蜉蝣

二色燕𠀋

文字の大きさ
44 / 64
雨雫

11

しおりを挟む
「はぁ、そう。
 で、今日はなんだっけこれ。直木だっけ」
「そうです」

 そのやり取りも正直、目の前でやるか?上柴は今にも帰りそうな雰囲気だというくらいには、不機嫌である。

「直木について。なにか話すことってあります?そもそもお互いに取れてないし、難しいですよね、お互い頑張りましょーね」

 あぁぁ。それを言ってしまっては元も子もない。

 その上柴の一言に、北條が今度は「はぁ、」と、不機嫌とも取れる一言。
 北條の担当が少し動揺したのか、「まぁ、」と、不自然なそのタイミングで北條に席を促した。北條はこちらの一軍を一舐めして雑に、足を開いた偉そうな格好で席につく。

「まぁ直木はしかし話題性があった。おかげで取れなくても、売れましたよ」
「そうでしょうね」
「上柴先生の、俺行くと思ったけどね。なかなか、直木だと難しいね」

 まぁ確かに。
 しかしこれは誰のどこから目線で語っていやがるのか、この作家は。

「まぁ直木は芥川あくたがわと違って倍率もありますし。その点新人にもチャンスはあるけど埋もれやすい。ある意味、文学の観点で言ったらタイムリーで凄くその…なんて言うか、“公正”ですよね。発掘もあって面白い」
「まぁメディア寄りではあるけどねぇ」
「我々としては芥川の方が、対戦相手は減りますけれど、まぁ大ベテランの賞でありしかしながら登竜門とうりゅうもん、どちらを先に通ってみるかというのもありますけどね」
「まぁ売れる方法としては直木でしょうけどね。我々はやはり売れる本を書くべきですからね」

 どうもこいつは。
 話が面白くないなぁ。

「それもそうでしょうけどね。まぁ私は、売れるイコール伝わるだとあまり思ってもいませんが」
「へぇ」

 てかこれ。
 どう頑張って話を繋げるんだこの作家と。

「あんたはなんで小説書いてるんですか」

 上柴も使ってみた。“あんた”と言う表現を。
 それに相手は露骨に眉根を寄せた。

「単純。簡単じゃん」
「はぁ」
「言葉ってシンプル。感情を表すのは態度より言葉でしょ」
「確かにね。言葉は取り消し不可だからね。特に書き残したらね。だからこそ難しいですよ、私には」
「へぇ、生きにくいね。俺はもう残したら残したでそれも俺かなって。だって俺、昨日を殺して今日を生かして明日を産んでるから」

 それはそれでシンプルだけど。

「まぁ振り返る過去や引き出しを作らないのは楽で良いですね、概念も一見格好いい」
「ありがとう」
「でも俺はあんたとやっぱり気が合わない」

 息が止まった、まわりの。
 空気が凍結したような、張りつめた冷たさ。しかし上柴は薄らと笑い、「じゃぁ、帰ります」と言って立ち上がった。北條はそれを唖然と見上げるばかり。

「あんたってさ」
「はい?」
「信じるものはなんなの?」
「なに、それ」
「いやぁ、なんかあんた。
 なんでそんなんでも美人なんかなって。一見苦労してなさそうで、でもあんな本書くんだなぁって」
「あんな本?」

 それ、あんたが言うか。

「いやぁ悪い。口が悪かったね。ただ俺も大人じゃないんでね。でも俄然燃えた。俺あんたにだけは負けてないと思ってた」

 それはこちらも同じだ。だがそれは、果たしてどちらが言えた義理なのだろうか。

 上柴は敢えて言わなかった。黙って相手を待つ。しかし相手は挑発的に自分を見据えるばかりで先を続けない。

「何がおっしゃりたいんですか」
「そうさなぁ、これは闘争心や恋心に近い征服かな。早い話が喧嘩を売った」
「はぁ、そう」
「売れねえ端くれ作家が調子に乗って陶酔こいてんじゃねぇよってこと」
「随分な言いようですね、あんた」

 空太が少し北條を睨み、噛み付こうかと前のめりになったのがわかった。

「俺はあんたの大衆狙いなライトノベル?直木に並ぶ意味はないと思いましたよ、ま、俺は絵描きなんで言いますが」
「なんだい、若造」

 北條は語尾を荒げ、今度は空太を睨み上げた。

 どうやら空太の言葉の方が、文学者より文学者の感情を助長し引っ張り出すらしい。つくづく、蛍は感心した。

「あんた、だけど、なんだ?」
「言わなかった?上柴楓の表紙、及び扉絵挿し絵、とにかく専属の画家だが」
「ふ、あっそう」
「あんたと変わんないだろ?あんただって自分の絵しか描かない。それは上柴と変わらない。あんたと一緒だ。俺も他者を受け入れないフリーランスなんだよ」
「だからなんじゃないの?お宅らだから…」

 売れない。それをどうやら北條は呑み込んだらしい。しかし上柴は、嘲笑とも愉快ともつかない乾いた笑いでそれらを一蹴する。

「貴方に言われちまいましたか、私も。まぁそれも一興ですね。
 担当さん、ありがとうございました。これはこれで楽しかったんです、本当に嫌味なしに。では」

 丁寧にお辞儀をしてその場を先に出て行く蛍を空太が追い、野山は会議室を出る際に二人の若者以上に丁寧に頭を何度か下げて去った。

 実に対談は15分。時刻は10時35分だった。

 会議室を出てまず立ち止まり、蛍は空太を振り返り、冷たいまでの真顔で言い放った。

「ありがとう。けど茶番だ」
「…悪かったよ」
「いや、感謝はしてる」

 再び前を見て歩き出す蛍の背中に、野山と空太は一度顔を見合わせる。野山は困った顔をしつつも、表情では「仕方がないわね」と言ってくれている気がした。

 これは機嫌が悪いようだ、本日の蛍は。昼飯何にしよう。多分こんな日は聞いても答えてくれない。

「どうしよう」

 偏屈はこれだから困る。偏屈と変態。まずこの組み合わせがよくなかった。

「いや、意外と…大丈夫じゃないんですか?だって、感謝、してたし」
「まぁ…」
「上柴先生、世に言うツンデレだから」
「あぁ…」

 確かにそうかも。

「まぁ今回は私が悪いです。ごめんなさい」
「いやぁ…それはどうかなぁ…」

 あいつ偏屈だし。そしてあの野郎は変態だったし。

 あまりにも後ろに足音がしないので蛍は一度軽く振り返った。二人とも雑談している。
 目が合えば急いだように歩いてくるのを見て、なんだろう、そんなに不機嫌そうに見えるかな、こっちは清々しいのにと、少し気持ちを改め、「何してるの?」と放った声が少し低かった。誤算だ。

「空太」
「はい、はーいせんせっ」
「何止めてよ。今日は塩ラーメン食べよう」
「は?どうしたの蛍ちゃん」
「え?なに変?」
「いや別に…」
「野山さん、そんなわけで原稿置いていきますので。読み終わったら来て下さい」
「え、上柴先生…原稿って?」
「来月分」
「…ペース上がりましたね。今月まだ上げたばかりでは?」
「ラスト近いんで」

 これはまた。

「週刊一本取ってきましょうか、先生」
「えー、まぁいいですよ」

 ここ数週間でこの間延び作家に一体どんな変化があったと言うのだろうか。
 やはり自分の目に狂いはなかった。上柴楓は、この、そらたと共に歩めるのだ。

「折り入って連絡します。では、お気をつけてお帰りくださいな」

 二人の若者を出版社から見送り、野山は満足して担当部署へ戻った。

 対談は没だろう。しかし、この、録っておいたボイスレコーダー、一度編集長に聞かせてやろうと野山は胸を踊らせた。果たして、どんな顔をするだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...