?」
「…さぁ、どうだろうね、わかんない」
そう穂が曖昧に答えれば黙って揺るぎなく見つめてきて。
穂には曖昧にしか答えられるわけない。
『手ぇ噛んでいいけど黙っとけ』
そう言って君は後ろから口を塞いだりする男ではないだろう。『てめぇの吹き方が一番だな、褒めてやるよ』なんて品がないと、それくらいの羞恥はある。
そういえばとある年上には、同じ前髪のかき上げ方でも違うものを感じた。目付きだって違うかも。同じ角度から見る顔なのに、あれは何故なんだろう。大人かそうでないか、なのだろうか。
「…まぁ、好きならそれも形なのかもしれないよね」
不服そうではあるが、文杜は少しだけ俯いてしまった穂に曖昧に返した。曖昧にしか返すことが正解ではない気がしてしまって。
果たしてあんたが誰を想っているのか、知りたくはあるが、あんたはそれを望まないだろう。なんせ、今日、俺たちはこれで終わりなのだ。
それに気付いたら急激に胸が切迫してくるようで。すぐそこに波のように何か自分のなかで、そう、喉頭くらいまでは押し寄せているくせに、俺は結局あんたには何も残らないし引き出せないような、センスのない男かも。
それが嫌なわけではないが、苦しくなって、微笑んでやることも出来ずにただやり場がなくなりそうになって気付けば見つめながら、穂の頬から首筋に掛けて手を滑らせている。
見つめ返され、手を重ねて微笑まれたらそれが哀愁。I Should Be Luckyのワンシーンが頭に浮かぶようで。
あんた、今俺といるのは幸せかなぁ、とか、センスないなぁ。
だけどそう考えたら、その手を穂は前のめりに少し引っ張って、椅子が動く音、文杜が驚く間もなく首元が暖かくなって、耳元に少しの呼吸を感じた。
あれ、と文杜が思えば穂が立ち上がって抱きついていた。背をポンポンとされる。
あぁ、もう。多分あんたのそーゆーとこ、よくない、よくないんだよ。
一度穂の首筋をちらっと覗いて息を吹き掛けてからの髪を利き掌で耳に掛けてやる。
くすぐったそうに身を縮こまらせた穂の背に感情と共に抱き締めた。
「好きだなんて、言えませんけど。
まぁ、いいね、こーゆーのだって」
「…君は」
「…でもごめん、ここまで。
フレンチくらいはいいかなぁとか思ったんだけど、やっぱダメ。あんた、ちゃんと好きな人に」
言わせてはくれなかった。
そしてなんだかんだでこの人とは初めてした。正直一瞬わからなかったけど。
どんな心理だったか。
ただ、瞑った瞼の薄さは綺麗で、情緒的で。きっとこれに哀愁を感じようなんて、勝手なのに。
文杜には長いような気がした。薄い瞼がどうしてこんなに、重く閉じられているのか、あんた、そんなに、なんていうか真剣な顔、出来たんだね。
自分も少し、切なさが込み上げるような気がして。
まぁいいや、少しくらいと目を閉じ角度を変えようかな、とか文杜の頭を掠めた時だった。
放送室の、ドアが開く。
放送室。
ベースギターを机に立て掛け、文杜は椅子に座る穂と話す。
穂は課題をやることもなく、机に座っている文杜を見上げるように話していて。
不思議な気持ちだった。
だって、本当にただ、話すだけで。
特にこれといって特別な話をするわけではない。だけども彼は自分の話を聞いてくれる、本当に二人はただ、色々な「話」 をしたのだ。
「…その音楽部ってのは、どうして入ったの?」
「元々中学で吹奏楽部だったんだ。ここには吹奏楽部、ないから、入ってみたんだけど」
なるほどなぁ。
それで穂はなんとなくこう、楽器に興味がありそうだったのか。
いや別に興味があると言われたわけじゃないけど、雰囲気的に。
「パートは?」
「サックス…」
「え?」
聞き間違えた。
文杜の変な間と唖然とした表情に穂は察したらしい。
笑顔ながらもこめかみ辺りをピクッとさせて「サクソフォンだよっ」と言って文杜の軽く頬を撫でるようにぶっ叩いた。
「あ、あぁ…え?」
「あの縦に長くてボタンいっぱいついたやつ」
「大体そうじゃね?」
「違うから。金色のやつ!拡声器みたいな!」
「あ、それでわかった!」
「で、話を戻しますと。いざ入ってみたらそう、活動してない部活だったわけ。
…いや、してはいたのかもしれないけど、まぁどうもこんな感じ。なんかよくわかんない上下関係がある部活」
「…なにそれ」
「俺はなんていうか2年で、木管楽器やってたのは俺だけで。よしゆき先輩はねぇ、そう、笛、好きなんだってさ。だからさ、よく吹いたよ、最初は」
「…いつから?」
「…わかんない。多分…」
穂は考えるような表情で、そしてふと文杜を見上げて言う。
「一個前の代の先輩がテキトーでさ、テキトーなやつらしか集まらなくなって、辞めちゃうやつもいた。多分風習だね」
「…胸くそ悪い話だねぇ」
「そうかもね。でも、まぁ楽器、一応やれるし」
「どうして?」
「わかんない」
文杜は、この一日で気付いた。
穂は嘘を吐く、または本音を隠すときにこの「わかんない」を使うようだ。
ここに来て、文杜は疑問をぶつけることにする。これはずっと、この話で思っていた疑問だ。
「穂さんは、楽器、好きなの?」
「え?」
「…えっとサックス」
「…まあまあ…かなぁ。だってこれしか出来ないけど、音楽って一応人には届くし。
これしかやることもない。君とは、ちょっと違う」
「じゃぁ銀髪先輩のことは?」
「え?」
なんでそんなことを聞くのか。
ただこの、ひとつ下の学年のベースギターを弾く男は。
確かに、少し細くて蛇みたいに見える目だけど、その自分を捉える黒目の本質は、前髪を下げればタレ目で優しい。そしてはっきりした輪郭で、何より濁りがない。そんな目をした男なのだ。
「…どうしてそんなこと…」
「…興味かなぁ?」
「…さぁ、どうだろうね、わかんない」
そう穂が曖昧に答えれば黙って揺るぎなく見つめてきて。
穂には曖昧にしか答えられるわけない。
『手ぇ噛んでいいけど黙っとけ』
そう言って君は後ろから口を塞いだりする男ではないだろう。『てめぇの吹き方が一番だな、褒めてやるよ』なんて品がないと、それくらいの羞恥はある。
そういえばとある年上には、同じ前髪のかき上げ方でも違うものを感じた。目付きだって違うかも。同じ角度から見る顔なのに、あれは何故なんだろう。大人かそうでないか、なのだろうか。
「…まぁ、好きならそれも形なのかもしれないよね」
不服そうではあるが、文杜は少しだけ俯いてしまった穂に曖昧に返した。曖昧にしか返すことが正解ではない気がしてしまって。
果たしてあんたが誰を想っているのか、知りたくはあるが、あんたはそれを望まないだろう。なんせ、今日、俺たちはこれで終わりなのだ。
それに気付いたら急激に胸が切迫してくるようで。すぐそこに波のように何か自分のなかで、そう、喉頭くらいまでは押し寄せているくせに、俺は結局あんたには何も残らないし引き出せないような、センスのない男かも。
それが嫌なわけではないが、苦しくなって、微笑んでやることも出来ずにただやり場がなくなりそうになって気付けば見つめながら、穂の頬から首筋に掛けて手を滑らせている。
見つめ返され、手を重ねて微笑まれたらそれが哀愁。I Should Be Luckyのワンシーンが頭に浮かぶようで。
あんた、今俺といるのは幸せかなぁ、とか、センスないなぁ。
だけどそう考えたら、その手を穂は前のめりに少し引っ張って、椅子が動く音、文杜が驚く間もなく首元が暖かくなって、耳元に少しの呼吸を感じた。
あれ、と文杜が思えば穂が立ち上がって抱きついていた。背をポンポンとされる。
あぁ、もう。多分あんたのそーゆーとこ、よくない、よくないんだよ。
一度穂の首筋をちらっと覗いて息を吹き掛けてからの髪を利き掌で耳に掛けてやる。
くすぐったそうに身を縮こまらせた穂の背に感情と共に抱き締めた。
「好きだなんて、言えませんけど。
まぁ、いいね、こーゆーのだって」
「…君は」
「…でもごめん、ここまで。
フレンチくらいはいいかなぁとか思ったんだけど、やっぱダメ。あんた、ちゃんと好きな人に」
言わせてはくれなかった。
そしてなんだかんだでこの人とは初めてした。正直一瞬わからなかったけど。
どんな心理だったか。
ただ、瞑った瞼の薄さは綺麗で、情緒的で。きっとこれに哀愁を感じようなんて、勝手なのに。
文杜には長いような気がした。薄い瞼がどうしてこんなに、重く閉じられているのか、あんた、そんなに、なんていうか真剣な顔、出来たんだね。
自分も少し、切なさが込み上げるような気がして。
まぁいいや、少しくらいと目を閉じ角度を変えようかな、とか文杜の頭を掠めた時だった。
放送室の、ドアが開く。
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