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白昼夢の痙攣
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沈黙は続く。
西東、諦め、「僕さぁ」と繋げた。
「結婚はマジなの。陽介」
「はぁ」
「僕の過去とか性格とか、全部わかった上で結婚するんだけどね。多分短いんだ」
「なんで」
「彼女、ちょっと」
西東が胸あたりを差した。
「けど僕はそれでいいやって。だって結婚って、一生もんって言うじゃない?僕、彼女の一生もんになれれば、もうそれで、まぁ夢みたいなこと言うけど、死んじゃってもいいやって。なんなら一緒に死んじゃうかぁって」
「なにそれ」
「だから陽介もそれまで生きてよ。ほら僕さみしがり屋だから大切な人死んじゃうと、死んじゃうじゃない?」
「いま言ってること無茶苦茶なのわかってるかお前」
「全然。だって僕センスねぇし。
子供生まれたら別かもねぇ、あぁ、女の子がいいなぁ。ねぇ、そしたらさぁ、陽介が取り上げて」
「は?」
急に一之江が不機嫌になった。
だが西東は構わない。長い付き合い、この男を不機嫌にすることには慣れている。
「喧嘩売ってんのかお前」
「売ってる売ってる。夢も売ってやるから買え、500万で。
君の過去とか、僕の夢には、君の未来には関係ないもん。僕ずっと夢を観たいの。僕には陽介が取り上げてくれた娘も愛する人も陽介もいて、好きな音楽に囲まれながら幸せな老後を過ごしてクソみてえに燃やされて灰になって死ぬの、日本で誰よりも先に」
「…勝手だな」
「うん、そうなの。でも夢だから、ただの。本当の夢はみんな明るく死にたいなんてセンスないこといい歳こいてまだ、なんもしてない若者が言っちゃいけないと思って。
だって僕、出合った人救ったことないんだもん。君にはわからないよこの孤独。救えないから、せめて夢くらい観たい、与えたいじゃない」
「…なんだかなぁ」
良い奴なんだか悪い奴なんだか。
「僕はだから、君があまちゃん拾ったのならそれは凄い進歩だと思う。だって僕の子供取り上げる夢は切り捨てるのに」
「だって」
「似てるから?それもエゴだ。なら僕にも分けて。僕は君にだって夢を観せたいの。これも僕のエゴだ。
君は優しい。僕は優しくはない。どうしてかな」
少し悲しそうに笑う西東の心理は。
心理学的にはそう、ムカつくことに自分の心をこいつは鷲掴んでくる。これがもしかすると親友なのかもしれない。
「…バカじゃねぇの?
お前な、俺が500払っても俺がお前にやってやることを考えたら、お前なんて借金地獄だ。死ねねぇな」
「マジか。一回落ちてもダメそう?」
「全然足りねえよ5回は落ちろよ」
「最早犯罪だね。治してくれるよね?」
「それ上乗せだね」
「違う人に安く頼もう」
バカなことを言っている。
しかしまぁ。
そんなことを言いに来たのか。だとしたら、笑ってしまう。
「なに陽介、楽しい?」
「全然楽しくねぇよ、アホ!」
「…本当はね。
ちょっと、子供は諦めてたから、なんかそう、笑ってくれるなら、まあ、いっか。陽介、一緒に夢観てもいい?」
「…わかんね。俺も正直ほら、あの…」
「わかってるよ。ごめん。けど陽介がいいんだよ。痛みをわかってくれるから。
多分彼女は帝王切開だ。だからこそ」
忘れられない。
外科医の研修だった頃の、失敗を。あれも、帝王切開で。
研修だった自分は対して何もしなかった。だけど見せつけられた、小さな固まりになってしまった子供を思い返すことがある。
だから外科医はすぐに辞めてしまった。本気で恐怖を感じたあの日以来、外科関係は、立ち入れないのだ、未だに。
「…陽介」
「わかってる」
「いつか僕は、君になら、そうだなぁ、殺されてもいいや。仕方ないから」
「…そうだな、いつかな」
そんな日は来ないだろう。
夢のようにこいつは恐らく、老衰で死ぬ。しかし、昏睡状態になったら?
俺は、こいつを殺すのだろうか。
どこかで願ってしまう。事故とかで、一発で死んでくれたらいいのにと。
じゃないと自分が易々と死ねない。
「…で、まぁ未来はいいや。
だからさ、真樹は?」
「あぁ、あまちゃん、忘れてた。
一応精神科の先生に預けてきた。わりと君、嫌われてたから名乗りをあげた先生がたくさんいて。
あとなんだろ、あの子少し光るものはあるね。凄くモテてた。なんなら整体の先生までしゃしゃり出てた」
「…嵐の予感しかしねぇけど」
「最終的になんか一番患者が少ない、30くらいの…メガネのママさんバレーみたいな女の先生が」
「マジかよ」
何故か一之江が絶句。「どうしたの?」と西東が言えば「いや…」とどもる。
「優秀な医師だがまぁ、うん。肝っ玉母ちゃんタイプの先生でな。影で“気性荒子”と呼ばれてんだよ」
「なにそれおもろい」
「あいつ大丈夫かな…」
沈黙が流れ、見つめ合う。
「どっちに転ぶかなぁ…」
「僕は気性さんを知らないからなぁ。でもその感じだと」
「わりと昔の厳しい先生タイプだな」
「なにそれおもろい」
「暴れちまうかな」
「過保護だなぁ」
そわそわし始め、しまいには立ち上がり行こうとする一之江を「待ちなさい待ちなさい」と押さえつける。
「そんなに言うならこっそり二人で見に行けばいいじゃん」
「まぁそうなんですけど!」
「つかそんなやべぇの?気性荒子」
「ヤバくなかったら気性荒子なんてあだ名つかねぇよ、きっと」
「せーしん科医としてどうなのよそれ」
「だから患者もあんまいない。患者に説教するんだよ。
ただ…」
「ただ?」
「…まぁ優秀なのは投与もそうだが、かかった患者が必ず言うんだよなぁ、「あの人でよかった」って」
「ちなみにさ、本名は?」
西東、諦め、「僕さぁ」と繋げた。
「結婚はマジなの。陽介」
「はぁ」
「僕の過去とか性格とか、全部わかった上で結婚するんだけどね。多分短いんだ」
「なんで」
「彼女、ちょっと」
西東が胸あたりを差した。
「けど僕はそれでいいやって。だって結婚って、一生もんって言うじゃない?僕、彼女の一生もんになれれば、もうそれで、まぁ夢みたいなこと言うけど、死んじゃってもいいやって。なんなら一緒に死んじゃうかぁって」
「なにそれ」
「だから陽介もそれまで生きてよ。ほら僕さみしがり屋だから大切な人死んじゃうと、死んじゃうじゃない?」
「いま言ってること無茶苦茶なのわかってるかお前」
「全然。だって僕センスねぇし。
子供生まれたら別かもねぇ、あぁ、女の子がいいなぁ。ねぇ、そしたらさぁ、陽介が取り上げて」
「は?」
急に一之江が不機嫌になった。
だが西東は構わない。長い付き合い、この男を不機嫌にすることには慣れている。
「喧嘩売ってんのかお前」
「売ってる売ってる。夢も売ってやるから買え、500万で。
君の過去とか、僕の夢には、君の未来には関係ないもん。僕ずっと夢を観たいの。僕には陽介が取り上げてくれた娘も愛する人も陽介もいて、好きな音楽に囲まれながら幸せな老後を過ごしてクソみてえに燃やされて灰になって死ぬの、日本で誰よりも先に」
「…勝手だな」
「うん、そうなの。でも夢だから、ただの。本当の夢はみんな明るく死にたいなんてセンスないこといい歳こいてまだ、なんもしてない若者が言っちゃいけないと思って。
だって僕、出合った人救ったことないんだもん。君にはわからないよこの孤独。救えないから、せめて夢くらい観たい、与えたいじゃない」
「…なんだかなぁ」
良い奴なんだか悪い奴なんだか。
「僕はだから、君があまちゃん拾ったのならそれは凄い進歩だと思う。だって僕の子供取り上げる夢は切り捨てるのに」
「だって」
「似てるから?それもエゴだ。なら僕にも分けて。僕は君にだって夢を観せたいの。これも僕のエゴだ。
君は優しい。僕は優しくはない。どうしてかな」
少し悲しそうに笑う西東の心理は。
心理学的にはそう、ムカつくことに自分の心をこいつは鷲掴んでくる。これがもしかすると親友なのかもしれない。
「…バカじゃねぇの?
お前な、俺が500払っても俺がお前にやってやることを考えたら、お前なんて借金地獄だ。死ねねぇな」
「マジか。一回落ちてもダメそう?」
「全然足りねえよ5回は落ちろよ」
「最早犯罪だね。治してくれるよね?」
「それ上乗せだね」
「違う人に安く頼もう」
バカなことを言っている。
しかしまぁ。
そんなことを言いに来たのか。だとしたら、笑ってしまう。
「なに陽介、楽しい?」
「全然楽しくねぇよ、アホ!」
「…本当はね。
ちょっと、子供は諦めてたから、なんかそう、笑ってくれるなら、まあ、いっか。陽介、一緒に夢観てもいい?」
「…わかんね。俺も正直ほら、あの…」
「わかってるよ。ごめん。けど陽介がいいんだよ。痛みをわかってくれるから。
多分彼女は帝王切開だ。だからこそ」
忘れられない。
外科医の研修だった頃の、失敗を。あれも、帝王切開で。
研修だった自分は対して何もしなかった。だけど見せつけられた、小さな固まりになってしまった子供を思い返すことがある。
だから外科医はすぐに辞めてしまった。本気で恐怖を感じたあの日以来、外科関係は、立ち入れないのだ、未だに。
「…陽介」
「わかってる」
「いつか僕は、君になら、そうだなぁ、殺されてもいいや。仕方ないから」
「…そうだな、いつかな」
そんな日は来ないだろう。
夢のようにこいつは恐らく、老衰で死ぬ。しかし、昏睡状態になったら?
俺は、こいつを殺すのだろうか。
どこかで願ってしまう。事故とかで、一発で死んでくれたらいいのにと。
じゃないと自分が易々と死ねない。
「…で、まぁ未来はいいや。
だからさ、真樹は?」
「あぁ、あまちゃん、忘れてた。
一応精神科の先生に預けてきた。わりと君、嫌われてたから名乗りをあげた先生がたくさんいて。
あとなんだろ、あの子少し光るものはあるね。凄くモテてた。なんなら整体の先生までしゃしゃり出てた」
「…嵐の予感しかしねぇけど」
「最終的になんか一番患者が少ない、30くらいの…メガネのママさんバレーみたいな女の先生が」
「マジかよ」
何故か一之江が絶句。「どうしたの?」と西東が言えば「いや…」とどもる。
「優秀な医師だがまぁ、うん。肝っ玉母ちゃんタイプの先生でな。影で“気性荒子”と呼ばれてんだよ」
「なにそれおもろい」
「あいつ大丈夫かな…」
沈黙が流れ、見つめ合う。
「どっちに転ぶかなぁ…」
「僕は気性さんを知らないからなぁ。でもその感じだと」
「わりと昔の厳しい先生タイプだな」
「なにそれおもろい」
「暴れちまうかな」
「過保護だなぁ」
そわそわし始め、しまいには立ち上がり行こうとする一之江を「待ちなさい待ちなさい」と押さえつける。
「そんなに言うならこっそり二人で見に行けばいいじゃん」
「まぁそうなんですけど!」
「つかそんなやべぇの?気性荒子」
「ヤバくなかったら気性荒子なんてあだ名つかねぇよ、きっと」
「せーしん科医としてどうなのよそれ」
「だから患者もあんまいない。患者に説教するんだよ。
ただ…」
「ただ?」
「…まぁ優秀なのは投与もそうだが、かかった患者が必ず言うんだよなぁ、「あの人でよかった」って」
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