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理
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「岡田以蔵です」
鼻高々という態度で岡田を付き出す伊東を見る土方は、少しだけ眉を動かした。
「…岡田以蔵だと…?」
痛みにも、抵抗にも、最早疲れきっている岡田を足蹴にした伊東は「そうですよね?藤宮さん」と話を振ってきた。
土方は取り敢えずと息を吸い、「そんなら話は聞かなきゃなんねぇが」と腰を据えたまま。
「…翡翠、お前さんまでなんでいんだ。伊東、藤原はどうした」
土方は側にいた隊士にふっと顎で「持っていけ」と指示をする。
隊士が岡田を連れていく際、岡田は「藤嶋は…俺が殺した」と自白していた。
それを片耳で聞いた土方は再びこちらを見て何かを言おうとしているが、翡翠の感情が溢れる方が早く、「どういうことや、」と先に吐き捨てていた。
「…それはこちらが聞き」
「伊東さん言いましたな、あんさんどないなつもりであそこに…岡田さんはあんさんの」
「…寝惚けていますか?私も岡田から見れば敵ですよ」
「少し待て、俺の質問に答えろ。藤原はどうしたのかと」
…確かに翡翠も伊東も血塗れだ。
岡田の腱を切ったのは土方にもわかっただろうが、こう困惑顔をされるのも当然。
「あの非人が言う通り、我々の目の前で刺されましたよね?藤宮さん」
「…飄々と抜かしてやがるが俺はあんたに、藤原の護衛を任せたはずだ」
…西郷という男はどうしたんだ?
「藤嶋さんは確かにウチに来まし」
ふっと手を出しまるで「喋るな」という態度の伊東は「散歩に護衛を着けるとは、と思っていましたが、あの男は長州の」と食い気味だが「上から預かっている公家だったんだが」と、土方は至極冷静に声を低くした。
「…へぇ、公家さん。しかし、我々は幕府の犬でありましょう、副長」
「その幕府が正式に寄越してきた公家だったとしたら?」
「……は?」
…幕府側からの、公家?
「ちょい待ち、そないなわけ」
「お前からすりゃそうだろう。まぁ、俺たちも同じ心境だが、正確には弾正台中川宮親王からの勅令だ。それがわかって護衛を買って出ていたんじゃなかったのか?伊東。
その偉いさんは公武合体の橋渡しだ、それには当たり前に会津、幕府は関わり、だから藤原はここにいたんだ」
…会津、公武合体…。
そうか、薩摩と会津は手を組んだ。しかし…。
「長州は裏切りますよ副長」
伊東は負けじとそう言った。
それに「あ?」と睨み付けるの目付きはどうやら、江戸の頃と変わらぬ姿。
「それに親王?我々は果たして勤王派だったでしょうか?ましてや、長州派の公家なんぞ」
「…ごちゃごちゃと」
言っている最中だった。
外がガヤガヤとし始める。
何事かと思いきや、すぐ側に堂々と駕籠が置かれ…明らかに誰かの護衛か何かが「失礼」と不躾な態度。
何事かと眺めれば、護衛は籠の中に耳を傾け「一番偉いのは誰だ」と聞いてくる。
ふっとイライラを殺した土方は「俺が取り次ぐが。副長の土方だ」と主張する。
護衛はまた駕籠へ耳を傾け、「葬儀場はここですか」と聞いてきた。
それに一瞬、場の空気が張った。
殺していたイライラを甦らせ「あぁ?」と言った土方に「態度を改めろ」と護衛は言う。
「………生憎と今日はなんの」
聞く間もなくパッと暖簾を分けた先には…僅かばかりしか見えなくてもわかる、白檀か何かの香の匂い。
「ちょ、」と護衛が止めるのも聞かずにスッと降り立ち土方を見据えた人物は、美麗な顔立ちで総髪、袴なんかは着ていたが…上等すぎる生地、それ自体も既に違和感があるのだが、なんだか…。
まるで下手な変装、といった印象のちぐはぐな人物だった。
その姿に伊東ははっと手を着いたが、土方は眉を動かしたのみで胡座のまま。
ふと翡翠を見たその人物は「下手人はお主か」と聞いてくる…無理に低く圧し殺したような声。
「…え、」
「…下手人なら庭の地蔵の」
「誰じゃ」
「土佐の」
「殺せ」
伊東の説明すらも待たず、その人物は静かに命じた。
胡座のままだった土方も、あわよくば手柄をと手の見えていた伊東すらもぎょっとした表情になったが。
「……ちょっと待て、こっちには岡田にもあんたにも」
「ここに安仁という男がいるのではないのか?」
………誰だ、それ?
偉いさんは言葉少なに頬へ指ですっと、まるで傷を表したので「…藤原か!?」と土方は言う。
「……懐かしい名前じゃ」
扇子を出しちらっと翡翠を見たその人物は「して、おぬしは先程から隊士には見えぬが、下手人でないなら安仁の“息子”で間違いはないかえ?」と振ってくる。
「え」
「兎に角、おぬしらは近しい者で間違いはないのか」
振られる言の一つ一つの意味がわからない…。
こちらの空気を流石に察したのか…護衛が仕方もなさそうに「このお方は第十一代桂宮、淑子内親王様に」「親王!?」と声を上げてしまった土方に「静かにしろ、」と護衛が声を潜めた。
お偉いさんははっきり、声を高くし「ふふ、ははは、」と扇子で顔を隠して笑った…自然に戻った声は確実に女だ。
「そういうことじゃ。案内を頼みたい」
ちぐはぐの要因はわかったが…。
「……田舎モンのバカな俺にもわかる、偉いさんは皆バケモンみてぇな白塗りだろ?男か女かわかんねぇようなな。
だが、あんた、ちぐはぐだな、確かに良いとこの嬢さんなんだろうが親王っつーのは男なんじゃねぇのか?」
鼻高々という態度で岡田を付き出す伊東を見る土方は、少しだけ眉を動かした。
「…岡田以蔵だと…?」
痛みにも、抵抗にも、最早疲れきっている岡田を足蹴にした伊東は「そうですよね?藤宮さん」と話を振ってきた。
土方は取り敢えずと息を吸い、「そんなら話は聞かなきゃなんねぇが」と腰を据えたまま。
「…翡翠、お前さんまでなんでいんだ。伊東、藤原はどうした」
土方は側にいた隊士にふっと顎で「持っていけ」と指示をする。
隊士が岡田を連れていく際、岡田は「藤嶋は…俺が殺した」と自白していた。
それを片耳で聞いた土方は再びこちらを見て何かを言おうとしているが、翡翠の感情が溢れる方が早く、「どういうことや、」と先に吐き捨てていた。
「…それはこちらが聞き」
「伊東さん言いましたな、あんさんどないなつもりであそこに…岡田さんはあんさんの」
「…寝惚けていますか?私も岡田から見れば敵ですよ」
「少し待て、俺の質問に答えろ。藤原はどうしたのかと」
…確かに翡翠も伊東も血塗れだ。
岡田の腱を切ったのは土方にもわかっただろうが、こう困惑顔をされるのも当然。
「あの非人が言う通り、我々の目の前で刺されましたよね?藤宮さん」
「…飄々と抜かしてやがるが俺はあんたに、藤原の護衛を任せたはずだ」
…西郷という男はどうしたんだ?
「藤嶋さんは確かにウチに来まし」
ふっと手を出しまるで「喋るな」という態度の伊東は「散歩に護衛を着けるとは、と思っていましたが、あの男は長州の」と食い気味だが「上から預かっている公家だったんだが」と、土方は至極冷静に声を低くした。
「…へぇ、公家さん。しかし、我々は幕府の犬でありましょう、副長」
「その幕府が正式に寄越してきた公家だったとしたら?」
「……は?」
…幕府側からの、公家?
「ちょい待ち、そないなわけ」
「お前からすりゃそうだろう。まぁ、俺たちも同じ心境だが、正確には弾正台中川宮親王からの勅令だ。それがわかって護衛を買って出ていたんじゃなかったのか?伊東。
その偉いさんは公武合体の橋渡しだ、それには当たり前に会津、幕府は関わり、だから藤原はここにいたんだ」
…会津、公武合体…。
そうか、薩摩と会津は手を組んだ。しかし…。
「長州は裏切りますよ副長」
伊東は負けじとそう言った。
それに「あ?」と睨み付けるの目付きはどうやら、江戸の頃と変わらぬ姿。
「それに親王?我々は果たして勤王派だったでしょうか?ましてや、長州派の公家なんぞ」
「…ごちゃごちゃと」
言っている最中だった。
外がガヤガヤとし始める。
何事かと思いきや、すぐ側に堂々と駕籠が置かれ…明らかに誰かの護衛か何かが「失礼」と不躾な態度。
何事かと眺めれば、護衛は籠の中に耳を傾け「一番偉いのは誰だ」と聞いてくる。
ふっとイライラを殺した土方は「俺が取り次ぐが。副長の土方だ」と主張する。
護衛はまた駕籠へ耳を傾け、「葬儀場はここですか」と聞いてきた。
それに一瞬、場の空気が張った。
殺していたイライラを甦らせ「あぁ?」と言った土方に「態度を改めろ」と護衛は言う。
「………生憎と今日はなんの」
聞く間もなくパッと暖簾を分けた先には…僅かばかりしか見えなくてもわかる、白檀か何かの香の匂い。
「ちょ、」と護衛が止めるのも聞かずにスッと降り立ち土方を見据えた人物は、美麗な顔立ちで総髪、袴なんかは着ていたが…上等すぎる生地、それ自体も既に違和感があるのだが、なんだか…。
まるで下手な変装、といった印象のちぐはぐな人物だった。
その姿に伊東ははっと手を着いたが、土方は眉を動かしたのみで胡座のまま。
ふと翡翠を見たその人物は「下手人はお主か」と聞いてくる…無理に低く圧し殺したような声。
「…え、」
「…下手人なら庭の地蔵の」
「誰じゃ」
「土佐の」
「殺せ」
伊東の説明すらも待たず、その人物は静かに命じた。
胡座のままだった土方も、あわよくば手柄をと手の見えていた伊東すらもぎょっとした表情になったが。
「……ちょっと待て、こっちには岡田にもあんたにも」
「ここに安仁という男がいるのではないのか?」
………誰だ、それ?
偉いさんは言葉少なに頬へ指ですっと、まるで傷を表したので「…藤原か!?」と土方は言う。
「……懐かしい名前じゃ」
扇子を出しちらっと翡翠を見たその人物は「して、おぬしは先程から隊士には見えぬが、下手人でないなら安仁の“息子”で間違いはないかえ?」と振ってくる。
「え」
「兎に角、おぬしらは近しい者で間違いはないのか」
振られる言の一つ一つの意味がわからない…。
こちらの空気を流石に察したのか…護衛が仕方もなさそうに「このお方は第十一代桂宮、淑子内親王様に」「親王!?」と声を上げてしまった土方に「静かにしろ、」と護衛が声を潜めた。
お偉いさんははっきり、声を高くし「ふふ、ははは、」と扇子で顔を隠して笑った…自然に戻った声は確実に女だ。
「そういうことじゃ。案内を頼みたい」
ちぐはぐの要因はわかったが…。
「……田舎モンのバカな俺にもわかる、偉いさんは皆バケモンみてぇな白塗りだろ?男か女かわかんねぇようなな。
だが、あんた、ちぐはぐだな、確かに良いとこの嬢さんなんだろうが親王っつーのは男なんじゃねぇのか?」
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