Get So Hell? 3rd.

二色燕𠀋

文字の大きさ
上 下
121 / 129
Get So Hell?

後編4

しおりを挟む
「…藤島様ですか!?」

 ミツが驚く。
 佐藤も一息吐いて「…なるほど」と言った。
 改名した説、ここに来て立証。

 版籍奉還の際、皆正式に名字を付けることになった。
 昔と名前が違うのは当たり前だが、身分を隠すために使われた“変名”をそのまま正式に籍としている者も多い。
 改名、でなく変名という概念は恐らく、身分を隠す意味合いがあったのだろうと予想が付く。そういう人物は何かしら維新に関わっていた可能性が大だ。

 佐藤や翡翠くらいの微妙な違いだと、改名か変名かは微妙であるが…。

「…あんたの従者だったんだな。
 はは、あの刀もよく磨いてたよな?」
「…そうだったようですね…」
「最期ばかりは、まぁ…」
「そう、松本まつもと良順りょうじゅん先生という、幕府の先生が診てくれて…。
 弟の総司は…最期はそこの庭で倒れていたと聞き及んでいます。その刀と…黒猫と共に」

 どうやら…刀は置けたんだな、沖田総司。

 自分の認識では、そうだな…会話中「このガキ一回ぶっ飛ばしてやろうかな」と思うくらいに剽軽な男だったが…今思えば多分あれはあれで、相当気を遣っていたのかもしれない。

「…翡翠は甲州勝沼まで、総司に付いてくれていたんだ。
 けど、総司はすぐに引き返すことになってな。翡翠本人も迷っていたが、それどころでもなくなっちまった」
「…そう…ですか、」

 苦しかっただろうな…と、夢の景色が浮かぶ。夢でしかないから、結局本人を見た訳ではないけれど。

「…戦が終わって、勇さんの知らせをと、こっちに走ろうか迷っていたようだが…トシも、お宅の従者は若かったし、気遣っていた。けど、あっちはあっちで気遣ってくれたんだろう、俺が帰還することになった。
 こっちに帰ってくればすぐ総司に会えるかと思ったが…結局会えないままだった」

 ということはもしかして…。

「…沖田くんは、つまり、」

 佐藤もミツも黙ってしまった。
 つまり、あの近藤の死すらも知らないまま…なのか?
 
「………」

 何も、言えるわけがない。
 今自分が抱いた感情を話すのも憚られる。わかるわけがない、この人たちの痛みなど。

「刀はもう、要らないよな。あんたの従者に伝えてやりたいと思ったもんだよ」

 今こうして聞かされているということはきっと…翡翠はこの事実を知らないのだろう…。

 佐藤の兵が甲州勝沼で降りたのなら、恐らく互いが知ることに差異はないのだが…話せるとしたら京での話や…北海道で知り得た話くらいだろうと、朱鷺貴は漸く、遺族の元に来たと実感した。

「ま、一晩ある。じっくり話そうや」

 感情のやり場など、もうどこにもなかったとしても…尚更、ならば話すべきだ。
 どんな話でもいい。きっと、本人たちは自分たちの知らない故人のことが聞きたいだろう。

 どこか重い空気はありつつも、取り持つことは出来る。
 昔の話やあれからの話、互いに知らないことを話し合った。

「……とは言っても、土方さんなんかとは街で顔を合わせる度に喧嘩したもんでしたよ」
「ははっ、あいつは昔から、根っからの喧嘩屋だったからなぁ。京では嫌われてたって聞いたよ、他の兵士から。
 なんせ未だにもう、批判の手紙が来るわ来るわで…」

 死んでしまっては感情の矛先など過去にしか向かないのだから。
 それならば数はあった方がいい。空だなんて、ただただ見上げて終わってしまうのだと充分看取ってきた。

 久しぶりに坊主に戻ったような気分だった。
 しかしそういえば大体は、遺族から聞くものだったよな。まさか自分が故人の話をすることになろうとは。

 坊主であれば出来なかった。
 あれからやはり、自分にも変化が大いにあったようだ、ここ8年で初めて実感した。

「“宮”ってのは確か、剥奪されたって聞いたよ。朝敵になったからって」
「…なるほど…」

 そう説明したのか。あの状況下じゃどうとも言い難いが。

「腐った野郎が多い中、怖いほど真っ直ぐで…良い奴だったなぁ」
「確かに」

 随分語った。
 朝、出ようとする際、佐藤が「そういえば」と思い出したように言った。

「あんたら江戸ではなんだ、千葉道場にいたんだよな?」

 すぐに「あぁ、」と答えられるくらいには、過去に浸っていた。

「あいつが、ですけどね」
「あ、そうか、あんた坊さんだったっけか」
「はい。
 まぁ、互いにえっと…寺に世話になってました」
「…これから、懐古巡業かなんかかい?」

 …懐古巡業、か。

「今生の、だと思うからひとつ聞いていいか、坊さん」

 …久しぶりに呼ばれたなぁ。

「…俺たちは生き残ってよかったのかねぇ…」

 空を見てそう言った後、「なんてな」と、佐藤と共に門を出れば去り際、「早足ですぐ去りな。まだ誰も見てない。このまま真っ直ぐ」と残し、手も降らず振り向きもしない、まるで知らん顔で昨日来た道を歩いて行く。

 …あの頃は、ただ信じて、お上さんに仕えていたはずなのに。
 どうやら兄と慕った遺族は、誇らしく思っているらしいぞ、土方歳三。

 いっそ…。

 本当は、振り向いて一礼くらいはしたかった、右手左手と合わせて。しかし、自分も坊主では無いし彼も、志士ではないのだ、今は。

 諸行無常。形がないという形の実態だ。どうしてそうなったのか、それは移ろい行くものだから。

 佐藤の背に思う、いっそのこと敵意のまま…受け入れられない、許されない方がマシだったかもな、なんて。
 自分の師は、こんな気持ちだったのだろうか。

 やはり軽く手を合わせ、言われた通り急ぎ足で屋敷を後にする。
 …生き急ぐことも、ないけれど。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Get So Hell?

二色燕𠀋
歴史・時代
なんちゃって幕末 純粋 人生 巡業中♪

Get So Hell? 2nd!

二色燕𠀋
歴史・時代
なんちゃって幕末。 For full sound hope,Oh so sad sound. ※前編 Get So Hell? ※過去編 月影之鳥

月影之鳥

二色燕𠀋
歴史・時代
Get So Hell? 過去編 全4編 「メクる」「小説家になろう」掲載。

大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜

雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。 そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。 これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。 主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美 ※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。 ※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。 ※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。

陣代『諏訪勝頼』――御旗盾無、御照覧あれ!――

黒鯛の刺身♪
歴史・時代
戦国の巨獣と恐れられた『武田信玄』の実質的後継者である『諏訪勝頼』。  一般には武田勝頼と記されることが多い。  ……が、しかし、彼は正統な後継者ではなかった。  信玄の遺言に寄れば、正式な後継者は信玄の孫とあった。  つまり勝頼の子である信勝が後継者であり、勝頼は陣代。  一介の後見人の立場でしかない。  織田信長や徳川家康ら稀代の英雄たちと戦うのに、正式な当主と成れず、一介の後見人として戦わねばならなかった諏訪勝頼。  ……これは、そんな悲運の名将のお話である。 【画像引用】……諏訪勝頼・高野山持明院蔵 【注意】……武田贔屓のお話です。  所説あります。  あくまでも一つのお話としてお楽しみください。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

白い鴉の啼く夜に

二色燕𠀋
現代文学
紫陽花 高校生たちの話 ※本編とはあまり接点がないです。 「メクる」「小説家になろう」掲載。

処理中です...