44 / 110
白昼夢の痙攣
5
しおりを挟む
昼過ぎ。
薬のせいかなんのせいか、珍しく泥酔したように眠ってしまった一之江は、急な来客により目を覚ました。
あまりに急すぎる、忘れかけた、しかし忘れもしない人物に、はっと一瞬にして目が醒める。昼の日差しに眩暈がした。
というか、ついに幻覚を見ているかもしれない。
薄水色のワンピースに黄色いカーディガン。肩くらいの、黒髪。はっきりした目の大きな、まぁ、美人な女。
「久しぶり、陽介くん」
「あぁ、」
声を聞いて、
あぁ、幻覚だったほうがまだよかったのになと脳まで冴えた。
自分より、10歳は上の女で。
3年前まで不倫をしていた、まぁ、身体だけの彼女だった女だ。
別にそれ事態に罪悪感はない。ただ彼女が寂しそうだった、これも、患者の一人だった。
「看護婦さんに聞いたらここだって、言われたから」
「そう…どうしたの?」
彼女の名前は、古里夢子。
専業主婦で、姑のイビりに辟易していて少しだけ精神科に通っていた。参りすぎて自律神経失調症になっていたのだ。
ただ、聞いていけば家庭環境も複雑だったようで、旦那関連の子供かもしれない親戚の子を突然預かったりしていたようだ。
ここは詳しく夢子は語らなかったが、とにかくその姑のイビりは実子達にまで及び、夢子と旦那の子までも姑は愛さない。
しかし何故かその親戚の子ばかりを愛する。ここの、子供同士の摩擦解消などにも尽力する、まぁ、良い母親だった。
正直、陽介はそれを聞かされて茶番だと思った。
そんなものは大人が、果たしてやってやることなのか。しかしまぁ、どうやら姑は夢子の子供は存在すらないものとしているようで、それを思えば複雑な心境に至る夢子の気持ちもわからんでもないが、お前よりまず先にそのババアをここへ連れて来いと、一之江が言わなかったのはそう、若気の至りだ。
時として愛情は歪んでいる。そう噛み締めた女がこの目の前にいる、地味な服を着た専業主婦である。最早、他人の子供なのに何故、その子供にそれほど尽力する。
親戚の子として家族だと言ってやった方がそいつのためではないかというのが一之江の、“他人事”としての見解だった。
しかも、こんな10も歳の離れた若い男の医者に愛を求めるほど末期になるならやめてしまえばいいのに。
そう思いながらいつも一之江は夢子を抱いていた。あの、排他的で大きな家の倉庫、のような“離”で。
「お話があってね」
夢子は一之江のベットに腰かけた。横顔は3年分老けたようだ。それも大人の魅力に思える。
「はぁ、なに?離婚でもした?」
「そう。死んだの、旦那」
「えっ」
夢子のあまりに淡々とした無感情で唐突な図星に、一之江は言葉を呑んだ。
なんだそれ。
それを何故俺に言う。しかも、3年も前に別れた男に。
「姑と旅行に行って。姑だけ帰国したの」
「は?」
「胃に悪い話ね。ごめんね。
だから別れたの。貴方なら、なんて言ってくれるかなと…そう思って」
「…なんで、」
「貴方、よく私に言ってたじゃない。「そんなに辛いなら、辞めちゃえば?」って人の気も知らないでさ。でも、あれ結構、救われてたの。素直で。皆、大変ねぇ、しか言わないから。
親戚の子に、だから私、凄く、酷いことを言って、お別れしてきた。凄い顔してたなぁ。ずっと良いお母さんやって来たから。けどだから、強くなってくれるといいなってそう思って」
「…そう」
「はーあ」
夢子は伸びをして立ち上がり、何か吹っ切れたような顔をして一之江を見つめた。
素直に、綺麗だった。
「それだけ。
なんかこう、貴方が倒れて終わってしまった、これが痞てたの。もう、取れた。一方的でごめんなさい」
「いや…。あの、ひとついい?」
「何?」
「凄く綺麗。それだけ。一方的でごめんなさい」
「…ズルいね。まったく。ま、じゃぁ、そんなわけで。
お大事に。看護婦さんに、羊羮預けたの。嫌いだったら誰かにあげてね」
そう言うと彼女は振り返ることもせず、深呼吸をし俯いて去って行った。
入れ代わりに西東が入ってきた。
優しい仄かな笑顔で彼女が去った廊下を見つめ、それから一之江を見つめ、扉を閉める。
「なんだよ…聞いてたのか」
「いいや。女の人を泣かせるなんて罪な男だねぇ、君は」
「…知るか。なんだよ今日は」
「お見舞いだよ。暇だろうと思ってさ。生憎僕も君のせいで帰国早々しばらく予定を潰したから暇で暇で仕方なくて」
軽口を叩いてベットの側に、壁に立て掛けられたパイプ椅子を立てて座る。
「…悪かったな」
「ホントだよね。まざまざとあんなもんまで見せられて僕のこの笑顔。わかってるよね陽介」
「うんごめん。やっぱ聞いてたのか」
「うんごめん。
まぁ嫌いじゃないよ?君のそのバカさは学生時代からブレないからね。もう慣れたよ。仕方ないよね。黒子みたいなもんだよね。
でもさぁ、僕の身にもなってよね、君、友達僕しかいないんだから」
「…お前って嫌なヤツだよね。これも黒子か、おい」
「そうだね」
「なぁ、真樹は?あいついま学校じゃないだろ」
「そんなことより君はそのぶっ壊れた胃袋をどうにかしろよ。わかってんでしょヤバイの。僕のために生きててもらわないと困るの、僕の人生で君に近々あと3つお願いがあってね」
「あ胃が痛ぇな看護婦ー死ぬわ俺」
「あら大変叩けば治るかな」
「殺すぞてめぇ」
「黙れよジャンキー。
ひとつが500万ひとつが仲人ひとつが出産」
「待て待て待て!胃袋出るわ!なんだそりゃは?え?」
「ふふふー、カエルみたい。
幸せ報告ー、の前に!
会社建てたいから500貸してぇ?お願いよーちゃん」
「気色悪いから却下。はい次」
「結婚します。そのための資金で500使っちまうから、会社建てられないから500貸して」
「ちょっと考えよう。はい次」
「子供出来ちゃった。そこに僕が貯めた500があるのです。だから会社建てられないから500貸して」
「あーなるほどね。一回飛び降りて保険金卸したらもっと貰えるぞはい解決」
「酷くない?そうなのマジで?
まぁ子供出来ちゃったのは嘘なんだけどね」
「一回飛び降りてよし。精神科医が許可する」
「一回って、戻って来れないじゃん」と至極まともな回答。西東はそのままじっと一之江を見つめる。
薬のせいかなんのせいか、珍しく泥酔したように眠ってしまった一之江は、急な来客により目を覚ました。
あまりに急すぎる、忘れかけた、しかし忘れもしない人物に、はっと一瞬にして目が醒める。昼の日差しに眩暈がした。
というか、ついに幻覚を見ているかもしれない。
薄水色のワンピースに黄色いカーディガン。肩くらいの、黒髪。はっきりした目の大きな、まぁ、美人な女。
「久しぶり、陽介くん」
「あぁ、」
声を聞いて、
あぁ、幻覚だったほうがまだよかったのになと脳まで冴えた。
自分より、10歳は上の女で。
3年前まで不倫をしていた、まぁ、身体だけの彼女だった女だ。
別にそれ事態に罪悪感はない。ただ彼女が寂しそうだった、これも、患者の一人だった。
「看護婦さんに聞いたらここだって、言われたから」
「そう…どうしたの?」
彼女の名前は、古里夢子。
専業主婦で、姑のイビりに辟易していて少しだけ精神科に通っていた。参りすぎて自律神経失調症になっていたのだ。
ただ、聞いていけば家庭環境も複雑だったようで、旦那関連の子供かもしれない親戚の子を突然預かったりしていたようだ。
ここは詳しく夢子は語らなかったが、とにかくその姑のイビりは実子達にまで及び、夢子と旦那の子までも姑は愛さない。
しかし何故かその親戚の子ばかりを愛する。ここの、子供同士の摩擦解消などにも尽力する、まぁ、良い母親だった。
正直、陽介はそれを聞かされて茶番だと思った。
そんなものは大人が、果たしてやってやることなのか。しかしまぁ、どうやら姑は夢子の子供は存在すらないものとしているようで、それを思えば複雑な心境に至る夢子の気持ちもわからんでもないが、お前よりまず先にそのババアをここへ連れて来いと、一之江が言わなかったのはそう、若気の至りだ。
時として愛情は歪んでいる。そう噛み締めた女がこの目の前にいる、地味な服を着た専業主婦である。最早、他人の子供なのに何故、その子供にそれほど尽力する。
親戚の子として家族だと言ってやった方がそいつのためではないかというのが一之江の、“他人事”としての見解だった。
しかも、こんな10も歳の離れた若い男の医者に愛を求めるほど末期になるならやめてしまえばいいのに。
そう思いながらいつも一之江は夢子を抱いていた。あの、排他的で大きな家の倉庫、のような“離”で。
「お話があってね」
夢子は一之江のベットに腰かけた。横顔は3年分老けたようだ。それも大人の魅力に思える。
「はぁ、なに?離婚でもした?」
「そう。死んだの、旦那」
「えっ」
夢子のあまりに淡々とした無感情で唐突な図星に、一之江は言葉を呑んだ。
なんだそれ。
それを何故俺に言う。しかも、3年も前に別れた男に。
「姑と旅行に行って。姑だけ帰国したの」
「は?」
「胃に悪い話ね。ごめんね。
だから別れたの。貴方なら、なんて言ってくれるかなと…そう思って」
「…なんで、」
「貴方、よく私に言ってたじゃない。「そんなに辛いなら、辞めちゃえば?」って人の気も知らないでさ。でも、あれ結構、救われてたの。素直で。皆、大変ねぇ、しか言わないから。
親戚の子に、だから私、凄く、酷いことを言って、お別れしてきた。凄い顔してたなぁ。ずっと良いお母さんやって来たから。けどだから、強くなってくれるといいなってそう思って」
「…そう」
「はーあ」
夢子は伸びをして立ち上がり、何か吹っ切れたような顔をして一之江を見つめた。
素直に、綺麗だった。
「それだけ。
なんかこう、貴方が倒れて終わってしまった、これが痞てたの。もう、取れた。一方的でごめんなさい」
「いや…。あの、ひとついい?」
「何?」
「凄く綺麗。それだけ。一方的でごめんなさい」
「…ズルいね。まったく。ま、じゃぁ、そんなわけで。
お大事に。看護婦さんに、羊羮預けたの。嫌いだったら誰かにあげてね」
そう言うと彼女は振り返ることもせず、深呼吸をし俯いて去って行った。
入れ代わりに西東が入ってきた。
優しい仄かな笑顔で彼女が去った廊下を見つめ、それから一之江を見つめ、扉を閉める。
「なんだよ…聞いてたのか」
「いいや。女の人を泣かせるなんて罪な男だねぇ、君は」
「…知るか。なんだよ今日は」
「お見舞いだよ。暇だろうと思ってさ。生憎僕も君のせいで帰国早々しばらく予定を潰したから暇で暇で仕方なくて」
軽口を叩いてベットの側に、壁に立て掛けられたパイプ椅子を立てて座る。
「…悪かったな」
「ホントだよね。まざまざとあんなもんまで見せられて僕のこの笑顔。わかってるよね陽介」
「うんごめん。やっぱ聞いてたのか」
「うんごめん。
まぁ嫌いじゃないよ?君のそのバカさは学生時代からブレないからね。もう慣れたよ。仕方ないよね。黒子みたいなもんだよね。
でもさぁ、僕の身にもなってよね、君、友達僕しかいないんだから」
「…お前って嫌なヤツだよね。これも黒子か、おい」
「そうだね」
「なぁ、真樹は?あいついま学校じゃないだろ」
「そんなことより君はそのぶっ壊れた胃袋をどうにかしろよ。わかってんでしょヤバイの。僕のために生きててもらわないと困るの、僕の人生で君に近々あと3つお願いがあってね」
「あ胃が痛ぇな看護婦ー死ぬわ俺」
「あら大変叩けば治るかな」
「殺すぞてめぇ」
「黙れよジャンキー。
ひとつが500万ひとつが仲人ひとつが出産」
「待て待て待て!胃袋出るわ!なんだそりゃは?え?」
「ふふふー、カエルみたい。
幸せ報告ー、の前に!
会社建てたいから500貸してぇ?お願いよーちゃん」
「気色悪いから却下。はい次」
「結婚します。そのための資金で500使っちまうから、会社建てられないから500貸して」
「ちょっと考えよう。はい次」
「子供出来ちゃった。そこに僕が貯めた500があるのです。だから会社建てられないから500貸して」
「あーなるほどね。一回飛び降りて保険金卸したらもっと貰えるぞはい解決」
「酷くない?そうなのマジで?
まぁ子供出来ちゃったのは嘘なんだけどね」
「一回飛び降りてよし。精神科医が許可する」
「一回って、戻って来れないじゃん」と至極まともな回答。西東はそのままじっと一之江を見つめる。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
産賀良助の普変なる日常
ちゃんきぃ
青春
高校へ入学したことをきっかけに産賀良助(うぶかりょうすけ)は日々の出来事を日記に付け始める。
彼の日々は変わらない人と変わろうとする人と変わっている人が出てくる至って普通の日常だった。
嫌われ者金田
こたろう
青春
こんな人いたら嫌だって人を書きます!
これ実話です!というか現在進行形です!
是非共感してください!
一応ノベルバの方ではジャンル別最高5位に入っています!
あとノベルバの方ではこちらより沢山投稿しています。続き気になる方は是非ノベルバの方にお願いします。
(3章完結)今なら素直に気持ちを伝えられるのに
在原正太朗
青春
語り手である自分、本多梅は高校三年生の初夏、学校の図書室において花も恥じらう絶世の美人同級生、蕪木(かぶらき)わたに脅迫(まがい)をされてしまう。
理由は一つ。自分が行っている仕事の詳細を知るため。
過去に伝えられなかった想いや言葉を過去へ飛ばし、後悔し傷ついた心を救う、そんな仕事のだ。
そんな蕪木の心には脅迫(まがい)をしなければならないほど後悔が間違いなくあって、自分としてはそっちの方が見過ごせないんだけれど、めっちゃくちゃガードが堅い。下手な冗談を言えばまた脅迫(まがい)をされてしまいそうなくらいに、だ。
こうなっては身を引くべきなのかもしれないけれど、あいにく自分は自他ともに認めるひねくれもの。少し嫌がられたぐらいで身を引くほど心根が素直ではない。
例えウザがられたってお前の心を救ってやろうじゃないか!
※カクヨムにて同時連載中。
基本毎日更新ですが、他作品の更新を行う場合お休みをする場合があります。
修行のため、女装して高校に通っています
らいち
青春
沢村由紀也の家は大衆演劇を営んでいて、由紀也はそこの看板女形だ。
人気もそこそこあるし、由紀也自身も自分の女形の出来にはある程度自信を持っていたのだが……。
団長である父親は、由紀也の女形の出来がどうしても気に入らなかったらしく、とんでもない要求を由紀也によこす。
それは修行のために、女装して高校に通えという事だった。
女装した美少年が美少女に変身したために起こる、楽しくてちょっぴり迷惑な物語♪(ちゃんと修行もしています)
※以前他サイトに投稿していた作品です。現在は下げており、タイトルも変えています。
美少女で残念なヒロインたちの心の声が聞こえるようになった件
山形 さい
青春
小倉雄也は【テレパシー】が使うことができ、特定の女子の心の声を聞くことができる。
しかし、それによって、さまざまな女子の本性を知ることに──。
清楚系女子だと思ったらただの変態だったり!?
一つの告白から始まるラブコメです。
⚠︎この作品に出てくるヒロインはみんな裏の顔があります。
翔んだディスコード
左門正利
青春
音楽の天才ではあるが、ピアノが大きらいな弓友正也は、普通科の学校に通う高校三年生。
ある日、ピアノのコンクールで悩む二年生の仲田萌美は、正也の妹のルミと出会う。
そして、ルミの兄である正也の存在が、自分の悩みを解決する糸口となると萌美は思う。
正也に会って話を聞いてもらおうとするのだが、正也は自分の理想とはかけ離れた男だった。
ピアノがきらいな正也なのに、萌美に限らず他校の女子生徒まで、スランプに陥った自分の状態をなんとかしたいと正也を巻き込んでゆく。
彼女の切実な願いを頑として断り、話に片をつけた正也だったが、正也には思わぬ天敵が存在した。
そして正也は、天敵の存在にふりまわされることになる。
スランプに見舞われた彼女たちは、自分を救ってくれた正也に恋心を抱く。
だが正也は、音楽が恋人のような男だった。
※簡単にいうと、音楽をめぐる高校生の物語。
恋愛要素は、たいしたことありません。
◆妻が好きすぎてガマンできないっ★
青海
大衆娯楽
R 18バージョンからノーマルバージョンに変更しました。
妻が好きすぎて仕方ない透と泉の結婚生活編です。
https://novel18.syosetu.com/n6601ia/
『大好きなあの人を一生囲って外に出したくない!』
こちらのサイトでエッチな小説を連載してます。
水野泉視点でのお話です。
よろしくどうぞ★
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる