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Get So Hell?
後編8
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「…慎重ですね。
確かに、今は俺くらいの…遠さが、丁度良いかもしれませんが、では、ひとつ腹を割らせてもらっても宜しいですか?この際」
「ええ、快く」
「俺はあいつほど繊細でも…立派でもないですから、実は記憶があまりありません」
「………え」
「まぁここ2年、より前…一定期間なんですけどね。
感覚的には京を出てすぐ北海道で役人になっていたんですよね」
どういう反応か。
清生は慈悲深いような…悲しい顔をする。
なるほど、あいつは本当に殆どを、この人に話していないのだろう。
「ここへ来る前…共通の知り合いの遺族に…話さねばと話してみれば、随分と心変わりはしました。その空白の期間が埋まったような。
ただの思い過ごしや、歳かもしれませんけどね…なんだか違和感がある。
それを踏まえて。俺はあいつを助けられやしません。
が、あんたらがやりやすくなるかどうか…これは賭けでいいんですかね?」
清生は柔和な表情で頷いた。
確かに多分、仕方の無いのだ、医者坊主にはわからないらしいから。
しかし今ある状態から豊かになる、それはつまり執着、哲学は仏教に於いて課程、柵の段階だ。
坊主には出来ないし俺にも出来ない。
なんとなくわかったしと、茶坊主が湯呑みを下げに来る頃には話し終わり、本堂を出る前にひとつだけ、どうしても聞いた。
「あの…。
尼さんの格好は、何故に?」
「あ、ですよね。
隠し事…という意味合いも正直ありますが、お手伝いだなんだとね。でも……いや、詳しくは本人に聞くのがいいかな。
私が答えるとしたら“さんすくりっと”、元来の印度由来です」
「…なる…ほど?」
まぁいいかと二人で本堂を出、「部屋の準備をしてきます」と、有難い提案をしてくれた。
「墓所は奥です」
言われた通り奥に向かう。
立派な墓所だ。
気付かなかったな、こちらからも水源が見えるのか。
ひとつの墓石の前で立つ。
見覚えがある戒名と、真言宗とは違う戒名が二つ足された石。
自分の家族とみよとその父だろう。そうか、そうしたのか。
しゃがみ込み合掌をする。
貴方達には、本当に世話になった。
「打ち込み式ですか」
般若心経を読もうかと思った瞬間、あの、聞き馴染みのあった声がする。
あぁ…ついに…。
生きていた。
……生きていた。
と思った瞬間にはカシャッと音がし、見れば尼さん、翡翠がル・フォショウを左手で持ち「これ、実用性に欠けますよ」と方目を閉じ、獲物を狙う仕草。
「おまっ、」
あっさりこちらにポンと返してきたが、なんて野郎だこいつ、全く変わってねぇなと拳銃囊に素早くしまう。
こんなもの物騒で仕方ないわ、と見ようとしたが、そんなことをしなくとも頬を手で掴み向かされ顔が見える。
その左手は、力無く震えていた。
「トキさん」
…法衣に隠れているが、右肩がぶらんとしているのがわかる。
撫で触れる元従者の顔自体は…頭巾で分かりにくいがやはり童顔、それほど変わらない見た目なのに年数を感じるのは、纏う雰囲気かもしれない。
キラキラした眼光はふと零れ落ちそう…感情豊かに感じた。
「久」
しぶり、とまで言う前に視界がふらっと傾き痛みが走る。
「いっ、」
音がする程ではなかったが、どうやら頬をそのまま叩かれたらしい。
「こんの、放蕩者ぉ!」
しかし、怒鳴っているわけでもなく。
少し呆然としてしまったが、口を吐いたのは「翡翠か、」でしかなく。
「あいそーですよっ!」
腰が抜けたかもしれないと思ったが、普通に体勢は戻りだただ見返すばかり。
やはり歳か、翡翠は先程よりも感情露わ…少し泣きそうな表現でこちらを見つつも笑い、「全く、」と吐く。
「っふ、ははは……、」
あぁ、そうだ。こういう奴だったわ…。
泣きそうなのは俺かもしれない、こちらは確実に歳だ。
「土方さんと見間違えそうやったわっ……」
「…それこっち来てすげー言われんだけどなんでなんっ、」
服装と背丈だろうと佐藤に言われて思ったけれども。洋装は確かに珍しいか。多分あいつは洋装で戦ったんだろう。
そんなに曖昧なのか?記憶は。ピンと来ない。
翡翠はわざわざ頭巾を取り、すっと右肩上の…よく死ななかったものだ、左手で、首筋あたりまである傷を隠すように覆う。
そうして目を逸らし「私は合掌が出来まへんので」と、まるで頼むかのように言ってくる。
…そうだった。
合掌をし、昔のように般若心経を唱えた。
「聞いていいかわからないが…」
「…ここで聞かせたくないんですよ。
まぁ、私の話は部屋でしましょ。あまり誇れる話やないんで」
そうか。
墓を背にすると、翡翠は外した頭巾を直した。
「みよは、尼さんなる前にこの世を去ったようでしてな…つまり、遺品です」
「……あぁ、」
そうだったのか
外套の端をちょんと掴み先を歩き、境内の方へ誘う。
剃髪をしない所以は傷にありそうだ、それなら尼さんという概念も当てはまる。
頭巾は女性の髪を現す。色々相まって確かに、都合が良いのだろう。
…日本由来では浮きまくって目立つけどまぁ、似合ってるよ。凄くね。らしい。
「覚えていらっしゃいましたか」
悲しみとも…笑いともわからぬ声。
「あぁ」
…忘れられるわけもなかろう。
確かに、今は俺くらいの…遠さが、丁度良いかもしれませんが、では、ひとつ腹を割らせてもらっても宜しいですか?この際」
「ええ、快く」
「俺はあいつほど繊細でも…立派でもないですから、実は記憶があまりありません」
「………え」
「まぁここ2年、より前…一定期間なんですけどね。
感覚的には京を出てすぐ北海道で役人になっていたんですよね」
どういう反応か。
清生は慈悲深いような…悲しい顔をする。
なるほど、あいつは本当に殆どを、この人に話していないのだろう。
「ここへ来る前…共通の知り合いの遺族に…話さねばと話してみれば、随分と心変わりはしました。その空白の期間が埋まったような。
ただの思い過ごしや、歳かもしれませんけどね…なんだか違和感がある。
それを踏まえて。俺はあいつを助けられやしません。
が、あんたらがやりやすくなるかどうか…これは賭けでいいんですかね?」
清生は柔和な表情で頷いた。
確かに多分、仕方の無いのだ、医者坊主にはわからないらしいから。
しかし今ある状態から豊かになる、それはつまり執着、哲学は仏教に於いて課程、柵の段階だ。
坊主には出来ないし俺にも出来ない。
なんとなくわかったしと、茶坊主が湯呑みを下げに来る頃には話し終わり、本堂を出る前にひとつだけ、どうしても聞いた。
「あの…。
尼さんの格好は、何故に?」
「あ、ですよね。
隠し事…という意味合いも正直ありますが、お手伝いだなんだとね。でも……いや、詳しくは本人に聞くのがいいかな。
私が答えるとしたら“さんすくりっと”、元来の印度由来です」
「…なる…ほど?」
まぁいいかと二人で本堂を出、「部屋の準備をしてきます」と、有難い提案をしてくれた。
「墓所は奥です」
言われた通り奥に向かう。
立派な墓所だ。
気付かなかったな、こちらからも水源が見えるのか。
ひとつの墓石の前で立つ。
見覚えがある戒名と、真言宗とは違う戒名が二つ足された石。
自分の家族とみよとその父だろう。そうか、そうしたのか。
しゃがみ込み合掌をする。
貴方達には、本当に世話になった。
「打ち込み式ですか」
般若心経を読もうかと思った瞬間、あの、聞き馴染みのあった声がする。
あぁ…ついに…。
生きていた。
……生きていた。
と思った瞬間にはカシャッと音がし、見れば尼さん、翡翠がル・フォショウを左手で持ち「これ、実用性に欠けますよ」と方目を閉じ、獲物を狙う仕草。
「おまっ、」
あっさりこちらにポンと返してきたが、なんて野郎だこいつ、全く変わってねぇなと拳銃囊に素早くしまう。
こんなもの物騒で仕方ないわ、と見ようとしたが、そんなことをしなくとも頬を手で掴み向かされ顔が見える。
その左手は、力無く震えていた。
「トキさん」
…法衣に隠れているが、右肩がぶらんとしているのがわかる。
撫で触れる元従者の顔自体は…頭巾で分かりにくいがやはり童顔、それほど変わらない見た目なのに年数を感じるのは、纏う雰囲気かもしれない。
キラキラした眼光はふと零れ落ちそう…感情豊かに感じた。
「久」
しぶり、とまで言う前に視界がふらっと傾き痛みが走る。
「いっ、」
音がする程ではなかったが、どうやら頬をそのまま叩かれたらしい。
「こんの、放蕩者ぉ!」
しかし、怒鳴っているわけでもなく。
少し呆然としてしまったが、口を吐いたのは「翡翠か、」でしかなく。
「あいそーですよっ!」
腰が抜けたかもしれないと思ったが、普通に体勢は戻りだただ見返すばかり。
やはり歳か、翡翠は先程よりも感情露わ…少し泣きそうな表現でこちらを見つつも笑い、「全く、」と吐く。
「っふ、ははは……、」
あぁ、そうだ。こういう奴だったわ…。
泣きそうなのは俺かもしれない、こちらは確実に歳だ。
「土方さんと見間違えそうやったわっ……」
「…それこっち来てすげー言われんだけどなんでなんっ、」
服装と背丈だろうと佐藤に言われて思ったけれども。洋装は確かに珍しいか。多分あいつは洋装で戦ったんだろう。
そんなに曖昧なのか?記憶は。ピンと来ない。
翡翠はわざわざ頭巾を取り、すっと右肩上の…よく死ななかったものだ、左手で、首筋あたりまである傷を隠すように覆う。
そうして目を逸らし「私は合掌が出来まへんので」と、まるで頼むかのように言ってくる。
…そうだった。
合掌をし、昔のように般若心経を唱えた。
「聞いていいかわからないが…」
「…ここで聞かせたくないんですよ。
まぁ、私の話は部屋でしましょ。あまり誇れる話やないんで」
そうか。
墓を背にすると、翡翠は外した頭巾を直した。
「みよは、尼さんなる前にこの世を去ったようでしてな…つまり、遺品です」
「……あぁ、」
そうだったのか
外套の端をちょんと掴み先を歩き、境内の方へ誘う。
剃髪をしない所以は傷にありそうだ、それなら尼さんという概念も当てはまる。
頭巾は女性の髪を現す。色々相まって確かに、都合が良いのだろう。
…日本由来では浮きまくって目立つけどまぁ、似合ってるよ。凄くね。らしい。
「覚えていらっしゃいましたか」
悲しみとも…笑いともわからぬ声。
「あぁ」
…忘れられるわけもなかろう。
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