Slow Down

二色燕𠀋

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白昼夢の痙攣

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 つまらない。
 不愉快なまでに、つまらない。

 だが自分が今、墓石のようなヤツだと言うのはわかる。センスがない。ホント、センスがない。

 ベースでも弾こうか。
 そう思ってあの教室に向かう途中、一年フロアの便所から、あんあんあんあん、声を押し殺せていない若い女と男の声が聞こえてきて文杜のイラつきが加速した。

 男子高だぞこの野郎。どこの誰だよバカ野郎。

 なんとか君、あん、バレたらどうするのとか言っている。もしかすると新任教師か。
 馬鹿馬鹿しい。死んでしまえとトイレの扉を蹴った。声が一瞬で止んだ。

 悪いなバカ野郎。俺は今機嫌が悪い。
 とくにその感じ、中学時代のアバズレ女とクソ番先輩を思い出してホントイライラするんだよ。何時間も何回も飽きもせず猿みたいにクソったれ。ぶん殴って正解だったわあの野郎。

 だがこれからあてもない。一階に行ってベース取ってきたって音楽室か放送室は空いてるだろうか。まぁ、よくて放送室。流してやろうか俺のベース。あそこ確か謹慎部屋だしそのまま謹慎コースかな。くだらない。

 そんな殺伐とした考えを頭でぐるぐる考え、ベースを持って本当にそのまま放送室まで行ってしまった文杜だった。

 放送室が開いていた。確かに、開いていない可能性は目の前まで来て考えたのだが横に扉をスライドさせればあっさり開いた。

 先客がいた。

 先客は、染色したであろう茶髪の、肩まで伸びた髪がキラキラ光る、真樹に似た茶色い目をした男子生徒だった。

 文杜が入るなり少し警戒心ある目で文杜を見上げ、しかしすぐに手元の机に置いてあったプリントに目を落とした。

 多分、先輩だ。制服が少し、一年より着慣れている。学ランは肩に掛けてあるだけで、ワイシャツのボタンは第三くらいまで開けている。
 真樹より、背はあって肩は広いが、プリントに向かい合ってイライラしたように、包帯を巻いた右手で前髪を掻き上げる仕草に、少しグッと来た。

「あのぅ」
「…ん?」

 しかも真樹より声は低い。完璧に男だ。喉仏もあるし。ただ、見上げた瞳がやはり綺麗で。

「あんた、何年?」
「は?」
「いや、すんません。俺一年です」

 意味わかんねぇし俺。

「…二年だけど、何?」
「いや、別に。何してんのかなって。宿題?」
「は?マジで言ってんの?ここ、謹慎部屋だよ?」
「あぁ、はぁ」
「お前こそ何してんの」
「ベース弾きに来たみたいな」
「え?」

 すると先輩一拍間を置き。
 「ふ、はははは!」爆笑。よく見ると口元の黒子と、八重歯が可愛い。

「…変なやつ。え、退屈だから聞かして、上手いの?名前は?」
「あ、弾いていい?やったー。
 栗村文杜。文に木に土。貴方は?」
柏木かしわぎみのる。えぇっとね、ほって字」
「何か大自然っすね。へぇ…」
「なにそれ初めて言われたわ」
「あんたなんで謹慎食らったの?」
「んー?まぁ、そこ座れよ」

 どうやら穂先輩は文杜を許容してくれたらしい。隣に座ると、「見せて見せて」と言わんばかりに、ギターケースを眺めていたので。

 おもろいなぁ。

 そう思って少し焦らすように文杜は穂先輩の目を見つめる。それからふと目についた鎖骨が、痩せすぎていない綺麗さだった。

 ベースを取り出して構え、ふと息を吐いて横目で穂先輩を見ると、「あれは?」と聞かれた。

「あれ?」
「あの、弾くさ、チップみたいな」
「あぁ、ピック?俺、指弾きなんすよ」
「弾けるのそれって」
「まぁ見てなさいよ」

 今日の気分はそうだなぁ。
 あぁ、サブカルチャー。けどオルタナティブであの不安定なコード。不安定な変調。安定の低いルートベース。腹の底に溜まったもんを沸き出させるような、けどあれがあるから、あのバンド、あのギター出せるの。あの引きこもりを出せるの。そう、ベースって、そーゆー役割。


新しいもんは何もないさ
目に写るものは すべてもうそこにある
多分ある 見たことあるぜ


 そうかもしれないっすね。確かに、身代わりならうなる程いるし、苦しまぎれの愛つかんで、ぬるい生活に魂が、ただれてるかもしれないっす。

 あぁ、センスねぇよ、俺。

 自分の、地味に実は隠れてコツコツとやって来たギターさばきを黙って見惚れてくれてる先輩に何かを感じてしまって。どうせ一度きりしか会わねぇだろと頭のどこかで誰かが言っていて。

「穂さん、暇っすか」

 それからもう。

「惚れました。あんた可愛い抱き締めたい」

 とか言っちゃってギター弾いちゃってそんなラブソングとはほど遠い歌なのに。

 けどやっぱセンスねぇから唖然としてる先輩に、「でも忘れたいから一回ヤらして」とか言っちゃってなんなんだ俺は。

 because、台湾まぜそばここでキテる。というか多分溜まってる。と言うか多分これはヤケだ。だから早く逃げてください罵ってくださいひっ叩いてくださいなんならぶん殴ってくださいぶっ殺してくださいとか思ってんのに何故か。

「あぁ、まぁいいよ」
「すみませんごめんなさい殺してくださえぇぇぇ!?Why? Why is that!?」
「ごめん、わかんない。なんて返すのが正しいのこれ」

 単純に穂は英語の返答の仕方を聞きたかったのだが文杜は軽くパニック。
 なんたることだ。
 今まで確かにまぁ、自分は童貞ではない。しかし女の子の方がなんというか、もっとOKパターン、下品だぞ。それにカルチャーショック。

 「あだもー」とか言いつつ股パッカーンだったぞ。マジか。なんかこの人、物を貸すくらいの勢いだが、しかし脱ぎ始めるわけでもなく。脱がされ待ちでもなく。なんだろこれは。冗談かな。

「えっと、マジ?」
「え違うの?セックスでしょ?鍵閉めてこいよ」

 何ぃ‼
 何この余裕。待て、相手は男なんだぞお前。も少しなんかねぇの?

「いや僕あの男ですよ男根きっちりにょっきり」
「お前おもろいな。ここ男子高だろ?わかってるよちょっと待ってな」

 と言い羽織っていた学ランを椅子に掛け、席を立ち穂直々に部屋の鍵は掛けられる。
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