127 / 129
Get So Hell?
後編10
しおりを挟む
あまり覚えてもいない気がするけど…「…気にしないなら」と朱鷺貴が答えれば、翡翠は後ろを向き、ぎこちなくもあるがそう慣れたのだろう手付きで襟からすっと右肩を露わにした。
…痛々しくて少しな…とは思ったが、素直に「ホンマや」と出ていく。
元の彫りが広範囲だったのもあり完全に、というわけではないが、鳥は足しか見えない。
夢で見た景色のように、確かに一本の刀だとわかる火傷とその他も色々と押し当てたのだろう“治療痕”が見える。
膿んでいたり壊死しているわけでもなさそう。きっと処置が適切だったのだ。
「…よく生きてたよ、本当に」
着物を直すのを手伝ってやった。
「あんたに言われるとは思わんかった」と笑っていう姿に少し、ツンと来る。
「…複雑だが、」
「晴れ晴れしたやろ?」
こうして、昔もよく拾ってくれていたな、言いたいことを。
見せたくなかったか…いや、昔は絶対になかったから「そうだな」と答えておいた。
「痛みは?」
「まぁ、寒い日には…いや、」
「感覚がありまへんの」と、それすらもなんともない、当たり前な表情で言ってのける。
「…俺は笑ってやれないけど…まぁ、見せるものじゃなかったとしても、密かな勲章じゃないか?」
ずっと苦しんでいたそれからの解放。それを考えるとつい、ぐっと目を閉じ「よかったな…」と、適切かはわからないが、それしか言葉は出てこない。
「はは、そう言うて貰えたら充分です…」
「爺臭くなったんやない?」とすっきり笑う翡翠に、そうかもなと「うるせぇ、わかっとるわ」と…肩の力が抜けてゆく。
「あぁ、それで藤宮の話しやけど。
そうまでご存知なら…と言うより、あの日に察したのかと思いますが、あの後は新撰組で軍医になりまして」
「……沖田の姉から聞いたよ。最後まで側にいてやったんだと」
「最期、か…」
「なんというか、限界まで?というか」
「そやねぇ…」
「…沖田の姉も佐藤も、気に掛けてたよ」
「まあ、そういう人やったね、あの人」
お前のことを気に掛けてたんだよ。今ならわかる。
「…すまないな、正直どうとか、やんわりしか考えてなくて。坊主根性で行先も聞かなかったから…」
「あー、湿っぽいのはあんさん、性に合いませんがまぁまぁそうやろうて思っとったんで。
あ、話しが外れました。藤宮はわてがこの錫杖刀で」
「…んんだよ聞きくなかったよ!ってか、ならいらな」
「通例として返しまーす、あんさんそれくらいは背負い込んでくださいね、まぁ嘘やけど」
「んーだよ脅すなこのアホ!」
「嘘ですが。ほら、親を」
「あーはいはい!」
しかし、言う割には寄こそうとしないので「なんだよ、」と少し躍起になるが。
「…世話になりましたので、やはり持っときます。これ、多分呪物ですし」
「………言うようになったねぇ、お前」
「ちゃいます?」
そうだけども…!
「…いいよ、元は俺が」
「沖田さんの怨念もありますから」
「あー言えばこー言うなぁ…」
「………切れませんから」
ちょこまかぶっ込んでくるくせに、こうして急に切ない表情をされてしまえば黙るしかない…と、知ってるはずだ。
「これで、もう切りません」
……なるほど。
あぁ、なんかもう…狡いやつだよお前は。俺だって狡いっていうのに。
「…ホンマ手癖が悪い」
「刃物には厄災を断ち切るいう話もありますしね」
「そー…だね、確かに」
「嘘やろ、信じるんかいな」
「は?」
「あんさんそういう話、ホンマ信じますよね、幽霊とか」
「…んんだよ、そーだよ!」
「はは、あははは!」
「ははは、ははは」と、謎にハマったらしい。ひとしきり笑う翡翠に「うるさいなお前っ!」とつい…昔通りで。
「…なんか、」
「まぁ、はい」
「辛気臭ぇ話しとか、多分あったんだけど、言わんとなと思ってたやつ」
「んー、まぁ聞きたいし話したいですが」
「またなんかで、いっかな…」
「まぁ、楽にはなれますよ?はい聞きますよ?今は聖職者なんで」
「いやまぁ…。
やっぱりソレは貰っとく。所有権主張」
「……狡い」
「まぁね」
渋々、という表情の翡翠に手を出す。
出しても返って来ないから、するっと奪い「はい、確かに」と受け取った。
「…渡したんで、じゃあ責任として聞きます?」
「話したいならどうぞ」
そもそも元はこいつの方が喋るんだよな。俺、話すの得意じゃないし。
翡翠の話は、大抵が知り得る物ばかりだった。
不思議だ、事前情報があったからかもしれない。それほど衝撃がなかった…。
というのは嘘だ。思い返せばかなり辛い話だったと思う。なんせ資料ではない。本人のものだから。
藤宮は坂本竜馬を殺したとして秘密裏に翡翠が始末しただの、戦争の話だの。
この寺の境内で転がるくらいだ、傷心していないわけはなく。ただ、どうにも互いに訳はわからなくなっていた、という答え合わせをした頃には夜も更け、久々にぐっすりと眠れた。
起きた時には翡翠が頭巾もせず、如何にも「寝起きです」という風体で茶を用意していた。
…痛々しくて少しな…とは思ったが、素直に「ホンマや」と出ていく。
元の彫りが広範囲だったのもあり完全に、というわけではないが、鳥は足しか見えない。
夢で見た景色のように、確かに一本の刀だとわかる火傷とその他も色々と押し当てたのだろう“治療痕”が見える。
膿んでいたり壊死しているわけでもなさそう。きっと処置が適切だったのだ。
「…よく生きてたよ、本当に」
着物を直すのを手伝ってやった。
「あんたに言われるとは思わんかった」と笑っていう姿に少し、ツンと来る。
「…複雑だが、」
「晴れ晴れしたやろ?」
こうして、昔もよく拾ってくれていたな、言いたいことを。
見せたくなかったか…いや、昔は絶対になかったから「そうだな」と答えておいた。
「痛みは?」
「まぁ、寒い日には…いや、」
「感覚がありまへんの」と、それすらもなんともない、当たり前な表情で言ってのける。
「…俺は笑ってやれないけど…まぁ、見せるものじゃなかったとしても、密かな勲章じゃないか?」
ずっと苦しんでいたそれからの解放。それを考えるとつい、ぐっと目を閉じ「よかったな…」と、適切かはわからないが、それしか言葉は出てこない。
「はは、そう言うて貰えたら充分です…」
「爺臭くなったんやない?」とすっきり笑う翡翠に、そうかもなと「うるせぇ、わかっとるわ」と…肩の力が抜けてゆく。
「あぁ、それで藤宮の話しやけど。
そうまでご存知なら…と言うより、あの日に察したのかと思いますが、あの後は新撰組で軍医になりまして」
「……沖田の姉から聞いたよ。最後まで側にいてやったんだと」
「最期、か…」
「なんというか、限界まで?というか」
「そやねぇ…」
「…沖田の姉も佐藤も、気に掛けてたよ」
「まあ、そういう人やったね、あの人」
お前のことを気に掛けてたんだよ。今ならわかる。
「…すまないな、正直どうとか、やんわりしか考えてなくて。坊主根性で行先も聞かなかったから…」
「あー、湿っぽいのはあんさん、性に合いませんがまぁまぁそうやろうて思っとったんで。
あ、話しが外れました。藤宮はわてがこの錫杖刀で」
「…んんだよ聞きくなかったよ!ってか、ならいらな」
「通例として返しまーす、あんさんそれくらいは背負い込んでくださいね、まぁ嘘やけど」
「んーだよ脅すなこのアホ!」
「嘘ですが。ほら、親を」
「あーはいはい!」
しかし、言う割には寄こそうとしないので「なんだよ、」と少し躍起になるが。
「…世話になりましたので、やはり持っときます。これ、多分呪物ですし」
「………言うようになったねぇ、お前」
「ちゃいます?」
そうだけども…!
「…いいよ、元は俺が」
「沖田さんの怨念もありますから」
「あー言えばこー言うなぁ…」
「………切れませんから」
ちょこまかぶっ込んでくるくせに、こうして急に切ない表情をされてしまえば黙るしかない…と、知ってるはずだ。
「これで、もう切りません」
……なるほど。
あぁ、なんかもう…狡いやつだよお前は。俺だって狡いっていうのに。
「…ホンマ手癖が悪い」
「刃物には厄災を断ち切るいう話もありますしね」
「そー…だね、確かに」
「嘘やろ、信じるんかいな」
「は?」
「あんさんそういう話、ホンマ信じますよね、幽霊とか」
「…んんだよ、そーだよ!」
「はは、あははは!」
「ははは、ははは」と、謎にハマったらしい。ひとしきり笑う翡翠に「うるさいなお前っ!」とつい…昔通りで。
「…なんか、」
「まぁ、はい」
「辛気臭ぇ話しとか、多分あったんだけど、言わんとなと思ってたやつ」
「んー、まぁ聞きたいし話したいですが」
「またなんかで、いっかな…」
「まぁ、楽にはなれますよ?はい聞きますよ?今は聖職者なんで」
「いやまぁ…。
やっぱりソレは貰っとく。所有権主張」
「……狡い」
「まぁね」
渋々、という表情の翡翠に手を出す。
出しても返って来ないから、するっと奪い「はい、確かに」と受け取った。
「…渡したんで、じゃあ責任として聞きます?」
「話したいならどうぞ」
そもそも元はこいつの方が喋るんだよな。俺、話すの得意じゃないし。
翡翠の話は、大抵が知り得る物ばかりだった。
不思議だ、事前情報があったからかもしれない。それほど衝撃がなかった…。
というのは嘘だ。思い返せばかなり辛い話だったと思う。なんせ資料ではない。本人のものだから。
藤宮は坂本竜馬を殺したとして秘密裏に翡翠が始末しただの、戦争の話だの。
この寺の境内で転がるくらいだ、傷心していないわけはなく。ただ、どうにも互いに訳はわからなくなっていた、という答え合わせをした頃には夜も更け、久々にぐっすりと眠れた。
起きた時には翡翠が頭巾もせず、如何にも「寝起きです」という風体で茶を用意していた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
Get So Hell? 2nd!
二色燕𠀋
歴史・時代
なんちゃって幕末。
For full sound hope,Oh so sad sound.
※前編 Get So Hell?
※過去編 月影之鳥
剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―
三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】
明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。
維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。
密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。
武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。
※エブリスタでも連載中
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
新撰組のものがたり
琉莉派
歴史・時代
近藤・土方ら試衛館一門は、もともと尊王攘夷の志を胸に京へ上った。
ところが京の政治状況に巻き込まれ、翻弄され、いつしか尊王攘夷派から敵対視される立場に追いやられる。
近藤は弱気に陥り、何度も「新撰組をやめたい」とお上に申し出るが、聞き入れてもらえない――。
町田市小野路町の小島邸に残る近藤勇が出した手紙の数々には、一般に鬼の局長として知られる近藤の姿とは真逆の、弱々しい一面が克明にあらわれている。
近藤はずっと、新撰組を解散して多摩に帰りたいと思っていたのだ。
最新の歴史研究で明らかになった新撰組の実相を、真正面から描きます。
主人公は土方歳三。
彼の恋と戦いの日々がメインとなります。
伊藤とサトウ
海野 次朗
歴史・時代
幕末に来日したイギリス人外交官アーネスト・サトウと、後に初代総理大臣となる伊藤博文こと伊藤俊輔の活動を描いた物語です。終盤には坂本龍馬も登場します。概ね史実をもとに描いておりますが、小説ですからもちろんフィクションも含まれます。モットーは「目指せ、司馬遼太郎」です(笑)。
基本参考文献は萩原延壽先生の『遠い崖』(朝日新聞社)です。
もちろんサトウが書いた『A Diplomat in Japan』を坂田精一氏が日本語訳した『一外交官の見た明治維新』(岩波書店)も参考にしてますが、こちらは戦前に翻訳された『維新日本外交秘録』も同時に参考にしてます。さらに『図説アーネスト・サトウ』(有隣堂、横浜開港資料館編)も参考にしています。
他にもいくつかの史料をもとにしておりますが、明記するのは難しいので必要に応じて明記するようにします。そのまま引用する場合はもちろん本文の中に出典を書いておきます。最終回の巻末にまとめて百冊ほど参考資料を載せておきました。
(※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる