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Get So Hell?
前編6
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朱鷺貴に与えられた令は、奥羽越列藩同盟の加担国と、東京府の様子を報告することだ。
根本は、暴挙の末に薩摩から左遷された黒田が、一度は北海道を制し逆賊となった榎本を使うという見せ方にあるだろう。
幕府軍は「幼君(明治天皇)の君側の奸である薩賊(薩摩藩)を排除する」という大義名分を掲げ戦っていた。
それらの背景があっては、結果として幕府軍が政府に投降したとしても、薩摩の黒田と榎本の蟠りを体裁上簡単には解くことは出来ない。なんせ、矛盾している。
世論も含めた報告がなければ、北海道開拓の進みが悪くなってしまうというのも自然な考えだ。
一見重役のようだが、この件を逆手に取り“長州派が市民権を得る”という意図も見え隠れしていると朱鷺貴は感じている。
だからこそ、黒田と同じ薩摩の西郷隆盛が出てきたのだろう、何者でもない朱鷺貴の辞令は恐らく具合が良かったに違いない。
…自分からその道を拓いたけれども、正直、そんなに影響を与えるとは思えない。なんせ土地調査の法案自体は長州派でも薩摩派でもなく、土佐派を中心とした案だ。
当時の…高杉や久坂、坂本の意思。
各々思い描いていた「新しい風」の向きがそれぞれ違っていたのも今更である。
抑え込む、忘れる、は心に於いて…自分にとっては簡単なこと。
新しく物を覚えては忘れ、流す。
この巡りを早く感じていたのだが、実際に本土に足を運び目にすれば、やはりお偉いさん同士の煽りなど全く感じ得ない。
法を使う庶民には関係がなくただの裏事情、バカらしい話でしかない。
しかし例の会津・若松のあたりで、自分の甘ったれた誤魔化し体質を痛感させられた。
まだまだ、戦争の跡ばかりが目に付く。
しかし、県民自体には長閑な空気が漂っているという、不思議な感覚。
政府が徳川幕府を潰し今がある訳だが、朱鷺貴が北海道に赴いた頃には既に「侍とは何か」という意思は微塵もなくなってしまったような…旧幕府体制と何が違うのかと思いながら過ごしていたのだ。
足先から…容赦なく湿り広がって染みてくる感覚。
これが、乖離。
“もしかして”を知りたいとも思っていた。
百聞は一見にしかず。これは巡業時代に経験したこと。
どんな立場になっても感性が変わらないのなら、それが自分の理、いや、恐らく性分なのだろう。
「よくは知らんよ」
と冷たい態度を取られたが、それでも一目見たかった「白虎隊」の石碑。
会津戦争は、特に甚大な被害が出たと聞いている。
朱雀、玄武、青龍、白虎。白虎が一番若い隊だったらしい。
彼らは、出陣を心待ちにしていた。しかし、出る幕もなく城下町が落ちたと知り、皆で自刃した。そこには年端もいかない子供までいたようだ。
…いざ目の前にすると去りたい、痛ましさに息が止まりそう。
それが“武士道”というやつだったのかと思うと、言葉も出ない。
そんなものは役に立ったのだろうか…。
道徳、倫理。それすら捨てる考えだなんて、出来たことがない。
そもそも自分の性質上、始めから坊主に向いていなかったのだと自覚しても、変わることなど何も無い。こんな自戒すらも、ただの利己で意味すら持たない。
……北海道で、幕府軍の名簿を見た。
藤島ヒスイ、の名があった。しかし所属部隊は空欄…改名し、いない者となったのだろう。
彼が戦争にいたのは間違いない。彼は、どんな思いで……。
…これは仕事、業務。中立な立場で見なければならない。
何事も綺麗事。ここに来るなんて不謹慎だ、今の自分は。
あの頃はただただ、自分の責務…いや、そんなものなどないと知っていた。
ただただ、自分がわからなくなっていたのかもしれない。
見えない何かに向かってただただ呪文を唱え続け、百聞にも満たないことを長く続け高説を垂れ続けていた己の神経の方がどうかしていたのだろう、それを時代のせいにする気はない、その時代のお陰で今があるから。
それが、中立というもの。
見えない、見ないまま犠牲を止めることが出来なかった。坊主はただ“見守る”のみを許される存在だったからと……。
笑えないな。
悪いな、少年たちよ。こんな愚痴など聞きたくもないはずだ。
さて、こんな面でも誰かの…意志を見ることが出来た気がするなと、頭を切替える。
東京府まで、あと少し。
結局一見では、百も言霊を持ち合わせていないと知る。
生き残ることは、悪いことなのだろうか。
本当は平らな物事など、この世に存在しない…。
東京府に着くまでには期限が儲けられている。それこそ正三日限の勢い。しかし、戦争の名残もあり奥州街道の警備は厳しかった。
上官の計らいもあり比較的に早く進めたが「奥州で馬を使うな」という指示があった意味を分岐点、日光で漸く知ることとなった。
根本は、暴挙の末に薩摩から左遷された黒田が、一度は北海道を制し逆賊となった榎本を使うという見せ方にあるだろう。
幕府軍は「幼君(明治天皇)の君側の奸である薩賊(薩摩藩)を排除する」という大義名分を掲げ戦っていた。
それらの背景があっては、結果として幕府軍が政府に投降したとしても、薩摩の黒田と榎本の蟠りを体裁上簡単には解くことは出来ない。なんせ、矛盾している。
世論も含めた報告がなければ、北海道開拓の進みが悪くなってしまうというのも自然な考えだ。
一見重役のようだが、この件を逆手に取り“長州派が市民権を得る”という意図も見え隠れしていると朱鷺貴は感じている。
だからこそ、黒田と同じ薩摩の西郷隆盛が出てきたのだろう、何者でもない朱鷺貴の辞令は恐らく具合が良かったに違いない。
…自分からその道を拓いたけれども、正直、そんなに影響を与えるとは思えない。なんせ土地調査の法案自体は長州派でも薩摩派でもなく、土佐派を中心とした案だ。
当時の…高杉や久坂、坂本の意思。
各々思い描いていた「新しい風」の向きがそれぞれ違っていたのも今更である。
抑え込む、忘れる、は心に於いて…自分にとっては簡単なこと。
新しく物を覚えては忘れ、流す。
この巡りを早く感じていたのだが、実際に本土に足を運び目にすれば、やはりお偉いさん同士の煽りなど全く感じ得ない。
法を使う庶民には関係がなくただの裏事情、バカらしい話でしかない。
しかし例の会津・若松のあたりで、自分の甘ったれた誤魔化し体質を痛感させられた。
まだまだ、戦争の跡ばかりが目に付く。
しかし、県民自体には長閑な空気が漂っているという、不思議な感覚。
政府が徳川幕府を潰し今がある訳だが、朱鷺貴が北海道に赴いた頃には既に「侍とは何か」という意思は微塵もなくなってしまったような…旧幕府体制と何が違うのかと思いながら過ごしていたのだ。
足先から…容赦なく湿り広がって染みてくる感覚。
これが、乖離。
“もしかして”を知りたいとも思っていた。
百聞は一見にしかず。これは巡業時代に経験したこと。
どんな立場になっても感性が変わらないのなら、それが自分の理、いや、恐らく性分なのだろう。
「よくは知らんよ」
と冷たい態度を取られたが、それでも一目見たかった「白虎隊」の石碑。
会津戦争は、特に甚大な被害が出たと聞いている。
朱雀、玄武、青龍、白虎。白虎が一番若い隊だったらしい。
彼らは、出陣を心待ちにしていた。しかし、出る幕もなく城下町が落ちたと知り、皆で自刃した。そこには年端もいかない子供までいたようだ。
…いざ目の前にすると去りたい、痛ましさに息が止まりそう。
それが“武士道”というやつだったのかと思うと、言葉も出ない。
そんなものは役に立ったのだろうか…。
道徳、倫理。それすら捨てる考えだなんて、出来たことがない。
そもそも自分の性質上、始めから坊主に向いていなかったのだと自覚しても、変わることなど何も無い。こんな自戒すらも、ただの利己で意味すら持たない。
……北海道で、幕府軍の名簿を見た。
藤島ヒスイ、の名があった。しかし所属部隊は空欄…改名し、いない者となったのだろう。
彼が戦争にいたのは間違いない。彼は、どんな思いで……。
…これは仕事、業務。中立な立場で見なければならない。
何事も綺麗事。ここに来るなんて不謹慎だ、今の自分は。
あの頃はただただ、自分の責務…いや、そんなものなどないと知っていた。
ただただ、自分がわからなくなっていたのかもしれない。
見えない何かに向かってただただ呪文を唱え続け、百聞にも満たないことを長く続け高説を垂れ続けていた己の神経の方がどうかしていたのだろう、それを時代のせいにする気はない、その時代のお陰で今があるから。
それが、中立というもの。
見えない、見ないまま犠牲を止めることが出来なかった。坊主はただ“見守る”のみを許される存在だったからと……。
笑えないな。
悪いな、少年たちよ。こんな愚痴など聞きたくもないはずだ。
さて、こんな面でも誰かの…意志を見ることが出来た気がするなと、頭を切替える。
東京府まで、あと少し。
結局一見では、百も言霊を持ち合わせていないと知る。
生き残ることは、悪いことなのだろうか。
本当は平らな物事など、この世に存在しない…。
東京府に着くまでには期限が儲けられている。それこそ正三日限の勢い。しかし、戦争の名残もあり奥州街道の警備は厳しかった。
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