Slow Down

二色燕𠀋

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 一之江のマンションの前まで行くと、一之江が真樹をおぶって「お届けもんでーす」と軽い調子。

 灰色のタートルネックとくるぶし丈の細身のジーンズが嫌味なくなんかイケメンなのがまたムカつくなぁと思って文杜はナトリをパッと見れば、なんかのフェスの派手なTシャツにボロいジーパン。けどなんでイケメン。

 ざまぁみろ変態Vテン野郎。と勝手に脳内で一之江を罵る。

 真樹はなんだかぐったりしているが、大丈夫なんだろうか。
 心配も束の間、「直射日光うぜぇ」という小言が聞こえたのでなるほどと理解した。だから無理矢理連れ出したのね、医者として。

「まー上がれよ。こいつのせいで午前診なくなっちまって暇だからよ。引っ越しは佐川でいいか?手配してやる」
「え、マジ?」
「大マジだ。なんなら今日にでも運ばせようか?ま、ただちゃんと話は聞いていけ。ガキじゃ太刀打ちできねぇかもしれねぇが、それは医療の問題だ。結局心療内科なんざぁ、心の病だから。バイクはまぁテキトーに敷地内に停めとけ」

 そう言えばくるっと身体の向きを代え、マンションへ歩き出した。

 それに習って不本意ながら二人もバイクを押して付いていくことにする。

 5階に行くまでのエレベーターで真樹は二人に言い放つ。「何しに来たんだよ」と。

 昨日や、さっきよりも真樹はまともに喋れている。この医者、案外凄腕かもしれない。

「うるせぇなクソチビ」
「なんだよ」
「まぁあれだよね。一発くらいぶっ叩いてやろうかなと思ってね」
「あそう」

 沈黙が流れた。そして真樹は言う。

「…確かにぶん殴られた方が気が楽だ。殴って。俺いまそーゆーの多分忘れてる」
「ふざけんなよてめぇ」

 ナトリが怒気の籠ったように言う。

「それを俺や文杜にやれっつーのか、甘ったれんなよバカ。なにも辛いのはてめぇだけじゃねぇだろ。なぁ、てめぇ自意識過剰にも程があるわ。誰が辛い何が辛い?笑わせんなよ」
「うるせぇなクソ台湾、お前に何がわかるっつーんだ」
「なんとでも言えバーカ。わかんねぇわかんねぇ。だってお前バカだもん。バカすぎて自意識過剰過ぎてなんか殻に閉じ籠って背負った気になりやがって自己満足こいてんじゃねぇよこっちが吐きてぇわ。バカはバカらしくテキトーに流して頼っときゃぁいいのにお前ってなに?こうしてぶっ飛ばす覚悟で言わねぇとわかんねぇとか何以下だよ亀以下だ、日本で言うとこのニワトリ以下だわ、このクソッタレぇ!」

 5階についた。
 強引に暴れるように一之江の背から降りた真樹は、ナトリのシャツを掴んで手摺まで押す。力なくもわざとなのかナトリは、落ちそうになってやっていた。

 一之江も文杜も黙ってそれを見守ることにする。

「黙って聞いてりゃ、お前なぁ、わかってるっつーのこのハゲぇ!
 お前に何がわかる、なぁ。俺はお前らを受け入れられない。お前らはどうしてこんな俺に努力を、するのか、はぁ、わかんねぇんだよ、はぁ、あぁぁもう、せんせー、薬ぃ!い、息が、はぁ」
「いいのかそれで」
「うるせぇな!はぁ、か、呼吸なんれすよ!」
「まぁ興奮してるからな。薬もレベルを下げてるから効かねぇんだろ。だが知らねぇぞ死にたきゃやるよ」
「はぁ、あぁもう、イライラすんなぁ!どいつも、こいつも!
 俺には、俺は異常だ、正常なんてない、元々そうじゃないか、ハゲ、んなんお前と出会う前からそうで文杜と出会う前からそうでだからお前も文杜もみんな、みんなが、俺のことなんて考えてんじゃねぇよ、よく、わか」

 後ろから、温もり。
 そして湿った息遣いがあって。

「わかったよクソチビ。でも俺家燃やしたときのあんたもナトリも、勝手だけど仲間意識なんだよ!」
「文杜…?」
「あんたの空虚は拭えない。親埋めたのもそーゆーのってわかんない、わかってやれない。DVとかぁ、わかんない。これでいい?わかんない、わかんないけど俺はそれを…あんたが俺を受け止めたくらいには受け入れたいし愛したいんだよ、真樹」

 ナトリに掛けた真樹の手が、震えて落ちる。脱力したように俯いた。

「…それとも全部わかって欲しいわけ?なら、」

 首を振る真樹に文杜は、頭を抱えるようにして抱き締めて。真樹の後頭部から目が合ったナトリに軽く微笑む。

ナチュラルすぎてその告白、多分このバカにはわからんぞ文杜。

 でもかっこいいなぁ、お前って。そうやってちゃんとベースを作ってくれる。お前って最高だわ。

「じゃぁもう終わり。喧嘩は引き分け。またあとで喧嘩しよう。
 大丈夫。君は一人じゃないの、俺もナトリもいるの。お節介だからこうしちゃう。でも君もそうじゃない。それで俺たちよくない?」

 こんなときに大変不謹慎ながら若さは罪だ。ちょっと勃起しそうな自分が憎い。ひたすら違うこと考えようと文杜は努力する。でも真樹の髪の毛、なんて良い匂い。

 そんな意識を、つんざくような、低音。

「コントール、バランスともいう。
 精神安定剤だ。強さで言やぁ、まあ何をもって強いというかは微妙だが中くらいだ。
 そいつ吐き癖がありそうなんでな。胃の病気関連からの精神病でも使われる、催眠作用もあるような薬にした。しかし睡眠の質は薬事態にはそれほど求められない。それは、不眠がそいつの精神の問題だと思ったからだ。
 だが元は、そいつは薬を投与され過ぎていた。要するに薬への依存は高い。その点コントールは依存性は低い。だがまぁ効かないかもな。
 過呼吸やらなんやらは最早精神病と判断した。動悸から始まって過呼吸になる。これで1週間ダメなら薬を代えようかと思ったがお前らの言葉はどうやら、安定するようだ。
 お前らにそれを背負えるか、背負えないなら帰った方がいい。最早病と対峙している。医者の観点からすりゃぁお前ら全員精神病だが…乗り越えられるんだ、こんなもんはいくらでも。
 さぁどうする」
「よぅちゃん…」

 当の一之江は自分の部屋へ足を向けている。文杜から離れそれを追おうとする真樹に、二人は違和感を感じた。

「真樹、」
「ハゲ、文杜っ」

 そして振り返って真樹が言うのは。

「俺たちまだ3人だ。でも…あの人一人なんだ」

 その一言にはもう。

「あぁもう」
「仕方ねぇなぁ、クソチビ」

 そんな3人を見て一之江には。
 驚愕、いや、何よりも。
 シンプルに、わからなかった。
 このチビ一体どうして。

 まぁ単に、

「おもれぇ喧嘩の売り方」

 振り向いてにやっと笑った一之江には確かに、なんとなくを感じたような気がした。
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