107 / 129
飛車
6
しおりを挟む
すかさず青鵐が「翡翠はここ抜けてから4年は経つから若いモンには謎の人なんや…」と補足してくる。
「ぼーさんは来んかったもんなぁ、女郎より年季短いんよ、本来の男娼はな…」
「あっ、そーなんやね!?」
「せやけどまぁ次、てのもなかなか…てなもんでなぁ、わりとここは長寿がいる方なんよ。わてもやし」
「…気になってたんですけどあんたはつまり、いくつ」
「おっと、そこは遊郭とおんなじやでぼーさん。歳は聞いたらあかんあかん。殺されるわ」
「あ、すませ、」
「ぼーさんは殺せんやろ!」だの「駆け落ちくらいが丁度えーよね!」だの、まるで明るい雰囲気。
うーん、流石飲み屋だ…。
「まぁ、若いモンとは言いつつ翡翠もクソガキくらいやったんやけどねぇ、はは、まぁ兄さん呼びする子ぉらも出てきたんやなーと染み染みするわぁ。来た頃なんてホンマ、はは、ホンマ擦れ切ったクソガキやったんになぁ、目に光もないような」
流石にウチに来た時はギラギラしていたがそうか、この店にいればそうもなりそうだ。
まぁ、翳をチラつかせるようなヤツだった気はする。あれじゃぁ、なかなか接客は向いていなかったのかもしれない。
青鵐が誰でもなく「誰か酒持ってきぃ」と指示をした。
「ん?」
「え?そーゆーこっちゃろ?言いたいことは」
「あ、まぁまぁそうなんやけどその……俺は酒飲めなくて…」
ついつい小声になるが「は!?解禁やないの!?あんさん!」と、江戸っ子のような、上特有のノリのような…。
「あ、いや、ホンマに止めときます。なんか徳というかホンマに人道も仏道も神道もなんもかんも外れそうなんで、ハイ。せやけど今日は一応ご供養には来たんで、ハイ」
「相手は忘八なのに?」だの「そんなん言うて、あんさんめんこいなぁ」だの「酔ったらどないなるん?」だの、慣れては来たがこの空気、大変だ、なかなか体力を使う。
「やめい、やめや」と窘めつつも明らかに面白がっている青鵐に、いやまぁそう、多分仏が望んだからこうもなっているのかなぁ…と、珍しく坊主らしいことを考える。
取り敢えず早く来ないんか翡翠は…と、一度「外見てきますね」と出てみて今更気付く。店の扉には「喪中ノ為、本日臨時休業」と張り紙がしてあった。いつの間に貼ったんだろう。
あんな風には見える場所だが、現実はこうだよな。
部屋に戻る。喪中、姦しい空気にやはり戸惑いつつ。
薬箱を背負い「よいしょっと」と翡翠が現れた瞬間、助かった~!より先に、確かになんとなくだが店そのものの空気が変わったような気がした。
どうやら、翡翠が来ると一瞬張りつめるらしいと、こういう立場で物を見て知る。
ここは翡翠にとって良い場所か悪い場所かも、朱鷺貴にはずっと測りかねていた。だから、骨壷を持って、という窓口を作ったつもりだった。
開け放たれたままの部屋に、まるでいつもそうしていたような様子で入ってくる当の翡翠は、いつも通りで寺にしては派手、しかし茶屋にしては地味な服装だったんだなと、最初より集まってきた従業員を眺めて思った。本当に裏方だったんだな、お前は。
しかし、「わあ、翡翠兄さん!」やら「男らしくなったねぇ」やら、わちゃわちゃと皆に言われている翡翠はそう、化粧で固めた男娼達より遥かに存在感はあった。
意外と面、良かったんだった、そういえば。女顔だけど。
「遅れ遊ばしまして。皆元気そうやね」
朱鷺貴と目が合えば「っはは!皆虐めんといてあげてくださいな!」と笑う、それで空気がまたころりと変わった。
不思議なやつ。今更だけど。だからこそどこも性に合わなかったのかもしれない。
それはある意味、自由で羨ましい。
「あぁ翡翠、今日は酒盛りやで、久々に一曲弾いてや」
「えー、三味線置いて来ちまいましたよ、朱里兄さんのやつ」
「あぁ、あれ、朱里のやったんか」
青鵐がふと朱鷺貴を見、「店主、物捨てれん人やったんよ」と耳打ちした。
「…意外、」
「せやろ。あんたが来る前にチラッとな、箪笥見たらまー出てくる出てくる。
おい皆、忘八のもんは全部持って行きや、お下がりやけどええもんばっかやで!
朱里だけはまぁ…どうやろな、翡翠はいくつか貰ってそうやなあの感じは。
朱里っちゅーのは藤嶋さんのお手付きやったんよ。まさか、残ってるとはわても思わんかった」
「…ええっと…」
「翡翠の前の女っちゅーこっちゃねん。翡翠の…兄貴分でもあったんやけど、まぁま、随分前に労咳でな」
確かにそういえば、いくつか藤嶋から何かを貰っていたな。三味線も最近、寺に坊主が減ってからたまに弾いて…暇な時にふざけて般若心経に乗せていた…。
なんとなく大切なものなんだろうとは思っていた。手入れも随分丁寧にしていたし。そんな経緯があったのか。
物にも魂が宿る。しかしそれは生きている者の感情だ。
あれは魂抜き完了だな、最早。と、ぼんやり考える。
しかし…。
「もしかして、その方だけやなく、皆」
「御明答。ここで死んだヤツらの遺品や」
…それを聞いてしまうと「えー、皆さん皆さん」と言うしかない。
薬箱を置いて「茶あシバいて来ましょか?」と言う翡翠と「いや酒やっちゅーねん」と言う青鵐に「御神酒な御神酒。あと塩を多めに」と朱鷺貴は付け足した。
「遺品整理はいいのですが、そうですねこの人が化けて出るかもしれんので、一回魂抜きをさせてください。それから持って行ってくださいねー」
「ぼーさんは来んかったもんなぁ、女郎より年季短いんよ、本来の男娼はな…」
「あっ、そーなんやね!?」
「せやけどまぁ次、てのもなかなか…てなもんでなぁ、わりとここは長寿がいる方なんよ。わてもやし」
「…気になってたんですけどあんたはつまり、いくつ」
「おっと、そこは遊郭とおんなじやでぼーさん。歳は聞いたらあかんあかん。殺されるわ」
「あ、すませ、」
「ぼーさんは殺せんやろ!」だの「駆け落ちくらいが丁度えーよね!」だの、まるで明るい雰囲気。
うーん、流石飲み屋だ…。
「まぁ、若いモンとは言いつつ翡翠もクソガキくらいやったんやけどねぇ、はは、まぁ兄さん呼びする子ぉらも出てきたんやなーと染み染みするわぁ。来た頃なんてホンマ、はは、ホンマ擦れ切ったクソガキやったんになぁ、目に光もないような」
流石にウチに来た時はギラギラしていたがそうか、この店にいればそうもなりそうだ。
まぁ、翳をチラつかせるようなヤツだった気はする。あれじゃぁ、なかなか接客は向いていなかったのかもしれない。
青鵐が誰でもなく「誰か酒持ってきぃ」と指示をした。
「ん?」
「え?そーゆーこっちゃろ?言いたいことは」
「あ、まぁまぁそうなんやけどその……俺は酒飲めなくて…」
ついつい小声になるが「は!?解禁やないの!?あんさん!」と、江戸っ子のような、上特有のノリのような…。
「あ、いや、ホンマに止めときます。なんか徳というかホンマに人道も仏道も神道もなんもかんも外れそうなんで、ハイ。せやけど今日は一応ご供養には来たんで、ハイ」
「相手は忘八なのに?」だの「そんなん言うて、あんさんめんこいなぁ」だの「酔ったらどないなるん?」だの、慣れては来たがこの空気、大変だ、なかなか体力を使う。
「やめい、やめや」と窘めつつも明らかに面白がっている青鵐に、いやまぁそう、多分仏が望んだからこうもなっているのかなぁ…と、珍しく坊主らしいことを考える。
取り敢えず早く来ないんか翡翠は…と、一度「外見てきますね」と出てみて今更気付く。店の扉には「喪中ノ為、本日臨時休業」と張り紙がしてあった。いつの間に貼ったんだろう。
あんな風には見える場所だが、現実はこうだよな。
部屋に戻る。喪中、姦しい空気にやはり戸惑いつつ。
薬箱を背負い「よいしょっと」と翡翠が現れた瞬間、助かった~!より先に、確かになんとなくだが店そのものの空気が変わったような気がした。
どうやら、翡翠が来ると一瞬張りつめるらしいと、こういう立場で物を見て知る。
ここは翡翠にとって良い場所か悪い場所かも、朱鷺貴にはずっと測りかねていた。だから、骨壷を持って、という窓口を作ったつもりだった。
開け放たれたままの部屋に、まるでいつもそうしていたような様子で入ってくる当の翡翠は、いつも通りで寺にしては派手、しかし茶屋にしては地味な服装だったんだなと、最初より集まってきた従業員を眺めて思った。本当に裏方だったんだな、お前は。
しかし、「わあ、翡翠兄さん!」やら「男らしくなったねぇ」やら、わちゃわちゃと皆に言われている翡翠はそう、化粧で固めた男娼達より遥かに存在感はあった。
意外と面、良かったんだった、そういえば。女顔だけど。
「遅れ遊ばしまして。皆元気そうやね」
朱鷺貴と目が合えば「っはは!皆虐めんといてあげてくださいな!」と笑う、それで空気がまたころりと変わった。
不思議なやつ。今更だけど。だからこそどこも性に合わなかったのかもしれない。
それはある意味、自由で羨ましい。
「あぁ翡翠、今日は酒盛りやで、久々に一曲弾いてや」
「えー、三味線置いて来ちまいましたよ、朱里兄さんのやつ」
「あぁ、あれ、朱里のやったんか」
青鵐がふと朱鷺貴を見、「店主、物捨てれん人やったんよ」と耳打ちした。
「…意外、」
「せやろ。あんたが来る前にチラッとな、箪笥見たらまー出てくる出てくる。
おい皆、忘八のもんは全部持って行きや、お下がりやけどええもんばっかやで!
朱里だけはまぁ…どうやろな、翡翠はいくつか貰ってそうやなあの感じは。
朱里っちゅーのは藤嶋さんのお手付きやったんよ。まさか、残ってるとはわても思わんかった」
「…ええっと…」
「翡翠の前の女っちゅーこっちゃねん。翡翠の…兄貴分でもあったんやけど、まぁま、随分前に労咳でな」
確かにそういえば、いくつか藤嶋から何かを貰っていたな。三味線も最近、寺に坊主が減ってからたまに弾いて…暇な時にふざけて般若心経に乗せていた…。
なんとなく大切なものなんだろうとは思っていた。手入れも随分丁寧にしていたし。そんな経緯があったのか。
物にも魂が宿る。しかしそれは生きている者の感情だ。
あれは魂抜き完了だな、最早。と、ぼんやり考える。
しかし…。
「もしかして、その方だけやなく、皆」
「御明答。ここで死んだヤツらの遺品や」
…それを聞いてしまうと「えー、皆さん皆さん」と言うしかない。
薬箱を置いて「茶あシバいて来ましょか?」と言う翡翠と「いや酒やっちゅーねん」と言う青鵐に「御神酒な御神酒。あと塩を多めに」と朱鷺貴は付け足した。
「遺品整理はいいのですが、そうですねこの人が化けて出るかもしれんので、一回魂抜きをさせてください。それから持って行ってくださいねー」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
Get So Hell? 2nd!
二色燕𠀋
歴史・時代
なんちゃって幕末。
For full sound hope,Oh so sad sound.
※前編 Get So Hell?
※過去編 月影之鳥
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜
雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。
そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。
これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。
主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美
※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。
※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。
※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。
陣代『諏訪勝頼』――御旗盾無、御照覧あれ!――
黒鯛の刺身♪
歴史・時代
戦国の巨獣と恐れられた『武田信玄』の実質的後継者である『諏訪勝頼』。
一般には武田勝頼と記されることが多い。
……が、しかし、彼は正統な後継者ではなかった。
信玄の遺言に寄れば、正式な後継者は信玄の孫とあった。
つまり勝頼の子である信勝が後継者であり、勝頼は陣代。
一介の後見人の立場でしかない。
織田信長や徳川家康ら稀代の英雄たちと戦うのに、正式な当主と成れず、一介の後見人として戦わねばならなかった諏訪勝頼。
……これは、そんな悲運の名将のお話である。
【画像引用】……諏訪勝頼・高野山持明院蔵
【注意】……武田贔屓のお話です。
所説あります。
あくまでも一つのお話としてお楽しみください。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる