Get So Hell? 3rd.

二色燕𠀋

文字の大きさ
上 下
114 / 129
Get So Hell?

前編5

しおりを挟む
 …右耳に触れていることに気付く。

 寒くて感覚が麻痺している。
 船の影響か山の影響か。痛いのかなんなのかわからない。
 手で温もってきた、うぉお、じんじんする。熱い時は耳に触れるものだがなるほど、耳はそもそも一番冷たいんだっけか、雪に馴染んだ感触を思い出す。

 北海道での初日、その地を焼け跡だと思った。京の大火事のような見栄えだったからだ。

 …去ったからか、わりと疲れていたんだなと気付く余裕が出来たかもしれない。
 京を去ってからの日々…思い出せることもあるが、嫌な事が圧倒的に多い……のかもしれない、それすらイマイチわからない。

 茶坊主はすぐに綿入れと新しい作務衣を持ってくる。
 …多分、遠回しに警戒している。拳銃のせいもあるだろう。
 寺側は役人の持ち物を預かる訳にもいかないし、だからといって、これは武器だ。言うことも躊躇われるのだろうし。

 ちらちら眺める茶坊主を前に、気に止めない態度を試みあっさりと綿入れを借りる。
 外套よりも軽いし、やはり馴染みがある。

「……洋装ってぇ、こりゃぁ、どやって洗うんです?そんの薄い肌着?は洗えそうですが…」
「あ、あー…羊毛ってもんらしいが」

 獣の毛らしい、等と言ってはいけないような気がする。

「まぁ…川は近くにあったよね」
「え、え!そげなこと、お役人様にさせられま」
「あ、こう見えて昔は坊主をやってたから」

 坊主時代もあんまり坊主と思われてなかったけどね。

「え、そーなんですかぁ?」
「そーなんです。
 まぁ、気にしないで欲しい。自分の物だから自分でやるよ」
「しっかしぃ、この辺の川ばシバれますよ」

 うーん、と首を傾げながら、茶坊主は「まずぁ、朝餉の用意しますねぇ」と下がった。

 …まぁ、どこも「来るもの拒まず去るもの追わず」だったなと、少し懐かしさも感じるのだが。

 朝飯を済ませ川へ行くと、小姓たちはちらほらと、洗濯の準備をしている。

 坊主時代、それこそ下っ端で洗濯なんかをしていた頃。ついでに魚を手掴みしこっそり台所を使っていた。

 それがそうだ…あの従者が兎を捌いて持ち込んだ時、自分はそれを叱る立場にいたな。
 川でよく、水浴びもしていたよなぁ、あいつ。
 懐かしい。

「………」

 桶に水を組もうとしたが、しゃがんだだけで水の冷たさがわかる。

 側で泳ぐ魚が鮮明に見える。とても綺麗な川だ。

 意識せず自然と木の枝を探している自分に気付く。あぁそうか、暫く野宿もあったから、当たり前に魚を狩るという感覚が身に付いてしまっている。

 京も冬は寒いが、流石にここまでではなかった。雪だって、これ程重く残らない。
 それを何年も見ることになったのだが、舞う姿は綺麗なのもので、空気も澄む。しかし積もると面倒臭い。

「………」

 桶に水を入れる。ここに手を突っ込むのは確かに躊躇われるなと、やり場なく魚を枝に刺してみる。

 はぁーと息を吐く。まだ白いんだなと、思い付きよりも、反射的に。桶の水を頭から被ってみた。どうしてそういう衝動に駆られたかは不明である。
 少しスッキリ…いや、寒いなこれは。寒いというか痛いな…。

 思った瞬間には「お役人様っ!」と、小姓が寄ってきてしまった。
 多分、気がどうかしていると思われた。いけないいけない。

 小姓は、濡れた朱鷺貴と側にある魚や洗濯物を眺め「まずぁ…」と俯く。

「朝餉の薪、まだぁ、ありますんで…湯、沸かしますね…」

 少し不躾だったなと、「さっき漁師に貰った。夕飯に魚でも食ってくれ…」と魚を渡し、それから有難く湯浴みをした。

 昔は早湯だったもんだが、寒い地に滞在していたせいか、最近はめっきり長湯になった。

 丁度良い頃合かなと、思ったより早く冷めてきた湯を桶に汲み、川へは戻らず洗濯を始めた。
 一人が始めれば、他の者も使いやすいだろう。現に、湯を使う者も現れた。

 久しぶりだったからだろうか、洗っているうちに下地の襟の折り返しが消えた。

「…うーん」

 まぁ、別にいいか。折り曲げて干すんだろうか…。
 袖元のボタンが消えている。まぁ、これは別にいい。
 というか正直邪魔だったから丁度いい。全部取りたいくらいだ。

 始めは遠慮がちだった小姓たちが、「手際ぁいーんですね…」と、気付けば皆集まっている。

「お役人さんば、元はどん辺のお寺にいたんですか?」
「………今は無いけど、ここから遠いよ。西の方」
「へぇ、」
「雪もこれほど降らなかった。結構、綺麗だよな」
わたすんらには、やんなるほどですよ。そんじゃぁ、蝦夷なんてぇ、苦労しましたねぇ」
「確かに驚いた。雪がな、灰だか…桜かもわからなかったんだよ」

 そうですかぁ。と会話は終わる。
 雪掻きを手伝い、一宿一飯の礼とし核心は互いに触れないまま、寺を去ることにする。

「貴殿の旅路に幸あらんことを」

 お守りを貰った、懐かしいものだ。
 多分、これくらいの距離感がいいのだと感じる。

 やはり政府とその他での乖離があるようだが、多分この地はまだマシな方だろう。
 寺院は、財政案により少し逼迫し始めている。

 東京府まではまだ遠く。

 その地がまだ「武蔵むさし」と呼ばれていた頃。半年程は滞在していた。
 あの頃、世話になった寺と同じ名前の寺が燃える事件があった。
 そんな日常に身を置きその殺伐を感じながらも、どこか遠くのことのように感じていた当時。

 その、燃えた方の寺は当時外交に使われていた。
 今は再建されまた外交に使われていると聞く。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Get So Hell?

二色燕𠀋
歴史・時代
なんちゃって幕末 純粋 人生 巡業中♪

Get So Hell? 2nd!

二色燕𠀋
歴史・時代
なんちゃって幕末。 For full sound hope,Oh so sad sound. ※前編 Get So Hell? ※過去編 月影之鳥

月影之鳥

二色燕𠀋
歴史・時代
Get So Hell? 過去編 全4編 「メクる」「小説家になろう」掲載。

大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜

雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。 そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。 これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。 主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美 ※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。 ※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。 ※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。

陣代『諏訪勝頼』――御旗盾無、御照覧あれ!――

黒鯛の刺身♪
歴史・時代
戦国の巨獣と恐れられた『武田信玄』の実質的後継者である『諏訪勝頼』。  一般には武田勝頼と記されることが多い。  ……が、しかし、彼は正統な後継者ではなかった。  信玄の遺言に寄れば、正式な後継者は信玄の孫とあった。  つまり勝頼の子である信勝が後継者であり、勝頼は陣代。  一介の後見人の立場でしかない。  織田信長や徳川家康ら稀代の英雄たちと戦うのに、正式な当主と成れず、一介の後見人として戦わねばならなかった諏訪勝頼。  ……これは、そんな悲運の名将のお話である。 【画像引用】……諏訪勝頼・高野山持明院蔵 【注意】……武田贔屓のお話です。  所説あります。  あくまでも一つのお話としてお楽しみください。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

白い鴉の啼く夜に

二色燕𠀋
現代文学
紫陽花 高校生たちの話 ※本編とはあまり接点がないです。 「メクる」「小説家になろう」掲載。

処理中です...