Get So Hell? 3rd.

二色燕𠀋

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飛車

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 …考えれば藤嶋もまるで幽霊のようにふらっと現れ事を起こし帰って行った。暫く寺に置いた時は至極静かに過ごしていたくせに、不思議だったんだよな。

「この辺塩まみれになるから皆少し退いて下さいね!」
「ヤダなんか卑猥や…」

 1人言った…多分20代くらいの元気そうな男娼に「毎夜毎夜出てきますよなんかが!!冗談抜きで!」と言ってみた。

「悪霊は退散ですよ!!ホンマに!まぁあんたらなんか強そうだけど生気が!あの変た…店主すらもあの世から寄り付けなさそうだけどね!」

 若干ふざけ始めた若い雰囲気に、俺、ホンマに一回足元からなんか女が這って来たことあるんだからね!淫夢ならまだ良かったのに!全く不能になったかんな!と心に留める。多分あれは路地裏で見かけた夜鷹よだかか何かだった…。
 とは、言わずにおいた。

「料理長がこれだけやって…全部は使わんといてね…」

 少しして、中くらいの壺を持った翡翠の後ろから、池田屋の際に世話になった難いの良い男が酒樽を持って現れる。

 うーん、衣服に酒はダメだし、まぁ香ならいくらでもあるかと「誰か香も」と命じれば皆がわらわらと部屋から出て行く。

 翡翠と青鵐と料理長のみになった部屋で「まぁ、軽くしか出来ないけど」と再び経緯を話しておく。

「ははっ!大丈夫だあいつにゃ徳がない!」

 色々と物を分け魂抜き(仮)と、それぞれが線香を炊く時だけは鎮まり返ったが、一通り皆御神酒…いや、酒盛りをした。

 翡翠が、やはりふざけて三味線に般若心経を乗せていた。
 それ以外は恐らく、遊郭ならそれなりに金を使うような盛り上がり。なんせ、実質貸切だ。
 皆が総出で来て少し狭いかなというくらいの、広いけど軽く感じる部屋。

 当たり前だ、その箪笥にはもう、実は何も入ってないし、茶器も翡翠が持って帰ることになった。あとは、囲炉裏だけ。

  風呂には、残った塩を少々と酒も混ぜることを指示する。
 儀式が終われば「どうにも、本当に居なくなったみたいやね」と誰かが呟き、彼らはそれぞれ部屋に戻って行った。

 最後に風呂を借りたところで翡翠が口にした。

「暫くは、恐らく屯所に通いますわ」
「…うん」
「三日ほどはいらっしゃるでしょう?あの寺に」

 朱鷺貴はまた「うん」と呟くように返事をするのみ。
 清々しいのか、本当にぼんやりしていたのかはわからない、なんせ酒風呂だ。

 泊まることを勧められたが翡翠の反応を見て、用事も済んだなと、二人で寺に帰ることを選択した。

 夜、翡翠には見慣れたはずのこの背中がどうにも小さく…というか、寂しそうな、なんだか不思議な感覚に陥った。
 いつも通りにキュッと着物を握る。いつも通り特に反応もしない朱鷺貴の体温が少し高く感じたが…心地は好い、やけに早く眠りにつく。

 珍しく深い眠りだったらしい。
 朝には朱鷺貴の背がなく、慌てて墓地を覗きに行けばいつも通り墓石を磨き、「おはよう」と普通に言う朱鷺貴。
 なんだか変な感覚だ、ただ、朱鷺貴より遅く起きただけなのに。

「おはようございます。お茶、部屋に置いときますね、すまへん」
「ん?」

 朱鷺貴は一度振り向いたが、また墓石を磨き始め「あぁ、ありがと。用意しときゃ良かったな」なんていじらしい。

「それより…」

 そう言われ、「あ!はい!」と急いで茶を用意してから、最近の習慣、屯所に向かう。

 恐らく、朱鷺貴はそれでやること全てに終止符を打ったのだと翡翠が気付いたのは、帰りの夕方近く。
 まるで花畑の様な見栄えの墓石たちを目にした時だった。

 入れば全てに花が添えられていて、両端に盛り塩があった、まだ奥は新しく見える。
 けして広くはない寺。だけど人の気を全く感じなくて。

 台所には朝の茶器が洗って置いてあった。
 部屋に行けば朱鷺貴の法衣と、何も感じない仏壇、文机…。

 あぁ、そうか。

 ついに朱鷺貴はここから飛び去って行ったのだ。ただ、そう理解した。

 まだ、錫杖刀は守刀になっていなかったんだけどな。

 朱鷺貴のご両親、こちらももう整理が済んでいるのか…いや、ただ置いて行ったのかもしれない。

 しかしそんなことはどうでもよく、線香に火を灯す。
 朱鷺貴にとってはもしかすると、置き去りにしたかったのかもしれないけれどと手を合わせ、次に自分の、本当は誰もいない墓に手を合わせに行く。

 部屋に残った空っぽの仏壇。
 ただ一つ残っていたのは、幹斎が掘った…あの時朱鷺貴が与えてくれた、とある家族の戒名入りの位牌と般若心経。

 …そうだね、トキさん。確かに、そうだ。

 無の境地への教え。ただ一言だけ浮かんだ言葉は「狡いなぁ…」だけど、喉に流れ込む生命の塩っぽさにそれは言葉として口から出ていかなかった。

 翡翠は再び、今帰ってきた道を戻る。

 最近そういえば忘れていた。妙に心地好くて滑りがよく…そう、噛み合わせが良くなっただけだった。

 いつか鳥は飛び立つものだったなと、夕暮れの空に感じる。そう、捕らわれすぎてはいざという時に…だなんて。夕陽が目に滲む。

 沢山の人の顔が浮かぶ、空を見ているせいかな、浮かぶのは死者ばかりだ。

 生きていくには死ぬほどに困難なことばかりなんだけれど、どうやら確かに自分は地に足を付けているらしいです。
 …もう遅いかな。足が重く感じます。

 さよなら、さようならって…まだ聴こえないよねと、翡翠は心の中で小さく呟く。

 それはきっと、魂の音で。
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