Get So Hell? 3rd.

二色燕𠀋

文字の大きさ
上 下
108 / 129
飛車

7

しおりを挟む
 …考えれば藤嶋もまるで幽霊のようにふらっと現れ事を起こし帰って行った。暫く寺に置いた時は至極静かに過ごしていたくせに、不思議だったんだよな。

「この辺塩まみれになるから皆少し退いて下さいね!」
「ヤダなんか卑猥や…」

 1人言った…多分20代くらいの元気そうな男娼に「毎夜毎夜出てきますよなんかが!!冗談抜きで!」と言ってみた。

「悪霊は退散ですよ!!ホンマに!まぁあんたらなんか強そうだけど生気が!あの変た…店主すらもあの世から寄り付けなさそうだけどね!」

 若干ふざけ始めた若い雰囲気に、俺、ホンマに一回足元からなんか女が這って来たことあるんだからね!淫夢ならまだ良かったのに!全く不能になったかんな!と心に留める。多分あれは路地裏で見かけた夜鷹よだかか何かだった…。
 とは、言わずにおいた。

「料理長がこれだけやって…全部は使わんといてね…」

 少しして、中くらいの壺を持った翡翠の後ろから、池田屋の際に世話になった難いの良い男が酒樽を持って現れる。

 うーん、衣服に酒はダメだし、まぁ香ならいくらでもあるかと「誰か香も」と命じれば皆がわらわらと部屋から出て行く。

 翡翠と青鵐と料理長のみになった部屋で「まぁ、軽くしか出来ないけど」と再び経緯を話しておく。

「ははっ!大丈夫だあいつにゃ徳がない!」

 色々と物を分け魂抜き(仮)と、それぞれが線香を炊く時だけは鎮まり返ったが、一通り皆御神酒…いや、酒盛りをした。

 翡翠が、やはりふざけて三味線に般若心経を乗せていた。
 それ以外は恐らく、遊郭ならそれなりに金を使うような盛り上がり。なんせ、実質貸切だ。
 皆が総出で来て少し狭いかなというくらいの、広いけど軽く感じる部屋。

 当たり前だ、その箪笥にはもう、実は何も入ってないし、茶器も翡翠が持って帰ることになった。あとは、囲炉裏だけ。

  風呂には、残った塩を少々と酒も混ぜることを指示する。
 儀式が終われば「どうにも、本当に居なくなったみたいやね」と誰かが呟き、彼らはそれぞれ部屋に戻って行った。

 最後に風呂を借りたところで翡翠が口にした。

「暫くは、恐らく屯所に通いますわ」
「…うん」
「三日ほどはいらっしゃるでしょう?あの寺に」

 朱鷺貴はまた「うん」と呟くように返事をするのみ。
 清々しいのか、本当にぼんやりしていたのかはわからない、なんせ酒風呂だ。

 泊まることを勧められたが翡翠の反応を見て、用事も済んだなと、二人で寺に帰ることを選択した。

 夜、翡翠には見慣れたはずのこの背中がどうにも小さく…というか、寂しそうな、なんだか不思議な感覚に陥った。
 いつも通りにキュッと着物を握る。いつも通り特に反応もしない朱鷺貴の体温が少し高く感じたが…心地は好い、やけに早く眠りにつく。

 珍しく深い眠りだったらしい。
 朝には朱鷺貴の背がなく、慌てて墓地を覗きに行けばいつも通り墓石を磨き、「おはよう」と普通に言う朱鷺貴。
 なんだか変な感覚だ、ただ、朱鷺貴より遅く起きただけなのに。

「おはようございます。お茶、部屋に置いときますね、すまへん」
「ん?」

 朱鷺貴は一度振り向いたが、また墓石を磨き始め「あぁ、ありがと。用意しときゃ良かったな」なんていじらしい。

「それより…」

 そう言われ、「あ!はい!」と急いで茶を用意してから、最近の習慣、屯所に向かう。

 恐らく、朱鷺貴はそれでやること全てに終止符を打ったのだと翡翠が気付いたのは、帰りの夕方近く。
 まるで花畑の様な見栄えの墓石たちを目にした時だった。

 入れば全てに花が添えられていて、両端に盛り塩があった、まだ奥は新しく見える。
 けして広くはない寺。だけど人の気を全く感じなくて。

 台所には朝の茶器が洗って置いてあった。
 部屋に行けば朱鷺貴の法衣と、何も感じない仏壇、文机…。

 あぁ、そうか。

 ついに朱鷺貴はここから飛び去って行ったのだ。ただ、そう理解した。

 まだ、錫杖刀は守刀になっていなかったんだけどな。

 朱鷺貴のご両親、こちらももう整理が済んでいるのか…いや、ただ置いて行ったのかもしれない。

 しかしそんなことはどうでもよく、線香に火を灯す。
 朱鷺貴にとってはもしかすると、置き去りにしたかったのかもしれないけれどと手を合わせ、次に自分の、本当は誰もいない墓に手を合わせに行く。

 部屋に残った空っぽの仏壇。
 ただ一つ残っていたのは、幹斎が掘った…あの時朱鷺貴が与えてくれた、とある家族の戒名入りの位牌と般若心経。

 …そうだね、トキさん。確かに、そうだ。

 無の境地への教え。ただ一言だけ浮かんだ言葉は「狡いなぁ…」だけど、喉に流れ込む生命の塩っぽさにそれは言葉として口から出ていかなかった。

 翡翠は再び、今帰ってきた道を戻る。

 最近そういえば忘れていた。妙に心地好くて滑りがよく…そう、噛み合わせが良くなっただけだった。

 いつか鳥は飛び立つものだったなと、夕暮れの空に感じる。そう、捕らわれすぎてはいざという時に…だなんて。夕陽が目に滲む。

 沢山の人の顔が浮かぶ、空を見ているせいかな、浮かぶのは死者ばかりだ。

 生きていくには死ぬほどに困難なことばかりなんだけれど、どうやら確かに自分は地に足を付けているらしいです。
 …もう遅いかな。足が重く感じます。

 さよなら、さようならって…まだ聴こえないよねと、翡翠は心の中で小さく呟く。

 それはきっと、魂の音で。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Get So Hell?

二色燕𠀋
歴史・時代
なんちゃって幕末 純粋 人生 巡業中♪

Get So Hell? 2nd!

二色燕𠀋
歴史・時代
なんちゃって幕末。 For full sound hope,Oh so sad sound. ※前編 Get So Hell? ※過去編 月影之鳥

月影之鳥

二色燕𠀋
歴史・時代
Get So Hell? 過去編 全4編 「メクる」「小説家になろう」掲載。

大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜

雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。 そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。 これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。 主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美 ※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。 ※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。 ※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。

陣代『諏訪勝頼』――御旗盾無、御照覧あれ!――

黒鯛の刺身♪
歴史・時代
戦国の巨獣と恐れられた『武田信玄』の実質的後継者である『諏訪勝頼』。  一般には武田勝頼と記されることが多い。  ……が、しかし、彼は正統な後継者ではなかった。  信玄の遺言に寄れば、正式な後継者は信玄の孫とあった。  つまり勝頼の子である信勝が後継者であり、勝頼は陣代。  一介の後見人の立場でしかない。  織田信長や徳川家康ら稀代の英雄たちと戦うのに、正式な当主と成れず、一介の後見人として戦わねばならなかった諏訪勝頼。  ……これは、そんな悲運の名将のお話である。 【画像引用】……諏訪勝頼・高野山持明院蔵 【注意】……武田贔屓のお話です。  所説あります。  あくまでも一つのお話としてお楽しみください。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

白い鴉の啼く夜に

二色燕𠀋
現代文学
紫陽花 高校生たちの話 ※本編とはあまり接点がないです。 「メクる」「小説家になろう」掲載。

処理中です...