Get So Hell? 3rd.

二色燕𠀋

文字の大きさ
上 下
95 / 129

2

しおりを挟む
「我々公家、公卿の中では大いに使う教え方なんだがな。神は自然である、則ち神道とは、自然学問だ。
 いいか、岡田」

 まるで、言い聞かせるような口調。

天人唯一てんじんゆいいつ之理のことわり。最近流行りの“尊皇攘夷”の根幹、「垂加神道すいかしんとう」の話だ。神道でも徳目はある。学問とは幅広いよなぁ。
 何かに一心不乱であるそれは、正直で清浄でなければならない。正直の実現にはつつしみの実現が不可欠である。
 お前は今何に正直なんだ、天への理は、ただの一つしかないんだ。お前は今、どこに立っている」

 ふっ、と藤嶋が脇差しを振った、それに反射的に反応したのは、岡田の方だった。

 それは一瞬の出来事で、はっと気付けば小さな岡田が藤嶋の懐に入り込んでいて、藤嶋は避ける素振りすら、全くないように見えた。

 喉が切れたような一息を吐いた藤嶋は、足元に伝い始めた鮮血に足場を崩し寄り掛かる、寧ろ岡田を抱擁したようにも見える背に「ふじしまさん……?」と、鈍くも翡翠は理解し始めていた。

「……俺も変わらんよ、お前と」

 ぱっと、唖然としたように手を離し尻餅を吐いた岡田に漸く「岡田ぁっ!」と捕らえに動いた伊東と、翡翠の「藤嶋さん!!」が被る。

 それは、堂で坊主達から話を聞いていた朱鷺貴の元まで届き、はっと門を見ても死角だった。

 漸く現実に戻ったような岡田が「あっ、あ……っ!」と動揺し、捕らえられても暴れている。

 翡翠は倒れた藤嶋へ駆け寄り、「藤嶋さん!」と声を掛ける、ざっくりと刺さった岡田の脇差しから血が溢れていた。最早、抜いてしまえばもっと酷くなるだろう。
 顔をしかめた藤嶋は「……っるせぇな、」と悪態を吐く。

 伊東が岡田の脛を切り断末魔が響いた。
 それを背負った伊東は睨むように翡翠と藤嶋を見つめ去って行く。

「藤嶋さん、」

 門の向こうに伊東が「南條さん!」と声を掛けたのと、「っ……はは、」と藤嶋が痛そうに笑ったのが被る。

 抱えようかとすると、「無理だよ」と藤嶋がはぁはぁとしたまま言った。

「血が、足りねぇ…よ」

 …下腹あたりか…確かに立たせてしまうと不味いかもしれない。
 ぱっと藤嶋が横を見ると、そこには伊東の脇差しがある。
 頭で考えているうちに朱鷺貴がやってきては歯を噛み、奥へ「台かなんか持ってこい!!」と指示をした。

「どうしたこれは…、」
「あの、お、岡田さんが」
「……びびってんじゃ、ねぇよ、」

 ぐっと半身を無理に起こそうとする藤嶋はやはり脇差しを見て「…返しといて」と言葉を捻り出した。

「は!?」
「あんた喋んな、おい!早く持ってこい、早く、」

 奥に声を掛け藤嶋に肩を貸し、更に翡翠を見る朱鷺貴の目は強い。目で語っている、話してくれと。
 お陰で冷静になれた。神は、自分の中にいて。

「……伊東さんに返しに行ってきます」

 むき出しの、少しだけ返り血を浴びてしまった伊東の脇差し。
 それを取った翡翠に朱鷺貴は「待て、」と言うが、正直であること。

「違います、違いますよ…。
 下手人は壬生寺へ向かいましたが、怪我をさせられている。トキさん、だから、」

 上手くは話せないが、ピンと来た。
 いつもより弱々しくしっしとやるように一度腕を振った藤嶋に、翡翠は背を向けそちらへ向かった。

 …どうやら、腕はもう動かせそうにないなと、パタッと地面に叩きつけられた感触すら麻痺しているらしい。

 漸くやってきた担架に乗せようと、朱鷺貴は力が抜け重くなった藤嶋の身体を少しあげるが、諦めるようにふっと目を閉じる藤嶋に「おい、」と声を掛ける。

「酒と、あと……急須だ、急須に火を用意しと」
「…いぃ、」
「目ぇ開けろ、寝るな!
 俺一人じゃどうしょもないが、あんたが起きてれば、」
「最後が、」
「喋んなって、」
「あいつの、」

 担架を持ち上げ軋む音と、「泣き顔で」と藤嶋の弱々しい声が被る。

「楽しみだよ……」
「…はぁ!?」

 寺はバタバタしている。
 藤嶋の息がはぁはぁと、浅くなっていってるのがわかる。

「怖いものが、…なかった、からなぁっ、」

 本堂の前で取り敢えず担架を置く。
 どうしようかと考えている最中、ハッキリと目を開けた藤嶋は苦しそう、しかし笑おうとしているのもわかる、青白い顔で。

「初めてだ………死ぬのは」

 手を伸ばしてこようとする、その藤嶋の手は震えているが、その様は自ら視界で捉えられているようだ。ふっと握りまた下げる様子。

 まだ、まだそれなら。

「んだよ…っ、ふざけんな、諦めんな、まだあいつに何も残してないだろ、早い、まだ、」

 幹斎の最期が頭を過り、ふと力が抜けそうになったけど。
 その手を握る、酷く冷たい。

 バタバタと酒が運ばれてきた。
 袈裟を脱ぎ酒を湿らせ強く圧迫しながら刀をゆっくり抜くと「いぃ、よ、」と呻く。

「まだ死ぬな、まだ行ける、」

 「早く、急須!てか火!」と叫ぶ朱鷺貴を見上げる藤嶋は薄目で苦しそうに「へへっ」と笑った。

「…火ぃなん…もぅ、無理だよ」

 おい、目ぇ開くか、と声を掛けるが、手の痙攣が酷くなったのがわかる。

「おい、おい藤嶋っ!」

 その震えも徐々に弱まり、声を掛け続け、ふっと目を閉じた藤嶋の震えが完全に止まった。

「…藤嶋?」

 その顔は力も抜け、穏やかにすら、見える。

 坊主共が熱した急須を持ってきたが、ぼんやりとした頭で刀を完全に抜いて気付いた。

 なんの因果か。丁度、臍のすぐ横当たりまで傷は続いていた。
 それが、藤嶋宮治の最期だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Get So Hell?

二色燕𠀋
歴史・時代
なんちゃって幕末 純粋 人生 巡業中♪

Get So Hell? 2nd!

二色燕𠀋
歴史・時代
なんちゃって幕末。 For full sound hope,Oh so sad sound. ※前編 Get So Hell? ※過去編 月影之鳥

月影之鳥

二色燕𠀋
歴史・時代
Get So Hell? 過去編 全4編 「メクる」「小説家になろう」掲載。

大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜

雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。 そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。 これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。 主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美 ※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。 ※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。 ※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。

陣代『諏訪勝頼』――御旗盾無、御照覧あれ!――

黒鯛の刺身♪
歴史・時代
戦国の巨獣と恐れられた『武田信玄』の実質的後継者である『諏訪勝頼』。  一般には武田勝頼と記されることが多い。  ……が、しかし、彼は正統な後継者ではなかった。  信玄の遺言に寄れば、正式な後継者は信玄の孫とあった。  つまり勝頼の子である信勝が後継者であり、勝頼は陣代。  一介の後見人の立場でしかない。  織田信長や徳川家康ら稀代の英雄たちと戦うのに、正式な当主と成れず、一介の後見人として戦わねばならなかった諏訪勝頼。  ……これは、そんな悲運の名将のお話である。 【画像引用】……諏訪勝頼・高野山持明院蔵 【注意】……武田贔屓のお話です。  所説あります。  あくまでも一つのお話としてお楽しみください。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

白い鴉の啼く夜に

二色燕𠀋
現代文学
紫陽花 高校生たちの話 ※本編とはあまり接点がないです。 「メクる」「小説家になろう」掲載。

処理中です...