100 / 129
理
7
しおりを挟む
「……こちらについては正直まだ頭が回りきらない。順を追って本当は聞きたいが…」
「伊東さんですね」
…つい昼までここは、伊東の演説場だった。
「…ちなみにウチの坊主は何人か感銘は受けていそうだったが、騒動が目の前だったからな。却ってこちらも聞きたいくらいだよ土方。
どういうつもりで伊東が来た。あれの道楽にしては随分とお前、遊ばせているもんだと思ったが、どうやらそちらも聞きたいわけだな?」
「…ああそうだ。
翡翠、お前確か西郷隆盛と言ったな」
「はいなんか、そんな名前の」
「こいつが裸を見せた男だぞ」
張り詰めていた空気がふっと歪み、まるで混沌としたのに「あ、悪い冗談キツかったか」と朱鷺貴は口元を押さえた。
…いやー、ぶち壊してきたなこの野郎、たまにやるけどと、イライラした翡翠がまずは朱鷺貴に肘打ちする。
ぽけっとしてしまった土方は口を開けたままただ頷くのみで、翡翠は少しイラっと「美女と間違えられたんでっ!」とそっぽを向いた。
「…んと、あれなんだっけ、自分のせいだが忘れ」
「あんた最近疲れてますよねっ。
まぁ今回は…ですが土方さん。兎に角わかったことは…わては藤嶋が岡田さんに刺されたんをこん人に任せ伊東さんに脇差しを返しに行ったんです。それは後ろで寝こけてる忘八がそう、言ったから」
「……そうだったのか」
「あんさんが仕掛けたんやなかったようなんで、寺で取り乱したのは謝ります。
どうせいつもの道楽やて、こっちはそんでよかったんやけど、あの男随分勝手をしてくれてイライライライラしていた矢先やったんよ土方さん」
あ、何気に凄くペラペラ長めに喋ってる。
どうやら冴えたらしいな。やることがあるのは…確かに気が紛れるだろうと、朱鷺貴は少し俯瞰してみようかと考えた。
「そもそも、なしてあの男が新撰組に?お宅ら専ら尊攘かて思っとったけど、あの男は佐幕派やったよね確か」
翡翠が朱鷺貴に振る。
それに考え………。
あっ。
「うわっ、すげぇ。
お前冴えてんな、どうした、そうだなそう言えば…よく思い出したな、清水の時のやつだよなそれ」
「清水?」
「えぇまぁ驚きましたよ、あんたらに会う前、わてらはあの男に会ってますか」
「…たんま、一回整理させてくれ」
流石の副長もこれの怒涛には負けるんだな…と感心する気分。
要するにあれは今回にあたり、誰にとっても異端だったという認識は共通したようだが。
「んえーっと……確かに隊士募集の際にはそりゃもうすげぇ演説してきたんだよ佐幕っつーのを。
まぁ…新しい風を入れたかったのもあって採用したがどうもうるせぇにはうるせぇんだ、あいつ。
しかし、近藤さんが佐幕風潮を気に入っちまっててどうにも…と俺は思っていたが」
「ふーんなるほど。佐幕佐幕言われちまうとそこで寝こけてるクソ野郎は確かに邪魔だわな。だが薩摩藩と来たぞ」
「………てゆうか一個言って良いか?」
「なんだね土方くん」
「うわうざってぇ…。お前らどーしてんなペラペラペラペラ喋っちまってんの?世間を知らんのか?」
「んー、まぁ世間は知らへんけどこっちもこっちで迷惑やからやで?」
「……んかなぁ、モヤモヤするが清々しいのが不思議だぜ…わざと?」
「まぁ我々は中立だっつーだけだな土方くんよ」
「気に入ってんじゃねぇよそれ腹立つからなんか!」
「大いに結構、はっはっは」
………まぁ、なんとなく互いにわかったような気がする。
ふぅ、と一息吐いた土方は改めてピシッと懐を正し、「まぁ、急ぎで悪かった。香典は後に持ってこさせる」と言った目は、既に鋭く変わっていた。
「…そうですかい」
「こちらとしても少し、腑に落ちたしな。
改めて、お悔やみを申し上げる。すまなかったな」
さらっとそう言って土方は去って行くが「はてさて…」と、朱鷺貴と翡翠は顔を見合わせ、棺を眺め、また顔を見合わせた。
「……マズくねぇか?これ」
「せやねぇ…」
「…ったくなぁ、いるよなぁ、こういう、なんか人巻き込まねぇと生きていけねぇやつ」
「どっかの誰かさんもそうやったね」
「…確かに。
まぁ、埋めんのは…いいか?」
そう聞いてくるのに「…早朝でお願いします」と答えておいた。
「…久しぶりに身体使うなぁ」
「すまへんね。
でも今回気付きましたよ、身体は鈍りますなぁ」
「……例えば、だが」
今度ばかりは真面目に、朱鷺貴は声を落とした。
「…別に、あのまま一緒に土方と行ったって」
「んな、あんさんのハゲジジイみたいなんは言われたくありませんわ。そこの変態とも若干似てるんも勘弁してください。
あと、一回聞きましたんで。同じ人を二回も振るんは心が痛むんでやめてください」
「…確かに…まぁ、その、」
「……やめましょ、互いに謝るのは。もう充分…こりごりです」
…確かになぁと、ただ口惜しくそう言えばと余りの茶を飲んだ。
……渋いなぁ、ほうじ茶ってこんなに苦くなるのかと、噎せそうになり一度湯呑みを置いた。
「…正直で良いよな、お前って」
「…………」
トキさんは確かに何も言いませんからね、そう言うことだけは。
自分の感情で素直に泣いたり怒ったり、その場で動けるそれが、少し羨ましい。
それぞれに神が宿るという「理」。触れることはめっきり少ない思想だが、良くも悪くもないと感じた。
全ては、因果応報。必ず元の場所へ帰ってくるのだと。
「伊東さんですね」
…つい昼までここは、伊東の演説場だった。
「…ちなみにウチの坊主は何人か感銘は受けていそうだったが、騒動が目の前だったからな。却ってこちらも聞きたいくらいだよ土方。
どういうつもりで伊東が来た。あれの道楽にしては随分とお前、遊ばせているもんだと思ったが、どうやらそちらも聞きたいわけだな?」
「…ああそうだ。
翡翠、お前確か西郷隆盛と言ったな」
「はいなんか、そんな名前の」
「こいつが裸を見せた男だぞ」
張り詰めていた空気がふっと歪み、まるで混沌としたのに「あ、悪い冗談キツかったか」と朱鷺貴は口元を押さえた。
…いやー、ぶち壊してきたなこの野郎、たまにやるけどと、イライラした翡翠がまずは朱鷺貴に肘打ちする。
ぽけっとしてしまった土方は口を開けたままただ頷くのみで、翡翠は少しイラっと「美女と間違えられたんでっ!」とそっぽを向いた。
「…んと、あれなんだっけ、自分のせいだが忘れ」
「あんた最近疲れてますよねっ。
まぁ今回は…ですが土方さん。兎に角わかったことは…わては藤嶋が岡田さんに刺されたんをこん人に任せ伊東さんに脇差しを返しに行ったんです。それは後ろで寝こけてる忘八がそう、言ったから」
「……そうだったのか」
「あんさんが仕掛けたんやなかったようなんで、寺で取り乱したのは謝ります。
どうせいつもの道楽やて、こっちはそんでよかったんやけど、あの男随分勝手をしてくれてイライライライラしていた矢先やったんよ土方さん」
あ、何気に凄くペラペラ長めに喋ってる。
どうやら冴えたらしいな。やることがあるのは…確かに気が紛れるだろうと、朱鷺貴は少し俯瞰してみようかと考えた。
「そもそも、なしてあの男が新撰組に?お宅ら専ら尊攘かて思っとったけど、あの男は佐幕派やったよね確か」
翡翠が朱鷺貴に振る。
それに考え………。
あっ。
「うわっ、すげぇ。
お前冴えてんな、どうした、そうだなそう言えば…よく思い出したな、清水の時のやつだよなそれ」
「清水?」
「えぇまぁ驚きましたよ、あんたらに会う前、わてらはあの男に会ってますか」
「…たんま、一回整理させてくれ」
流石の副長もこれの怒涛には負けるんだな…と感心する気分。
要するにあれは今回にあたり、誰にとっても異端だったという認識は共通したようだが。
「んえーっと……確かに隊士募集の際にはそりゃもうすげぇ演説してきたんだよ佐幕っつーのを。
まぁ…新しい風を入れたかったのもあって採用したがどうもうるせぇにはうるせぇんだ、あいつ。
しかし、近藤さんが佐幕風潮を気に入っちまっててどうにも…と俺は思っていたが」
「ふーんなるほど。佐幕佐幕言われちまうとそこで寝こけてるクソ野郎は確かに邪魔だわな。だが薩摩藩と来たぞ」
「………てゆうか一個言って良いか?」
「なんだね土方くん」
「うわうざってぇ…。お前らどーしてんなペラペラペラペラ喋っちまってんの?世間を知らんのか?」
「んー、まぁ世間は知らへんけどこっちもこっちで迷惑やからやで?」
「……んかなぁ、モヤモヤするが清々しいのが不思議だぜ…わざと?」
「まぁ我々は中立だっつーだけだな土方くんよ」
「気に入ってんじゃねぇよそれ腹立つからなんか!」
「大いに結構、はっはっは」
………まぁ、なんとなく互いにわかったような気がする。
ふぅ、と一息吐いた土方は改めてピシッと懐を正し、「まぁ、急ぎで悪かった。香典は後に持ってこさせる」と言った目は、既に鋭く変わっていた。
「…そうですかい」
「こちらとしても少し、腑に落ちたしな。
改めて、お悔やみを申し上げる。すまなかったな」
さらっとそう言って土方は去って行くが「はてさて…」と、朱鷺貴と翡翠は顔を見合わせ、棺を眺め、また顔を見合わせた。
「……マズくねぇか?これ」
「せやねぇ…」
「…ったくなぁ、いるよなぁ、こういう、なんか人巻き込まねぇと生きていけねぇやつ」
「どっかの誰かさんもそうやったね」
「…確かに。
まぁ、埋めんのは…いいか?」
そう聞いてくるのに「…早朝でお願いします」と答えておいた。
「…久しぶりに身体使うなぁ」
「すまへんね。
でも今回気付きましたよ、身体は鈍りますなぁ」
「……例えば、だが」
今度ばかりは真面目に、朱鷺貴は声を落とした。
「…別に、あのまま一緒に土方と行ったって」
「んな、あんさんのハゲジジイみたいなんは言われたくありませんわ。そこの変態とも若干似てるんも勘弁してください。
あと、一回聞きましたんで。同じ人を二回も振るんは心が痛むんでやめてください」
「…確かに…まぁ、その、」
「……やめましょ、互いに謝るのは。もう充分…こりごりです」
…確かになぁと、ただ口惜しくそう言えばと余りの茶を飲んだ。
……渋いなぁ、ほうじ茶ってこんなに苦くなるのかと、噎せそうになり一度湯呑みを置いた。
「…正直で良いよな、お前って」
「…………」
トキさんは確かに何も言いませんからね、そう言うことだけは。
自分の感情で素直に泣いたり怒ったり、その場で動けるそれが、少し羨ましい。
それぞれに神が宿るという「理」。触れることはめっきり少ない思想だが、良くも悪くもないと感じた。
全ては、因果応報。必ず元の場所へ帰ってくるのだと。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
空蝉
横山美香
歴史・時代
薩摩藩島津家の分家の娘として生まれながら、将軍家御台所となった天璋院篤姫。孝明天皇の妹という高貴な生まれから、第十四代将軍・徳川家定の妻となった和宮親子内親王。
二人の女性と二組の夫婦の恋と人生の物語です。
Get So Hell? 2nd!
二色燕𠀋
歴史・時代
なんちゃって幕末。
For full sound hope,Oh so sad sound.
※前編 Get So Hell?
※過去編 月影之鳥
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
新撰組のものがたり
琉莉派
歴史・時代
近藤・土方ら試衛館一門は、もともと尊王攘夷の志を胸に京へ上った。
ところが京の政治状況に巻き込まれ、翻弄され、いつしか尊王攘夷派から敵対視される立場に追いやられる。
近藤は弱気に陥り、何度も「新撰組をやめたい」とお上に申し出るが、聞き入れてもらえない――。
町田市小野路町の小島邸に残る近藤勇が出した手紙の数々には、一般に鬼の局長として知られる近藤の姿とは真逆の、弱々しい一面が克明にあらわれている。
近藤はずっと、新撰組を解散して多摩に帰りたいと思っていたのだ。
最新の歴史研究で明らかになった新撰組の実相を、真正面から描きます。
主人公は土方歳三。
彼の恋と戦いの日々がメインとなります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる